第2話『すたすたっ!ムーンライトニング』

 ねえねえ、聞いてっ!

 わたしねっ、魔法少女になれたんだよっ!

 あっ、わたしの名前は野堀のぼり小昼さひる。小学5年生!

 生まれつき下半身不随で歩けないんだけど、そんなのへっちゃらだよっ! 毎日リハビリしてるもんっ!

 昨日、大好きな春生さんが怪物に襲われてタイヘンだったんだ。

 でもね、わたしが春生さんを助けたいっ! ……って、強く思ったら、天使のキュッピーがそれに応えてくれて、わたしに力をくれたんだ!

 太陽の使い、シャイニエルってね!

 魔法少女って、いつも五体満足が前提じゃん? だからって、歩けないわたしが魔法少女になれる可能性はゼロだって誰かが決めつけたワケじゃないもんね。

 だからこそなれると思ってたんだっ!

 怪物をやっつけて春生さんを助けることができてよかった~!

 でも、みんなを心配させちゃうから、わたしがシャイニエルに変身したってことは春生さんにもナイショにしなきゃ!

 もちろん、友達にも……



『小昼ちゃん、おはよう』

 こぶしをこめかみから下に下ろし、次に両手の人差し指を内側に向かい合わせて折り曲げ、小さくおじぎをする。

 これが、手話で「おはよう」って意味なんだ。

『奈夜ちゃん、おはよーっ!』

 このショートヘアの子が司住しずみ奈夜なやちゃん! 同い年で、わたしの一番の友達!

 すっごく頭がよくて、日本人形みたいにキレイでかわいいんだ~!

 生まれつき耳が聞こえないから会話はいつも手話なんだ。って言っても、できるのは簡単なものだけ。補聴器をつけてるから少しは聞こえるんだって。

 手話教室がきっかけで仲よくなってから、いつも私のところに遊びに来てくれるのっ!

 今日は学校がお休みだから来てくれたんだ! うれしい!

『あのね、今日はオセロやりたくて借りてきたの! やろっ!』

 プレイルームから借りてきたオセロを見せると、奈夜ちゃんは嬉しそうにニコリと返してうなずく。

 プレイルームにはボードゲームがたくさんあって、その日のうちに返却ができる約束ができるなら貸し出してくれるの!

 聴力を使う必要がないから、奈夜ちゃんとはいつもボードゲームをやってるんだ。

 で、今日はオセロを選んだの。奈夜ちゃん、すっごく強いんだっ!

 今日こそは負けないよーっ! ……って言いたいけど、手話だとどう言うんだろ? えーっと……

 わたしの自信満々な表情を見た奈夜ちゃんが、カバンから電子メモパッドを取り出す。

 手話では言うのが難しい文章はそれでお話してくれるんだ。奈夜ちゃんも、こっちのほうが話しやすいんだって。

 サラサラ、と何か書くと、それをわたしに呆れたような顔でそれを見せた。


『今日は負けへんで! って顔しとるで』


 ありゃ、顔で分かるんだ。

 奈夜ちゃん、落ち着いた見た目によらず、大阪から来たから書き言葉も関西弁なんだ。パパとママのメールの文が関西弁だからうつったのかな?

 オセロの盤と石を箱から出す。中央のマスに白と黒の石を4つ並べる。

 準備よーし!

 静かにじゃんけんをして、先攻後攻を決める。じゃんけんぽん。ありゃ、負けちゃった。

 勝った奈夜ちゃんが先攻。黒い石を手前の白い石の隣に置いて、それをひっくり返した。

 よーしっ、じゃあわたしはここっ!



 ……しばらく静かに対局を重ねて。

 ここまでのわたしと奈夜ちゃんの戦績は……奈夜ちゃんの全勝、わたしの全敗。トホホ……

 うーんっ、どうして勝てないんだろう、角はなるべく取るようにしてるのに!

 電子メモパッドを取り出す奈夜ちゃん。何か言いたいのかな。

『あかんあかん どこに置こうて顔に出とる』

「わかるの!?」

 って、声に出しても聞こえないか。

 パッドを貸してくれたので奈夜ちゃんに言った言葉をそのまま書いた。

 読んですぐに内容を消して、お返事を書いてくれた。

『ウチ耳聞こえへんから、相手のことは目使わなわからん。

 今日は何食べれるんやとか、今日の春生さんかっこよかったとか、小昼ちゃんはすーぐ顔に出やすい。ついでに次どこ打とうかなて、ちょっとの動作で見え見えや。

 ハッタリかけよ思うても、アホは隠そうとする動きもスケスケ。ええか、相手に動き悟られんのが次の手読まれん基本や』

 わあ、奈夜ちゃんらしい!

 ……って、もしかしてわたしのこと遠回しにディスってる……?

『じいちゃんの受け売りや。じいちゃんも耳聞こえんくなったから目だけが頼りや言うとった。そないな感じで対局しとったって』

 奈夜ちゃんの言う『じいちゃん』とは、本当のおじいちゃんじゃなくて、少し前まで同じ病院に入院してた元プロの棋士さんのことなんだ。かなり歳をとってたけど奈夜ちゃんにポテンシャルを感じて、最期まで奈夜ちゃんに将棋を教えてくれたの。

 そんな奈夜ちゃんだからこそ、人を観察する力がすごいんだよねっ!

