俺の部屋に勇者と魔王は入りきらない

渡葉たびびと/ファンタジア文庫

短編

 勇者と魔王の戦いは、まったくの互角だった。

 激しい戦いによって魔王城は既にボロボロに壊れ、周囲の景色が見えている。

「あーあ、せっかくの城が……。好き勝手やってくれたな」

 若い女性の姿をした「魔王」ゼノが笑う。

 小さな身体からだからは、どす黒い魔力が放たれている。

「城の心配などいいでしょう……アナタは今ここで、倒されるんだから」

 剣を構えた「勇者」リーネが答えた。こちらもまだ若い、人間の少女だ。

「――調子に乗るな」

 ゼノが手をかざす。リーネが慌てて身をかわす。

 遠く、爆音。背後に見えていた山が一つ消し飛んだ。

「そっち……こそ!」

 今度はリーネが剣で、目の前の空間をぎ払う。光の斬撃が放たれ、ゼノの身体がまっぷたつに裂けた! だが魔王は即座に身体を再生させる。魔力が尽きるまで、何度でも復活できるのだ。

「何度やっても無駄なんだけどな。ちょっとはビビってくれてもいんじゃない?」

「ビビるもんですか。勇者の、私の一番の武器は……『勇気』なんだから!」

「ふふ。面白いじゃないか」

 ゼノは連続で魔弾を放つ。だが、リーネは全てかわす。遠くで山が次々に吹き飛ぶ。地形までも軽く変えてしまうほどの力。

「はぁ……ぁあ!!」

 リーネも諦めずに、渾身こんしんの斬撃を放つ。斬撃はゼノの身体を切り裂き、そのまま止まらず空へ!

 ズズ、と音がした。空に浮かぶ月に、ひとすじの跡が刻まれていた。月を……斬った!

「……ふふふ。派手ね。強い……。それならアタシも」

 ゼノは縦線が入った月を横目に、舌をなめずった。

「本気を、出そうか」

「望む……ところです!」

 二人は向かい合い、魔力を最大まで高める。魔王城はその力に耐えられず崩れてゆく。いや、それどころか……周囲では崖が崩落し、いくつもの竜巻が発生し、空では月がひび割れてゆく。

「「はああああああ――ッ」」

 見える景色すべてを崩壊させるほどの力が、衝突する――!

 星がまるごと振動し、世界中の人々が、この戦いのすさまじさを知った。二人の魔力はぶつかり合い、暴走し、白と黒に明滅し、激しく渦を巻く。

「く……そお!」

「お……のれ!」

 勇者と魔王の身体が、空中に投げ出される。彼女たちですら、立っていられない。二人の身体は魔力の渦に飲み込まれ、周囲がまばゆい光に包まれ、そして――




 ……という凄まじい戦いが、一週間前にあったらしい。

 少なくとも本人たちはそう主張している。

 俺は実際に見たわけではない。俺にわかるのは、この二人が今、敵同士であるらしいことだけだ。

 そう。二人の戦いは、今も続いている。俺――村野英人むらのえいとの目の前で、その戦いは行われている。危険? まさか。何一つ危険はない。

「おのれ魔王……! おとなしく『それ』を渡しなさい!」

 勇者リーネが飛びかかる。それを魔王ゼノは、ごろんと寝返り一つでかわした。

「えー? これは今、アタシが使ってるんですけど」

「くそっ、早く奪わないと!」

 リーネはまだ諦めずに挑み、二人の少女はどったんばったんと床を転げまわる。

「うぐ……ぐぐぐぐぐ」

「むむ……むむむむむ」

 ゼノが持っていた「それ」を、リーネがつかんで引っ張る。力比べだ。以前ならこれで一つの世界が揺らいだかもしれないが、今この戦いで揺れるのは、せいぜいアパートの部屋一つ。

 いや、つまり俺の住んでる部屋なんですけど。だから俺としては揺れちゃあ困る。あっホラ、棚のフィギュアが一つ倒れたぞ。どうしてくれるんだ。

 だがやつらは、そんなことは気にせず争いを続ける。リーネが渾身こんしんの力をこめて叫ぶ。

「渡しなさい……渡せよ……! その『タブレット』を!!」

「やだ」

 二人は力を入れたまま離さない。薄い板状の電子機器――タブレット端末をだ。いや、それも俺のなんだけどさ。

「これ、凄いんだもん。魔界の照水晶テルビジョンにもこんな機能なかったし? だからこれはアタシがもらうし、人類も滅ぼす」

「ゆ……許せない。世界もタブレットも、お前の好きにはさせない……!」

 リーネがこぶしを振りかぶる。勇者の拳、正義の拳だ。何しろ今、タブレットのついでで人類が滅びかけている。

 彼女らにとって、これはそのくらいの一大事らしい。なぜなら――

「だって……だってまだ、あのアニメの先週分見てないんですよ! 今期の覇権ですよ!?」

「いやいや。今アタシがネイル動画見てますから。ネイル込みでトータルコーデだから。ここ押さえないと神ギャルになれないし? 

神ってか魔王だけど」

「人類滅ぼすならネイルとかいらないでしょ!?」

「いいところは貰ってから滅ぼす」

 二人にはそれぞれの正義があり、だからタブレットが必要なようだった。なんていうか……お前らホントにそれでいいの?

「勝手なことを……言うなぁ!」

 リーネは拳を振り下ろし、そのままポカッとゼノを殴った。「やりおったな」とゼノも殴り返す。そのまましばらく、ポカスカと殴り合いが続く。

 ドタバタと床が揺れる。また一つ、棚のフィギュアが倒れる。あああ。このままじゃ俺の棚の大事な人類が滅ぶ!! ここで俺はいいかげん耐えられなくなった。

「――お前ら」

 俺は勇者と魔王の拳を掴んで止めた。何も難しいことはない。簡単だ。なぜなら目の前の二人は今――魔力を持たぬ、ただの少女なのだから。

「そろそろいい加減にしとけよ」

 だから片手でタブレットを掴んで、二人からひょいと取り上げることだってできる。

「こいつは俺が預かる。そろそろソシャゲやんないと、イベント終わっちまうしな」

「あ――――! そんな!!」

 リーネが心底悲しそうな声を出す。情けない勇者もあったもんだ。

「え、エイト! エイトは勇者パーティの新たなメンバーとして魔王コイツを倒して、それから一緒に引きこもって暮らすんですよ!? 私は味方です! だから、今は私にタブレットを……」

