第8話 冒険者になろう!

 颯爽と歩いていったシルヴァだったが、彼の胸中はあまりいいものではなかった。


(えーっと、先ずは住む所の確保。それから、食糧だな。叡黎書アルトワールに保管してあった食糧も、そろそろ底を尽きるし)


 だが、居住の確保にしろ、食糧の確保にしろ、お金が必要だ。


「よし、それじゃあ先ずは換金屋に行ってみますか」


 シルヴァの久しぶりの資金調達であった。だが、


「え?換金屋がない?」

「あぁ……そんなもの聞いた事ねぇな」


 シルヴァは、近くにいたオヤジに換金屋の場所を尋ねた。しかし、帰ってきたのは存在すらないという事実だった。


「ん? お前さんは何を売りたいんだい?」

「素材と鉱石だ」

「それならギルドに行け。あの……ほら、あそこに馬鹿でっかい建物があるだろ? あれがギルドだ。お前さんの冒険者カードを提出すりゃ素材でも鉱石でも買ってくれるだろうよ」

「なるほど。ありがとう」


 シルヴァは、ギルドへ向かうことにした。


 ◆◇◆


「なるほど。確かにデカイな」


 聳え立つのは豪華な装飾に彩られた煉瓦造りの建物だった。沢山の人が溢れかえっており、賑やかだった。


「うわ……なんかあれだな。酔いそうだ」


 変な気分になった頭を抱え、シルヴァはギルドの中へ入った。


「へぇ……」


 広い。とても広い。


 15人体制の受付嬢と、それと向かい側に掲示されている依頼書の数々と、それを覗き込む冒険者たち。


 2階では朝から酒を呑んでいる人もいる。少し酒臭い。


「え……っと、まぁいいや。兎に角並ぼう」


 一番近くの受付嬢の列に並ぶ。殆どの冒険者が、換金目当てだった。


「はい、こんにちは。今日はどういったご要件ですか?」


 少し待って、シルヴァの番になった。シルヴァは、少し篭った声で喋る。


「あ、素材の換金をお願いします」

「では冒険者カードの提示をお願いします」


 マニュアル対応で返され、もう少し愛想を……と思ったが、今はあまり気にしないでおいた。


「ああ。冒険者カードというものはなんだ?」


 受付嬢は、困った顔を向けた。


「冒険者カードを所持していないのですか?」

「あ、ああ」

「紛失または盗難ですか?それとも冒険者登録されていないのですか?」

「あ……未登録だな」

「それでは本日10時から行われる冒険者試験を受けてください。都合が合わないのでしたら別の日でも構いません。毎日10時にやっておりますので。次の方どうぞ」


 淡々と。そしてバッサリと。


 だが、シルヴァは別のことで悩んでいた。


(うぉい! 試験とか聞いてねーよ! ……まぁ何とかなるだろ。てか今何時?)


 時計を見ると、9時半過ぎだった。慌てて、冒険者試験を受ける手続きをする。


「本試験は筆記と実技です。各50点満点とし、60点以上で合格となります。それでは、先に筆記です。会場はこちらになります」


 シルヴァが案内されたのは、こじんまりとした部屋だった。そこには、田舎から出てきたと思われる少年少女数名が座っていた。


(うわー、きっと幼なじみとかなんだろうな。なんか疎外感)


 シルヴァが席に座る。そして、試験監督らしき女性が入ってきた。


「それではこれより試験を開始します。制限時間は20分です」


 紙が配られる。だが、ここでシルヴァはあることに気づいた。


 筆記用具だ。


「それでは、始め!」


 凛とした声が響き、少年少女達が一斉に紙を返す。筆記具のないシルヴァは、バツが悪そうな顔をして試験監督を見た。


「あの」

「何だ」

「筆記具貸して貰えませんか?」


 隣からクスクスという笑い声が聞こえる。はぁ、とため息をついた監督は、ポケットから一本のペンを取り出した。


「これを使え。訂正する場合は二重線を使うように」


 シルヴァはペンを貰い、紙を返す。だが、その問題は、とても簡単なものだった。


 魔物の絵が書かれており、生息場所を選ぶ問題から始まり、治癒のポーションの材料となる薬草を四択で選べ……など、2000年間ダンジョンに篭っていたシルヴァにとって、赤子の手を捻るかのように簡単に解き進むことができた。