 おかげで奈夜ちゃんは年上相手でも、将棋でたくさん勝ってるんだ。もしかしたら、将来女流棋士になれるかもだって!

 いっつも難しい顔して、パチン、と王手まで追い詰める奈夜ちゃんはすっごくカッコイイんだ!

『ねえねえ、もしも奈夜ちゃんがプロになったらいつか試合見に行ってもいい?』

『対局ん時は集中できんから基本的に客呼ばんで』

『えーっそうなの!?』

『けどまあ、もしウチが人気になったら一番の親友としてインタビュー受けてな。そんでウチがどんだけバリバリすごくてクールビューティーか答えたって』

 あははっ、自分でクールビューティーって言っちゃうんだ!

 奈夜ちゃん、さすが大阪出身って思うくらいに面白いっ!

 もちろんだよっ! クールビューティで、頭が良くて、優しくて強い子だって答えるねっ!


『せや、今日はお小遣いもろたんや。お菓子買いにいこ』

「やった、お菓子っ♪ いこいこっ!」

 奈夜ちゃんはわたしの車いすを押して、売店へとゆっくり走らせた。

 ついでにオセロ返したいな、と伝えたら、行き先をプレイルームに変えてくれた。

 えへへ、押してもらうとその人の優しさが伝わって好きだな……!

 オセロを返してから再び売店へと向かう。

 一階にちょこんとある売店は、わたしにとっては大きな天国。色とりどりに並べられたお菓子にアイス、そして飲み物は、病院食にはない、幸せになるような味が詰まってるの!

 病院食って栄養を考えて作られてるのは分かるんだけど、味が薄くて量が少ないからあんまり「美味しいっ!」って楽しくなれる感じがしないんだよね……

 でもね、その分一時的に退院して、ママがカレーやハンバーグを作るって言うとねっ! すーっごくっ! ワクワクした気持ちになれるのっ! ママの料理はみーんな美味しいんだっ!

 だからきっと、歩けるようになったらママの料理とか、美味しいものがたっくさん食べられるよねっ!

『高いモンあったらウチ呼んでな 値段やないで、棚の高さやで』

 はーいっ! と、手話で伝えた。いつもありがとう奈夜ちゃん!

 先生からは特に何も食事制限はされてないから、パパからもらったお小遣いの範囲内で食べたいものを選ぶ。

 このクッキー美味しそうだなあ、このおせんべいはこの前隣の部屋のおばあちゃんがくれたやつだ!

「次はーっばいてーん! ばいてーん! プシューッ!」

「あははっ、早いってひじり! 傷に響くって!」

「きゃっ!」

 あぶないっ、ぶつかるところだった! 奈夜ちゃんがギリギリのところで引いてくれたからなんとかぶつからずに済んだ。

 同じ車いすの人だ、そんなに速く押したら事故っちゃいそうだよ……

 二人とも派手な見た目してるっ、ちょっと怖い……

「つーか一応肝臓やられてっから酒は買うな……」

 車いすのお兄さんが後ろのお兄さんに言い切る前に、誰かがその車いすを軽く蹴った。

 ……って、奈夜ちゃん!?

 カバンからパッドを取り出して、スラスラとメッセージを書く。それをお兄さんたちに見せる顔は明らかにキレてる。

『ぶつかったらどないすんねんアホ あやまれ』

「はあ? アンタ一応よけたんだろ? 別に謝る必要なんて」

「聖。かわいいちょうちょちゃんにご迷惑をかけたんだ。

 ごめんね、ちょうちょちゃん。場を弁えず騒いでしまって。この責任はきっちり背負うよ」

 わ、わーっ、手の取り方がまるで王子様みたいっ……!

 って、いけないいけない! わたしには春生さんって人が!

「いや、わたしは大丈夫ですっ!

 奈夜ちゃん、わたしも大丈夫だから」

 と、手話で伝えても奈夜ちゃんの怒りはおさまらない。

「つーかしゃべんねーのマジなんなの? そんなにオレらと口聞きたくない的な?」

「聖! もう、ちょうちょちゃんに対する態度じゃないだろ」

「今給料発生してねーじゃん、いいだろ別に」

「まったく、お前ってヤツは……

 明日からは翔和とわだけでいいわ、お前はクラブでしか輝けない。今お前のやったことはさすがにオレでも引いた」

「なんだと!?」

『出てけアホ!!』

 奈夜ちゃんはパッドの角で車いすのお兄さんの頭を勢いよくはたいた。

 って! 今のお兄さんあんまり悪くないのにっ!


「お兄さん、すみません! この子、耳が聞こえなくて」

『奈夜ちゃんもだよ、すぐ頭に血が上るのはダメだよっ』

 聖さん、と呼ばれたピアスの多いお兄さんは奈夜ちゃんににらまれただけで「なんだよ!」と捨て台詞を吐いて逃げてしまった。車いすのお兄さんを置いて。

 お兄さん、とばっちり受けちゃってこっちが申し訳ない気分だよ。

「いや、こちらこそオレの教育不足ってゆーか……後輩が本当にごめん!