「はァ? エイトは魔王軍の参謀として勇者オマエを倒して、お城でパーリナイするんだし」

 リーネとゼノは大慌てで、左右から俺の体にすがりついてきた。

「お、おい……やめろって!」

 俺はちょっと焦った。密着してみると、こいつらが紛れもなく女の子であることがよくわかる。その感触はあったかくて、やわらかくて……俺の体が薄らぼんやりと光り始める。

 あっ。これはまずいやつだ。

 この後どうなるか、俺にはなんとなく予想がついた。そうなる前にこの場をおさめなくては! 仕方ないので俺の究極必殺奥義を使うことにしよう。

「「エイト……!」」

「おい、お前ら……!」

 密着して俺の持つタブレットに手を伸ばす二人に告げる。

「それ以上抵抗すると……今日はおやつ抜きになるぞ」

 二人の動きが止まる。

「うっ」「それは……」

「――ロールケーキが冷蔵庫にあったはずだが。いらないなら好きにするといい」

 なるべく冷たく言ってやる。リーネとゼノはゆっくり手を下ろし、俺から離れた。驚くほど従順である。勇者だろうが魔王だろうが、おやつにはあらがえない。

「うう……アニメ……」

「ネイル動画……」

 結局二人は、捨てられた犬のようにしょんぼりと体育座りし、涙目でロールケーキをかじることになった。

 俺はため息をつく。

 ある日突然現れた、謎の二人。この一週間ですっかり人間の文化に染められ……この家に住み着いた少女たち。

 オタクになってしまった勇者と、ギャルになってしまった魔王。

 俺は今――そんな二人に挟まれる生活を送っている。




 始まりは先週だった。

 ひたすらにヒマな夏休み。俺はいつものようにベッドでタブレットを操作し、ダラダラとソシャゲの周回をしていた。俺なりのリラックスタイムだ。一人暮らしは大変だが、こういう時は静かでいい。

 そう、俺は静寂を愛していたのだ。だというのに。

 気が付くと目の前に――ぎゅんぎゅんぎゅん、と音をたて、光る渦が出現していた。こいつだ。この渦が、俺の部屋にやかましい連中を連れ込んだのだ。

「え」

 と俺は間抜けな声を漏らした。突然、目の前に光る渦が出現した人間としては平均的なリアクションが取れたと思う。

 すると、渦はこのように返事をした。

「「わ……あああああ!?」」

 いやまあ、返事ではなかった。慌てた声だった。そして次の瞬間。

「――ぐえっ!?」

 腹に重い衝撃があり、俺は情けない悲鳴をあげるハメになった。宙に浮かぶ渦から、何かが落ちてきたらしい。

 その何かが俺にぶつかるのと同時。浮かんでいた丸い渦もまた、光ったまま俺の体に降りてきて、そのまま体内に吸収されていった。

 ――今にして思えばこれが「魔力」だったんだろう。は、「むこう」で渦に飲み込まれたと言っていた。彼女らの力の衝突が渦を生んだのだと。

 そう、ここでその二人が登場する。

 腹が重い。そして、体温を感じる。自分の腹に目をやると、そこには二つの人影があった。

「――くそ、勇者め。力が強すぎて転移現象を起こしたか……?」

 もぞりと起き上がった小柄な人影――幼い少女に見える――が、言葉を発する。その顔があまりに美人だったので、一瞬はっと見とれてしまう。

「ここは……? いや、今はいい。魔王、まだ決着はついてないぞ……!」

 もう一方の影も起き上がった。同じく相当な美少女で、こちらは体つきが大人っぽい。

 どちらもほとんど裸みたいな恰好かっこうで、しかも服のあちこちが破けてボロボロだった。あまりのきわどさに、我も忘れてツバを飲む。そういう状況ではないかもしれないが、俺も男の子なのでここは素直に飲んでおく。

「――いくぞ。はぁっ!」

 ……と。俺がそんなことをしてる間に勇者と呼ばれたほうの子が殴りかかっていた。えっ。なんで突然ケンカが始まるの?

 俺が驚いているうちに勇者のパンチが放たれる。魔王と呼ばれたほうの少女も身構える。パンチはすんなりと命中した。ぽすっ、と軽い音とともに拳が魔王の胸に当たる。

「……あれ?」

 攻撃した「勇者」が声を漏らす。

「なんだそのヘナチョコパンチは! スライムにでもつつかれたかと思ったわ! ――隙あり!」

 すると「魔王」もニヤリと笑い、パンチを返した。ぽすっ、と軽い音とともに拳が勇者の肩に当たる。

「……あれ?」

 攻撃した魔王が同じような声を漏らす。

 勇者が再びパンチを出す。「あれ?」魔王も再びパンチを出す。「あれ?」勇者。魔王。勇者。「あれ?」「あれ?」

「うそ、なんで魔力が……? くそっ、倒れろっ」

「そっちこそ……!」

 ドタバタと応酬が続く。二人の打ち合いはだんだんと激しくなっていったが、どこか困っているようだった。だが俺はもっと困っている。なぜならここが俺のベッドの上だからだ。

「ちょ……ちょっと待って! 一回止まろう!?」

 急に現れた女の子が、自分んでいきなり全力パンチ出したらそりゃ俺だってビックリするよ。だから慌てて間に入り、止めようと思った。

 それがいけなかった。

 狭いベッドの上。今まさに相手に殴りかかろうと前のめりになっていた少女二人。その間に、俺。勇者と魔王は勢いのままに俺にぶつかった。そのまま、ベッドに三つの体が折り重なる。

「……おわあ!?」

「ひえっ?」

「うわあっ」

 この時のことはよく覚えてる。なぜって、めちゃくちゃ柔らかかったから! 俺の上には勇者がいて、下には魔王がいた。

 一人、誰とも触れずに暮らしていると忘れがちになるんだけど、人肌ってこんなに温かいんだな。驚いたし、うひゃーと思った。俺はもう限界だった!

 その、直後だった。


 ――カッ!


「「……ぎゃ―――っ!?」」

 謎の光がほとばしり、「勇者」と「魔王」がベッドから吹き飛ばされた。えっ何? 光った? 何か光ったよね?

 いや……正確には今も、まだ光っている。自分の右手を見る。左手を見る。胴も、足も。薄くボンヤリした光に包まれている。光はどう見ても俺から出ていた。

「ば……バカな」

 床に落ちた魔王が驚いたように言った。

「これほどの魔力、四天王クラス。いやそれ以上……?」

「そんな……私のパーティの魔導士でも、ここまでは……!」

 合わせて勇者も驚く。

「え……な、何だよこの光……!?」

 もちろん、俺も驚く。そりゃ当然驚く。俺から出る光はますます強くなっていた。もうブワブワ出てる。すごい勢いだ。気が付くと、足が床から浮いてすらいた。

「まさか……」「これは……」

 床にへたり込みながら、勇者と魔王は自らの両手を確認する。彼女らの手からは、特に何も出る様子はない。

 さっきまで「あれ?」を繰り返していた二人は、その様子から一つの結論に至ったようだった。勇者がつぶやいた。

「私たちの魔力……全部、持ってかれちゃってる……!?」

 どうやらそのようだった。

 どう考えても今の俺にはものすごい力がありそうだったし、彼女らにはなさそうだった。

 実際ほとんど何もわからなかったが、俺もそれだけは理解した。だって浮いてるし。

「うそだ。私の力が……。コイツを倒さないといけないのに!」

「くそっ、アタシも同じか……厄介だな」

 それは結構なショックだったようで、二人は座り込んで悩み始めた。俺としても、この場をどう収拾つけていいかわからない。とはいえ、いつまでも俺の家でこのままってのも困る。なんとかこの状況を変えられないもんか?

