第12話 団長サマ

 ゆうたが酒場のホールへ戻ると、ちよこはステージ全体を見るため、店内中央のテーブル席に座っていた。

 ステージの骨組みには全て蔓を使い、エルの髪飾りと同じ花をこれでもかと飾り付けている。

 ちよこが作った設計図を基に、ゆうたが種を使って作り上げたのだ。

 湖のほとりで歌うエルの姿から着想を得たとちよこが言っていたが、触れることをためらうほどに真っ白で儚げなその花は、確かにエルにそっくりだった。


「エル、もうすぐ来るって」


 ちよこの隣に座り、ゆうたが言った。

 そんなゆうたに向ける彼女の顔は険しい。


「聞いたわよ。夜な夜な、ここで働いてたらしいわね」


「エルめ、言ったな」


 毒づくゆうたに、ちよこが睨みをきかせる。


「団員の私にも教えてくれないのね」


「でも、黙ってて正解だったでしょ?」


「そうね。知っていたら止めたもの」


 取り繕うように笑うゆうたに、ちよこは長々とため息をつき


「私は今でも店主が許せないわ。ここの客達と同じくね。エルとあなたに酷いことして、今更応援してたと言われても信じられない」


「お客さん達はともかく、店主さんはいい人だと思うけどな」


「だったら、エルの悪口を言う客を注意すべきだし、あなたに乱暴した客を追い出すべきだわ。なのに、それを当然のように受け入れていた。直接手を下していないから自分は無関係だと言いたいのかもしれないけど、私からすれば同罪よ」


「この街で、それは難しいんじゃない」


 ゆうたは言って、店内を見渡す。

 ここが酒場であるということを差し引いてもなお、余りある客質の悪さ。

 それはこの店に限らず、ゆうた達がこの街に来た時に感じたものだった。


「この街で一番大きな店ってことは、それだけ街の人がお客さんとして来るんでしょ。だったらその分、街の人の声が大きくなるのは仕方ないよ。この街で店を上手く経営して、そのうえでエルの味方をしようとして、店主さんがやってきたことは仕方ない部分もあると思う」


「だからって、客を野放しにした事実は消えないわ」


「エルを守ろうとした事実も消えないよ」


「理解できないわね」


 話は終わりとばかりに、ちよこが顔を背ける。

 潔癖な彼女には分からないだろう。

 だが、店主自身も分かって欲しいと思っていないだろう。

 ゆうたはそれ以上何も言わず、エルが来るのを待った。


「エルじゃねえか!どこに行ってたんだよ!」


「大丈夫かー!もう泣いてんじゃねえの?」


 エルの登場を知らせたのは、客の野次だった。

 エルは少し顔を強張らせつつも、反応せずにステージへと進む。

 以前のように取り乱さない彼女の様子が面白くなかったのか、客達の暴言はエスカレートしていった。


「ちゃんと聴きなさいよ!」


 たまらずちよこが立ち上がり、近くにいた客達へ声を張り上げる。

 酔いも回った客達にとって彼女の反応は面白かったらしく、挑発的な笑みを浮かべ、より一層大きな声で野次を飛ばし始めた。

 ステージから離れているのが幸いし、エルはこちらの様子に気付いていない。

 彼女はそのままステージに上がりマイクの前に立って一礼した。


「何も言わずに休んでしまってごめんなさい。その間いっぱい練習しました。完璧だって言えないと思います。でも、今の私が出せる力を全部出して歌います。聴いて下さい」


 そう言って歌い始める。

 だが、歌声は聴こえない。

 飛び交う野次の声が大きすぎて、ゆうた達の耳に彼女の歌声が届かないのだ。

 遂にちよこが客達に詰め寄り、怒鳴りつけた。


「いい加減にしなさい!あなた達は何のためにここにいるのよ!」


「酒飲むために決まってんだろ」


「私は飯―」


「っつーか勝手にエルが歌いやがるから、俺たちが歌の指導してやってんだ。感謝しろよ」


「聴いてもいないくせに、何が指導よ!」


「お前の声がうるさくて聴こえねえんだよ!黙っとけ!」


 言うとともに、ちよこの顔に酒をかけた。

 ぽたぽたと毛先から滴が零れ落ち、辺りを爆笑が包む。

 いつだったか、ゆうたもされたことだが彼女はゆうた程温厚ではない。


「よくもやったわね……!」


「魔術はダメだよ!」


 魔術の力は強大だ。

 怒りに身を任せてちよこが魔術を、それもただの人間相手に使おうものなら、今度こそエルの歌を聴いてもらえなくなる。

 彼女を宥めようと、ゆうたは慌てて駆け寄ろうとするのだが


「団長サマは立派でちゅねえ」


 言葉と共に足を引っかけられる。

 不意のことで受け身も取れず、ゆうたは顔から床に倒れ込んだ。

 転ばせた客は吐き捨てるようにして


「ガキだからって手ぇ出されねえとでも思ったか?ナメてんじゃねえよ」


 ゆうたは痛みに顔をしかめつつ、挑発に乗らないよう感情を押し殺して立ち上がる。

 けれど再び足を払われて


「犬は犬らしく、四つん這いになっとけや」


 しゃがんだ客が、ゆうたの耳をはじく。

 もう我慢の限界だった。


「おとなしく聴いてってば!」


 渾身の力を込めて、客の顔面に頭突きを食らわせた。

 鼻血をまき散らして倒れる客。


「ふざけんなクソガキ!」


「悪いのはそっちだろ!」


 止める者がいなくなったその後はただの乱闘だった。

 男女の別も年齢の上下も関係ない。

 酒瓶を投げ、テーブルをひっくり返し、殴り、蹴飛ばす。

 そんな客たちに、ちよこは律儀に命令を守って魔術を使わず拳をふるっていた。

 ゆうたはというと、ちよこに魔術を使わないよう厳命しておきながら、自分は持っていたありったけの種をばらまいて蔓へと成長させて酔っ払いたちを縛り上げている。


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