 ごめんって手話でなんて言うの? 教えて!」

 えっと、たしか親指と人差し指で眉間をつまんで、手の指をそろえて、頭と一緒に下げる動きのはず。

 そう伝えるとお兄さんは奈夜ちゃんに向かってその動作を見せ、最後に深く頭を下げた。

 かっこよく髪をセットしてて、よく見るとまつ毛にマスカラを塗ってる。メイクしてるのかお肌が白い。すごくオシャレな人だけど、見た目によらずマジメな人っぽそう。

「……許してくれる、かな?」

『許してあげよう、それにこのお兄さんはさっき逃げたお兄さんを注意してたんだよ』

 ほら奈夜ちゃん、はたいたこと謝ろう?

 わたしの手話でようやく、自分は怒る相手を間違えたことが分かり、胸がつかえたように苦しげな顔をした。

 そして奈夜ちゃんも……お兄さんと同じく、『ごめんなさい』を手話で表現した。

「そんな、君が謝る筋合いはないよ。怒られて当然のことをしてしまったんだ、ほら、笑顔になって。

 お詫びになんでもおごるよ、好きなお菓子をこのカゴの中に入れておいで」

「いいんですか!?」

 そのことを奈夜ちゃんに伝えた。

 けど……思ったより、嬉しいようには見えなかった。

『お互い様やからそないになんでもは貰えへんわ

 一個だけにしよ、それでチャラや』

 会話が聴き取れずに車いすのお兄さんだけをはたいたこと、気にしてるのかな……

 たしかに暴力はダメだし、とばっちりだけど、私奈夜ちゃんのそのどんな人に対してもハッキリ言えるところ、しっかりしてると思うよ。

『ほなダッツ買お、新しい味出たらしいやん

 もしもなかったらコイツのダチにコキ使わせて買わせたろ』

 あっ、ちゃっかりしてるところは変わらなかった。


『なんでお前もおるん?』

「ダメ? オレ中庭出ちゃダメって言われてて」

 談話室で買ってもらったダッツのバニラ味を一緒に食べようと思ったら、お兄さんもそのままついていくように同じ廊下をたどった。

 お兄さんも同じアイスを一つ買ってた。お兄さんは病室に戻って食べるの?

 意外と病室近くなのかも、初めて見た顔だし最近入院し始めたのかな。

 たしか傷が響く、って言ってたから、交通事故に遭ったとか……? ギプスが見られないけど、車椅子に乗るほど歩行が難しいってことは臓器に損傷があるのかも。

 ちなみに新しい味は売店に売ってなかったので、次の日にお兄さんのお友達にお願いしてほかのお店で買ってもらう約束をした。

 お兄さん、ちゃんと約束は守るって真っ直ぐな目で言ってくれたからなんだかすごくドキッとしちゃう。うーんっ、イケメンってこういう人を言うんだなあ……

 って! だからわたしには春生さんがっ!

「じゃあ向こうの談話室で一緒に食べましょっ!

 わたし、野堀小昼っていいます! この子は司住奈夜ちゃんです!」

「よろしく、ちょうちょちゃん。オレは……綺羅きら、っていうんだ」

「綺羅さんですねっ! キラキラしててステキな名前ですね!」

「あははっ、そう言われると嬉しいな。小さいちょうちょちゃんは褒め上手だね」

「えへへ……でもどうして、わたしたちのことを『ちょうちょちゃん』って呼ぶんですか?」

「なんでかって?

 君たちがひらひらと空を舞う蝶のように、健気で、儚くて、愛らしいからだよ」

 きゃーっ、頭撫でられた……!

 それにお兄さん、いい匂いがするっ! もっとドキッとしちゃった!

 って! 奈夜ちゃん! また車いす蹴っちゃダメだってば!

『やめろアホ!! 小昼にさわんなサムいわ!!』

 ぶっきらぼうな字でそう書き、必死に綺羅さんをにらみつけた。

「あははっ、夜のちょうちょちゃんは昼のちょうちょちゃんが大好きなんだね。

 大丈夫、昼のちょうちょちゃんを独り占めしようとは思わないよ。今はね」

 今は!?

「あのっ、すみませんっ、わたしには心に決めた人がいるっていうか……」

「おやおや、そうだったのかい。ふふっ、君のような純粋な子に好かれるなんて、その人はとても幸せな人だね」

 え、笑顔までカッコいいっ!

 わーんっ、春生さんが一番カッコいいって思ってるはずなのに、なんで揺らいじゃうのっ……!

 そうだっ、今言ったことを奈夜ちゃんに伝えなきゃっ! きっとちょうちょちゃんって呼ばれてることとか、綺羅さんの名前のこととかも伝わってないよね。

 それをパッドを借りて伝える。それを見て、き、ら、と手話で名前を確認する。

『ムダに電気代発生しとるお前にはピッタリな名前やな』

 奈夜ちゃん、毒が強い!

「それは、オレが一番輝いて見えるって受け止めていいのかい?」

 そして綺羅さんはすごくポジティブ!

