第11話 髪飾り

 必死に練習した二週間は、無意味に過ごした数日よりずっと短かった。

 あっという間に復帰することとなり、エルは今、酒場の楽屋にいる。

 もっと緊張すると思っていたのだが不思議と心穏やかだった。

 衣装に着替えたところで、扉を叩く音がした。


「開いてるよー」


 エルがそう言うと、扉を開けてゆうたが顔を覗かせる。


「ステージのセッティングがもうすぐ終わるよ。今ちよこが最終確認してる。エル

はどう?もう準備できた?」


「うん、あとは髪だけ」


「わかった。もう結んでいいよね」


 エルが頷いたのを見て、ゆうたはエルの後ろに回って髪を結い始める。

 いつもより小さなお団子を左右に作って、


「ステージの飾りと同じ花を使うよ」


 そう言って、ゆうたはポケットから手のひらサイズのタブレットを取り出し、そこから種を二粒出した。


「それ、種だよ」


 首を傾げるエルに、ゆうたは笑っただけで何も答えない。

 代わりに、ゆうたの手のひらにあった二粒の種から目がでて、たちまち花が連なり咲いた。

 一つ一つの花は小さいが花弁が非常に多く、発光しているのかと見紛うほど白い。


「すごい!ゆうたも魔術師だったの?」


「まさか。僕は森の番人(エルフ)の血が入ってるから、種なら操れるんだ。こうやって花を咲かせたり、ステージの飾り用に蔓だけを伸ばしたりね」


「すごいすごい!」


 ゆうたが照れたように笑い、それらを各々お団子に飾り付けた。


「はい、できたよ」


「ありがとう!」


 鏡台なんて洒落た物はないため、エルは手鏡で見ながらお礼を言う。

 真っ白な花が小さなお団子をぐるりと囲んでいる。

 今まで見た、どんな髪飾りよりも綺麗だった。


「ありがとう」


 手鏡を置いて、エルはゆうたに向き直った。


「僕よりちよこに言ってよ。新しいステージの設計図を描いたのも、その衣装を作ったのもちよこなんだから。僕は言われた通り作っただけだよ」


 ゆうたの言葉に、改めて自分の着ている衣装に目をやった。

 今まで使っていた衣装とは正反対の、シンプルで落ち着いた雰囲気のワンピース。

 髪飾りを映えさせるためであり、また歌に合わせてちよこが作ってくれたのだ。

 その歌だってエルの声に会う曲を探してくれた。

 一から十まで、いや、ゼロから百も二百も彼女の世話になっている。


「もちろんちよこにもだけど、ゆうたにもお礼をしたくて。私がまた、こうやって歌えるのはゆうたのおかげだから。」


「そんなことないよ。エルの実力でしょ」


 エルは首を横に振って


「私見たの。ゆうたが、私が復帰出来るよう店主さんにお願いしてくれてた。私がいないせいで、お客さんにお酒をかけられたりもしてた。私の歌に価値なんてないのに私を支えてくれた。本当にありがとう」


 頭を下げるエルに、ゆうたは困ったように頬を掻き


「僕はちよこみたいに歌を教えたり、衣装を作ったりなんてできないから。僕なりにできることをしたんだ。でもそれは、僕達二人ともエルの歌を聴きたいからだよ。自分の睡眠時間を削ってでも、お客さんに嫌なことされても、それでも聴きたかったんだ。僕達にとって、エルの歌はそれだけの価値があるんだよ」


 ゆうたは優しい眼差しをエルに向け


「お客さん達はまた何か言うかもしれない。でもエルの歌を楽しみにしてる人は間違いなくいるよ。僕とちよこと、……素直じゃない店主がね」


 エルの目頭がじわりと熱くなった。

 ぐっと堪えて、笑顔で返す。


「うん、楽しみにしてて」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る