「そこまで!」


 監督の凛とした声が響く。7分程度時間を持て余したシルヴァは、余裕の表情だった。


「次は実技試験に移る。闘技場へ向かうように」


 そう言い残し、監督は部屋から出ていった。闘技場がどこにあるのか分からなかったシルヴァは、少年少女達の後を付いて行った。


 闘技場は、ギルドほどは広くはなかったが、それでも目測で半径30メートル以上ある円形の場所であった。


「実技試験は俺が監督を務める。よろしく」


 厳つい男だった。少年少女は男を見て何か言い合っていたが、シルヴァにはどっちでも良かった。


「お前らにはこれより殺人兎キラーラビットと戦闘をして貰う。討伐と、剥ぎ取り。この二点でお前らを評価する。じゃまずはお前からだ」


 先ず指名を受けたのは、名も知らぬ少年だった。腰に差している短剣を抜き取り、闘技場に足を踏み入れる。


「よし行くぞ」


 男が右手をあげる。すると、少年と反対側の扉が開き、そこから殺人兎キラーラビットが躍り出た。


「う、うわっ!」

「「アルー! 頑張ってー!」」


 黄色い声援が送られる。その少年は軽くサムズアップして、殺人兎キラーラビットと向き合った。


「ふっ!」


 短剣が首を捉える。そのまま首を深く切り裂いた。


「よし、次は……」


 足を掴み、逆さ吊りにして血を抜く。そして、見事な手際で皮と肉を分け、皮を鞣した。


「そこまで! ……うむ、良い腕だな」

「あ、ありがとうございますっ!」

「よし次!」

「はい!」


 そのまま、残りの少女達も試験を受けた。田舎育ちということもあり、魔物の解体にもなれていた。一発合格だろう。


「よし、最後!」

「はい」


 そして、シルヴァが呼ばれた。


「ふふ、何あの人」

「ほんと。ペン忘れて今度は針?」

「やられても俺らは手助けしないからなー。ははは」


 シルヴァの手には、10センチ程度の針が握られていた。


「よし、始め!」


 男が右手をあげる。殺人兎キラーラビットが飛び出してきた。真っ直ぐにシルヴァの喉元目掛けて飛びかかる。


「おいおい、あいつまじで死ぬ気か?」

「ちょっと、目の前で死ぬとか嫌なんだけど」

「あんまりグロイのは好きじゃない……」


 だが、突然殺人兎キラーラビットが跳ねた。先程までの獰猛だった殺人兎キラーラビットが、身体をビクビクさせながら動かなくなった。


「よいしょっと」


 そこからシルヴァは、少年よりは遅かったが、非常に丁寧に剥ぎ取りをした。そのまま、トレイに肉と皮。そして、目を載せた。


「へぇ、剥ぎ取りはそこまで上手くないやつなんかな」

「そうね。私たちの相手ではないわ」

「私達の目標は四大クランへの入団……ライバルが減るのはうれしい」


 だが、シルヴァの力を正確に図りとっていた人がただ一人……試験監督の男だった。


(今のはまさか……ノッキング!? ……今はもう絶たれた古代の技術をどうして……)


 トレイの上で全く腐る様子を見せない殺人兎キラーラビットの目を見ながら、監督の男はシルヴァが一体何者なのか考えていた。


「結果は、明日ギルドに掲示される。今日はここで解散とする」


 試験監督の男の言葉で、冒険者試験の幕が閉じた。

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