『あかんわコイツ。イヤミが効かへん』

 奈夜ちゃんが折れた……!






「さて、昨日は想定外の事態が起こったが……今日こそは同じ手には乗らない。

 地底魔術に不可能はない……今度こそ、この地を地底魔界のものにしてみせよう」



「ううっ、地底魔人の気配がするです、なのに小昼さんに伝えられないっ……!

 きっとボクの姿はあのお友達にも見えるかもしれません。そうなるとかえって混乱を招いてしまいますっ! お願い小昼さんっ、気付くのですっ!」



 ぶわっ、と風が吹いたような気がした。

 なんだろう、このイヤに肌を撫でるような感じ……

『小昼ちゃん? どないしたん』

 ううん、なんでもないよ、とすぐに首を横に振った……けど、そうとは言い切れない。

『なんでもないって顔してへんやん。言うてみ』

 あははっ、さすがだな奈夜ちゃん……奈夜ちゃんはなんでもお見通しだ。

「なにか悩みかい? 恋の相談は難しいけれど」

『お前は黙っとれや』

 奈夜ちゃんには聞こえてないのに!?

「アイス食べ終わった? じゃあゴミはオレが捨てるよ」

「そんな、大丈夫ですよ。綺羅さんだって車いすなのに」

「気にしないで、オレは歩けなくはないけど歩くと傷が開くかもしれないって感じだから」

「気にしますよ、治りが遅くなったら大変ですもん!」

「心配してくれてありがとう。やっぱり小さいちょうちょちゃんは健気で愛らしいね……

 おっと、夜のちょうちょちゃん。そんなににらまないで」

 まだ何も言ってないってば、たぶん!


「心の『キズ』も、まだ治っていないようだな」


 !! この声……まさか!

 窓から何か……来る!

「伏せて!」

 奈夜ちゃんの腕を下に引っ張り、頭を守るようにテーブルの下に隠す。

 綺羅さんも私の叫びに反応して、すぐに頭を腕で守った。

 悪い予感はまさに当たり、窓ガラスが風の勢いでパリンッと割れた!

 あぶないっ、破片が刺さりそうっ!

「くっ……!」

「えっ!?」

 綺羅さん!?

 立ち上がったと思えば、さらに私たちに覆いかぶさった!!

 そんなっ、傷が開いちゃうのに!

「二人とも……怪我はない……?」

「綺羅さん!!」

 背中にガラスの破片が刺さったら大変ですよ!!


「おやおや……見た目によらず、身を挺して子どもを守るのか」

「アンタは誰だい? 彼女たちに何か用なのかな」

「用があるのは……そう、工芸品のように繊細なガラスのハートの持ち主である、お前だ」

「それはどう、もっ……!?」

 綺羅さんから黒いオーラが出た!?

 これって、この前の春生さんの時と同じ!

 綺羅さんがうずくまり、晴れた視界から割れた窓ガラスから侵入した姿を確認する。

 えっ……なんで!?

 マミル3世……倒したはずじゃ!?

「小昼さんっ! 早く彼女を逃がすのですっ!」

「キュッピー! 今までどこにいたの!?」

「ずっと小昼さんの近くにいました、人形のフリをして!

 ボクがキミ以外の子どもに見られたらメンドーなことになるでしょう!?」

 た、たしかに!

 って言ってる場合じゃない! そうだ、奈夜ちゃんを逃がさなきゃっ!

 変身して戦うのはそのあとだよね!

 綺羅さんが吸い込まれるようにマミル3世のもとへと引き寄せられる。

 このままじゃ綺羅さんがモンスターになっちゃう……!

 絶対に助けなきゃっ、体を張ってわたしたちを守ってくれたんだからっ!

「奈夜ちゃんっ! 逃げようっ!」

 顔を上げ、マミル3世の姿を確認したことで事態のあやうさを理解したようで、すぐさまわたしの車いすを押した。

 えーと、奈夜ちゃんの安全を確保できるところ……!

「あそこのオストメイトが空いてますっ!」

「わかった!」

 キュッピーは奈夜ちゃんのことを知っているのか、彼女の視界に入らないところでわたしに指示を送った。

 わたしは奈夜ちゃんにオストメイト……つまり優先トイレの場所を指で指し示す。

 よしっ、着いた! ここなら鍵もかけられるから奈夜ちゃんに危害が及ばない!

 あとは別の場所で変身、ってことで!

 奈夜ちゃんの背中を押して、引き戸を閉める。

 ……閉まる直前、驚いた顔をしてた。

 多分『アンタは入らへんの!?』って、言いたいんだよね。

 でもこの事態を食い止めることができるのは、お医者さんでも看護師さんでもなくって……

 わたししかいないんだっ……!