「あー、その、お二人とも? と、とりあえず一度――」

 少しだけ考えて、結局俺が思いついたのはこのくらいだった。

「おやつでも食べて落ち着こうか」




 これは効果があった。一発だった。

「これは……! なんですかこれは!?」

「…………美味うまい」

 勇者はハイテンションに、魔王はしみじみと、シュークリームを味わった。ケンカもおさめるスイーツの力。まったく偉大なことだ。

「すごい……美味しすぎる。魔法でも使ってるとしか思えないです」

「これほどのアイテムを即座に用意するとは……貴様、ただものではないな?」

 二人は目をきらきらさせ、ほっぺにクリームをつけたままそんなことを言った。いや、凄いのはお菓子会社の人だけどね。

「き、気に入ってくれたならよかったよ。落ち着いたら、一度事情を説明してほしいところかな」

 俺はとにかくそれだけを望んでいた。突然、二人の少女が俺の部屋に降ってきた。これは説明を求めてもいいだろう。

 が、こいつらは食べるのに夢中で聞いちゃいない。

「どうしよう。と、止まりません……!」

 勇者が次の一個に手を伸ばす。魔王も次の一個に手を伸ばす。

 その手が、皿の上でぶつかる。

「――あ?」

 シュークリームは、最後の一個だった。瞬間、二人の目が険しいものに変わる。

「魔王。その手をどけなさい」

「いやだ」

 殺気があたりに張り詰める。空気が緊張感のあるものに変わる。この雰囲気は、やはり目の前の「勇者」と「魔王」がただ者ではないことを感じさせるものだった。ほっぺにクリームついたままだけど。

「ちょ……ちょっと!? ケンカは再開するなよ?」

 仕方なく俺が間に入る。これ以上部屋で暴れられたら困る。二人の目がこちらを向いた。

「そうだ!」

 勇者が何か思いついたように、ぴょこんと顔を上げる。

「ねえ、あなたも人間なら私に味方しましょう!? さっきの魔力があれば一発です! 魔王コイツは人類にとっての悪。一緒にブッ倒しましょう!!」

 彼女は大きな胸を揺らしながら元気いっぱいに主張した。

「……ふん。勇者コイツのような貧乏人といて何になる。アタシは『王』だ。それなりの待遇も用意するよ? こっちでそのチカラ、使ってみなよ」

 だが、魔王も同じことを考えたようだった。対抗するように、美しい顔で不敵に笑う。小さいわりに表情は大人っぽい。

「な、なにをー」「何だと」

 争う二人は顔を寄せてにらみあった。バチバチと火花が散る……かのようだ。実際には何も出ない。こいつらにはもう魔力がないからだ。

「いや、俺はどっちの味方とかじゃなくてさ。ケンカしないでくれって……」

 俺は口を挟むが、

「「こっちに味方するよね!?」」

 聞いちゃくれねえ。俺にとって面倒だったのは、二人の目的が少しだけ変わってしまったことだ。

 ――「目の前の相手を『俺を味方にして』倒す」というふうに。

 結局こいつらは争いをやめなかった。この二人が敵対している、というのは変えようのない事実なのだった。いつまでってもやめないので、残りのシュークリームは俺が食った。二人はこの世の終わりのような顔をしていた。


 さて。恐ろしいことに、シュークリーム戦争の後も、彼女らは俺から離れなかった。

 俺としてはさっさと出て行って欲しかったが、どうしても二人は俺を味方に引き入れようとした。

 たいした執念だった。魔力を失っても根性は残るということか。だからこいつらはここに居残る。居座る。夕方になっても、夜になっても……。

「――いや、住み着くなよ!!」

 夜になっても出て行かない二人に、俺は頭を抱えた。

「そんなことを言って、私のいない隙に魔王に寝返るつもりでしょう!?」

「感心しないな。アタシがいなければ、勇者と二人になれるか?」

「それに、ここに居れば、またお菓子が手に入るかも……」

 やめてくれよ。この部屋は狭いんだ。夢のマイ・スイート・ヒキコモリスペースなんだ。

 だが結局少女たちは出て行かないし、よくよく考えると……こんなやたら露出度の高い二人の少女を放り出すところを、誰かに見られでもしたら? ここは法治国家日本だ。罪に問われるのは誰だ? ――俺だ!

「ち、ちくしょう……」

 諦めるしかなかった。受け入れるしかなかった。勇者と魔王。二人がここに住み着くのを。

 しかも、ただの勇者と魔王じゃない。この話にはまだ先があるのだ。この後だった。こいつらが、第二形態に進化(?)するのは――。




「んーっ。いい朝だ。今日も魔王でもブン殴るかなー!!」

「朝から物騒すぎる」

 勇者と呼ばれる少女、リーネは単純というか素直というか、そういう人種だった。

「いやいや、魔王をブン殴るのが勇者わたしの仕事ですよ? 人類を苦しめるアイツが許せないから、殴りにいくために村を出たんです!」

「勇者だからって勇ましすぎるだろ!?」

「えへへ。そんな褒めないでくださいよ――あ、500Gめっけ」

 褒めてない。断じて褒めてないし、リーネは人の話も聞かずに俺の引き出しから小銭を回収していた。回収するな。

 コイツは毎日、勝手に人の部屋をあさる。正直めちゃくちゃ迷惑だ。彼女いわく、

「勇者たるもの、見知らぬ土地での調査を欠かしてはなりません。どんな危険があるかわからないし……何かアイテムが手に入るかもしれません」

 だそうである。リーネは大真面目だったし、言ってることもわかる。が、目の前で棚を漁るこれは勇者か? 野良犬とかのほうが近いのでは?

 そして結果的に、この行動は危険だった。彼女の「探索」はやがて、彼女自身を変える結果につながってしまうのである。

 あるいは俺の部屋が危険だったと言えるのかもしれない。棚を好き放題に見て回ったリーネは、次々とアイテムを発見することに成功した――ラノベに漫画、ゲーム、アニメの円盤。価値あるアイテムだろう? 俺の自慢のコレクションだ。

