第19話 葛藤のスカート
今年の冬は積雪も少なく、晴れの日が多くて過ごしやすい。
僕は、ノアール・カーライルになってから八度目の冬の真っ只中にいた。
毎年家族で年越しをし、村の広場で村民全員と新年の祭りを楽しむ。
その後に僕とルノの誕生日を家族だけで祝うというのが毎年の習慣だ。
僕が母さんの葬儀でやらかしたあの時、あの場所にいた、三、四歳くらいから上の人達は、僕やルノを《竜の子》だと認知した。
とはいえ、父さんが箝口令を敷いたので、このことは村から外へは漏れてはいないだろう。そもそも僕らの住むラービット村の人達は皆、カーライル家が所有する不沈城塞で暮らしていた人達で、特別忠誠心が高い。
誰もが父さんの意図を汲み、僕ら二人にも《竜の子》として特別扱いをすることなく、普通に領主の子供たちとして接してくれたので、平穏に過ごせていた。
「てやっ!」
「わわわ、アラン手加減してよ、もう!」
明日で八歳になる僕らと同い年のアランが、年上のサーシャ姉を木剣で追い詰める。
二人とも孤児院の子だ。
成長した、といっても、僕やルノよりもまだ背の低いアランは、体力を持て余した、野生児じみた少年に育っている。
〝銀髪のイン〟に変装した僕を、一目で見破った勘の鋭さは、そのまま剣に活かされているようで、今や大人たちでもアランには勝てない者がいる。
サーシャ姉は葬儀の時、僕らにに大量の花をくれた子で、今は孤児院にかかせないお世話好きなお姉ちゃんに育っていた。
髪型もあの頃から変わらない茶髪の三つ編みおさげがよく似合っている。
「やっぱりアランの剣はすごいな」
サーシャ姉は剣よりも料理や裁縫などを好む子で、もとより勝負にはならないのだけど、それでも頻繁にこの河原でアラン相手に練習しているので、そこそこの腕前にはなっていた。
そんなサーシャ姉を、アランは歯牙にもかけず、圧倒する。
八歳と十二歳という、年齢に伴うリーチや身体機能の差が、〝才能〟というただの一言で覆ってしまう理不尽さが、目の前にはあった。
流石は父さんが認めた才能だ。
アランはオーラの使い方をたまに父さんから習い、後は自己練習でかなり使いこなせるようになっていた。
「わたしだって、そんなに弱くはないはずなのにぃぃ!」
「へへ、オレが強いだけなんだよっ……と!」
サーシャ姉渾身の薙ぎ払いを、アランは上体を反らして回避、そのまま片手を付いて後方へ回転したかと思えば、足に《オーラ》を纏わせ突進した。
一瞬でサーシャ姉の懐へ入ったアランが、彼女の喉元へ木剣を軽く当てる。
「勝負ありだね」
僕は言う。
オーラを使えるというのも、アランの強みだ。
八歳でここまでオーラを操れるというのは、極めて希で、父さんもかなり驚いていた。
「オーラ使うのずるいよぅ」
「ずるくないよ、オレ年下だしな! なぁ、次はノアが相手してくれよ!」
「こらアラン! ノア〝様〟でしょ!」
そんなやり取りを見ていると、足音が近づいてきた。
しゃくしゃくと薄い雪を踏みならしながら、手を後ろに組んだルノが、ジャックと一緒にやって来る。
僕と目が合うなり、ルノが手をぶんぶんと振る。
何をそんなに過剰な挨拶を……。
家出た時一緒にいたのに。
内心でぼやきながら、僕はそっぽを向く。申し訳程度に片手だけ上げて一応の返事をしておく。
「よう、ルノ様にノア様。相変わらず仲良いな」
「別に……」
僕の反論をジャックは笑顔で流す。
彼は孤児院出身で、村の子供たちの兄貴分だ。
葬儀の時、父さんに剣術修行をねだっていた頃から、随分と背が伸びた。
赤い髪を短く刈り上げた、いかにも活発そうな彼には少年の面影は僅かにあれど、今年で十九になる。ちなみにこの世界では十五歳で立派な成人だ。
