終局後のそれぞれ

エキストラ ―繋がる太陽系の明日へ―



 ~~五年後、地球衛星 月宙域にて~~



 後に邪神の試練として蒼き大地へ連綿と語り継がれる大戦より。

 救世の志士達は母なる星地球神秘の衛星に分かれ、後の人類社会が越えるべき試練へと立ち向かう。

 しかし世界は、大戦の恐怖など瞬く間に記憶から忘れ去り……繰り返す愚かなる業はさらなる悪化の一途を辿っていた。


 だがその戦いを超えた者達の中の多くに、愚行を繰り返す傲慢に疲れ果て――やがて覚醒を見る者も少なからず存在していた。


 それらを率い、宇宙に存在する同胞と手を取り合う道を模索していたのは……他でもない邪神の試練を戦い抜いた救世の志士達。



 三神守護宗家、円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ……そして神の御剣ジューダス・ブレイドの英傑を集結させた数字を冠する獣機関マスターテリオンであった。



§ § §



「マスター草薙。じき月宙域の国際宇宙港予定航路に入る。着港準備を怠り無く。」


「ああ、ありがとうエリーゼ。君の生命活動も僅かと言うのに、世話をかけるな。」


「言わないでくれ、マスター。我もあなた方子孫たる人類との僅かの生活は、心踊るものだったのだから。そう改まられると別れが辛くなる。」


 救世の当主界吏は現在、地球製の民間船としては初となる宇宙航行シャトルに乗り合わせていた。

 古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーと現代技術融合により生み出された、後の太陽系内外交を中心に据えた、同胞との共存の足がかりとなる希望である。


 宇宙技術寄りの外観から来る、曲線と鋭角を交えた機体が恒星の光を反射させ……現在運行間近となる神秘の衛星宙域 国際宇宙港航路へと差し掛かる。


 いにしえのある時代から分かたれた、地上と宇宙の民の再共存の一歩となる航路である。


「感慨深いな。ようやく宇宙同胞との正式な融和が叶うのか。」


「ええ……私達にとっても、とても長い道のりでした。」


「つか、義理兄アニキは兎も角……なんで姉さんまで来たし? 」


「あら?私もシエラ様との再会が待ち遠しいのよ? なにせ――」


「あー! そいつは、今引っ張り出す事じゃねぇから!? そしてアニキもニヤニヤすんな! 」


 さらにそのシャトルには、融和の先駆けとなる宇宙の民との会談にあわせ――

 守護宗家は草薙の表門と裏門を代表する当主が、供に同席する運びとなっていた。

 即ち、同席するは表門当主 草薙 炎羅くさなぎ えんら……裏門当主である草薙 界吏くさなぎ かいりの義理の兄である。


 加えてかつてガウェイン家嫡女シエラと深い関わりのある、炎羅の妻 麻流あさるも便乗していた。


 救世の当主としても久方ぶりの団欒であったのだが、そこへ己とガウェイン家嫡女との只ならぬ関係をチラつかされ視線を泳がせていた。


「マスター……なるほど。それが人類の番を持った者達への祝福と――」


「いや!? エリーゼまで乗っかって来る必要はないからな!? 」


 クスクスと微笑む竜の少女エリーゼへ、沸騰した顔でしどろもどろとなる当主。

 最愛なる姉夫婦からも、暖かな賛美を笑顔と供に頂戴していた。


 しかし救世の当主が口にした様に、命纏う竜機オルディウスのコアたる使命を終えた竜の少女は――

 この会談を最後に深き眠りにつく事となっていた。


 故に……そんな何気ないやり取りも、救世の当主が彼女へ贈る生命活動上 最後の手向けでもあったのだ。


 そして太陽系の未来乗せた希望のシャトルが国際宇宙港へと近付くにつれ、そこへ会談のため訪れた視界を占拠する。


 その大きさは400mを超える長大な剣を模したそれ。

 宇宙人そらびと社会に於いて〈禁忌の聖剣キャリバーン〉と呼称されるは、艦艇母艦と言う特殊なる規格を持つ民の希望。

 邪神の試練とそう違わぬ時間軸に勃発した宇宙人そらびと社会未曾有の危機、〈ヒュビネット事変〉を集結させた救世の部隊〈クロノセイバー〉の旗艦である。



 そして神秘の衛星宙域へ建造された国際宇宙港で今、地上と宇宙の希望が相見える事となった。



§ § §



 会談に取れる時間はそう多くなく、そこで可能な限りの時を割き……私達は後の未来へ向けた話し合いに興じる事となった。

 そこからひと段落した私は、かつてまともに会話も交わせなかった女性と再会を喜ぶ様に隣り合う。

 

 月を一望出来る強化複合ガラス張りの通路にて。


「まさかあなたが、地球の未来を……さらにはその先の太陽系の行く末さえ左右する方になろうとは。成長なさいましたね?ガウェイン卿。」


「あ、麻流あさる様!?その……ガウェイン卿と言うのは、ちょっと。せめて再会を果たした友人らしく、シエラと呼んで頂ければと。」


「ふふ、分かったわ。シエラ……私もあなたをこう呼ぶのだから、様付けはご勘弁ね? 」


「ええ……了解しました――麻流あさる。」


 実質彼女の方が年上なのだが、

 そこで御家同士を演じる様な、ギスギスした仲は流石に回避できた。


 そこまでを口にした私達は供に会話を一先ず止め、眼前に広がる月と宇宙の深淵を眺めていた。

 彼女は宇宙へ上がったのは初めての様で……けれどこれからの我らが背負う重圧を思考する様に、暗黒の先を見つめていた。


炎羅えんらはよくやってくれています。彼も大切な機関の子供達に恵まれ、日本に降りかかる難事を越えた所。全く……義兄弟きょうだいそろって、運命に翻弄されるばかりです。」


