最終話 みんなで飴ちゃん食べよか

 ☆ ★ ☆ ★ ☆


 初めてエミがメルトと会った場所に、三人はいた。

 エミは、メルトに自分の願いを話すと、メルトは少し驚いた風にも分かっていたというような風にも取れるような顔で微笑んでいた。


「願い事は、それでいいんですかエミさん?」

「うん」

「それでは、今からそのように……」


「ムルン、メルト!!」

 

 メルトがエミに手を翳し、その力を使った瞬間だった。

 別の神と思しき者が、部屋に駆けこんでくる。  


「なんだ、騒々しい……」

「それが……!!」


 男は、帰ってきた『天地開闢の剣 アズドグリース』が、またグーヴェによっていずこかに持ち去られたと告げる。


「また、あの弟は……懲りない奴だ……。いや、エミがあの世界からいなくなったのを知ったのか?」

 

 呆れたように大きな溜息を吐くムルン。


「なんや、あの子はほんまにかまってちゃんやなぁ?」

「まあ、そのような性質を持って生まれたものだから仕方ないのだがな。姑息すぎる。やり方に小物感があるな」

「神やのに」

「そうだな、神なのに」


 エミは、傍らに座って顔を上げたテン君の頭を撫でて、そのまま顎を搔くようにしてやる。テン君は目を細めて、気持ちよさそうに喉を鳴らした。

 エミは、メルトとムルンに微笑む。


「ほな、ウチ行くね! 行こか、テン君!」 

「エミさん、どうぞお元気で」

「うん!! メルトちゃんとムルン君も元気でね~」


 眩しく光るゲートを、また彼女は手を振りながらテン君とくぐる。にこやかに笑いながら。


「エミさんの仲間も、そしてグーヴェも……びっくりするでしょうねぇ」

「まあ、そうだろうな」

「あ、そうだ。今日大阪からとっておきのスイーツ買ってきたんですよ~」

「また、天使に行かせたのか?」

「そうですけど、今度はちゃんと抜かりなく魔法を掛けたので大丈夫です!」

「明日は、俺のパウンドケーキでいいか?」

「私ムルンのパウンドケーキ大好きです! 日本でお店開けちゃいますよ!」

「それは、褒め過ぎじゃないか?」

「そんなことないですよぉ!」



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「はい、司祭様が受けた神託によれば、そうらしいのです。ですので、勇者様一行には、またダンジョンに潜っていただき、『天地開闢の剣 アズドグリース』を奪い返していただきたいのです」

「……ですか?」


 教会からの使者に、うんざりしたような声で、ナナノが返す。 


「はい、……」

「ダンジョンに潜れって言うのぉ?」

 

 嫌そうな顔でティアが言う。 

 結局最後は戦ってはいないけど。

 

「……一度剣を取り返した、勇者様一行なので」


 僕らは全員、がっくりと肩を落とした。


 僕は、トーヤを見送った後、自分の村に帰っていた。

 使命を全うし、『天地開闢の剣 アズドグリース』を取り戻した勇者なのだというのは当然のように広まっていて、帰って早々厄介ごとを持ち込まれたりしていたので、それをこまごまと片付けていた。

 忙しく充実している……とは思う。

 けれど、まだエミがいなくなったことからどうしても立ち直れず、自分から動くようなことはなく、ぼんやりとしていた。

 父と母は、多分何かを感じていたのか、そんな僕を見て気を使っているのだな、と分かった。

 両親が気遣ってくれているということを、エミに会う前の僕ならもしかしたら気付かなかったかもしれない。


 その日はナナノとティアがちょうど世間話をしに来ていた。

 トーヤの生まれた国の話、勇者の痣が消えていない話、ドバニ家の話。

 話すことは、いっぱいあった。エミのことには触れなかったけれど。

 その最中に、教会からの使者は僕の家にやってきて、「みなさんお揃いだったのですね、ちょうど良かった」と、僕らにまたダンジョンに潜る様に言ったのだった。


「確かに、伝えました。どうぞよろしくお願いいたします」


 使者は、そう言ってあっさりと家から出て行った。


「……ユウマ、どうするのぉ?」

「どうするって言ったって、潜るしかないだろうな。幸い、どうすればグーヴェを黙らせられるかは分かってるし、その為のスキルもダンジョンで取ったし。問題があるとすれば、多分前に『天地開闢の剣 アズドグリース』を取ったダンジョンとは違うダンジョンに隠しただろうってことか。あとはもう一人、誰かをスカウトしてパーティに入れようとは思うけど」

 

 エミが、いなくてもなんとかなる……。


「まあ、三人でもなんとかなる気はしますけど……」

 

 ナナノが、その先に続けたかったであろう言葉を飲み込む。

 「エミさんがいれば」と言いたかったのだと言うのはすぐに感じ取れた。


「とりあえず教会に行ってムルン神の声を聴いた方がよさそうだな」

「そうですね。行きましょうか」


 僕の生まれた村はルパーチャほど大きくはない。顔見知りの村人たちに挨拶をしながら表の通りをまっすぐ行けば、教会へと当たる。 

 教会で祈ると、いつものようにムルン神の声が聴こえる。

 そして間違いなく『天地開闢の剣 アズドグリース』はグーヴェに持ち出されたと神は言った。まさか、加護の痣が消えなかったのはこれがあると分かっていたからではないかと勘ぐってしまったが、それは違うと否定される。


『そういえば、お主の村の外れに美しい湖があっただろう』

 

 ……? はい、ありますが。


『帰りにそこに寄るといい』

 

 ムルン神の声は、そう言い残して消えた。


「ムルン様は、なんて?」

「また『天地開闢の剣 アズドグリース』持ち出されたのは間違いないそうだよ……」

「そうなのね。正直……こんなにほいほい盗まれるって、一体管理どうなってるのか聞いてみたいわねぇ?」

 