「ジャックも相変わらず皆のお兄ちゃんだね」
「ほんとによ。たまに帰ってきても休めやしねえっての」
両腕を上げたジャックに、アランとサーシャ姉がぶら下がっていた。
「るのあ様、どっちか勝負しよてくれよー!」
右腕にぶら下がっていたアランが、大声で僕らの名前を混ぜた相性で言う。
「いや、だからアラン、一応こいつら領主様の娘さんだからな? きちんと名前で呼べって」
「そういうジャック兄だって二人のことこいつら呼ばわりは駄目よ」
サーシャ姉が、ジャックの左腕を離しながら冷静に突っ込む。
「ちげえねえ」とジャックは笑う。
「ねぇねぇジャック。今回はどこへ冒険に行ってたの? ここに来るまで秘密だってじらしたんだから、面白いお話ちょー期待してるよ!」
ルノはルノで、冒険者になったジャックの話を会う度に聞くのを楽しみにしていて、今も彼の足元でぴょんぴょん飛びながら催促している。
僕も例外ではなく、好奇心を抑えられない。
「王都の冒険者ギルド支部の仕事って、やっぱモンスター退治が多いの?」
この世界にはモンスターと呼ばれる生き物が多数存在する。
それは、従来の動物を大きくしたものだったり、凶悪な見た目に変化したものだったりと多種多様だ。
ただ残念ながら、というか、本当は喜ぶべきことなのだろうけど、父さんが統治するカーライル領に、モンスターはほとんど生息していない。
領主としての仕事の一部で、この土地の脅威となりうる対象を、定期的に狩りに行くからだ。
希に、よその土地からやってくるモンスターがいても、報告があればすぐに騎士団が出向くのである。
ジャックはカーライル家直属の、その騎士団に入ることを目標にしているらしい。でも、騎士団に入ればこの地からはなかなか出ることが出来なくなり、父さんの勧めもあって、まずは冒険者として見聞を広め、修行も兼ねて世界を転々としているのだ。
僕も冒険者になるつもりだ。
だから彼の話はいつも興味深く聞いている。
「今回はジェイル大公国まで行ったんだよ。王都よりもモンスター退治の依頼は多かったぜ。なんつっても冒険者の聖地だからなぁ」
ぐぎゅるるる。
座ったジャックの横にいたアランの腹の虫が鳴る。
「にへへ。腹へったー」
僕らに勝負しようと言っていたことは、もうすっかり忘れてしまっているようだった。
「おう、ってしまった。弁当忘れてきたわ……。しゃーねぇ。何か探しに森いくか」
立ち上がろうとしたジャックを僕は手で制す。
「ん?」と僕を見たジャックの口に人差し指を当てて、剣を抜く。
「なんだよ」と小声で言う彼の顔が少し赤い。
おい、まさかこんな子供に〝どきっ〟とかしてるんじゃないよな。
まぁいいやと、僕は手にした剣を森へ向かって投げる。
「いや。そこにウサギがいたから」
剣の柄に魔力糸を巻き付けておいたので、刺さったウサギごと引き戻す。
「ほら、食料確保」
ルノ以外の全員が唖然と僕を見つめてくる。
「お、おう。お前一年前よりさらにとんでもなくなったな……。冒険者になってもノアならすぐCランクくらいにはなれそうだわ」
「やっぱノアにはまだ勝てそうにないなぁ」
「だから二人とも〝様〟付ける!」
サーシャ姉の訂正がすぐに入るのだけど、僕としては呼び捨てのほうが気楽で嬉しかったりする。
「Cランク冒険者といえばベテランの部類だよね」
「そうだな。俺もあとちょいでなれそうなんだけどよ、やっぱCの壁は厚いわ」
ジャックはDランクに去年上がったばかりらしく、そんな彼からCランクになれそうだと言われ、僕は少し舞い上がった。
「それにその見た目だろ? 成長したお前なら、王都や大公国、いや、どこのギルドに行っても引っ張りだこだぞ。ルノもセットだととんでもないことになりそうだわ」