「そう、でしたか。そして私達も同じ……それを支える立場となった訳ですね? 」


 思わず洩らした麻流あさるの言葉へ思うままを零す私。

 その似た者感が可笑しくて、二人で苦笑を交し合う。


 地球圏とその外縁に住まう人類は、これよりさらなる過酷な状況へと突き進む。

 未だに衰え知らぬ戦火の咆哮は、先に超えた業すらも飲み込みやがて自身らに降りかかってくるだろう。


 しかしそんな中でも、同じ方向を見据える仲間が今も声を上げ……手を取り戦わんと立ち上がってくれている。

 もう過去の贖罪に振り回されている場合ではないんだ。


「ここにいましたか、シエラ。あら?麻流あさる様もご一緒ですか。」


「これはアリス様。お体の調子は如何ですか? 」


「私もいる。便乗かな、便乗かな。」


「なんだい? ここに、いろんな物を抱えた女性陣ばかりが集った様だね。」


「言いえて妙ですね、ハスター。あなた方にも、これまでの技術研究と協力には感謝しています。それにアリスの体調維持にまで……言葉もありません。」


 未来を見据えた思考の私を呼ぶのは、アリスにクトゥグアとハスター。

 何れも観測者に属した者達だ。

 二人の邪神は兎も角、アリスはもうその観測者には戻れないのだけど。


 言わば彼女は申し訳程度の機能しかないガイノイドの体躯で、風前の灯の命を永らえさせている状態……いつ果てるとも知れない身体。

 邪神の二人がいろいろ手回ししてくれたお陰で、今存在できている様な物なんだ。


 そして、元観測者の友人……加えて義理の姉となる女性と居並び明日を見る。



 超えるべきさらなる業を、しかと超えて行く覚悟を宿しながら――



§ § §



 会談後に俺は竜星機オルディウスと供に月面へと降り、ヴァルハラ宮殿最奥の巨大な空洞へと足を向けていた。

 そこにはすでに待機する星霊姫達ドールズが見守る様にこちらへの視線を送る。


 やがてその空洞中心にそびえる、銀嶺の女神と隣りあう様に機体を直立させた。

 そして機体足元へ集う星霊姫達ドールズと、別れを惜しむエリーゼを一望していた。


「あなたとの触れ合いは、この時代で最初であり最後です。けれどエリーゼ……これからはあの偉大なる竜機を守って下さい。」


「うむ。本来はすでに存在せぬ、かのT‐REXである我が……意識を持ち言葉を用いて皆と一時を過ごせたのは素敵な経験だった。アイリス、ファイアボルト、ウィスパニア――」


「エクリスにライトニング、マグニアも……大切な経験をありがとう。感謝している。」


 代わる代わる抱き合う星霊姫の少女達といにしえの恐竜たるエリーゼ。

 そう……彼女はこれより竜星機オルディウスのコアとして再び長き眠りにつく。

 本来霊的に高度ではない彼女本体の遺伝子情報力では、これ以上霊的自我確立が難しい故の回帰だった。


 それでも彼女の存在自体が消える訳ではなく、だからこそ竜星機オルディウスのコアとしての使命を果たせるんだ。

 何れまた、この偉大なる竜の機神が必要になるその時まで――


 そんな思考のまま皆を見やっていた俺へ、エリーゼが向き直る。

 ちょっとサプライズな言葉も添えて。


「マスター草薙。あなたとのほんの僅かの邂逅は、彼女達との触れ合い同等に素敵であった。感謝している。それとこの、我に名付けられた名の元となる……自動車?だったか――」


「そこに宿っていた魂が我と共感したのか、少しの言葉を変換できたぞ? 」


「って、マジか!? あのエリーゼ エキシージの!? 」


 サプライズ過ぎて目を見開いて驚愕してしまった俺へ向け、の声を聞かせてくれたんだ。


「『長年愛情を注いでくれた叢剣そうけんがいない間、私を大事にしてくれた界吏かいり。私はあなたに感謝したい。ありがとう、大事にしてくれて。』と、それだけを感じ取れた。」


 語られた言葉で思わず言葉が詰まる俺。

 望まない死を迎えた親父の忘れ形見の、俺への感謝の気持ちを抱いてくれていた。

 そんな想いが竜機から伝わり……そして俺の元へと流れ着く。


 全てを投げ出したのは、親父を奪った因果への抗いから。

 けど今俺はその因果に立ち向かった事で、親父の想いさえ愛車を通して受け取ったんだ。


 僅かに滲んだ涙を堪え口にする。

 相棒たる愛車エリーゼはこれからも俺の傍にあるけれど、共に戦った竜の君エリーゼは永き眠りにつくのだから。


「……相棒の言葉を伝えてくれてありがとうな?エリーゼ。そんでこれからは、来るべき時まで、このもう一つの相棒を守り抜いてくれ。」


「ああ、心得た……マスター草薙。我のこの時代での素晴らしき友であり、主よ……。」


 星霊姫達ドールズの零す涙の中、新たな相棒を託す様に竜の君を抱き締める。

 これから先の眠りの際訪れるであろう、永劫の如き寂しさが少しでも和らぐ様に。


 そして世界がこれ以上、取り返しがつかない事態へ向かわぬ様……再び竜星機が飛び立たなくてすむ世界を思い描きながら。



 封印と言う別れを終えた俺は世界へと再び向き直る。

 未来を、かの邪神が齎す審判の要らぬ物へとする戦いのために――





―― 竜星機 オルディウス 〈完〉 ――

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