 その結果。

 三日も経つ頃には、リーネの口からはこんな言葉が出てくるようになった。

「尊い……」

 リーネは単純というか素直というか、そういう人種だった。人類を救おうってくらいだ、もともと人間好きでもあったのだろう。そんな彼女に、俺の持つ物語はヒットした。

「勇者ぁー? 今日こそマジで決着つけてやる――」

 この日も魔王・ゼノがいつものようにケンカを売りにきた。だがそれにリーネはこう答えた。

「ま、待って!」

「何」

「今、今……!」

 そう、勇者はこの部屋で新たな呪文を覚えていた。

「今、推しが尊いから無理!」

「オシがトウトイからムリ!?」

 魔王にはその呪文は一つも理解できなかった。ちなみにもちろん俺はわかる。うん、推しが尊い時って無理だよね。

「この二人、完全に想い合ってる……! そうだよ、カレがゲームに誘ってくれたから今のこの子がいるんだよね! これは、無限の良さがある……!」

「??」

 ゼノが困惑している。凄いなあ、人はここまで変われるんだ。あの、魔王を殴ることしか頭になさそうだったリーネが……。

「ねえエイト、わかりますよね? この二人はどちらが欠けても成立しないっていうか、実はどっちも大好きでしょコレ……!」

「え? お、おう。主人公のほうは態度に出さないけど、ヒロインはべったりだよな」

「はぁーカワイイなあ。私の村には、こんな物なかったですよ」

「そっか。まあ……そう言われると悪くない気分かもな?」

 なるほど、ファンタジー世界の、それも田舎出身だとそういうこともあるのかもしれない。すっかりハマってしまったようだ。彼女はイキイキと語り続けた。

「昨日見つけたゲームも良かったですよね。私のいた世界みたいなトコで、こうモンスターが、女の子にぐわーっと! 絵もキレイで、あとだいぶエッチ」

「ちょっと待てお前それエロゲーもやったのかお前おい」

 前言撤回。こいつを野放しにするのは危険すぎる。

 思春期の男の子の部屋には見てはいけないモノもある。それをどうか覚えておいてほしい。





 一方。

「ふむ。この世界にも通貨はあるのか。しかし貨幣価値が不安定なのは感心しないな……?」

 魔王、ゼノはけっこう学があるようだった。さすがは魔「王」といったところか? 人間の勇者より発言がかなりマトモなのがちょっと悲しい。

 そのぶん、態度はなかなかに尊大だ。リーネほど素直ではない。こいつは最初、

「ではエイト。私を住ませるなら、貴様にこの部屋の半分をやろう」

 なんて言っていたのだ。まあ一蹴したけど。貰いませんよ、既に100%俺のだからな。

 さて、そんな魔王様がこの部屋で気に入ったのは、テレビだった。

「あはは。なんだこいつら、この程度のクイズもわかんないの」

 人類をちょっと下に見ている彼女にとって、ちょうどいい娯楽だったのかもしれない。

 魔王様は夏なのをいいことに半裸に近いカッコでふんぞり返り、画面を指さして笑っていた。

「人類の程度が知れるわ。なあエイト?」

「えっ。お、おお」

 不意にゼノがこっちを見た。態度は色気のかけらもないのに、細い脚や薄い胸がチラリと見えてるのがなまめかしくてズルイと思う。思わず目をそらす。じ、人類は簡単に屈しないぞ!

 テレビは最初、人類を見下すための道具だった。ゼノは愚かな人間をゲラゲラ笑うために使っていた。だが、これも三日目くらいだっただろうか。転機が訪れる。

 その時に見ていたのは何でもない情報番組で、最近の流行を紹介するとか、そんな内容だったのだが。

「ん? これは。この人類はすごいぞ……」

 それを見ていたゼノが身を乗り出し、珍しく人類を褒めたのだ。

「え? 何? 魔王様のお眼鏡にかなう人間でもいた?」

 俺も画面をのぞき込んでみる。そこに映っていたのは。

 ――キラッキラに爪をデコり、全身をキワどいファッションでキメた女子高生。

 ギャルだ。それも有名な、カリスマギャル。

 それをゼノはこう評した。

「この者ら。人々からあがめられ、完全にこの原宿を統治している! 悪魔のようなツメ。己の力を誇示するファッション。これぞ魔王のあるべき姿……!」

 マジでか。

「本当に人間なのか? 人間のフリをして溶け込んでいる悪魔とかではないのか? 見事だ。参考にしよう」

 マジらしかった。

 確かに一部の人類から崇められてるし、服装もサキュバスとか、そういう系の悪魔にいそうだけど……!

 それからだ。ゼノは本当にギャルを参考にし始めた。人類を支配するヒントがここにある、とでも思っていそうだった。偉大なる魔王様が、ギャルの言葉や口調を取り入れるようになったのだ……!

 ある時、彼女は俺のソデをくいくいと引っ張り、得意げに話しかけてきた。

「ねえエイト」

「ん? 何」

「卍」

 え?

「だから、卍」

「……それ、意味わかって使ってる?」

「まんじ……」

 魔王様はうつむいた。こうしているとただの子どもにしか見えない。覚えた言葉を使ってみたかったってこと? マジ卍~(ごめん、俺も意味わかってない)。

「な、何がおかしい。アタシは人類を滅ぼすんだから。ちゃんと覚悟しておかないとマジヤバだから」

 とはいえ、ゼノは熱心だった。間違いなく努力家ではあった。ちゃんと、身に着けつつある。努力の方向がギャル語なだけで。

「……なんかさ」

 ふと俺は思った。

「一生懸命ギャルのこと勉強してるけど、ホントに滅ぼすんだよな、人類……?」

「と、トーゼンじゃん」

 ゼノはツンと上を向いた。

「人類滅亡はご先祖からの悲願だから。達成しないとか、マジないし」

「お、おう。……ホント、二人とも根は真面目だよなあ。実は似てるんじゃね……?」

「は? 勇者ごときと一緒にされるとか、マジないし!」

 ゼノは心外だ、というふうに声を荒げた。おお、だいぶギャルっぽくなってきてる。

「はぁ。マジ災厄さいやく……」

 この少女はどこまでも真剣で、どこまでも人類の敵だった。いや実際、魔王おまえ以上の災厄はこの世にないからな?




 さて、めでたくオタク勇者とギャル魔王が出来上がった。これが我が家の現状というわけだ。こいつらが……この狭い部屋で俺を挟んで争うのが。

「おのれ魔王! おとなしくチャンネルを変えさせろ! でないと……アニメが! 『アイドル☆ステージ』の続きが!」

「あはは。勇者、アニメ見すぎじゃね。残念だけど今は『ぱんけーき』の特集の時間だし」

「何ぃー。ならば力ずくで変えさせるまで!」

「は? ちょっとマジやめろし」

「あの時の決着……今つけてやろう! チャンネルをかけて!」

「ちっ。やる気なら相手してやろうじゃん」

「いくぞ!」

「卍!」

 そしてリーネとゼノはどちらからともなく飛びかかり、またしてもドタバタとしたケンカが始まった。いやホント何度でも言うけどお前らそれでいいの? 人類の命運をかけた戦いの続きがチャンネル権争奪でいいの?

「はぁ、またコレか」

 見るに堪えかねてため息をつく。

「はいはいストップストップ。そろそろメシにしような」

 とりあえず俺は両者の頭を掴んで戦いを止めた。二人は思ったより素直に従う。俺もこいつらと暮らす中で一つ学んだのだ。勇者と魔王は――メシとかおやつに弱い。

 せっかくなので今日はピザをとってやることにした。ピザはうまいからなあ、きっとこいつらも驚くだろう。そう思って注文したが――結果は少し違った。

 スマホからウェブ注文してしばらく待つと――

 ピンポーン

 とチャイム音。俺は「はいはい」と玄関に出て、滞りなくピザを受け取る。そしてさあ食うか、と部屋に戻ると……リーネとゼノは早くも驚愕きょうがくして、がくがくとうろたえていた。

「そ……それはまさか」

「バカな。召喚魔法……!?」

 お、おう。そうか。そこか。

「い、今のは使い魔? いったいどうやって呼んだの……?」

「声も出さずに呼んでたけど。無詠唱!? パネェ」

 うーん。確かに、宅配は現代の召喚魔法と言えなくもないのかもな? そんでウェブ注文が無詠唱か。いいなあ。俺も今度からネット通販のこと召喚って呼ぼう。


「――なんというか、さあ」

 さて。テーブルを三人で囲み、ピザを頬張りながら俺は発言する。

 メシを食ってる間はケンカしないので、落ち着いて会話ができる。ちょっと聞いてみたいことがあったのだ。あまりにもこいつらが……「勇者」「魔王」っぽいところを見せてくれないから。

「お前らって……もうちょっとカッコよくケンカできないの?」

「「カッコよく?」」

 二人の声がハモった。こいつら、仲悪いくせにたまに妙にそろうよな。

「仮にも勇者と魔王なんだろ?」

「「仮じゃない!」」

「だったらこう、魔法とか呪文詠唱とか。正直ちょっと見てみたいよね。俺、そういう小説とか好きでさあ……せっかく住まわせてるんだから、そのくらい見せてくれないと」

 これは本音だ。勇者とか魔王とか、憧れるんだよね。魔法も、出せるモンなら出してみたいもんだ。

「うーんでも、魔力ないと、ぶっちゃけムリじゃない?」

 が、ゼノの返事は冷めたものだった。えー。

「自分の中の魔力が、完全に無くなっちゃってるんですよ。……ていうか、エイトが全部持ってっちゃったんですからね!? ココですよ、ココに全部あるんです!」

「……うわっ!?」

 リーネはそう言ってこちらに近づき、服をぎゅっと掴んで俺の腹に手を当てた。

 た、確かに。俺は魔力の渦が吸い込まれていったのが腹のあたりだったことを思い出したし、あとこうして密着してみるとリーネの胸が相当なボリュームであることを理解した。ど、どうしよう。やわらかいぞ。

「つまり、もう自分じゃ魔法は出せない、ってことなのか?」

「うーんまあ、それはそうだよね。……あ、でも」

 ゼノが何かを思い出したように顔を上げた。お? 何かあるの?

