10話 外交
「リマイナ、中隊長代理よろしく」
早朝、庁舎の前で業務引き継ぎを終え別れの言葉をリマイナとかわす。
中隊成立から数週間がたった今、中隊長の仕事は主に管理業務のみとなり、ようやく私も休暇が認められた。
「オッケー! 楽しんできてね」
リマイナは元気に敬礼する。
一応私のほうが階級は上なのだが、と呆れるがリマイナなら仕方ないと思う反面もある。
グロースライヒ製の黒い自動車のドアを開け荷物を放り込んで自分もその中に入る。
「じゃぁ、行ってくるわね」
去り際にリマイナにそう言って運転手に車を出すように命令する。
すると軽快なエンジン音を響かせて車は走り始めた。
目指すは首都、名目上は休暇となっているがウルマニスから命令された極秘指令にのっとりグロースライヒ大使館を訪れ現地の大使と派遣されている外務省職員との会談が予定されている。
「……私に何を期待しているのかしらね」
車の中で車窓を眺めながらつぶやく。
運転手は私が信頼を置く部下の一人で沈着に任務をこなし、口をはさむことをしない。
わが部隊が中隊となって数週間が立ったが運用上の問題はいくつか上がっている。
工兵、整備兵の不足。車両の旧式化。
その他さまざまな問題が浮き彫りとなった。
特に現在中隊に配備されているルノーFT戦車の老朽化が著しい。
先の内戦のような小規模な機動戦ならまだしも、これから想定されるような長距離行軍においてこ
の戦車では不満点が大きすぎる。
「まさかとは思うけどね」
もしや、グロースライヒの戦車を導入する期ではという疑念を抱く。
過去の歴史でもそうだった。
当時、戦車の製造を禁止されていたかの国は他国で戦車を研究及び製造を行っていた。
この世界ではラトーニャがその一か国となるのだろうか。
だとすれば――
「悪くない話ね」
世界に対して牙をむくであろうグロースライヒ。そしてそれに追従するであろう我が国。なるべくなら武器の規格はそろえたほうが良い。
そうすれば共同戦線も張りやすくなるというものだ。
「何が何でも、わが祖国だけは生き延びさせるのよ」
誰に向かっていったわけでもない、自分に対して言い聞かせるように言った。
「よく来てくれたね」
数時間の移動ののち、休憩もなくグロースライヒ大使館に連れていかれた。
大使館の軒先ではウルマニスが待っており、到着早々中に入れられた。
さすがはグロースライヒといった内装が我々を出迎えた。
石造りの壁に床、過度な装飾の施されていない機能美にあふれる照明器具。
どれをとってもその国らしさが出ていた。
「ここで君たちは会議を行ってもらう」
ぶっきらぼうにウルマニスはそう言って一つの部屋を指さした。
中にあるのは大きな机ただ一つで椅子もなければソファーもない。わずかに棚がある程度だ。
「君が、リューイ・ルーカス大尉かい? 話は聞いているよ」
中で待っていたのはグロースライヒ軍人だった。
階級は中佐、肩章があることからどこぞの参謀かと見受けられた。
「ハッ、第一戦車中隊中隊長。リューイ・ルーカスであります」
気を正して敬礼する。この場は外交ととらえるべきだろう、私の行動一つがグロースライヒに報告されると思ってかからねばならない。
「楽にしたまえ、君は我が国の軍人でもなければラトーニャの外交官でもない」
「と、言われましても」
中佐に楽にして構わないといわれてもどうしても肩が張ってしまう。
それに相手はグロースライヒの軍人である。知識だけで言えば他国の少将にも対抗できるほどの教育を受けているはずだ。
「なるほど、ウルマニス閣下の言う通りだ」
中佐は満足げに頷くとウルマニスは後ろから「我が国自慢の英雄だよ」といった。
「恐縮です」と私が頭を下げる。
「私の自己紹介がまだだったかな。グロースライヒ陸軍中佐ハインド・フォン・エルツィンだ」
エルツィンはそう言って右手を差し出す。
「よろしくお願いします」と私はその右手を握り返し握手を交わす。
「さて、本題だが」とウルマニスが切り出し、私は顔を引き締める。
その後ウルマニスと中佐の間で貿易や外交についての大まかな打ち合わせが行われ、徐々に話題は軍事方面へと移動し始めた。
その中で私は新規車両の重要性をウルマニスに説明し、次期戦車をグロースライヒから格安で輸入することの確約を得、またその次の戦車についてはラトーニャとグロースライヒが共同開発を行うという約束を取り付けた。
ここまでは、おおよそ想定通りだった。
時計を見れば10時にもなり、そろそろ上がるのではないかと思われた。
「して、ラトーニャは今後どうされるので?」
中佐が突然このようにウルマニスに尋ねた。
ウルマニスは表情を崩さずに「何のことですかな」ととぼけてみせた。
