ごみあさり

韮崎旭

ごみあさり

「ねえ、祥ちゃん、私心配なの」

(何が? というか、貴殿に心配する権利はあるが義務はない。ましてこちらがそれに応じる義務はない。おそらくは。そのような省令、政令、条例、法律、などはないはずだと思う。)

「祥子ちゃん、朝も食べなかったでしょ? お昼も残してて、私心配なの」

(どうしてそれが分かる。不透明のごみ袋に入れてしかも二重にごみ袋に詰め込み、廃棄したはず。これにもかかわらず、この女が私の昼食事情に通じているのであれば、それは間違いなく、この女が下劣な人間性を持つ性根の腐った文字通りの雌犬ということになる。今時犬だってごみなんか漁らない。なぜって、ごみの集積所が厳重に管理されているし、野犬は、公衆衛生に基づく殺害の対象になるから。いやはやとんだ雌犬もいたことである。しかも、血族。もう私はこれだけで最悪の気分になった。)

「祥子ちゃん、あんまり食べないと、拒食症に「おいお前。ごみを漁ったか?」

「え?」

「ごみを、漁ったのかと尋ねている。」

「ねえ祥ちゃん、」

「お前はごみを漁ったのか?」

「そんなことより」

「お前はごみを漁ったのか?」

「みんな心配してるわよ」(「みんな」みたいなあいまいな動作主の指示、何か言っているようでその実何の根拠もなく規定も定義もなく、なにも言っていないも同然だししいて言えばこの女の妄想を露呈しているだけだから本当に腹が立つ。)

「ごみを、漁ったか?」

「何かしら?」

「貴様は日本語のリスニング点数マイナスか? ごみあさりをしたかどうか答えるのがそんなに難しいか? YES/NOでこたえられる、きわめて初歩的で単純な質問だが」

「祥子ちゃんはわかってないかもしれないけど、祥子ちゃん、やせ過ぎなのよ」

「ごみ漁りをなさいましたか? 貴殿は」

「きいて、祥子ちゃん」

「食べ物絵尾捨てるのが人倫にもとる行為だとおまえは言いたいのかもしれないが、他人のごみを漁るのは人倫にもとる行為ではないと貴殿はお考えになる?」

「あのね」

「黙れメス豚。私の質問はそんなに難しい構文か? ごみを、あなたは、漁りましたか?」

「でも、」

「あなたはごみあさりが人倫にもとるとは考えないのですか?」

「だって、祥ちゃん、」

「私はごみ漁りを極めて卑劣な行為だと考えます。あなたは、ごみあさりがまっとうな行為だと思っているのですか?」

「いいえ、でもね、聞いて、」

「いいえ、でもね。質問に答えて? 私はあなたの母語では話しているつもりだが、違うのか? 質問は次の通りだ。あなたは、私が廃棄を決定して、ごみ箱に捨てたごみを、漁りましたか?」

「ねえ祥ちゃん」

「ふざけやがってこのあばずれ淫乱腐れ売女が。え? 貴殿の脳みそはどこの愛人にプレゼントなさった?」

「だって心配だったから」

「心配なら人を殺していいのか? 第一、あなたは何も話していない。もう一度訊くが、あなたは、私がごみ箱に捨てたごみを、わざわざ漁ったのですか?」

「みんな悲しむわ」

「ごみを漁りましたか?」

「それに将来赤ちゃんが欲しくても、これじゃ」

「ごみを、あなたは漁りましたか?」

「貧血にもなるだろうし、……ね?」

「ごみを、漁ったのですか?」(こいつは貧血の医学的定義を知ったうえで自分の言っていることが分かっていて話しているのか? はなはだ疑わしい。)

「なんでも食べられ」

「ごみを、漁りましたか?」

「だから嫌なことがあったらママに」

「ごみを漁ったかどうか質問しているが、貴様の耳は飾りか? おい、聞いてんのか?」

「何があったか知らないけど体にわ」

「ごみを漁りましたか?」

「だから私もパパも心配して、」

「ごみ漁りはしたのかって聞いてるんだよ、『はい』か、『いいえ』か?」

「だって」

「ごみ漁りをしたのですか?」


 私は頭にきてその日の夜に自殺したらしい。地方紙の死亡欄に書かれていたと人づてに聞いた。今考えても信じがたい話で、もう何も信用できない。

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ごみあさり 韮崎旭 @nakaimaizumi

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