「アタシ、最近覚えた呪文あるよ?」

「へえ。マジで? 教えてよ」

「な、なにィ。魔王のくせに」

 リーネが悔しがっている。最近って、こっちに来てから覚えたということだろうか。魔法を習得するタイミングなんてあったか?

「へへっ。アタシは情報収集を怠らないから。じゃあいくね……コホン」

 そうしてゼノは準備するようにせき払いした。え、今使うの? 大丈夫? この部屋、木っ端微塵みじんに吹き飛んだりしない? 俺は一瞬考えた。だがそれよりも、魔王の詠唱が早かった。彼女は無慈悲にも、一息にその呪文を唱え切った。

「――グランデバニラノンファット・アドリストレットショットノンソース・アドチョコレートチップエクストラパウダー・エクストラホイップ抹茶クリームフラペチーノ!!」

「……うおっ!」

 俺は思わず両腕でガードした。だが、何も起こらなかった。起こるはずがなかった。

「フラペチーノ……?」

 リーネが最後の単語をぼそりと繰り返した。それで俺も思い当たった。

「ゼノ……それ」

「うん」

「唱えると飲み物が出てくるやつだろ」

「そう。早く実戦おみせで使ってみたいなー」

「へ、変なの覚えてくんな! ……ちょっとビビッちゃったじゃねーか!」

 俺がうろたえるのを、ゼノは満足そうにニコニコして見ていた。笑ってると可愛かわいんだよなあ。

「へへ。いいでしょ? 行ってみたいんだよねー、カフェってやつ」

「な、なるほど。でも、そうだな……だったら」

 そこで俺は思いつき、ピザの空き箱を片付けながら立ち上がった。

「飲んでみるか? 今。コーヒーってやつ」

「?」

 ちょっとこいつらに現代文明を教えるのが面白くなってきていた俺は、コーヒーを入れてやることにしたのだ。インスタントだけど。

 黒い液体で満たされたコップを渡してやると、二人は恐る恐る口をつけた。

「こ……これは……!」

 そして、二人そろって目を白黒させた。

「に、苦い……! 邪悪な魔力を感じます……!」

「竜の血のワインより苦いなんて……!」

 うーん、お口に合わなかったか。竜の血のワインってコーヒーより甘いんだね。

 確かに彼女らはちょっと味覚が幼いところがある。お菓子大好きだし。見た目通りの若い少女、ってことか。

「はは。そっか、じゃあこうするか」

 仕方ないので、俺は二人のコップに牛乳を注いでやった。カフェオレになれば飲めるだろ?

「「…………!」」

 すると、二人は目をみはってその液体を飲んだ。

「おいしく……なってる……!」

「召喚魔法に、邪悪な水の中和……。エイト、やはり凄い魔導士なのか……?」

 リーネとゼノは驚きとともに目をぱちくりと瞬かせ、俺のほうを見た。う、うん。その尊敬するような眼差しは悪くないんだけど。

 二人はこちらを見たまま言い切った。


「「この戦いは、エイトにかかっている」」


 奴らはこれをきっかけに……この程度のことをきっかけに、思いを新たにしてしまったのだった。この日から、さらに戦いは激化することとなったのだ。

「趣味は、私のほうが合うはずです! ねぇエイト……一緒にゲームしませんか?」

「いやいやエイト、たまには外に出よう? 『ぱんけーき』の美味しいお店があるんだ」

 俺の右手をリーネが持ち、左手をゼノが持ち、二人は俺を挟んで睨み合った。何としても、村野英人を味方にする。つまりはそういう争いだった。

「エイト。エイトは明日もナツヤスミ? なんですよね。だったら一晩中、お菓子食べながらゲームできるじゃないですか! 『ゲーム合宿』のハナシ……棚にあった小説で読みました。私も、やってみたいです」

 リーネはそう言って手に力をこめた。「ゲーム合宿」……いい言葉だ。悪くない話だった。もちろん俺もその本は読んでいるし、憧れてないと言ったらウソになる。

「ち……ちょっといいなそれ」

「ゲームしてなくても、キャラやシーンの話をするだけでも良いんです。今の私なら、推しヒロインベスト10でも、推しカプ二次妄想10連発でも、お気に入りのエロシーン10選でも、どれでもいけますよ……?」

「エロゲーはやめろって言ったよね? 俺言ったよね!?」

 さすが勇者だ、勇気が過ぎる。そこまでやるとは!

 でも……こいつは、それらのエロゲーも楽しめたということなんだろう。それは決して悪い気分じゃなかったし、俺の心は少し傾きかけていた。だがそれを、もちろん魔王は許さなかった。

「――仕方ない」

 ぐい、とゼノが俺の左腕を引いた。ぎゅっ、と腕に抱き着くような体勢になる。やや幼く、華奢きゃしゃなゼノの身体が密着する。

「エイト」

 ゼノが上目遣いでこちらを見る。うっ……こいつ目力あるな。

「パンケーキで釣れないなら……もうこれしか無いっしょ」

 彼女は一度、少し恥ずかしそうに目を伏せてから再びこちらを見る。その瞳は潤んでいた。きゅ……急にどうした? 雰囲気が変わった気がして俺もリーネも黙る。

「アタシの部下にはね。サキュバスとかの《魅了》スキル持ちもたくさんいたの。魔力がないから今のアタシには使えないけど――」

 ゼノが胸元に手をかけ、服をはだける。

「誘惑のやり方くらいは、知ってるんだよ――?」

 少女の体に密着する腕から熱が伝わる。ゼノは俺の腕を引き、顔を近づけ、片手で俺の頬に触れた。うわっ。何かで見たことある。

「誘惑とか、アタシも初めてだけど、さ……」

 美少女は目を細めた。

「ゲームじゃない。リアルのアタシを見て」

 吐息が頬にかかる。温かい。

 う、うわああ。なんだこの、それこそアニメラノベエロゲーでしか見たことないような、この! ギャルキャラが迫ってくるパターンのやつ!

 心臓が跳ね上がった。思わずかれそうになった。

「エッ……エイト!?」

 反対側でリーネが慌てるのが見える。だが俺はゼノから目を離せない。そのまま俺は吸い込まれるように――

「そ……そんな平べったい胸に惑わされないでください! 私のほうが……!」

 え?

 対抗するような声が聞こえた。リーネは顔を真っ赤にして、ゼノを真似するように服をはだけた。そして俺の右腕に抱き着く。む、胸が大きい。そしてこの、なんか良い匂いは何?