「私の耳には拡大路線を取るという噂を聞いているのですが」
その一言にウルマニスは冷や汗をかいたように見えた。
わずかな動揺が私の目には見えた。
「まさか、そんなことをすれば貴国とソビエンスキを敵に回すことになるではないですか」
そう、現在ラトーニャ周辺国はグロースライヒ、ソビエンスキ。そして最近独立を得たばかりではあるがソビエンスキと戦争すらしたポルスカの三国が手を伸ばしているのだ。
そのような中で拡大路線を取ることは大国の介入を容易に招いてしまう。
だからこそ、ウルマニスは私に電撃的侵攻作戦の計画を命令してきたのだ。
「我が国としては貴国の拡大路線はある程度容認しようと思っているのですが」
中佐が驚くべき発言をした。
わずかではあるがウルマニスの眉もピクリと上がった。
「それはまた何故でしょうか?」
ウルマニスの問いに中佐は口角を吊り上げて笑うと口を開いた。
「貴国を北のエストーニャ、南のリトーニャを併合すればソビエンスキにもポルスカにもある程度対抗できるようになるのではないかという淡い期待からですよ」
完全にこちらと利害が一致している。
のだがここで中佐の提案に乗ることはできない。
「なるほど、ですが残念ながらそのご期待には沿えません」
ウルマニスも同意見のようで中佐の提案を拒否した。
というのも彼の提案に乗ると我々が南北に拡張しようとしているということが国外に漏れてしまうからだ。国内でもこの計画を知るのはわずか数人に過ぎない、迂闊な手を打つことはできないだろう。
「そうですか、ですかお気持ちに変化があった際には一言ください」
中佐はそう言って笑った。
これはある種の脅しだった。
つまるところ『こちらは動きを把握している。何かするときにはこっちに報告してからにしろ』と言われているようなものでそれを怠ればグロースライヒの怒りを買いかねない。
「解りました。何かありましたらご連絡いたします」
ウルマニスはそう言って中佐と握手を交わした。
これが外交、と感心せざるを得なかった。
その後数十分雑談を交わすとその場はお開きになり私とウルマニスは大使館を後にした。車の中でウルマニスは私に「計画の立案を急げ」と焦り気味に伝えてきた。
グロースライヒに情報が洩れているということはそのほかの国に漏れていてもおかしくはない。もし漏れていれば面倒なことになる。
明日は総司令部で作戦の立案を行い、すぐに検討会を行うそうだ。
ひとまず今日は眠ろうと思いホテルのベッドに倒れこむ。
暗い天井を見つめて一人悩む。
この国、この時代にきて十数年が立った。もはや前世の記憶など薄れリューイとしての自我や記憶のほうがはっきりとしている。
ふと、鏡が目に映った。
そこに映る自分は酷く小さい。こんな小さい生娘が軍人であるといっても誰が信じるだろうか。
だが、確かに今私は軍人なのだ。それもただの一兵卒ではなく、士官。
こんな私でもついてきてくれる部下がいる。
頑張らねばと手を握り締め、その日は眠りについた。
第11章 プラン02
軍内部での私への風当たりはとてもじゃないが弱いとは言えない。
むしろ厳しいものだ。
保守的な軍上層部において私を英雄として市民に誇った反面、内心では私のことをあざ笑っている。
彼らは私をマスコットとして使えればそれでよく、それ以上のことは何も求めてはいなかった。
で、あるからに私が作戦を立案しても到底それを受け入れる気はないようだったが、ウルマニスのお墨付きとなればしぶしぶ受け付けなければならない。
だがそれは私にとって良いこととは一概に言えなかった。
重苦しい雰囲気が支配する陸軍総司令部。
ここには独立時に軍を指揮した元帥や当時それに従った将官が数多く在籍し、またこの日に合わせて各地から気鋭なる若手参謀たちも多く集っていた。
その中でもひと際異彩を放っているのが私ことリューイ・ルーカス。
いくら大尉とは言えこの場に参列するには階級が足りない。
周りが上官ばかりでどうやって自信を持って発言できようか。
「緊張しているのかね?」
突然背後から声を掛けられた。
バッと振り返るとそこには前回旅団が編成された際の旅団長の姿が。
確か名前は……ベルント・シューマイン。
第一師団長であり、当時は第一師団から第一混成旅団に多く大隊が派遣されていたこともあり彼自ら志願したそうだ。
彼とは戦いを共にしたこともあり、上級将校の中では信頼できる部類に入る。
とは言っても、私がぐんぐんと階級を上げることに不快感を抱いていてもおかしくはなく、油断できる相手でもない。
「えぇ、戦争には慣れていてもこのような上級将校の方々を相手にすると萎縮してしまいます」
そういうとベルントは口を開けて大きく笑った。