「キュッピー!」

「はいっ!」

 左腕にあるエンジェル・ブレス・レットを構えて、呪文を唱える。


「シャイナブル・シャイニエル・エンジェリング!!」



 淡いピンクのパジャマが真っ白に強い光を放つ。

 上から引っ張られたような感じがして、それに従うと、自然と目線が上がった。

 右手に、白とオレンジを基調としたステッキが握られる。持ち手が輪っかみたいになってて、まるでフェンシングの剣のよう。

 髪も三つ編みがほどかれ、倍以上に伸びたようでそれがぐるっぐるに巻かれ、ふわふわになびく。頭頂部にはネコ耳のように髪型がアレンジされる。

 強く光ったパジャマはオレンジのロリータファッションのように変わり、パニエが揺れる。背中にはオレンジと赤の羽根を散らす翼、そして真っ赤なしっぽが生える。


「マジカルエンジェル・シャイニエル!」


 病院の人をターゲットにするなんて、許せない!


 昨日のように炎の魔法で燃やせば……!

「メテオガン!」

 ステッキから炎の玉を撃つ。

 玉に当たり、包帯が燃える……はずなのに。

「それはもはや常套手段」

「なっ!?」

 当たったのに包帯が燃えない!?

 なんでっ、炎を使ってるのにっ!

「耐火仕様の私に勝てるはずもない……生まれ変わるたびに強化される私、そして常套手段でしか使えないお前!

 はたして、追い詰められるのはどちらの方かな?」

 生まれ変わる!? 倒しても復活するの!?

 炎攻撃に耐えられるなんて、そんなの勝ち目ないじゃんっ!

 じゃあ特大技使っても意味ない、よね……

 だ、だったら!

「熱風サイクロン!!」

 台風レベルの風に飛ばされちゃえっ! えいっ!

「残念だが……私は貴様のように浮遊魔法を使っているのではない。

 空間固定魔法……どんな風に煽られようが、てこを使おうが私を揺るがすことはできない。

 さあ、『詰み』だな。『王手』だ、太陽の使いシャイニエル!」

 わああんっ、どーしよーっ……!


***


 小昼……なんで、ウチだけを閉じ込めたんや。アンタだけなんで……

 おかしいやろそんなん。アンタもフツーに走って逃げられるような状態やないやろ。

 そんで、入れる直前に……

 ……これから戦うみたいな、キリッとした顔しとって。

 アンタのようなヤツがなんでそないな顔できるん? これから何するんや?

 ほんま……隠し事がヘタクソやな、アイツ。

 すまんな、閉じ込めといてアレやけど……

 アンタのようなヤツが、アイツに太刀打ちできるんか?

 だってアンタはただの……


「……天使……?」

 なにを見とるんや、ウチ。

 でも、さっきの包帯男に炎を飛ばしとるのは……まぎれもなく、真っ白で、オレンジで、太陽みたいな天使。

 いや、よく見とったら……

 小昼に、似とる……?

 まさかな、だってコイツ小昼と違って立っとるもん。いや、浮いとるんか? 一回も地面に足つけてへんな。

 ああ、あかんあかん、両手両足縛られとるやんか!

 何言っとるんや包帯男、ソイツに近付いて何するつもりなんや……!


「やーっ、えぇろ!」


 上手く発音はでけへんけど……!

 アイツを見過ごせることも、ウチにはでけへんねん!!

 なんでか知らんけど!!


***


「奈夜ちゃん!?」

 どうして、安全な場所に避難させたはずじゃ!?

 やめろ……って、言ってるの?

「ほう……愚かな、自ら戻ってくるとは」

「彼女には手を出さないでっ……! あぁっ!」

「減らず口を。ならば、彼女の代わりに自分が地底魔人になるか?

 可能性があれば……自由に歩くことができるかもしれないぞ?」

「そんなのっ……絶対、いや……!」

 地底魔人になったとしても、そんな姿で生きたくない!

 自由に歩ける足が欲しいのはホントだよ、だからこそ……

 毎日この体で歩く練習して、自分の力で身につけたいの!!

「だから私は!

 春生さんも、奈夜ちゃんも!

 この病院の人たち全員、守ってみせる!!

 私がシャイニエルである限り! 諦めたくない!!」


***


 ……シャイニエル……

 補聴器が、その言葉をハッキリと捉えた。

 それが、アンタの名前か……?

 やっぱアンタの顔、どこか小昼ちゃんと重なるな。

 なんや、魔法少女って普通歩けて、どこの神経もマヒしてなくて、普通に学校通えるような子がなるんとちゃうの?

 魔法少女って……願えば、誰でもなれるん……?


 もし、ウチもなれたら……

 あの兄ちゃんを、救えるんやろか……

 無駄に眩しくてウザいけど……だからってほっとく理由にはならん。

 まだ新しい味のアイス買うてもろてへんし、まだ傷治っとらんし!

 なんかようわからんけど、あのままじゃ確実にあかんやん!!


「シャイニエル以外から強いエナジーを感じるです!

 これは四の五の言ってられないです、どうかシャイニエルを助けるのです! エナジーの発生源は……

 ええいっ、こちらを使ってくださーいっ!」


 はぁ!?

 なんやこの人形、浮いとる!?


 左手首に天使の輪のようなものが巻かれる。

 まぶしい、けど、なんやパワーのようなモノを感じる……!


 ……ライタブル・ムーンライトニング・エンジェリング……


 え、勝手に頭に浮かんだんやけど。呪文か?