 俺は右を見て、左を見た。二人の少女が俺に抱き着いている。

 えっと、どうすればいい? 何が起きてる?

 俺はつとめて冷静であろうとした。こういう時に大慌てするのってカッコ悪いと思ったから。クールな男はこういう時こそ乱れないものだし、左右を見ると二人の少女が瞳をうるませて密着しており、温かくて、やわらかくて、人生で感じたことのないほどのムズムズした何かが俺の両腕から体を支配し――えーと、無理でーす!

 俺は冷静を諦めた。一介の男子高校生にこれは耐えられません!

 ――もう、限界だ!

 あっ。これはマズイやつだ。

 俺はこいつらと初めて会った日のことを思い出していた。ベッドで三人で折り重なった後、俺の体が光って……二人を吹き飛ばしたのだ。いやいや。それは困るぞ!

 だが、魔力とやらは俺の気持ちなんか聞いちゃくれない。

「しまった。リーネ、ゼノ、ちょっと離れ――」

 言うが早いか。カッ、と俺の体は光った。あちゃー、と思った。ブワッ、と光の波があたりに広がる。棚やベッドが揺れる。

「「……ぎゃ―――っ!?」」

 そしてあえなく二人は飛ばされた。そのまま壁にたたきつけられる。前回より、勢いが強い!

「うう、エイト、強い……!」

「アタシ、頑張ったのになあ」

 リーネもゼノも涙目になっている。二人とも服がはだけたまま……胸が見える!? 俺は慌てて目をそらす。

「わ、悪かったよ……! いや、これ俺が悪いのか? とりあえずゴメン!」

 どうやら俺の魔力は、たまにこうして暴走してしまうようだった。本人の意思と関係なく周囲を吹っ飛ばしてしまうので大変困る。魔力様におかれましては、そのあたりをお考えの上、周囲に迷惑のかからない形で光ったりして頂ければと思うんですけど。ダメ?




 それから二人は、なにかというと物理的接触を狙ってくるようになった。魔力の暴走はあったものの、誘惑が俺に対して効果的だとわかったのだろう。

「エイト~。今日は3巻105ページごっこしましょうよ~」

「顔面騎乗じゃねぇか! こ、断る!」

 リーネは好きなお色気シーンでマウントを取りに来るし、

「エイト。卍」

「うおおおお、それは卍固めっていうんだぞ!?」

 ゼノは何かの理解を致命的に間違えて、関節技をかけてくる。お前本当にギャル目指してるの!?

 とにかくこいつらは油断すると密着してくる。そりゃ、俺だって女の子にくっつかれるのが嫌なワケじゃないけど、常にオーケーというわけでもない。


 特に困るのが、外出の時だ。


 そう、俺はこいつらと外出することもある。食べ物や日用品だって買いにいかないといけないし、服も必要だ。そもそも二人とも、服の一つも持たずにこちらに来たのだから。

 なので、こっちに来てすぐの頃は俺のTシャツやジャージを着せておくしかなかった。こいつらが「むこう」の世界から着てきた服もあったが、露出が多すぎたので却下した。

 男物のTシャツを着せられた勇者と魔王はそれはもう滑稽だったが、ブカブカの袖から細い手足を出しているゼノや、胸がぱつんぱつんになっているリーネは、それはそれで刺激的だったことは申し添えておこう。

 とはいえ、いつまでもそれでは本人たちも困る。特にゼノは「何このセンス……マジ萎えるんですけど」と魔王様激おこ。そりゃまあ、いくらギャル語を完璧にキメたところで服が無地のTシャツでは映えなかろう。

「だから……外についてくるのは構わないんだけど」

 ため息をつく。左右を見る。ここは地元の駅前。人通りもそれなりに多い。

「抱き着くのはやめろと言ったハズだ! おやつ抜きだぞ」

「「それは困る!」」

 いいか。健全な男子高校生について一つ教えよう。家の中ならば

「やめろよ(照れ)」

 で済んでいたものが、外になると

「やめろよ(真顔)」

 になることがある。それが今だ。覚えておけ!

 俺たちは晩メシの総菜を買い、切らしていたトイレットペーパーを買い、ゼノのワガママでネイル道具一式を買い、リーネが駄々をこねたのでアニソンのCDを一枚買った。

 この二人と街に出るとやっぱり結構騒がしい。一人で黙々と買い物していた頃とはえらい違いだ。常に会話は止まず、時にはケンカを止めながら、元気な勇者と魔王を……というより、オタク少女とギャルを相手しながら歩く。

 この世界にあるあらゆるものが珍しいのだろう。彼女らの発言は止まらなかった。

「エイト、あれは?」

「本屋だよ。漫画や小説が売ってるな」

「へえ! 聖地ですね」

 リーネが本屋の看板を見てはしゃぎ、

「エイト、あれは?」

「ファミレスだな。パンケーキやパフェもあるぞ」

「マジ? 聖地じゃん」

 ゼノがスイーツの名前だけでテンションを上げる。

「エイト、あれは?」

「あれはコンビニといって……パフェも漫画も売ってるな」

「「聖地だ」」

 基本的に彼女らの聖地判定はガバガバなのでアテにしてはいけない。元いた世界にはどれも無いようだから、仕方ないけど。

「はは。世界は聖なるものばっかりだな」

 俺は笑った。

 そういやここ最近で笑ったのって、何回目だろう。ふと思う。俺ってあんま一人で爆笑したりするタイプじゃないしなあ。結局俺も、この会話を楽しんでるってことだろうか。

 実際二人との生活は、困る事も多いけど……別にイヤってわけじゃない。こいつらは決して悪い奴というワケではないし(うるさいけど)、いちいちリアクションでかくて楽しいし。そう考えるとこの日々も――案外、悪くないのかもしれない。

 ゼノがまた指をさす。今度は何を見つけたんだ?

「エイト、あれは?」

「ん? あれは――」

 何の店か、とそちらを見るが……特に建物は見えない。人だかりができているような?

 ゼノがはしゃぐ。

「なんか、超メデタイ感じしない? お祭りかな?」

「お祭り? こんな場所で? そんなハズは」

「魔族のお祭りに似てるよ? だって人が集まってるし――あと、火ィついてるし」

「……火?」

 聞き捨てならない単語が聞こえた。目をこらす。人だかりの向こうに、煙が見えた。

 え? マジで? 火? いったいどこが?

