12. 黄金のネコ

すこしだけ場面を戻します。西行さいぎょう法師は、頼朝よりともの屋敷をおとずれて、歓迎を受けながらいろいろな問答につきあい、頼朝よりともたちを楽しませました。もう外は夜です。


西行「そろそろ、おいとましようと思いますよ」

頼朝「今夜は満月だ、夜通し語り明かそうじゃないか」

西行「私も行くべきところがありますので。まあ、旅の帰りには、また寄りますよ」


西行が固辞するので、頼朝もこれ以上引き留めるのはやめました。それではせめて、と、頼朝よりともは何かプレゼントをしてから送り出すことにしました。


頼朝「どうしようかな、そうだ、これを差し上げるぞ。義仲よしなかを追討に京まで行ったとき、石田がどっかから分捕ぶんどってきた品だ。ジャーン、金のネコだ、面白かろう」

西行「ほう、珍しいものですな。せっかくのおこころざしですから、布施ふせとして遠慮なくいただきましょう」


西行はこれをそでにしまい、ゆるりと立ち上がりました。そして、「お礼に一句、詠ませていただきましょう…」と、ひとつの句を、三度、ゆっくりと唱えました。


 よればまた にもかくにもいとにくし ふくろばしてよ 木曾きそ麻衣あさぎぬ


西行「よく覚えて、意味を考えてくだされ。きっと役に立ちますからな」

頼朝「ふむ… (よく分からんな、まあいいか)」


こうして西行が去ったあと、頼朝は今夜のような満月がもったいないと感じ、屋敷の奥に戻ってからも、引き続き、ささやかな月見パーティーを続けました。少数の側近と女房を集め、政子まさこ大姫おおひめと一緒に、満月を見ながら唐糸からいとの琴を楽しむのです。


大姫おおひめは相変わらず、義高よしたかが死んだことを日が経つほどにむしろ深く悲しんでおり、最近は自室の外に出たくもありません。ただ、「親のために、少しでも元気があるところを見せよう。もしかして、月を見て、琴を聞いたら本当に楽しくなるかもしれないし」と健気けなげに考えて、命の細った体を持ち上げ、この宴席に加わるのでした。


頼朝よりともは、ゆるゆると進むうたげを楽しみながらも、さきに「くせもの」の様子を探りに出て行った忠重ただしげたちがまだ報告に戻ってこないことを、頭の片隅で心配していました…



さて、屋敷を出た西行は、旅を急ぎますから、夜通しの覚悟で、ジョギングで軽快に北に進みます。その途中、西行はあるものを見てぴたりと足をとめました。年齢は8、9歳ほどでしょうか、子供がひとり、大きな亀にヒモを結びつけたものを、ガラガラ引っ張って遊んでいるのです。


西行「おやおやかわいそうに、子どもよ、その亀を許しておやんなさい」


子どもは、ぼけっとした目で西行と目をあわせました。西行は袖からさっきもらった黄金のネコの像を取り出して、「そしたら、これをあげるから」と言ってにこりと笑いました。子どもはよろこんでこれを受け取り、亀を道端に投げ捨てました。


西行は「うん、うん、よくぞ許した。いい子だ」と言い残し、あっけなくネコの像を手放して、再び道を走っていってしまいました。


子どもはうれしそうに像をかかえ、家路につきました。若宮わかみや小路こうじから浜辺のほうに向かいます。それを、「おいおい、小僧」と呼び止めたものがあります。亀を売って暮らしをたてている、風九郎かざくろうというチンピラです。亀のたくさん入った箱を、担ぎ棒の両端にぶらさげています。今日の商売をちょうど切り上げたところでした。


子ども「おじさん、今日は帰りが遅いんだね」

風九郎「お前こそだ。子どもがこんな夜に出歩くのは危ないぜ。なんならてめえの家まで送ってやらあ」

子ども「うん、いっしょに帰ろう」


風九郎かざくろうはちょっと話題を変えました。「そういえば、さっき、坊さんになんかもらってたろう。あんなもんをもらって、バカだな。ちょっと見せてみろ」

子ども「なんだよ、亀と交換にもらったんだぞ。あげないぞ」

風九郎「勘違いすんな、いらねえよ、そんなもの。知らねえのか、それを持ってたら、おまえ、死んじまうんだぞ」

子ども「えっ、そうなの!?」


風九郎「家に持って帰れば、まあ、翌朝まで生きちゃあいられねえ。それは、荏柄えがらの天神てんじんの香炉だ。絶対に神社から出しちゃいけねえもんなんだよ。さっきの坊主、そこから盗んだのかも知れねえな。で、たぶん、神罰が当たって体調が悪くなったんだろう。怖くなって、お前に押しつけたんだ」