 突如として服が真っ白に強い光を放つ。

 上から引っ張られたような感じがして、それに従うと、自然と目線が上がった。

 両手に、白と紫を基調とした三日月型のブレードが握られる。外側の刃は真っ直ぐに光を反射するほどに鋭い。

 髪が黒から紫に染まり、両サイドが犬の垂れ耳のように伸びる。根本にはパールの髪飾りがついた。

 強く光ったブラウスとスカートは紫のロリータファッションのように変わり、かぼちゃショーパンが揺れる。背中には紫とピンクの羽根を散らす翼、そしてピンクのふわふわなしっぽが生える。

 これが、魔法の力を得たウチの姿……少々かわいすぎとちゃうかな?


『マジカルエンジェル・ムーンライトニング!』


 変身できるんや、ウチでも……!


「やった、やりました!

 さあやっちゃってください、ムーンライトニング!」

 変身したのに聴覚はほぼ仕事せんまま。

 せやからすまん、アンタが何言うてんのか分からんわ。

 けど向こうに指さしとるっちゅーことは、アイツを片付けろ言うんやろ?

 任したって、とりあえずやってみるわ!

 待ってなシャイニエル、兄ちゃん!

 手に握っとるんは……三日月型のブレード。トンファーの要領で振ればええんか。

 一回試しに振るってみる。なるほど、なんや衝撃波みたいのが飛ぶんやな。

 おっ、シャイニエルを縛った包帯が切れた! コイツは僥倖!

 ならばコイツ自体を切り刻むまで!!

『はあああ!』

 なんや、新しい魔法少女が誕生してビックリドッキリしとるんか?

 そりゃええわ、ええサプライズになったやろ?

 ウチもまさかこんなフリフリばっかの衣装を身にまとって、パワーアップしてブレード振り回せるとは思わんかったわ!

 ……ま、耳は聞こえへんままやけど……

 変身中だけでも、ハッキリ周りの音が聞こえたらな。

 いや……じいちゃん、言うとったな。

 耳が聞こえんでも王手は打てる、その必勝法は……

「くっ、早い!」

『はあああっ!』

 スーツから伸びる包帯を切って切って、逃げまくる。

 本体は……近付かん方がええな。あまり方向転換する気はないんか……なるほど!

 耳は聞こえんくても、目の前で起きとることを正確に把握することこそ! 王手を獲る一歩や!!


 ヤツの周りをグルグル回って撹乱。

 袖から伸びる包帯は無限に伸びるのか、まだまだしつこくウチを追いかける。

 けどそれが仇になったな、自分の身を把握せんかったお前は串カツ二度づけするようなアホや!

「くっ、包帯が絡まった……!」


***


「ムーンライトニング……! 奈夜ちゃんも変身できるんだ!

 って、今喋った!?」

「キュッピーの付加魔法の一つっ! テレパシーの応用で、心の声をそのまま首元のリボンから流れるようにしましたっ! どうやら発音不全で聞き取りにくそうでしたから、シャイニエルと今後共に戦うことを考慮してつけてみましたっ!」

「なにそれちょー便利っ! 普段でもそーゆうのできないの!?」

 そしたらもっと言葉のニュアンスが伝わりやすくなるのにっ!

「もちろん変身中だけしかできないですよっ、あとは現代の科学や工学の進歩を信じるしかないですね。

 あと、付加魔法は一つしかつけられないのもネックですね……耳が聞こえるようになればもっと彼女の戦闘力が上がるのですが」

「その心配はなんじゃないかな?」

「どうしてです?」

「奈夜ちゃん、いや、ムーンライトニングは!

 すっごく頭と目がいいから!」

 ムーンライトニング、動きが早い!

 どんどん襲いかかる包帯からぐるぐる逃げ回って、マミル3世を自分の包帯で縛り上げた!

 速すぎて残像すら見えないくらい! あんなにぐるぐる回ってるとこっちも目が回っちゃいそう……!

 すごいっ、これが奈夜ちゃん、いやムーンライトニングのパワー!

「おのれ、ムーンライトニング……!

 フンッ、ならば!」

 なにっ、綺羅さんに何するつもりなの!?

「さあ、聞かせろ! お前の心の痛みを!

 それを糧に魔の力を増幅させるのだ!」

 綺羅さんの闇のオーラがさらに強くなる。

 やめてっ、そんなことしたら大変だってば!


『ごめん……オレが、不甲斐ないばかりに。

 君を傷つけてしまうことになって……』


「ほほう、なるほど。此奴こやつのハートの『キズ』の最たる原因は、この腹の切り傷と関わりがあるらしいな」

「切り傷!?」

 ってことは、刃物とかで切られたってこと!? 交通事故の怪我じゃない……!?

 なにかひどいことをされたの!?


『なんや、アイツ何か言うたんか?』

 えっと、綺羅さんは、刃物のようなもので切られた……って手話で伝えたけど……

 まるで綺羅さんが相手を傷つけたような言い方……傷ついてるのは綺羅さんのほうなのに?

『兄ちゃんそれで傷心かいな?