 だいたい、そもそも、あの方角は……。

 俺は一度視線をはずし、もう一度ゼノの指さすほうを見た。よく見た。何かの間違いじゃないかと思ったので、これでもかというほど見た。

 結果。

「あれは、祭りじゃねぇ……火事だよ!!」

「「……火事?」」

 やはり、明らかに、火事だった。それもただの火事ではない。一大事だ。なぜなら。

「燃えてるんだよ……俺たちの住む、アパートが!!」

 そうなのだ。

「「えっ」」

 何があったのかはわからない。ただ、間違いなく煙はそこから出ていた。俺は思わず立ち止まった。血の気が引くのがわかった。

 マジか。よりによって。マジなのか。何度も反芻はんすうする。だが、マジだった。何度目をこらしても現実は変わりはしなかった。

「おいおい……」

 ふと、こんな時に言うべき言葉が頭をよぎった。ちょうどそういう言葉を俺は知っていた。そうとしか言いようがなかった。俺は思わずその言葉を口にしようとした。

 だが、俺が言うより先にゼノが言ってくれた。

「――マジ災厄」

「それだ」




 俺は静寂を愛していた。平穏を愛していた。

 だからその平和な時間を過ごすあの部屋も、当然気に入っていた。

 あそこにはタブレットがあり、テレビがあり、ラノベと漫画とゲームと、アニメの円盤がある。それが全てだし、それで十分だった。

 まあ――突然降ってきた勇者と魔王によって、その暮らしは失われてしまったのだけど。

 常に騒がしく、顔を合わせればケンカが始まり、お菓子を与えると止まる。珍しいものを見せると、面白いくらいに喜んで驚いてくれる奴ら。

 彼女らと過ごす時間に静寂はない。平穏もない。おかげで退屈はしなかったが――

 そうだ。そうなんだよ。

 俺は、退屈じゃなかった。面白がっていたんだ。

 今、あそこにはタブレットがあり、テレビがあり、ラノベと漫画とゲームと、アニメの円盤と……騒がしい女の子が二人。

 それが失われるのは、嫌だと思った。

 困ったもんだ。俺はこいつらのこと、そんなに気に入ってたのか。だがそれが事実だった。俺の心は、勝手にそう思ってしまっていたようだった。

 二人にくっつかれた時もそうだった。あの時きっと俺は……うれしかったのだ。あの温かさとやわらかさは、一人での暮らしにはないものだったから。

 そしてその温かさを、今の俺は大切に思っている。らしい。

「守らないと――俺らの家を」

 口をついて、言葉がこぼれた。偽りない本心だった。いや、どっちにしても家がなくなると困るけどね?

 でも、どうせなら……三人で暮らせる家を、守りたいじゃないか。

「さて……」

 周囲の人だかりから、会話が聞こえる。「消防車は?」「呼んだよ! でもまだ来ない」「三階には逃げ遅れてる人も――」

 やばいな。すぐに消防が来ないということは、その間に燃えてしまうものがあるかもしれない。俺の部屋まではまだ火が回ってなさそうだが、いつまで大丈夫かもわからない。少しでもできることは、やっておきたかった。

「なあ、水とか氷の魔法が使えたりしないのか? このままだと……ヘタすっと俺ら、今夜寝る場所がなくなるぞ?」

 二人に尋ねてみる。だがこの勇者と魔王は、こんな時に頼りない。

「え、それは……」

「ムリじゃね」

 リーネとゼノは口々にそう言った。

「アタシたちは今、魔力がないからね」

「そうですよ。むしろ今、それだけの魔法を使えるのは……」

 何か思い当たったように、リーネもゼノもこちらを向いた。え、何。

「エイト。エイトが、魔法を使いましょう」

「えっ」

「だよね。今のエイトならヨユーっしょ。世界を滅ぼすことも、救うこともできるくらいの魔力、持ってるんだよ?」

 勇者と魔王は、そう言って口をそろえた。

 ……魔法? 俺が?

「いやいやいや。魔法て。俺、たまに暴走して吹っ飛ばすくらいしかできないんだぞ? 魔法の使い方なんかわかんないって! 呪文だって知らない」

「ああ、呪文。いいんだよあんなもん、テキトーで」

 戸惑う俺に、魔王様は笑って言った。

「エイト。魔法を使うのに、決まった呪文はないんです。あれはなんていうか――カンで」

「カン!?」

 続けて勇者も説明してくれた。

「魔力って、なかなか言うことを聞いてくれないんですよ。エイトもそうでしょう?」

「ああ」

「だから自分の中の魔力に、命令するんです。そのための言葉は、何でもいい」

「え、ええ……?」

「そーそー。大事なのは、自分の中のテンションをアゲることだから?」

 魔王が同意した。

「とにかくイメージすればイケるから。火を消す魔法って、どんなカンジ? あとはそれを言葉にして、アゲアゲでいけばオッケー」

「アゲアゲでいけばオッケー……かよ」

 俺は復唱しつつ笑った。魔法の使い方講座とは思えなかったが、いかにもこいつらしい。

「やって、みるか……!」

 それでなんとなく、決心がついた。とにかくやるだけやってみればいい。せっかくだ、特大の氷雪系魔法を――

「……あ」

 だが、そこで俺は少し引っ掛かった。

「いや、建物の中に人がいるのはマズイな……」

「む」

「それは確かに」

 リーネとゼノも、そこは同意した。それから二人は、互いに目配せして何かを伝えあった。そして少しだけ嫌そうな顔をして――でも、うなずいた。

「仕方ありません。そのへんは、私たちでなんとかしましょう」

 リーネが言う。

「ニンゲン助けなきゃなんないのはしゃくだけど、仕方ないね」

 ゼノも同調した。ただし、しぶしぶ。

「この勇者オタクと力を合わせる、ってのはマジ災厄ってカンジだけど」

「わ、私だってイヤですよ! ……でも」

 リーネも抵抗がありそうではあった。しかし彼女は笑顔で、こう続けた。

「とびっきり尊くて可愛くて推せる、あの部屋のアイテムのためなら!」

「はは、だよな」

 俺は笑った。その気持ちは、俺にもよくわかる。




 アパートの前で、リーネとゼノはバケツを用意し、ざばーっと水をかぶる。

「この程度で、どこまでもつかはわかりませんが……!」

 勇者はぐっと、準備運動するように体を伸ばした。

「エイト! 見ててください。私は火なんか恐れませんよ」

 それから身を低くし、スタートの体勢をとる。

「だって、勇者の、私の一番の武器は――『勇気』なんだから!」

「そうね。心配はいらないよ」

 リーネが笑う。隣でゼノも、覚悟を決めたように微笑ほほえんだ。

「火を恐れる魔王とか、超ダサイし? まー、バチッと一発決めてくっから」

 魔王は二本指を自分に向けるギャルっぽいピースサインを決め、言った。

「エイトも、キメてよね?」

 ――はは、言ってくれるじゃねーか。

 そして、リーネとゼノ。いつも争い合ってばかりの二人は、顔を合わせ……すぐにそむけたが。揃って前を向き――駆け出した! そのまま燃えるアパートの中へと突っ込む。

「よし……じゃあ、俺も頑張らないとな」

 俺も前を向いた。火を消すのは俺の役目なのだ。俺がしくじったら終わりだ。なんとしても魔法を使わなきゃいけない。俺は集中力を高めるべく、じっと火を見つめる――のだが。

 こんな時にまで、俺の中の魔力はちっとも言うことを聞きやがらない。いくら念じても俺の体はまったく光らないし、リーネやゼノを吹っ飛ばした時のような勢いが出てこないのだ。まずは魔力が出てきてくれないと、魔法なんか使えっこない。

 いや、まずい。これはまずい。

 ゼノは、テンションをアゲるのだと言っていた。俺は今、テンションというか……必死さみたいなのは十分にあるはずだ。でも、魔力は出ない。

 いったい何が足りないんだ? 俺は過去を思い返す。今までに俺が強力な魔力を放出したのは二回。初めてあいつらに出会った時と、誘惑された時。その二回に、共通しているのは――。

 まさか、と思い俺は少しがっかりした。いやいや。いくらなんでもカッコ悪くない? あまりそういう理由で魔法が使いたいとは思わなかった。

 確かに俺は男の子だ。だが男の子だからこそ、魔法はカッコよく使いたいものなんじゃないか?

