第18話 アーシュレイン
「……もってこいの日やな」
雨の音がひときわ強くなった。
アッシュは本から顔を上げる。
どうせ内容は頭に入っていない。
大人しくしているというアピールのためだけの本を、枕元に落とした。
小さな窓の外は、夜中だというのに煌々と魔道具の灯りで照らされている。
施設の外周を覆う目隠しの為の木々が、弾いた雨粒でぼんやりと輝いて見えた。
「俺は寝る時、真っ暗やないとあかんのや」
毎日洗濯される清潔なシーツがかけられた、広いベッドの上。
ヘッドボードにもたれ掛かり、立てた片膝に置いた腕へ、アッシュは口元を押し当てる。さきほどからにやけっぱなしの顔を隠すために。
あと三歩、二歩、一歩。
レッツ小言タイム。
「アーシュレイン。いい加減眠りなさい」
小さな鉄格子がはめ込まれた、分厚い扉の向こう側から、禿げ頭が覗く。
元は高価な扉だったのだろう。施された彫刻がそれを物語っている。しかし、アッシュにとってこの扉は、彼を閉じ込める為の檻の門でしかない。
看守の小言へおざなりに応える囚人のように「へーへー」と手をひらひらさせながら、アッシュは後頭部をヘッドボードへ打ち付ける。
やれやれ。と溜め息をこぼし、禿頭の見回りは立ち去った。
「くっくっく……」
アッシュは振っていた手を握り締める。
チャリン、と金属の擦れる音。
声を圧し殺そうとするが、それでも嘲弄が今にも溢れ出そうだ。
笑いを噛みしめながら見たその手には、鍵の束が握られていた。
「あははっ……くくっ、ちょろいなぁ、笑いが止まらんわ」
勢いを付け、立ち上がり様ベッドから飛び降りるが、音は一切立たない。
ほな、一応見とこか――。
自然体で床に立ったアッシュは、両目を閉ざす。
意識を集中させ、前髪に覆われた右目だけを開く。
灰色がかった目に、鈍く光る不可思議な文様が浮かんだ。
その目が自分の意思に反し、勝手にぎょろぎょろと動くがままに任せる。
「ほんま、ラジオ体操に行くじっちゃんみたいにきっちりしとるわ」
アッシュの右目が見たのは二つの場所。
この施設内にある、今自分がいる部屋とは真逆の通路の光景と、先程立ち去った禿頭の男が見ているものである。
「なんやおっさん。ちんポジ悪いんかいな……って、歩きながら位置調整すなや! 汚いもん見せんなっちゅーねん!」
おえっ、とわざとらしく舌を出し嘔吐いたアッシュは、右目の瞼をゆっくりと下ろし、再度持ち上げる。そこには文様の無い、普段通りの彼の右目があった。
見回りは二人体制である。
禿頭が去ってからきっちり五分の間、次の見回りはやってこない。
「ほな、ぼちぼち行こか」
扉に向き合うと、背後で稲光が奔った。
小さな窓から差し込んだ閃光が、年齢平均より高い彼の長身を包み、扉に影を刻む。
実際の身長より伸びた影は、
鍵の輪に通した人差し指をくるくると回し、遠心力を利用してそのまま鍵束を放り投げる。鉄格子の隙間から外へ落ちていく。
扉の向こう。
廊下に落下していく鍵を、魔力の糸で巻き取ると、外側から鍵を開ける。
ほんま、クソみたいにど楽勝や。
ブーツを履き、のんびりとした手付きで靴紐を縛る。
コートハンガーからお気に入りの黒いローブを取り、袖を通す。
内側のポケットから、ジャラリと重たい音が鳴る。
事実、大金が詰め込まれているので、その箇所だけ重みで下へずれてしまうのを、腰帯でローブごと縛って固定する。
この金はアッシュが自分を王都に売って得た金だ。
途中で居なくなるとはいえ、返す道理もないし、何より長い期間この身を調べさせてやった報酬として戴いてしまおうと思えるくらい、彼の神経は逞しかった。
金の重みを確かめてから、フードを目深にかぶる。
右目は前髪に覆われている故に、薄暗い部屋に浮かぶのは、左眼の眼光のみ。
じゃあな、眩しいの除いたら寝心地だけはよかったわ。
部屋に別れを告げ、扉を開き、廊下へ。
一年にも満たない期間を過ごした自室を、何の感慨も無さげに振り返る。
架けられている表札を見るアッシュの顔に、またもや歪んだ嘲笑が張り付いた。
〝名前:アーシュレイン 通称:アッシュ
誕生日:子竜歴614年、聖竜の月、二つ満月
年齢:七歳
種族:
性別:男
【魔力関連項目】
能力:全属性適正、低位以上
氷属性特化、計測不能
魔力値:計測不能
※高位魔水晶で計測不能
各属性魔法習得レベル
炎無、氷D
光無、闇無、特殊無