 悪い思うてヘラヘラしおって……

 ホンマ、キザなヤツはムカつくわ。なにがムカつくって……

 平気や言うて本音抑えつけて、一番自分を傷つけとるの、自分やんか!!』

 怒りのパワーを、綺羅さん……いや、その近くのマミルに衝撃波に込めて攻撃した。

『追い詰めるのは自分やない! 将棋なら相手やろ!!

 ナルシが自分を悪く言うなやボケェ!!』

 怒りの矛先、完全に綺羅さんに向けてるよね!?

『アンタのような外道にはこれが一番お似合いや』

 三日月型のブレードを構えると、凍てつくようなオーラがムーンライトニングから発した。

 それがブレードに移ると、研がれたようにさらに鋭くなった!

 鋭いブレードから放たれる、千の冷凍の衝撃波が休む間もなくマミルの体に刻まれる。 

 まるで猛吹雪のような勢いだ……!

『吹きさらせ!!

 チェックメイトブリザード!!』

 氷漬けになった包帯まみれのマミルに、最後の一手を打つように特大の刃でスラッシュ!

「ぐあああっ……!!

 次は……耐凍仕様として、生まれ変わってやるっ……!」


『何言うてるかわからんけど……

 とりあえずこれでどつけたやろ。一昨日来やがれ、包帯のおっさん』




「小昼ちゃん!? この辺りで騒ぎが起きたって聞いたけど!」

「春生さん!!

 助けてくださいっ、綺羅さんが!!」

「綺羅さん……?

 うわっ、背中が! 待ってて、すぐに外科医の先生呼んでくるから!」

 運よく春生さんが駆けつけたおかげで、綺羅さんを助けることができた。

 幸い綺羅さんの受けた背中の傷は浅く、箇所は多いけど全てすぐに治るらしい。

 本当によかった~! これでまたひどいケガが増えたら車いすどころじゃなくなるもんね。

 手当てを終えた綺羅さんを病室まで見送り、わたしも自分のところへ帰ろうとした。

 ……けど、奈夜ちゃんの様子がおかしい。どうしたの、病室のネームプレートなんて見て……

 目を丸くした途端、閉じたばかりの病室のドアを勢いよく開けた。

「奈夜ちゃん!?」

 そのままズカズカと彼の元へと歩く。

 いきなり必死な顔になって、なにか気付いたことでもあったの?

 綺羅さんも驚いて、ベッドに座ろうとした腰を持ち上げた。

 自分の声じゃ伝えられないと、歯がゆいような顔をしながらパッドに言いたいことをつづる。

 うーんっ、自分の頭の高さじゃ見えないっ!

『日下部ってアンタのことか!?』

「え、ああ、オレの本名は日下部くさかべあきらだけど……名札でバレちゃったか」

 奈夜ちゃんにも伝わるように首を縦に振る。その表情はちょっと照れくさそうだった。

 綺羅、って本名じゃなかったの? どうして……?

 日下部……って、そういえば、プロ棋士のおじいちゃんの名字も!

「あの! 日下部光次郎こうじろうさんって身内にいませんか?」

「ああ、オレの祖父さ! ちょうどこの病院で最期を迎えたんだっけ……だからかな、なんとなくだけどここに祖父がいるような気がするんだ」

 やっぱり!

 綺羅さん、おじいちゃんの本当のお孫さんだったんだ……!

 そのことを奈夜ちゃんに手話で伝える。驚いたように目と口を丸く開けると、『マジか……』と言いたげに頭を抱えた。

「どうしたんだい? もしかして祖父に会ったことが?」

「実はですね……」



「マジか……」

 今度は綺羅さんが声に出して言った。

「へえ、おじい様の最後の弟子が……きっと、オレよりかわいがったんだろうね」

「おじいちゃんと仲が悪かったんですか?」

「あはは、あまりいい話じゃないよ?

 オレはこの通り夜の仕事やってるから、最後までおじい様どころか家族に嫌われてたんだ。見舞いも家族だと誰も来ないし……」

 綺羅さんがどんな仕事をしているのか想像はつかない。

 でも、お客さんに刺されたって、一体なにをすればそんなことになるの?

 人が嫌がるようなことはしてない、よね……? 綺羅さん、すごくいい人だし。

 どうして家族に、お客さんに嫌われてるの……?

 後輩だって言ってたお兄さんと笑い合ってた綺羅さんは、心から信頼しあってるみたいで……お仕事がイヤなものには見えない。

「お兄さん、お仕事は好きなんですか?」

「うーん……オレってダメダメだから、今の仕事くらいしか稼げなくて。でも来てくれるちょうちょちゃんはみんなかわいいし、とても楽しんでくれるし……そんな子たちに夢を見せられるんだから、まあ悪くはないとは思うよ。

 それに今は……オトナだけじゃない、君たちのようなちょうちょちゃんも守るべきだ、オレだって守れる、と思えば、もしかしたらオレって意外とできることが多いんじゃないかなってことにも気付けた。

 君たちには色々とお礼をしなきゃだよね、なんて、今の君たちにオレらしいお礼はできないけど……もしも君たちがオトナになったら、精いっぱい、ステキな夢をお届けするよ」

『何言うてるかしらんけどなんやムカつくわ』

 奈夜ちゃん、一蹴しないでっ!