 しかし、魔力の野郎は勝手なもんだ。そんな俺のおもいなんて、わかっちゃくれないようだった。つまりこういうことだ。俺が魔法を使うのに、必要なモノは――。

「――っぷはあ!」

 そうこうしている間に、リーネとゼノがアパートから、二人の子どもを担いで飛び出してきた。とりあえず無事そうだ。

「はァ、はァ……や、やったよ、エイト……!」

 ゼノがやりきった、という表情でこちらを向く。流石さすがに少し消耗しているようだ。

「エイト! 私たちは大丈夫です、だから火を――」

 リーネも助けた子どもを解放し、こっちを見た。

「え」

 そこで、俺の呼吸は止まった。

 リーネにゼノ。お前ら、気づいていないのか? それとも気づいていてソレなのか?

 火の中に飛び込んだ二人は、無事だった。全身にケガや火傷も見られなかった。

 なんで一目で、そんなことがわかるのかって? ……そりゃ、見えるからだ。彼女らの全身が、見えてしまってるからだ。

 二人は、無事だった。ただし、服は無事じゃなかった。

 全身の肌が、見えてしまっていた!

「ちょっ……お前ら」

 こんな時だというのに俺はうろたえる。いや、だって、こればかりは。

 リーネとゼノが近づいてくる。真っ白な裸身をさらし、足取りはフラついている。大丈夫なのか? 俺のすぐそばまでくると、ゼノが大きくよろめいた。

「さあ、エイト! 魔法を……あっ」

「えっ」

 ゼノにぶつかられ、リーネもよろめく。そして。そして、うわあああ、倒れ込んでくる。二人の、肌色の、少女が!

「――うおおおっ」

 俺はなんとか倒れずに二人を受け止めた。両手で二人を抱きとめたのだ。裸の少女を二人、抱きしめているということだ。

 まったくもってこんな時にまで、いつも通りに彼女らは温かくて、柔らかかった。ああ、ちくしょう。これこそが俺が求める、今までの生活にない温かさだった!

 この時。まさにこの瞬間。

 俺の心は、限界を超えてしまったんだ!

 ――ブワッ。

 カッコ悪いったらありゃしない。最悪のタイミングだ。俺の体から、魔力の光が噴き出した。かつてない大きさだ。もはや隠しようがない。俺は……どうしようもなく男の子だったのだ。

 ああもう、しょうがねえなあ!

「……エイト!」「ああ、凄まじい魔力だ」

 少女たちはこっちの感情なんか知らず、俺の胸に抱かれて感嘆している。おめでたいなあ。

 もう、やるしかないよな。とにかく……火を消さないと!

 俺は腹を決めた。ようやくなんとか腹が決まった。やってやる。

「もういい。そのままでいろ」

 二人を抱きとめ、守るべき温かさをこの身に感じながら俺は手を前に出す。

 自分の体が、よりいっそう光るのがわかる。かつてないほど魔力が高まっている。あとは自分の魔力に、言うことを聞かせるだけだ。

「火を消す魔法をイメージして……あとはアゲアゲでいけばオッケー……!!」

 強烈な吹雪を頭の中に思い描く。

 さらにそれを、言葉にする。思い出すんだ……オリジナルの呪文とか妄想してた中学時代を。恥ずかしがるな!

「この星に絶対の”冬”を与える紅蓮ぐれんの氷河よ……今ここに顕現し矮小わいしょうな灯を消し去れ――」

 そうだ。いい感じだ。

「熱を閉ざせ、絶対零度! アトミックギャラクティカフリージングえーっと」

 しまった、詰まった。だがここで止まってはダメだ。ゼノの言葉を思い出す。テンションはアゲアゲでなくてはならないのだ!

 やれ! 俺! なんでもいい、言い切れ!

 リーネの言葉を思い出せ。とびっきり尊くて可愛くて推せる、あの部屋のアイテムのためなら……!

「――ストロングブリザード抹茶クリームフラペチーノォォ!!」

 後半何を言ってたかは、正直よく覚えてない。だが俺は叫んだ。叫びきったのだ。

 その、直後だった。

 俺の体を覆っていたオーラが、反応した。

 オーラは手に集まり、アパートに向けて放射された。その光の束は白色に変化し――強烈な吹雪となって吹き付ける!

 そのどこまでも冷たい風は、アパートをむしばんでいた炎をたやすく消し飛ばした。

「お、おお……やった……!」

 思わず拳を握る。守ったぞ。俺たちの住む部屋を……!

 ただし。

 そこで魔法は終わってくれなかった。

「……あれ?」

 空から、白くてやわらかいクリームが降り注いでくる。

 続けて、緑色の抹茶の粉も。

「ああ、ウソ、そんなそこまで注文通りに作ってくれなくても……!」

 ねえ、何あれ。バカじゃないの? バカじゃないの??

 俺は後悔した。だがちょっと遅かった。

 勢いに任せて注文した抹茶クリームフラペチーノを、俺の魔力は見事に作り上げていた。ひどい話だ。

 それはその後しばらく――この町の名物として語り草になったのだった。

 まあ何にしてもとにかく、俺の家は守られた。俺たちの生活は守られた。

 タブレットがあり、テレビがあり、ラノベと漫画とゲームと、アニメの円盤と……騒がしい女の子が二人。そんな日々が。

 俺はそれを望んだのだ。だからそれでよかった。

 まあ、その生活も――あと一週間くらいで終わることになるんだけど。




「「……学……校……?」」

 勇者と魔王は、そろって首をかしげた。いや、学校って単語くらいは知ってるだろ。

 二人は制服を着た俺を、心底不思議そうに見ている。

「そう、学校。今日から俺、昼間はいないからな」

「エ、エイトが、いない? じゃあ、おやつは……?」

 リーネがうろたえる。でも、こればかりは仕方ないだろう。夏休みが終われば、学校が始まる。それが勇者にも魔王にも変えることのできない、世の中の仕組みだ。

「だから俺がいない間、ケンカすんなよ」

 そう俺はくぎを刺しておく。

「それは無理ですね」

「ムリっしょ」

 だがリーネとゼノは即答した。まあ、予想できた答えだけどな。

「ハァ。もう好きにしろ。じゃあ俺はもう行くから――」

 そう言って俺は家を出ようとした。

「む? 待ってくださいよ」

 だが、そこでリーネが何か思いついたように身を起こし、俺の制服のすそを掴んだ。

「この世界の学校……つまり、リアル学園ものじゃないですか! 制服美少女も、たくさんいるのでは……? 学校、私も行きたいです!」

「それな。ギャルの参考にもなるっしょ……現役JKから学べる……!」

 ゼノまで同調する。何でお前らそういう時は息が合うんだ?

 おい。冗談じゃないぞ。俺はそんなの全く想定していないぞ。お前らを連れて行くなんて、そんな――

「行ってもいいでしょう? ねえエイト!」

「エイト、アタシは行くからな!?」

 二人が俺の腕にすがりつく。これをされると俺は弱い。

「――しょうがねえなあ」

 まあいいか、観念しよう。これが今の俺の、騒がしくて面白い日常なんだ。

 ズルズルと二人を引きずって家を出る。これからどうなるだろう。学校までフラペチーノになっちまっても、知らないからな? そんなことを、考えながら。


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俺の部屋に勇者と魔王は入りきらない 渡葉たびびと/ファンタジア文庫 @fantasia

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