第2話 第3次太平洋沖魔導転移実験に関する報告書

【本報告書について】

 本報告書では、正暦1986年4月4日に実施された北アメリカ連合国海軍(以下、「米海軍」という)との第3回目の実験(以下、「本実験」という)について報告を行うものである。

 本実験の目的は、米海軍の協力のもと日本科学院魔導科学研究所において開発された魔導転移装置を用いて時空間に亀裂を生じさせ、かつて「東の魔女」と呼ばれ400年前に封印されたとされる魔導士について、その消息を確認することとしている。



【実施日時及び場所】

日時:正暦1986年4月4日 午前10時37分~午前11時48分

場所:南鳥島観測所より北へ約70km沖の太平洋上

(なお、実験地点についての詳細な情報は我が国の防衛機密に該当するため本報告書には記載しない。)



【主要参加者】

湯河 秀俊  日本科学院魔導科学研究所 所長

渋川 春夫  日本科学院魔導科学研究所 時空魔導学類 時空転移研究室 室長

ジェラルド・ワトソン  米海軍 太平洋艦隊 第7艦隊司令官

ヨハン・V・ブラウン  北アメリカ連合国 航空宇宙研究所 主任研究員



【実験結果】

 本実験の結果は失敗である。

 本実験は米海軍所属空母エドワード・ジェファーソンの甲板上にて実施されたが、実験の結果、当該空母及びデータ収集のために周囲に待機していた巡洋艦、駆逐艦などを含む4隻が消失した。

 上記の空母等と共に実験海域周辺の海水が消失したことに伴い発生した巨大な渦にのまれ、主要参加者として記載している湯川所長及びジェラルド・ワトソン司令官他2名が乗艦する米海軍巡洋艦ブルックリンが沈没した。なお、4名の遺体は回収されている。



【実験概要】

 実験の実施地点では、海底に多量のオリハルコンが埋蔵されていることが確認され、海上においてエーテル力場の形成に有利な条件となることが判明しており、時空転移研究室が開発に成功した人工オリハルコンにとっても共鳴を起こしやすい環境であった。


 実験第1段階では別添の図のとおり、甲板上に人工オリハルコンを円形に配置し、人工オリハルコン中の基底状態にあるエーテル粒子に対して魔導士がエーレンベルク放射を行うことによりエーテル粒子の励起状態を引き起こす。


 実験第2段階では、エーテル粒子が励起状態となった人工オリハルコンから放射されるエーレンベルク放射光をレンズにより収束させ甲板中央に配置された魔導転移装置へ照射する。

 レンズにより収束されたエーレンベルク放射光を受けた魔導転移装置では放射光を変換したエーテル力場の形成が行われ、当該力場が臨界を超えた際に時空間に亀裂が生じ、封印空間へと繋がるトンネルが発生する予定であった。


 実験第3段階では時空間に生じた亀裂内に魔導士と武装した米海軍兵で構成する調査隊を送り込むこととしていたが、第2段階で生じた亀裂の制御を行えず、実験を甲板上で実施していた空母の周囲半径600mに及ぶ範囲が亀裂にのみ込まれることとなった。

 実験は直ちに中止され、海上が安定した後に残存する艦艇及び本報告書の報告者が搭乗していた米海軍輸送機により生存者の捜索を行った。



【実験の総括】

 本実験は400年前に封印されたと記録されている「東の魔女」の消息を確認することを目的として実施されたものである。

 「東の魔女」は、魔導科学研究所に保管される禁書『エンケラドス魔導書』(注:エンケラドスは東の魔女の弟子とされた魔導士の一人である)に記録されたところによると、最後に我が国領土内に滞在していたことが判明しており、封印も我が国領土内において行われた可能性が高いと考えられていた。

 そのため、我が国では戦後より北アメリカ連合国と合同で数々の調査研究及び実験を実施し、遂には封印術とされる時空間操作にも一定の成果を得られるまでとなった。

 また、封印された地点についても研究が進み、現在の兵庫県神戸市付近であることが分かっている。

 一方で「東の魔女」が封印されたとされる時空間へは、封印された地点(現在の説では神戸市付近)以外からも到達することが可能ではないかとの説もあり、本実験はこの説を裏付けるために実施されたものである。

 しかし、ここまでの報告のとおり本実験は失敗に終わり、我が国における魔導学研究の第一人者であった湯川所長、渋川室長を事故で失うこととなり、更には北アメリカ連合国内でも魔導学研究の最大の推進派メンバーであったワトソン司令官、ブラウン主任研究員をも失う結果となった。

 本実験の失敗については、おそらく今後も世に公表されることはなく、上記の4名を始めとした貴重な人材が失われたことも何らかの事故として処理され事実は隠蔽されることとなるだろう。報告者はその適否を判断する立場にないため、これ以上の言及は行わない。

 「東の魔女」の消息を調査する試みについてもしばらくは凍結されると考えられるが、神話にも登場する最初の魔導士の一人を我が国において確保できたとあれば、それが国益にとって占める割合は非常に大きく、決して断念すべき試みではないと言える。

 詳細はここでは記載しないが、本実験が失敗した要因のうち、大きなものとして封印地点からの距離が指摘されている。一般に土地には特有のエーテル力場があり、それは大地に含まれるオリハルコン等によって左右されている。

 「東の魔女」が封印されたと推定される神戸市付近においても特有のエーテル力場は存在し、それが適切な力場の形成に必要なのではないかという説である。この仮説の真偽について報告者は判断できないが、海洋上における実験が失敗に終わった以上は他の可能性として考慮すべきである。

 これまで第1次より3回に渡る実験を繰り返してきたが、本報告書により一連の実験報告は終了とする。早期に調査研究及び実験が再開されることを期待する。



報告者:高嶺 紗耶  文化省魔導政策局政策課調査第一係

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