第13話 最高のひと時を、最高の笑顔で

 とはいえ持ち運んでいる種にも限りがある。

 しかも、この街に来るまでに一仕事終えてきた上に、ステージの飾りつけやらでほとんど使い切っていた。

 ゆうたに殴りかかってくる客たちを捌ききれず、自らの拳をふるうようになるまでそう時間はかからなかった。

 もみくちゃになって、どれくらいの時間が過ぎたのだろう。

 気付けば騒ぎが徐々に小さくなっていた。

 今この瞬間も怒鳴り声が消えていく。

 その静けさははステージの前から波のように広まり、やがてゆうた達の元にも訪れた。

 エルの歌声を乗せて。

 切ないメロディーに悲しげなエルの声。

 孤独を吐き出すその歌は、誰もが抱く孤独への恐怖心をくすぐり、共感し、寄り添う。

 エルの生き様を聴いているようだった。

 蹴とばされて床にうずくまっていたゆうたは立ち上がり、客の間を縫ってエルの方を見る。

 乱闘に巻き込まれてゆうたの集中力が切れたせいで、舞台の草花は枯れ始めていた。

 骨組みとして使っていた蔦は干からび薄茶色に、飾りの花は絶え間なく散っている。

 退廃的な舞台の上で、真っ白な哀しい花吹雪が舞う。

 その中央で歌うエルの姿は弱弱しい少女でもあり、力強い歌姫でもあった。

 彼女の歌声が店中の隅々まで広がった頃、一曲目を歌い終えてエルの唇が閉じられる。

 しん、と店内が一瞬静まり返り、次いで大歓声が沸き起こった。


「すげえ!歌えるじゃねえか!」


「声は変わらねえのに不思議なもんだな!」


「俺は知ってたぜ!だからわざと強く言ったんだ!」


「もっと!もっと歌え!」


 店が揺れるほどの大喝采が起こり、賞賛の言葉が雨のように降りかかる。


「こんなに清々しい掌返しは初めて見たわ」


 いつの間にかゆうたの隣に立っていたちよこが、怒りを通り越して呆れた様にそう言った。


「僕も」


 服がボロボロになったゆうたと、顔を腫らして血濡れになったちよこ。

 二人顔を見合わせて、吹き出した。


「酷い顔してる」


「ちよこだって」


 先ほど二人に向けられていた注目は、今やエルの身一つだけに注がれている。

 舞台上に立つエルはしばらく呆然としていたが


「……ありがとう、ございます」


 ようやっと震える声でそれだけ絞り出した。

 そこで、マイクを持つ手にぽたぽたと温かい物が落ちているのに気づく。

 エルは慌てて手の甲で目を擦った。

 どんなに悲しいことがあっても我慢できたのに。

 拭っても拭っても、頬を伝う涙は後を絶たない。

 この街で流した初めての涙は喜びと混じりあい、止め処なくあふれ出す。

 歓声を噛みしめながら、エルは再び歌い始めた。


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