お前等があたふたするとこすっげー見てぇわ。と快活に笑いながら、ジャックは僕から受け取ったウサギの解体を、慣れた手付きで始めた。
「宅のノアちゃんをどこの馬の骨とも分らないパーリーには預けられません!」
ルノが頬を膨らませながら、僕のポニーテールに結った髪をにょいんにょいん弄る。
結局髪は、ルノのごり押しで未だに切れていない。
だから、僕はもう肉体だけでなく見た目も完全に〝女の子〟である。
かろうじて普段の服装だけは、スカート絶対拒否だけど(忌まわしい例外は除く)。
丈の長いズボンをいつも着用している。
「じゃあよ、お前等が冒険者になったら俺と一回組んでくれよ。実は結構楽しみにしてるんだわ」
「ジャックならよろこんでっ、ていうか、自分のパーティーは?」
「おう。俺のパーティーにゲストで来てくれてもいいし、俺等三人だけで組んでもいいしな。ま、楽しみにしてるわ……と、皮剥げたからチビ共、肉刺す枝集めてこい」
うん! と新鮮な肉によだれをたらさんばかりに夢中だったアランとサーシャ姉が、すぐ後ろの森へ入る。
「んじゃ火熾しするからノアは薪集めよろしく」
僕の横の丸太に座ったままルノが言い、僕も、
「わかった」
と座ったまま返事をする。
僕は魔法糸で乾いてそうな枯れ木を引き寄せ、適当な形に組み上げると、ルノがそこに火を付ける。
「お前ら一歩も動いてねーのにあっという間だな……。俺の知る限りここまで手際良いの冒険者でも見たことねーぞ」
「まじでー。焚き火とかそんなにしないけど、まぁこれくらいなら余裕」
得意げなルノに、ジャックが呆れながらウサギを川の水に浸す。
流れのないところに薄氷が張っているくらいで、川自体は穏やかに流れている。血抜きには丁度良い。
ジャックは血が付いた手袋を外し、懐に手を突っ込んだ。
休暇中の彼は軽装ながら、外套は冒険者として使っているものをそのまま着ているらしく、分厚い生地にところどころ切れ跡があったりしていて、なんというか貫禄みたいなものが出て来ていた。
少年の頃からのジャックを、ゼロ歳から見てきた僕としては、なんとも珍妙な感覚だけど、感慨深かった。
懐をまさぐっていたジャックの手が止まった。
取り出した小瓶を見て、彼はほっと息をつく。
「よかった。塩まだ残ってたわ」
「おお、さすが冒険者って感じだね」
「まぁよ。塩は必需品なんだわ。ああ、あと忘れてた」
言いながら側に置いてあった背嚢に手を突っ込み、何やら探そうとしていた。
きっと整理されていないんだろうな、と考えていること数秒。
布でくるまれたものを二つ取りだし、僕とルノに渡してくる。
「ほらよ、ジェイル土産」
ルノがキラキラした目で「開けていい?」と聞く。
「なんならここで着て見せてくれよ。俺後ろ向いてっからさ」
ふむ。ということは、服か。
ジェイル大公国はこの世界で有数の大都市だ。
都市としての規模は、王都に劣るらしいけど、王都が多種族に排他的なのに対し、大公国は正反対だ。
多種多様な民族種族がよりあつまり、一つの国となっている。
というのも、大公国を治める大公自身が冒険者の出で、彼に憧れ移住してくる冒険者はそれこそ全種族にまんべんなく散らばっているからだ。
こういう理由から、世間でのジェイル大公国のイメージは、雑多な冒険者の国。というものである。
そこの服となれば、こんな辺境では手に入らないようなものなのだろう。
様々な民族衣装だって取り扱っていることは想像に難くない。
僕も少しだけうきうきと、包みを解いていく。
「うわー、かわいい! これジャックが見立ててくれたの?」
「まさか。パーティーの女好き野郎に手伝って貰った。俺にそんなセンスねーよ」
