10. 西行、頼朝に会う
男「ネコが役立たずとはなんという言い草だ。農作物を害獣から守り、人間に時を教える。一家に一匹いるべきものだ」
男「ネコがネズミを食うのはよ、
義高はついに男の胸ぐらをつかみました。男はこれを振りほどいて義高に殴りかかりました。二人は庭に降りると取っ組み合いのケンカをはじめてしまいました。
そこに、二人が雨宿りしていたボロ家の主人であるお坊さんが、明かりをぶらさげて帰ってきました。「…あんたがた、何してるんだね…」 しかし二人はそれに気づかず、わめきながら組み合ってゴロゴロとマウントを取り合っています。
お坊さん「…ええと… おや、何か落としましたぞ、これ…」
お坊さんは義高のフトコロから落ちた布きれを拾って、なんの気もなしに広げてみました。「旗かね、これは…
二人はこれを聞いてビクッとし、一瞬動きを止めました。二人ともほぼ同時に声をあげます。
義高・男「その旗!」
男「
この男こそは、彼への復讐を誓った人物、
義高は身をかがめ、不思議な呪文をすばやく唱えました。すると、お坊さんの手から旗がスルリと抜け、義高の手にしっかりと握られました。そして、荷物から刀を引っ張り出し、これを抜いて義高に襲いかかろうとする
次の瞬間、あたりの地面は、突然現れた数万匹のネズミに埋め尽くされました。それらは一斉に
そして、これまた一瞬にして、ネズミの群れはあとかたもなく消えてしまいました。そこには
この晩のエピソードはこれで終わりですが、ここに出てきたお坊さんの名は、
そんな彼が、ある日、
こうして書院にみなそろいました。
西行「教えられるようなことはほとんどないと思いますが… 武芸のことなんかはとんと忘れてしまったし、今はせいぜい、我流で短歌や俳句のまねごとをしているだけですぞ」
頼朝の家臣の
この歌は筑紫で詠んだんですよね。月は普通東、つまり都の方角から出てきますよ。「すみもせで」って… 東に住んでるじゃないですか。おかしくないですか」
西行「ああ、その歌は、ちょっと間違って覚えられてますね。正しくはこうですよ。
「すみぬらん」です。前はそこに住んでいた、ということですよ。だから、西国に流された自分の身を憂う歌としては意味が通じることになります」
みんな「へー、へー、そうだったのか、なるほどなー」
こんな感じの問答がいくつか続きました。頼朝も家臣たちも、西行の
頼朝「もうひとつ、教えを乞うてみたいことがある。こんなことを人に聞くのも恥ずかしいが、ここに揃った家臣たちの中で、いちばん弓術がうまいのは誰だろうか」
西行はこんな変な問いにも即答します。「みんな、歴戦の
西行「あなた、さきの保元の戦いを経験されていますね。そのとき、
筑紫の御曹司とは、伝説の武士、源八郎
西行「なるほど。…だそうです、みなさん。
その場の全員が西行の意見に賛成しました。為朝と戦って死ななかっただけでこの扱いですから、為朝はどんだけメチャクチャな強さだったんだ、とも言えますね。そこらへんは、馬琴センセイの『
この勢いで、宴会が始まりました。酒と珍味が飽くほど出され、列席したみなが上機嫌になりました。
頼朝「西行どのの博学に、われわれも負けておれんなあ。おい、
唐糸「は、はい?」
頼朝「政子と大姫から聞いたぞ。お前は、琴がうまいだけでなく、武芸についてもけっこう物知りらしいじゃないか。何か、ここで披露してみよ」
唐糸「いえいえ、とんでもない。そりゃ琴のことならなんとか人並みですが、それ以外は…」
石田が唐糸のそばに寄り、この答えをとがめました。「唐糸、興ざめなことをしてはいかん。大したことが言えなくても、女のことだ、大目に見てもらえるに決まっておろう。何か、知っている限りのことを言ってみよ」
唐糸「はあ、それではひとつ、弓の各部分の名称について、私の知るところを少しだけ。変なことを言ってしまったら、誰か、その場で修正してくださいね」
頼朝・家臣たち「いいぞ、いいぞ」
西行「ほう、女子の学問を聞かせてもらえるとは面白い…」
「弓をきゅうと呼ぶのは、唐のある博士の説によると、弦を張ったときに
(大体、こんな話が、見開きいっぱい続きます)
全員が、口をぽかんと開けて、
唐糸はそそくさと退場してしまいました。しばらくは、この場の皆が、彼女の知識のもの凄さをウワサしてザワザワしました。「何もんなんだ、あいつは…」
西行も同様に、今見たものに感じ入ってしばらく無言でしたが、それとは別のことにふと気づき、
西行「お聞きなされ。今、屋敷の外に… 誰か、鎌倉殿(頼朝)を恨むものが徘徊しているような気がしますぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。