「あははっ手厳しい! いいよ、強気なちょうちょちゃんは嫌いじゃないよ!」

「綺羅さん、すごくポジティブですね……」

 とても自分をダメダメだとコンプレックスを感じてる人には見えない……

『お客さんに刺されたんやろ、なんやアホなやらかししたんとちゃう』

「ちょっ、奈夜ちゃん!」

 それはさすがにストレートすぎなんじゃ!? なんか答えづらそうな感じだし……

「んー……まあ、多分そうかもね?」

「えっ?」

「って、口にしてもわからないよね。ちょっと待ってて」

 と、綺羅さんはチェストからメモとペンを取り出した。

 スラスラとペンを運ぶ様子に、頭の悪さは感じ取れない。ペンの持ち方だってキレイだし。

 長い脚を組んでるのを見ると、スタイルがいいんだなって思っちゃう。本当にイケメンだなぁ、綺羅さん……

 も、もちろん、わたしの一番の人は春生さんだよっ!?

「はい、これなら夜のちょうちょちゃんでも読めるでしょ」

 ぱり、とメモを一枚はがし、それを奈夜ちゃんに渡した。

 細いけど、はっきりしていて、ときどきルビを振って読みやすい字で書かれたのは……わたしたちにわかるような、でもわからないような、そんな内容。

『人を壊したくなる理由って、いなくなってしまえばいいだけじゃないんだ。

 時には『自分だけのものにしたい』という『愛』で、間違いを犯すこともある。

 オレはあんまり愛されることがなかったから愛を求めて今の仕事をやってるけど、色んな愛が世の中にうずまき、人を育て、時には壊すとようやく理解できるようになったよ。オレもまだまだ幼いサナギだね。

 これから大人になるちょうちょちゃん。どうか、色んな愛を知って、喜び、悲しみ、羽ばたいてほしい。

 願わくば、オレにもステキな愛をくれたら……』

 そして最後に、『Kira☆』と、かっこよく筆記体のサインで締められた。

「大事にとっておいてくれると嬉しいな。もしかしたらプレミアな価値がつくかもしれないから」

 受け取ったメモに目を通す奈夜ちゃん。もちろん今の綺羅さんの言葉は耳に届いてない。

 はあ、と一つため息をこぼした、ということは読み終えたのかな。明らかに『うっざ』と顔に出してるけど……

『サナギやなくてイモ虫やろ。

 要はさびしいんか』

 パッドで書いた言葉を綺羅さんに見せてからすぐに消して、続きを書いた。

 彼は図星を突かれたのか、困ったように小さく笑う。

『まあ、アンタは思ったより単純やないってことはわかったわ。やらかしが原因やないことも』

「ちょうちょちゃん……」

『せやけどやっぱちょうちょちゃんはウザいわ キモいわ さぶいぼ立つわ』

 奈夜ちゃん、キザっぽいの苦手なんだね……

 次に書いた文字を書く手がちょっと遅い。どうしたんだろ、見せるの恥ずかしいのかな。

 見せる時も、一瞬じらすようにパッドを固く握った。そんなにためらうなんて、奈夜ちゃんらしくない。

 けど、そのためらった理由は……彼女の小さく書かれた言葉でようやく判明した。

『けどまあ ウチのようなヤツにも体張って守ってくれたんは ほめてやる』

「あ、り……が、と」

 奈夜ちゃんは声を出すことなんてめったにしない。正確に発音できないのがイヤだからって。

 でも、こうして改めて声に出してるってことは、それほど……

「……こちらこそありがとう、奈夜ちゃん」

 綺羅さんの目じりに、涙が光ってたような気がした。

 綺羅さんもその意味がわかってたんだ。


***


 一つ、思い出したことがあったわ。

 じいちゃんに将棋教わってた時にな。ウチには聞こえんと思ったからか、じいちゃんはいつも自分の家族の話をしてた。それも、いつも同じことばかり話すから、最初はちょいちょいしか拾えんかった言葉をつなぎあわせて、一字一句忘れんようになったわ。どんだけ繰り返すねん、昼間のサスペンスドラマもそこまで同じの再放送せんわ。

「息子も大成してくれればよかったんだが、中小企業の部長で止まってしまってな。おかげで孫にでかい期待を背負わせて、一番以外は認めんような内弁慶になったんだ。孫のことはめいっぱいに甘やかしたかったが、家族や世間の目があって、なかなか優しい顔をできなかった……わしは、アイツが元気でやってくれれば、それでいいんだ……

 元気かなあ、アイツは……なにもできなくて、すまないなあ……」

 補聴器つけとるから、実は聞こえとったで。ちょいちょいな。多分じいちゃんも耳が聞こえんくなった言うたし、ボロボロこぼれた言葉が胸の内にしか留まってないとか思うてたんやろうな。

 そないに言うんやったら呼べばええんやろうけど……なんとも言えんな。

 でもまあ……アイツは完全に家族に愛されてなかった、ってことはなかったんやな。

 いつか機会あったら言うたろかな。もう遅いかもしれんけど。

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