オフホワイトの生地に、大きめな幾何学模様を胸元にV字であしらったデザインの、丈が短いポンチョと、同じ模様で織られたプリーツスカートだった。
ポンチョ二着は全く同じ物だったのだけど、スカートは僕が白地に赤でルノが青だった。
どことなく北方地方の雰囲気が漂う。
おそらく民族衣装、なのだろう。
笑顔の二人を他所に、ポンチョとスカートを腕にかけた僕の顔は、きっとげっそりとしていたことだろう。
「お、おう……、ノアは気に入らなかったか……? 色が好きじゃねえか? お前等の特徴も伝えて、そいつと二人で何時間も悩んで決めたんだけどよ……」
いや、色がどうこうじゃなく……、
「スカートが……」
「スカート? そういやお前が脚出してんの見たことねーな。まぁたまにはいいんじゃね? 着てみてくれよ」
純粋に、妹みたいに思っている僕らの事を考えながら、メンバーの女好き野郎さんと選んでくれたというお土産とジャックの気持ちを、僕だってないがしろにしたい訳じゃない。
でも、スカート……。
男が、スカートだ……。
脳裏に、どこかの外国では男性がスカートをはく文化があることを思い出しはしたけど、少なくとも僕にはそういった感覚はない。
スカートとは女性のはきものだ。
僕は身体こそ女だけど、心は男のつもりだ。
そんな僕が生きていく上で心に決めていることがいくつかある。
そう、その一つが、スカートをはかない、である(忌まわしい例外は除く)。
葬儀の時にワンピースを着ていた自分を振り返って思ったのだ。
これ、女装じゃね? と。
性別は女なのだから、そうじゃないと頭では分ってはいる。
けれど、そういう問題じゃ無い。
悩みまくっている僕の肩に、ルノが手を置いた。
僕はルノを見た。
彼女の目が「観念しろや」と言っていた。
目は口ほどにものを言うのだと知りましたというか、ルノの目は喋りすぎる。
「私もノアのスカート見たいなー、ちょー見たいなー。観念しようか」
ルノこのやろ……。
とうとう口に出しやがった。
僕の心情を知っているのに、この煽る態度。
何が何でもルノの欲望を叶えてやることが癪に思えた。
ジャックには悪いけれど――、
「ノア、なんかすまん。お前にはまた何か別のもん見繕うからよ。まぁそれは着ないでもいいから一応貰っておいてくれな」
「いや、着るよ。ありがとうジャック」
即答した僕は見た。
ルノのガッツボーズを。
おそらくこの展開を読んでいたのだろう。
でもまぁ、もういいや。
ジャックは良い奴で、僕はジャックが好きだ。
そんな彼が一生懸命僕の事を考えながら選んでくれたのだ。
きっと、渡すときの僕らの喜ぶ顔を想像していたことだろう。
僕はその期待には応えられなかったけれど。
でもジャックは、無理強いなどせず、かといって土産を取り上げることもしなかった。
こんな良い奴の想いを踏みにじることなんて、僕にはできない。
それが例え、ルノの思惑通りだったとしても。
~to be continued~
********************
るの「ノアがナチュラルボーンたらしだった件について」
のあ「たらしてない。咄嗟の行動だったんだよ。
ウサギ逃げたら面倒だし」
るの「じゃあ私にも咄嗟の行動でラッキースケベ的な何かをを下さい。唇に指ちょんなんて少女漫画じゃあるまいしもっと激しく濃いやつをぷりーず」
のあ「もう明らかに僕らの立場(配役)も性別も反転してるよな……」
るの「
Reincarnation inverted⇔転生反転 奈凪余白 @nanagiyoshiro
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