第45話 鈍感勇者

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 ――二年後。


 僕らは十分にレベルを上げて『天地開闢の剣 アズドグリース』のあるダンジョンへと潜り、それを手に入れた。

 結局、グーヴェと出会ったのはその剣のあるダンジョンだけで、彼は僕らと戦うこともなく、不貞腐れた様に剣を渡してきた。

 出会ったグーヴェはゴーレムではなく人の形で、長い髪を垂らした不健康そうな姿だった。ぼんやりと透けた姿で浮かんで、僕らに一言一方的に話しただけで消えてしまった。


「やっぱり、お前らだったか」


 ――と。


 

 大陸の中心にある平原、太い石の柱を組み合わせてできたその神殿。

 その石の扉の前に立つと、待ち構えていた様にそれは開いた。

 教会の誰かが手入れをしているのか、光り輝くような美しい石床がカツカツと靴音を反響させる。

 僕らはゆっくりと、そこに立っている一際大きなムルン像の前へと歩みを進め、像の前にある台座に、その剣を置いた。 

 すぐさま台座が光り、『天地開闢の剣 アズドグリース』は、光の粒を散らせながら消えた。

 キラキラと舞い散った光もそのうちに消えて、また神殿の中はしんとした雰囲気へと戻る。

 

「これで、全部終わったん?」


 エミは光の粒を目で追いかけながら、僕に訊ねる。


「うん、終わったよ……。ただ、僕らは一つ願いを叶えてもらえるんだ」

「えっ? そうなん? ウチ知らんかったんやけど、なんで教えてくれへんかったん?」

「えっ? 言ってなかった?」

「聞いてへんわ!!  願い事なんかウチ、考えてなかったんやで! 言ってくれてたら考えてたのに!!」

 

 エミはぷりぷりと怒って叩いてくる。痛い痛い。僕らももちろんレベル90以上の高位冒険者になったとはいえ、やはりレベル100以上のエミは一線を画す。

 僕らの中では当たり前のこと過ぎて、まさか言うのを忘れていたとは、逆にびっくりしてしまった。


 天井から光が真っ直ぐに降り注ぎ、そして……


「よくやった。お前達おかげで、剣は元の場所へと戻った」

 

 目の前には、薄いオレンジ色の光に包まれたムルン神が像の姿そのままに立っていた。少し透けて。

 満足げに笑いながら、ムルン神は空に手を伸ばす。

 するともう一本少し黄色がかった小麦色の光の柱が降り注いで、その中心には、メルト神が立っていた。

 ゆっくりと瞑っていた目を開いて僕らに微笑む。

 なるほど、これは……。美しい。

 エミももちろん綺麗なのだが、エミの雰囲気とはまた違う。

 エミの美しさが溌剌はつらつとした、すぐに誰とでも打ち解けられそうなのに対して、メルト神のそれは美しすぎて話しかけるのもはばかられるといった感じだ。


「よくやりましたね、エミさん。ありがとうございました」

「あっ! メルトちゃん!!」

 

 神本人を前にしてもあいかわらずのちゃん付けに、僕らは苦笑する。

 メルト神は無礼がるわけでもなくふわふわと笑っていた。


「私の差し上げたスキルが役に立って良かったです」

「うん、メルトちゃんありがとうね! この力のおかげで、誰も欠けずにここまでこれたわ」 


 エミは巾着袋を握って、嬉しそうにそうメルトに報告した。

 

「さあ、願いを言うがいい。四人全員にその権利がある」

 

 ムルン神が、重厚な声で僕らにそう告げる。

 エミだけは、う~んと唸っている。きっと、何を叶えてもらおうか彼女は色々と考えているのだろう。


 僕とナナノ、ティアは、目配せをして決めてあったその言葉を発する。


「「「エミを、元の世界へ戻してあげて下さい」」」


 悩んでいたエミはびっくりして目を見開き、僕らを見渡した。


「えっ!? なに!? なにそれ???」

「その為に、メルトを連れてきた。あらかじめ、彼らはそのつもりだったと話を聞いていたからな」 

「こちらの事情に巻き込んでしまって、申し訳ありませんでした、エミさん。日本に戻しますね! ただちょっと普通の生まれ変わりになるので、赤ちゃんからになっちゃうんですけど、生まれる場所はもちろん大阪にしますので!!」

「ちょっと待って! なにそれ!? いや、ホンマに意味わからんのやけど!?」

 

 エミは混乱しているのか僕らを代わる代わる見て、おろおろしている。


「三人とも、ずっとウチを大阪に帰したいって思ってたん……?」


 うっすらと涙を浮かべながらそう言った。 

 感動しているのかな?