私が眉を顰めるとなおも笑いながら口を開いた。
「いやなに、君も人間らしいとこがあるのだな」
「それは一体どういうことでしょうか?」
「君の隊内での評判は聞き及んでいるよ。冷静沈着、しかし時には熱く部下を激励し、篤く部下を加護する。素晴らしいではないか」
ベルントは付け加えた。
「君が動揺することない、とまで言われている君の姿を部下に見せてみたいものだよ」
その言葉に私は背筋が凍った。
こんな姿を部下に見せればどうなるだろうか。
部下が私についてくることは二度となくなるだろう。
「仮に部下がいれば虚勢でも胸を張りますよ」
「――なるほど」
大きくうなずいたベルントは腕時計をチラッとみると口を開いた。
「さて、そろそろ時間だな」
「ですね」
そういうと我々は会議室へ向かった。
連なる席に腰を下ろすはラトーニャが誇る俊英参謀たち。
それを従えるは各方面軍司令官。
司令官と参謀の後ろには各師団長と副官たち。
一番奥の席には海軍司令長官。
最も力があるものが座る席には首相、カールリス・ウルマニス。
私の席は――
ウルマニスの横。
(なんという重圧だろうか)
階級が上の者しかいない状況で毅然とふるまえるほど、私も豪胆ではない。
むしろ萎縮している。
「閣下、失礼を承知でお尋ねするが、いくらご友人であろうとこのような席に尉官を招くというのはいささか問題があると思われますが」
そういって声を上げたのは北部方面軍司令官、フォンド・フェーリヒ。階級は中将。
ウルマニスは彼の指摘を右手で制すると秘書を手招きし、資料を配るように指示した。
「それについてはこの資料を見ていただきたい」
秘書が次々に資料を配っていく。
よくもまぁ平然と資料を配れるものだと感心するが、普段はこれよりも恐ろしい議員共を相手していたと思えば不思議なことでもない。
「この資料は今次作戦において極秘制作された計画書である。名をプラン02という」
「このような作戦、成功すると思っているのですか!?」
声を上げたのは東部方面軍司令官、ノイマン・ウェイリス。階級は中将。
視線を落とし手元の資料を再度確認する。
確かにこれは常識ではない、だが。
「――前代未聞というほどでもなかろう?」
ウルマニスは含み笑いをもってノイマンの問いに返した。
すると彼は私のほうに視線を向け
「具体的な内容については彼女に説明してもらう」
その声に反応するかの如く、私に視線が浴びせられた。
「では、私がウルマニス閣下に代わりまして私が説明いたします」
震える足を叱咤して自らを元気づける。
私なら、できる。
作戦の概要は以下の通りだ。
本作戦は北部と南部の隣国、エストーニャとリトーニャを併合するプランだ。
この二国を併合すれば東部の大国ソビエンスキにもある程度対抗ができ、南部の大国ポルスカとは均衡することができるだろう。
成功を収めるのに重要な要素はおよそ
・他国の介入を許さないほど電撃的に両国を屈服させること。
・被害を最小限に抑えること。
以上の二つだ。
簡単に言うが非常に難しいというのは私も十分承知している。
だからこそ、やる価値があるのだ。
本作戦において最初に攻略するのはエストーニャだ。
我が国の半分程度の国力しか有さず、首都も海岸線に近く簡単に落とせると思われる。
まず、国境付近で北部方面軍が敵前線部隊を抑え込み、その間に新編する中央軍が海路により敵首都を強襲し、議会を占拠。即時講和を実現させる。
次にリトーニャにその矛先を向ける。
南部方面軍はエストーニャが降伏するまでじわじわと後退しつつ遅滞戦闘に努める。
エストーニャが降伏し次第、北部方面軍と合流した南部方面軍は東部に戦力を集中させ敵の戦線に穴をこじ開ける。
そこから自動車化部隊を含む中央軍が突入し、敵の首都を落とす。
以上の概略を説明した後に、編成案も各司令官に説明する。
北部方面軍
第2師団 民兵支援連隊
南部方面軍
第1師団 第3師団 第4師団 第1航空連隊
中央軍
第1旅団 第1巡洋艦隊 海軍海上輸送連隊
第1旅団はラトーニャが有する3つの歩兵独立大隊と自動車化大隊及びいくつかの支援部隊によって構成され、この旅団が各首都を落とす主力となる。
「――以上となります」
私が説明を終えると反論の声を一切上がらなかった。
意外と言えば噓になる。
自分の作戦に自信があった、それだけに――
「賛同する者はご起立いただけるかな?」
ウルマニスの声に、全員が立ち上がった。
――うれしいものだ。
救国の英雄 ~タイムスリップして第2次世界大戦前に踏みつぶされる小国を救っちゃいます~ 雪楽党 @setugakuto
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