第6話
祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必衰の理を現す
驕れる者は久しからず
単に風の前の塵に同じ
その声と共に幕があがる。平家物語の導入部である。
「色皆是空と申します。般若心経の教えでありまして、現世にあるものは、全て空という訳でありまして、何もないのが、現世なのです。あるように見えて何もない。それが、この教えであります。本当に落語というものは、勉強になりますナ。」
手前味噌のギャグで、笑いを誘う。
その枕で、夫は、「源平盛衰記」の落語をする。客は、笑わずして笑っている。かなりの大ネタなので、それに見合う気合と練習量で、その芸を補った。
「恋愛とは、狂気と性欲の副産物であります。」
と、〆た。
何とかその大ネタを演り切った後、夫は、汗まみれだった。西と東は、常に笑いの文化の違いを語る。そこに着眼点を置いたのは、夫のセンスだった。西は、商売人の街。東は、武士の街なので、笑いの質も異なる。プライドを投げ売ってでも笑いを取るのが、西の文化なら、笑わせてプライドを見せ付けるのが、東の文化である。どちらが正解か、と問うよりは、どちらが好みかを聞いたほうが、気は楽である。
「芸人が、客の前で恥を掻くな。」
これが、夫の教えであった。裏方が、どれだけバタバタしようとも、舞台上にそれを持ち込むな、と。笑いと美学が、表裏一体であることを、弟子時代に夫は、かなり学んだようだった。
その日は、海老の掻き揚げにした。
「おっ、最近、豪勢じゃネェか。なんかいい事でもあったのか。」
「ようやくこれで食べていけるようになったんじゃないのさ。アンタの目に狂いはなかったよ。」
夫が、旨そうに掻き揚げを食べる姿に、後、何度、この光景が見えるのだろう。という疑念が残った。
民は何を思う。 小笠原寿夫 @ogasawaratoshio
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