 それは、僕も思う。

 そんなこと、ムルン神には言えなかったが。

 

「あと、近くの湖に寄れって」

「湖? どうして?」

「さあ? それはなにも……」

 

 僕らはムルン神の言った通りに、村の近くの湖に立ち寄った。

 

 そういえば、この湖はテレニ湖と繋がっていると聞いたことがある。確かに澄んだ美しい水は、あの湖と似ているような気がする。

 この湖の近くでは、よくサナやオウギ、ミフユと遊んだり訓練したりしていた。

 

「この湖で取れる、エルジントラウトがなかなかおいしいんだよ。今日うちに泊まっていくなら、食べて帰ったらいい」

「へぇ~!」

 

 たわいない話をしながら進むと、その湖のほとりに、誰かがいるのに気付く。

 大きな岩の上に座って、ぼんやりと湖を見ている。 


 ――エミ……?

 

 いや、違った。

  

 エミは金色の髪の少女だったが、そこに座っているのは黒いショートヘアの少女。

 全く違うのに、なぜエミだと思ったのだろうか。あまりにもシチュエーションが似過ぎていたからだろうか。

 幼い顔つきで、目が少しだけ垂れた可愛らしい少女だった。瞳の色は暗い茶色で、唇は林檎のように赤い。このあたりの顔ではない。東彩国の顔付きだ。

 この村の子どもではない。いくら数年離れていたとはいえ、それくらいわかる。

 

「君は……?」


 少女は笑ってその岩から華麗に降りると、その岩陰からノルカヒョウが現れる。

 ノルカヒョウは、少女の足に頭を擦りつけながら、僕らにゆっくりと瞬きをした。


「テン君……!?」

 

 耳をピクリと揺らして、ノルカヒョウは嬉しそうに僕らの方へと走ってくる。


「エミさん……? エミさんですよね……?」

 

 ナナノが、泣き出しそうな声でそう言うと、少女の方へと駆け出した。それを追いかける様にティアも一緒に走っていく。 


「エミぃ……! うっ、うっ……」

「エミさん~!! ふええ、ええええん……!!」 


 二人は、どう見てもエミではないその少女に抱き着いている。

 見た目は……全然違うのに。

 でも……。

 

「二人とも、そんなに泣かんといて! 泣くくらいやったらウチが大阪帰ることなんか願わんかったら良かったんや! ほんまにもう……」


 彼女の口から、良く知った独特のイントネーション……、カンサイベンが漏れる。


「だってぇ……!!」

「エミ……エミは……っ! オーサカに帰りたいんだって……思ってて」

「うんうん、きっとウチの事考えてやとは思ったんよ。だからなあ、ウチ、あの場で帰るつもりないって言えへんかったわ」

 

 少女は二人の頭を撫でながらそう囁いた。 


「エミ……、なのか?」


 にっ、と口角を上げて僕に笑う少女。

 その笑い方は、やっぱり……エミだった。 

 間違いなく、目の前にいるのは……。

 

 ぶわっとせり上がってくる感情に、僕は歯止めを掛けられず、エミに近付く。

 何かを察した二人が、エミから離れた。 


「どう? びっくりした? これが、ウチのホンマの見た目や!! なかなか可愛いやろ? まあ、そりゃウチが入っとったあの勇者の女の子の姿の方が、美人かもしれんけど、でも――」

「エミ……!! 僕は、エミとずっと、一緒にいたい。僕に、毎日……味噌汁を作ってくれないか?」


 口をついて出た。

 ……言えないと思って諦めていたその言葉。

 

 エミは一瞬驚いた顔をしたが、キラキラとした瞳を向けて僕に微笑む。 


「……うん! 毎日お味噌汁ユウ君に作ってあげたいって、ウチも思ってるから!! 鈍感勇者なんて、言うてごめんね……。ウチは大阪に帰る気なんかないんやって、ユウ君と一緒にいたいって……ユウ君に気付いてほしかったんよ」

 

 僕らはお互いに顔を赤らめた。

 ナナノは嬉しそうに「やっとですかぁ!」と言い、ティアはにやにやしながら僕らを見ていた。

 くそっ、ティアの奴、何か言えよ。


 エミはこの空気を誤魔化す様に、少し焦りながら笑う。

 それにつられて、僕らも笑った。


「でもその前に、――グーヴェ君をまたガチコン言わしたらんとね!!」

「ああ!」

「そうですね!!」

「早く二人を結婚させてあげたいものねぇ!」


 行こう。

 ダンジョンに潜るのに必要なメンバーは、これで揃った。


「せや! またみんなが揃った事やし、みんなで『いちごみるく』の飴ちゃん、食べよか!」



―完―


―――――――――――――――――――――――

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

エミちゃんとユウ君の物語はこれで終わりです。


エミちゃんの願いは、『ユウ君たちのところに帰りたい』でしたが、エミの姿が日本にいた頃の若い姿に戻っているのは、彼らのした願いが結局叶っていないからです。

例によってメルトちゃんが、もう一つ二つくらいなら叶えられますけど、どうしますか? と言った結果そうなった感じですね。ちなみにユウ君と同じ20歳ですが、ユウ君には幼く見えたようです。


書いていて楽しい四人でした。書いていて楽しくないキャラはいなかったように思います。

エミちゃんの元、と言いますかモチーフは私の母です。母の出身は茨城なので、関西人ではないのですが。


本当に、ありがとうございました。

よろしければ、他の作品も読んでいただければ幸いです。

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ユウ君飴ちゃんいる?~お節介焼きの美少女が異世界に来ました~ I田㊙/あいだまるひ @aidamaruhi

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