※ただし発想、応用力においては類を見ない
各魔術習得レベル
全て無
※召喚魔術に興味を示す
【身体能力、知能、技能関連項目】
体力D、腕力D、瞬発力C
視力C、聴力B、嗅覚B
知能F
戦術D、剣術C
医術E-、薬術D
※補足:試験への姿勢態度に難有り。測定値以上の能力があると見られる
追記:剣及び錬金術に興味を示す
特殊能力:未だ発現せず
――《竜の子》の可能性:有り 〟
「はっ。しょーもないことばっか
吐き捨てたアッシュは人差し指の先に熱源を作ると、表札に近づける。
ちりちりと紙から細い煙が上る。
鼻歌交じりにアッシュは指を動かす。
「よっしゃ。これであいつらも自分らの無能さ加減に気ぃ付くやろ」
踵を返す。
駆ける。
見回りはいない。
見張りの気配も全て手に取るように五感が把握してくれる。
いざとなれば《目》の力もある。
前途は洋々。
影をも残さない程の俊足と軽業を以て、アッシュは最後の門番の間をからかうようにすり抜ける。
門番は風が吹き抜けたくらいにしか思わないだろう。
ほなさいならや。無能のおっさんども。
どれくらい走ったのだろうか。
ふと立ち止まったアッシュは、フードを外し、闇に覆われた空を仰ぐ。
大粒の雨が、さらけ出された彼の顔を打つ。
「脱走するには、もってこいの日や」
うしっ、とフードをかぶり直してすぐ。
アッシュの影はもうその場から消え失せていた。
⇔
「なんだと!?」
肥満体の男の怒号に、両脇で寝ていた二人の裸婦が、脱ぎ捨ててあった衣服を拾って逃げ出す。
「オムバス様。奴の表札にこんなものが」
憮然とした態度の衛兵が女を避けながら、評価書兼表札をオムバスに手渡す。
派手な指輪がなければ隙間が出来ないのではないかとさえ思えてしまう、脂肪のよく付いた太い指で、乱暴に表札を奪いとる。見る見るうちに顔を紅潮させ、邪魔な脂肪を押しのけるようにして血管が浮き上がる。
「ふざけおって! 追手の手配と他の候補者の脱走は!?」
「はっ。追手は既に出立。脱走はアーシュレインのみであります」
「なら貴様もとっとと行かんか!!」
ふん! と丸めた表札を衛兵に投げつける。
一礼した衛兵が去る。
「あの糞ガキめが……、よくも王都イルディース国防大臣である私の顔に泥を塗ってくれたな」
ベッドで胡座をかいたまま、憎々しげに窓の外を睨み付けている大臣は気が付かない。
投げ捨てた表札が独りでに開く。
紙を燃やしてしまわないぎりぎりの、超高度な制御技術をもった熱量で書かれた少年のメッセージが、せせら笑うようにオムバス大臣の方を向いていたことを。
風の悪戯か。
はたまたアッシュの嫌味に宿った不思議な力の成した技か。
風で揺れた紙くずが、からからと乾いた音を、まるで笑い声のように立てる。
そこにはこう記されていた。
――俺が寝る時は灯りを消せ――と。
~to be continued~
********************
るの「〝死季物語り〟にあった三人目が登場した」
のあ「〝アーシュレインの書〟でひっぱって、もったいぶるかと思いきや意外と早かったね」
るの「うんうん。しかも関西弁だし」
のあ「劇中だとまぁ公用語の訛り的な感じでってことで、ここは一つ」
るの「関西といえばたこ焼き食べたい、お好み焼き食べたい。あ、でもお好み焼きは広島風っていうの? あの玉子でくるっと焼きそばをくるんだやつ。あれ美味しすぎる」
のあ「人の話聞こうか」
るの「はい」
のあ「それにしても、メインキャラで
るの「今のとこ、ノアとお父様だけ?」
のあ「うん」
るの「はみご感。あ、そうだ」
のあ「……」
るの「私が「あ、そうだ」って言うたびに身構えるのはやめて?」
のあ「無理です」
るの「そうですか。だが私は止まらない。
ノアにもケモ耳と作ってあげるよ。どうせなら銀髪っ子変身のときにでも。あれ九尾の毛だったわけだしキツネ耳と九本のもふもふ尻尾ってああ! 逃げるなしっ!」
********************
【技能、魔法等レベル別け表記方法】
技能 魔法 学問
S神域 神域 研究者
A超人 超位 指導者
B達人 真位 満点
C優秀 導位 80↑ ↑高位
D戦闘 上級 60↑
E一般 中級 59↓
F生活 初級 19↓
※名称は予告なく変更する場合がございますかも
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