19. 見いだされた男

冬の寒さがほんの少しゆるんでくる二月。梅がチラホラとほころぶシーズンです。


相模さがみ諸越もろこしという地の片隅に、乞食が群れて住む場所がありました。春が近づいたとはいえ、夜になれば真冬のときよりもかえって寒さは厳しく、ボロボロのムシロをかぶって、乞食たちはひたすら、一日一日を生き延びることだけを考えて暮らしています。


ある夜、ここにひどく不似合いな人物が訪れました。きりの葉の紋をつけた提灯を手下に持たせ、立派な両刀を帯びた男… 秩父ちちぶの重忠しげただの腹心、榛澤はんざわ六郎ろくろうです。


榛澤はんざわ「さて… 今日はここらへんだ。者ども、付近の乞食をみな集めてこい」


榛澤はんざわがこう命じると、手下はさっと周りに散って、掘っ立て小屋やヤブの中にうずくまる乞食たちを引っ張り起こし、明かりを突きつけ、そうして次々と榛澤はんざわの前に連れてきました。乞食たちはおびえています。


榛澤はんざわ「まあまあ、そんなに怖がるな。これは、秩父ちちぶ殿に命じられての、秘密の仕事なのだ。お前ら、ひとりづつ名を名乗って、どうして今はこんな暮らしをしているのか、教えてくれ。場合によっては、ラッキーなことがあるかもしれんぞ」


乞食たち「…えっ」


榛澤はんざわ「誰からでもいいぞ」


乞食たちは、何かいいことがあるのかも知れないと思って、ぽつぽつとしゃべりはじめました。どういう家に生まれて、どういう暮らしをしていて、そしてどういうキッカケで乞食におちぶれてしまったのか。榛澤はんざわがいちいち相づちをうちながら興味深そうに聞いてくれるので、みな、自分の身の上話をするのが少しずつ楽しくなっていきました。


とはいえ、榛澤はんざわは、実はみなの話に興味があるわけではなく、一枚の人相書きと見比べながら、集まってきた人々の顔をじっと見ています。誰かを探しているのです。


乞食「さあ、次はあっしだ。名前は、鼻声の布賀八ふがはちといいまして、鎌倉のある商人の息子だった…」

榛澤はんざわ「うーん、話は、もういいや」

乞食「えっ」

榛澤はんざわ「こっちが会いたいやつは、この中にいないようだしな。よし、ご褒美が欲しいやつは、ここに並べ。片端から、最近買った刀の実験台になる名誉をくれてやろう」


榛澤はんざわ鯉口こいくちをゆるめると、刃を抜いてギラリとみなに示しました。乞食たちは、お助け、と叫んで、三々五々に逃げ去ってしまいました。


榛澤はんざわ「ここも、空振りかな…」



榛澤はんざわは失望して立ち去ろうとしましたが、ヤブに紛れて、まだ中を見ていない小屋があったのを見つけました。そこからかすかにイビキが聞こえます。


榛澤はんざわ「一応、あそこもだ。誰か、中を見てこい」


手下のうち数人がガサガサと音をたててそこに向かい、「おい、中のもの」と呼んで、入り口のムシロを無造作にめくりました。その直後に、「うおっ」という声とともに、ひとりの体が宙に舞いました。


手下たち「きさま、抵抗するな!」


中にいた男は、「お前らが勝手にオレの城に入ってきたのだ」と叫んで、さらに躍りかかってくる手下たちを殴り倒し、投げ飛ばし、なかなか簡単には言うことを聞いてくれそうにありません。榛澤はんざわは、冷静に手元の人相書きとこの男を見比べています。


榛澤はんざわ「ふむ… お前ら、下がれ! 私がこいつと話をする」


仁王立ちになってにらみつけるその男に、榛澤はんざわは正面から向き合いました。


榛澤はんざわ「ウワサに聞いたとおりの、大した力だ。私が探していたのは、まさしくお主。秩父ちちぶの重忠しげただの郎党、榛澤はんざわ六郎ろくろうと申す。重忠しげたださまからお主に頼みたいことがあって参った。受けていただけるだろうか」


男は、今聞いたことの意味をすこし考えました。「…なんだ? 重忠しげただだ? 関東の誰でも知ってる、あの重忠しげただが、オレみたいな乞食こじきに何の頼みだよ。…へっ、分かったぜ、えもの斬りの材料にでもしたいんだな。別に構わねえよ、手でも足でもぶった切って遊んだらいい。オレにとっちゃ、この世に住もうがあの世に住もうが大した違いはない」


男はどっかりあぐらをかきました。


榛澤はんざわ「その豪胆、いよいよ気に入った。わが主の望みはそんなことではない。おぬしに… 大姫おおひめの婿となってもらいたいのだ」


男「ああん?」


榛澤はんざわ清水しみずの冠者かんじゃ義高よしたか。我らが姫の、本来の婿となるべきだった人物は、鎌倉から逃亡のあげく、入間いるま河原かわらで命を落としてしまった。それから三年以上になるが、姫は悲しみが癒えず、今でも日に日に痩せ細り続けている。想いの病はどんな医者にも治せん。このままでは、いよいよ命が長くない」


男「…それがオレと何の関係がある」


榛澤はんざわ「このあたりに、義高よしたかにそっくりの乞食がいるらしい、というウワサがあった。顔も、背格好も、年齢も、瓜二つに似ているそうだ、と。それがおぬしだ。政子さまからは、貴賤きせんを問わず、義高に似たものを連れてこい、と命じられておってな。これを義高よしたかと姫に信じさせることができれば、姫の病は治るはずだ、と」



男はすこしポカンとして、それから大声で笑い出しました。「…アッハッハ、ばかばかしい! その義高よしたかに似てようがなんだろうが、姫が本物の許嫁いいなずけと区別がつかないはずがないだろう! 本気で聞いて損したぜ。オレは寝なおす。くらだん夢を見ているようだからな」


榛澤はんざわ「まて、まて、帰るな! 大姫は、実際には一度も義高よしたかに会ったことはないのだ。きっと大丈夫だ。さらに、おぬしのさっきからの立ち振る舞いを見るに、乞食らしさがちっともない。いや、なんなら、


男は、榛澤はんざわが今言ったことの真意を探るように、黙ってじっと目をあわせました。榛澤はんざわの表情からは何も読めません。


男「(こいつ、)」


それからしばらくの間、無言で二人はにらみ合いました。ついに、男のほうが折れました。


男「…わかったよ、言われたとおりにすればいいんだろ。ほら、どこにでも連れていけよ」


榛澤はんざわはおおいに喜び、手下に合図をしました。すぐに男には間に合わせの狩衣かりぎぬが与えられ、これを羽織って馬に乗せられました。男は、慣れた手つきで手綱たづなを操り、前後に従者をともなって、不機嫌な顔で考えにふけりながら、ゆるゆると夜の中を歩き去りました。

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