子ども「そ、そんなあ」

風九郎「神罰があたって死ぬのはお前だけじゃねえ、お前の両親だって、お前の巻き添えでどうなるかわかりゃしねえ。おーこええ」


子どもは目に涙をため、真っ青になって震え出しました。そして、自分が抱えていた像を、あわてて投げ捨てました。


子ども「こわい! 死にたくない!」


風九郎「まあまあ、お前は子どもで何も知らなかったんだ、神様も特別に許してくれるだろうよ。オレにまかせな、こっそり神社に返しておいてやるから」

子ども「本当におれは助かるのかい」

風九郎「オレがちゃんと神様に謝っといてやるから、お前はそれを褒められて、前より幸せになるくらいさ。でもこれは忘れるなよ。お前はこのことを、親にも誰にも言っちゃならねえ。神様はやっぱり怒って、お前をとり殺すかもしれん。お前は三途の川でずっと石を積み上げる羽目になる…」

子ども「ひいっ! 言わない、絶対に言わない」


風九郎かざくろうは、こうして散々に子どもを脅すと、売れ残りの亀から大きな奴を選んで子どもに渡し、「ほら泣き止めよ、さっきの亀より大きなやつをくれてやる」と言って頭をぽんとなでました。子どもは、ありったけの感謝の言葉を風九郎に述べてから、ひとり、家に走っていきました。


風九郎かざくろう「…さてと。実にちょろかったな。(像をよく見て)黄金だ、間違いない。捨て値で売ったって、200両、300両は下らねえ品だ。とんでもねえボロ儲け…」


こう一人ごちてニヤつく風九郎の肩を、うしろからムンズと掴んだものがいました。峨々太郎ががたろうという、体格のよい16歳の不良少年です。


峨々太郎ががたろう「おい…」

風九郎かざくろう「(像をフトコロに隠して)峨々太郎ががたろう! …へっ、何だよ、酔っ払いが。その手を離せよ」

峨々太郎ががたろう「今晩はまだシラフだ。それより、見てたぜ… お前ばっかりがいい目を見るのは、ちょっとずるいんじゃねえか?」

風九郎かざくろう「何のこった」


峨々太郎ががたろうは、「隠したって無駄なんだよ」と言いながら風九郎のフトコロに手を突っ込みました。風九郎は身をひねってこれを外し、荷物を提げていた棒を手につかみます。「泥棒犬が、これでも食らえ」


風九郎が足下をねらってブンといだその棒を、峨々太郎ががたろうは軽く飛び上がってかわし、風九郎の棒をたたき落としました。月明かりの波打ち際でふたりは取っ組み合い、互いの髪をつかんでねじり倒そうと、必死で争います。


その二人を、一筋の刀がいちどに貫きました。


「ゲッ」


ふたりは、何が起こったのか分からないまま、体を重ねて倒れ、砂を掴みながら死んでしまいました。


二人の死体を見下ろし、刀の血をぬぐって、ゆっくりとさやにおさめようとするこの人物は… あの猫間ねこま光実みつさねです。この争いを偶然目撃した彼は、「ネコをよこせ」とわめく声で、彼らが何を争っているのかを知ったのです。彼は風九郎のフトコロを探って黄金の像を取り上げると、これを月の光にかざして感無量に眺めました。


光実みつさね「なんという偶然、これはまさしく、我が家の家宝、黄金の猫だ…」


光実の後ろに、二人の男が歩み寄りました。秩父ちちぶの忠重ただしげと、榛澤はんざわ六郎ろくろうです。「見ていたぞ、光実みつさね。ついにやったな」


光実みつさね「はい。神が、私のもとにこれを遣わしてくれたのだ、そうとしか思えない。天運は、我にある! この像は、ネズミを退ける。これで、義高よしたかの妖術を破ることができる…」

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