第6話 ふたたびイーズへ
次の休暇。再びイーズへ。
高速鉄道の駅前のカフェでエスプレッソを飲みながら読書をしているうちに、レオ青年が
「こんちは。リディさん」
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「あっ、こちらこそよろしくっす。俺、車持ってきたんで、それに乗っていきましょう。日記が発見された場所は少し郊外なんすよ」
あと、と彼は続ける。
「うっかり寝過ごして朝食とるのを忘れてたんで、ちょっと何か注文してくるっす。出発はそれからで!」
「どうぞ」
「どうも」
レオ青年はいそいそと注文の列に並ぶ。
やはり軽そうな青年だ。私が年下とわかった途端、色んなところに油断している。
生ハムのホットサンドが彼の腹に収まったところで店を出る。
彼の車は、何十年前のモデルかと思うほどレトロな形の黒い車。前方についたまあるいライトが昆虫の眼のように見える。ブリキのおもちゃによくありそう。
「コイン一枚で友達から買ったっす。いい中古車でしょ。よく壊れるけど」
「それ、本当に大丈夫?」
「これがね、女の子を乗せた時には決まって機嫌がいいっす。女好きの車っすよ」
おそらく彼は私を安心させようとしているのだろうが、いまいちその根拠が信用できない。ついでにさらっと、自分の車に女性(おそらく恋人)を乗せたことを自慢している。
二人乗りの車のため、私は必然的に助手席に座る。すちゃ、とレオ青年は黒いサングラスをかけた。
ぶるるん、と不安なうねりを立てながら黒い車が動き出した。
目的地まで車で四十五分。森や草原の中を走る。車の窓から入る風が春の訪れを告げている。
やがて舗装が不完全な道に入った。壊れかけの車がガタガタと左右に揺れる。
「これから行くのが、日記の発見されたところっす。見たら本当にびっくりするぐらいでっかい館っすよ。昔は、サン=モナーク家っていう、貴族の名家が住んでいたらしいんですが、時代の流れで一族の直系が絶えたとかで売り出されたようっす。そこを俺の遠縁に当たる人が買い取りました。それが今の館の持ち主っす。俺もちっちゃい頃から知っていた人なんで、あそこに住んでいる人は俺には何でも見せてくれるんすよ」
「そういう伝手があったから手元に日記が来たというわけですね」
そうっす、とレオ青年は頷いた。
車は森を抜けた。そこには石や岩がごろごろとした荒野が広がっている。
「ちゃんとそれらしい名前があるっす。『
「変な名前だね。由来は何?」
「そこまでは知らないっす」
彼は話を戻した。
「あれはたしか、半年ぐらい前です。家主から連絡があったっす。なんでも家主の人が、館を改装したくなって、あれこれ手を入れていくうちに、主人の書斎から隠し部屋が見つかったって。わくわくするでしょ。んで、急いで行ったところ、隠し部屋の中から日記が見つかったわけで。読んで内容を確認すると、見返しには『マリー=テレーズ』の署名があって、筆跡もその女王のものだって、びっくりして、先生に鑑定を依頼したんすけど……先生、本物の筆跡だって結論を付けていたのになー。発表の時に手のひら返しってひどくね」
脱線しかけた話を、今度は私が戻した。
「その館ってかなり古いのかしら」
「そうっすね……聞いたところによると、四百年前に建てられたものらしいっす。もちろん増改築を含めてっすけど」
館は三百年前よりさらに以前のものだとすれば、日記が女王の書いた本物だという可能性は無視できない。オークションから忽然から現われた物よりは信ぴょう性が高そうだ。
しかし、そうなると私の記憶との不一致が問題になる。
もしや、私の持つ前世の記憶は完全なる『私』の妄想の産物では? なんて、それこそ妄想が広がる話だ。まだ結論は出せないと思う。
「あ、着いたっすよ」
車は芝生の上で止まった。ドアを開けて、館を見上げる。
『
直方体にカットした石材を何十段も積み上げて壁面は横に長く、玄関と右翼、左翼の距離はほぼ左右対称になっている。その玄関もいかにも神殿の入り口のようにどっしりとした柱が四本立ち、張り出した屋根を支えている。
長年雨風に晒されて傷のついた壁面には何十もの窓があり、さらに近づくと、聖人を模した立像が壁に掘りぬかれている。
一目で芸術的と評したくなる館であることに間違いはない。だが、それにしては館の佇まいは陰気で暗い。それは到着とともに空の雲が厚くなったことに気付いたから?
けれども、こんなところで日記が見つかったというのも、「らしい」と言えば「らしい」気もした。
何となく、懐かしい気持ちにさせられる。不思議な気分だった。
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