「エミさん。エミさんはこの世界に事情に巻き込まれただけで、本当はオーサカで平和に暮らしていたんですよね?」

「時々オーサカの話聞かせてくれて楽しかったわぁ。エミがオーサカの話をしてくれる時は、話にオチがあってすごく面白かった」

 

 二人は思い出し笑いをしながらも、ぐっと涙を堪えている。

 エミを大阪に帰すという願いは、僕があらかじめムルン神に聞いて、可能だと知っていたことだった。


「ユウ君、ユウ君もウチを大阪に帰したいって思ってたん!?」

「……ああ、思ってたよ」

「冒険が終わったら、ウチはもう用済みってこと?」


 僕の顔を見上げながら、彼女はそう言った。 


「そんなわけないだろ!?」

「……っ」


 もちろんずっとエミと一緒にこの世界で暮らしていくという選択をしたかった。

 けれど、エミがオーサカの話を楽しそうにする度に、少しずつ僕らの中で「エミをオーサカに帰してあげたい」という気持ちが強くなっていった。

 トーヤとの一悶着が終わった時、彼女を僕の村に連れて行った。

 そこでオウギの両親に合わせた時も、彼女は似ているけれどやはりここは違う世界なのだという、孤独に似た思いを深めていたように見えた。

 僕だけがそう思っているのだと考えていたが、どうやら他の2人もそうなのだと分かって、僕らは最後の願いをエミをオーサカに帰すことと早い段階から決めていた。

 

 どん底にいた僕らを優しく助けてくれたエミ。

 いつも笑って僕らを励ましてくれたエミ。

 人の感情を敏感に汲み取り過ぎて、すぐに泣いてしまうエミ。


 神から授かったスキルがなくても、また君と冒険がしたいと思う。


 本当は、ずっと一緒にいたいと思っている。

 帰らないでほしい。ずっと僕の傍にいてほしい。

  

 僕の胸の中にあるこの気持ちを、彼女に伝えていいのなら。


 ――これを伝えたら、エミは……僕の気持ちを優先して、やっぱり帰るのをやめてしまうだろうか。

 

 やめてしまうんだろうなあ、彼女は。 

 それが分かるからから、言えない……。


 ずっと、彼女はそうやって自分のことよりも人のことばかりだったから。

 

 エミはうっすらと曖昧に笑って、「そっか……」と言った。

 彼女の声に少し元気がないというか、僕らの思っていた反応とは違うというか、微妙な違和感があったのに、僕らは気付けなかった。

 

「なあ、ウチの願い事って、ここで言わなあかんの?」

「普通ならそうだが……」

「確かにエミさんがもしこの世界で願っても、どのみち日本に生まれ変わることになるので、それでは意味がないですね。この世界での願いは、この世界で限定されますし」


 メルト神は、顎に手を置いて、うーんと少し唸ってから続ける。 


「また私の部屋に移動してからでも構いませんよ。大阪で生まれ変わったときにどういうお家に生まれたいとか、多少パラメータなんかはいじれますし。そういうお願い事ならここで聞かない方がいいかと思います」」

「……うん」


 エミとテン君がメルト神に促される。

 テン君は僕ら一人一人の足にスリスリと頭を擦りつけた後、すでにメルト神の隣に立つエミの傍に座った。

 そうか、テン君も……行ってしまうのか。

 もう彼を撫でることは、出来ないのか。

 

 これで……彼女たちとの旅は終わりだ。


 彼女はきっと戦闘とは無縁の場所で、生きていくのだろう。

 僕らの知らない世界で幸せに。

 ――本来そうであったように。


 僕は涙を流しながら、エミが少しずつ透けていくのを……この世界から消えていくのを見ていた。 


「エミ、ありがとう……っ! 本当に、君に逢えて良かった……」

 

 つき並みな、言葉しか出ない。

 もっと、もっと……エミに伝えたいことが……あったはずなのに。 


「……ユウ君っ……」

「……エミ!!」

 

 僕は、エミに手を伸ばす。多分もう触れられないと分かっていながら。

 僕の手はするりと抜けて、やはり触れられなかった。

 

 それを見て、エミはなぜか怒ったような表情で、 


「最後まで!! この!! 鈍感勇者―――――――ッ!!」


 と、耳をつんざく声で叫んで、神と共にこの場所から消えた。




「……えっ!?」

 

 取り残された僕は、ポカンとその場に立ち尽くす。

 振り返ってナナノとティアを見ると、他の2人も僕と同じように、予想外のエミの言葉にびっくりしていたようだった。

 

 ただ、どうやら僕たちの選択は、エミを怒らせるものだったのだなということだけは分かって、僕らの冒険は後味悪く幕を引いた。

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