第14話 アニマの歌姫
「もっといればいいのに」
街の出口でエルが悲しそうに言った。
昨日、エルは客のアンコールに応えるまま閉店ギリギリまで歌い続けていたというのに、それでも喉を傷めていないのは流石といったところか。
「そうしたいんだけど、結構ルバンガ団を空けちゃったからな」
ただの寄り道が、ずいぶん長い間留まってしまったものだ。
そろそろルバンガ団に帰らなければいけない。
「仕方ないね」
しょんぼりと肩を落とすエルに、ちよこが手を取り
「エル、一緒に行きましょう。こんな街あなたに相応しくないわ」
言って、まっすぐエルを見つめる。
「程度の低い人間たちに囲まれて、あなたまで駄目になってしまう。エルは素晴らしい子よ。こんな所で腐っていては勿体ないわ」
だから行きましょう、と続けるちよこに、エルはゆっくりと首を横に振る。
「ありがとう。でも私はこの街にいる。いつかは出ていくかもしれないけど、それは今じゃない」
「どうして!」
「昨日、初めてお客さんから拍手をもらった。ちゃんとした、私の歌に対する本当の拍手。やっとスタートラインに立てたの。私は歌手になりたい。この街だけじゃなく世界中の人に認めてもらえるような歌手に。両親みたいな、素敵な歌を歌えるような歌手に」
「だったら尚更、こんな街にいるメリットはないわ。人として、客として最低の人間が集まっているのに。今までされたこと、忘れた訳じゃないでしょう?」
「うん。……でも、認めてもらえた。これから私は歌手になるため色んなところで歌う。きっとこの街みたいに、なかなか歌を聴いてもらえないところでも。そんなところでも歌っていくために、この街での出来事は私の心の支えになると思うの」
エルは握られたちよこの手をゆっくりとほどいて
「昨日聴いてくれた人以外にも、この街にはたくさんの人がいる。世界中の人に私の歌を聴いてもらうために、まずはこの街の人全員に聴いてもらって、認めてもらうんだ」
そう言って笑った。
ちよこは何か言いたげに口を開いたが、結局出たのはため息だけだった。
「あ、そうだ。これ」
エルが肩にかけていたポシェットを開け、口をひもで結んだ袋を取り出した。
両手からこぼれるくらいのそれを重そうに持ち、ゆうたに向けて渡す。
受け取ったが、ずしりと重くゆうたでも片手で持てないほどだった。
「なにこれ?」
「お金だよ。耳を治してもらった依頼料。これで足りるといいんだけど」
袋の口を開けて中を見ると、たくさんの金貨が詰まっていた。
「こんなに!どうしたの?」
「店主さんに復帰祝いで貰ったんだ。昨日いっぱいお客さんが来たからその分も上乗せで。それに、そのお客さんたちからチップも貰ったの」
嬉しそうに言うエルに、ゆうたは袋を返した。
「受け取れないよ」
「どうして?依頼料はまだ払ってないよ」
「しばらくエルの家に泊めてもらったから。それでチャラ」
「そんなことでチャラになんてなるわけないよ。だって魔術師にお願いしたんだよ?しかも、こんなに助けてもらった。本当はこれでも足りないくらい」
エルはブンブンと首を振って、袋を受け取らない。
ゆうたは少し考えて
「だったら僕達ルバンガ団のために歌ってよ」
きょとんとするエルに、ゆうたは続ける。
「エルは将来、世界中の人に認められる歌手になるんでしょ。その時に歌ってってお願いするの、なかなか難しいと思うんだよね。だから今のうちに予約しとくよ。将来、僕達のために歌って」
「それでいいの?」
不安そうに、エルはちよこを見た。
ちよこは優しく笑って
「いい考えね。今から楽しみよ」
「ほら、ちよこも言ってるよ。だからこれは返すね」
「……うん、わかった。もっともっと上手くなって有名になったその時は、ゆうた達のために歌う」
エルは頷いて、袋を受け取りポシェットに戻した。
「じゃあ、そろそろ行くね」
「お世話になったわ」
ゆうた達は手を振って、街の外へと歩き出す。
「ありがとう!またね!本当にありがとう!」
エルは手を振り彼らを見送った。
二人の姿が見えなくなっても、ずっと手を振っていた。
アニマのうたがきこえてくるよ 寧々(ねね) @kabura_taitan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます