最終話 人の業を越えるため、明日へ――

 蒼き大地が生まれて45億年の月日が流れた西暦2000年代。

 そこで生きた人類の繰り返した有り余る業は、やがて伝承にある古の邪神群を呼び寄せる事となった。


 だが愚かなる人類の中にも、贖罪を果たすため立ち上がる救世の志士は存在し……それらは神代の機動兵装を駆り天を埋め尽くす邪神の軍勢と渡り合う。


 そして――

 太陽系に於ける全ての人類の故郷たる大地、〈地球〉の未来は救われたのだ。



 だがそれは同時に彼らの犯した業を償って行くと言う、新たな戦いの火蓋が切って落とされたも同義であったのだ。



§ § §



 先の因果の大戦終結から一日を置いたその日。

 神秘の衛星 地上へ着陸した盾の要塞艦ヒュペルボレオス内は慌しい喧騒が包んでいた。


 遺跡の多くの設備は眠りから目覚めたばかりで、すぐさま運用もままならない状態だったため……ガウェイン家嫡女シエラがそこで数年を過ごすため最低限の衣食住を熟せる備え増設を行なっていた。


 そんな中、要塞艦からモニターで視認する巨大なリングを見やる二人——すでに人類との共存も満更ではない邪神娘が嫡女のそばに揃って


「技術提供諸々に感謝します……クトゥグア、そしてハスター。」


「気にすることは無い、シエラ。満足かな、満足かな。ジジィも自分の用意した技術が人類の明日を支えるとあれば、嬉しさのあまり高笑いを神々の冥府で響かせるはず。」


「燃えカスに同感だね。あのジジィはボク達以上に、かの地球生命代表たる人類への愛情を湛えていた。きっと本望に違い無い。」


 ガウェイン家嫡女へ応える邪神娘は弄る様に、しかしそこに込めたかつて大海の巨躯ノーデンスがいた頃を思い出す様に胸を張る。

 


 かの戦いの折、門なる神ヨグ=ソトースを穿つため使い果たした霊力回復が確実に数十年スパンを要すると……二人は人類との二人三脚の覚悟を決めた様に協力を惜しまなかった。


 その二人へモニター先から声をかける救世の当主界吏は、現在巨大なリング〈叡智の腕輪アガートラム〉を指定位置まで運搬中。

 そこには協力を惜しまぬ盟友となった、聖霊騎士オリエル宵闇の魔王アルベルトの駆る機影も映り込んでいた。


『二人とも随分シエラさんに馴染んだんじゃねぇか? 何かこう、そんな感じがプンプンするんだが? 』


「く、草薙!? その百合っぽいと言う表現は訂正を要求する! 憤慨かな、憤慨かな! 」


「そそそ、そうだよこのカス当主! 燃えカスが言う所のその、ゆゆゆ……百合っぽいなどと言う感情はこれっぽっちも——」


『……慌てて全力否定は図星の証拠だろう(汗)? なんでそんな、偏った人類文化ばかりを学習網羅してんだ君らは……。』


 会話に混じる邪神娘の、人類文化でもサブカルチャー面からの浸蝕を目の当たりした当主……浸蝕の点で言えば人類も邪神と大差無いと苦笑を漏らしていた。


「なるほど、このアガートラムの持つ物体の推進制御機能を使い……地球圏外縁へ向けた地球文化初の大型宇宙港を建造すると。なかなかにこれは……。」


『オリエルよ。この程度の設備であれば、宇宙文化で言えば序の口だ。太陽系にありし我が故郷天楼の魔界セフィロトは、そこからさらに派生した異文明により成り立っているのだ。』


『つか、アルベルト。魔界って宇宙にあるんだな……(汗)。むしろ日本がサブカルチャーの影響で、そいつは異世界かパラレルワールドにあるものと。』


『言い得て妙だな。だ。その例えも間違いではないと言っておこう。そもそも限られた人類側の文明で、魔界の存在を確認した報告など皆無だろう? 』


『ああ……そりゃ確かに。』


 異なる世界同士の種が手を取り合う姿。

 星纏う竜機オルディウス天使兵装メタトロン……そして痛み負う黒竜ペイントゥース内で通信が飛び交った。

 名実共に戦友となった三人は、あたかも長くいた友人の様に語り合う。



 その一方、準備が整い次第帰還組みが蒼き大地地球への帰還する事を前提とした凱旋準備を同時に進めていた。



§ § §



 人類が超えるべき試練の中、誰も欠ける事なく凱旋する運びとなった。

 けれどその代償は余りにも大きく——


 俺達を生かすため散ったノーデンス……あの誇り高き邪神一の武人を弔うために、ヒュペルボレオスへ戻った俺はエリーゼと残された邪神娘達と深淵を見つめていた。


「いいか?クトゥグアにハスター。俺がいる日本ではこう胸前で手と手を合わせ、亡き者の冥福を祈るのが弔いだ。神仏融合や、そこに代表される儀の諸々ぐらいは基本知識として有してるだろ?」


「むぅ……こう、か?感心かな、感心かな。人類はこうやって死者を弔い、生と死を受け入れていたのだな。」


「力が入り過ぎだよ、燃えカス(汗)。何故に? そんな力任せな弔いがあってたまるか。」


「いや……我はあの巨躯と無意識下での戦いであったが——存外にそれぐらい力任せでも許容してしまうかもしれないぞ? 」


「はは、違いねぇ。そういやエリーゼは、ノーデンスとやり合ってたタイミングはまだ眠ったままだったな。」


 本来邪神は同類でさえ警戒を置く種族柄。

 けどすでに二人は星霊姫ドールの仮そめな体躯の影響で、人間同様の情も構築された所。

 そんな二人がリスペクトして止まない日本流の死者の弔い方を伝えつつ、同じく人類を憂い導かんとしたノーデンスをいたむ様に深淵へ想いを馳せた。


 そこへ俺達を探していたであろう機関の整備クルー達が、かの残念なチーフを先頭に俺達を呼びつける。


「あっ!草薙さんに邪神のお嬢さん方と竜の君! 探したっす! 少佐のお見送り準備がそろそろ整う頃っすよ!? 」


「ケケケッ、大方あの弔い中だったんだろう? 慌てねぇから、それがすんだら格納庫内カタパルトへ集合だぜ、救世主さんよ。」


「救世主は大袈裟だぜ?バーミキュラチーフ。分かった、こちらも終わった所だからすぐに向かうよ。」


 決してからかうではないチーフの弄りを受け、俺達も名指しされた場所へと足を向ける。

 そう……地球への凱旋を待つ俺達とシエラさんは別行動。

 これから彼女は数年かけてこのヴァルハラ宮殿内にある〈オーディーンシステム〉の監視と正常稼動……そしてそこから得られる神代の技術を平等且つ段階的に人類へ提供する任務に就く。

 無論人類による許可なき古代技術無断使用への備えも含めてだ。


 対して宗家裏門当主の名乗りを上げた俺は、地球でこの戦いに於ける事後処理からの対魔討滅任務。

 避けては通れない、しばしの別れの時が俺へと近付いていた。


 幾分重い足並みは、仲間と離れ離れになると言う概念以上のものと理解している。

 同じ地球と言う大地での別れとは異なる星を跨ぐ別れの中、すでに想い馳せる彼女との離れ離れの状況にこそ俺の胸が痛く疼いてたんだ。


「マスター界吏かいり、こっちです! 」


「ニシシッ! やっと皆が地球へ帰れるのか~~! ああぁ、アタシも地球で自然を堪能したかったぜぃ! 」


「そこは自粛を要請するよ、ファイアボルト。僕らはヴァルハラ宮殿へ残り、アリス様とシエラ様……さらには協力を申し出てくれた邪神方をお助けしなければ。」


「そうですわ。わたくし達には、星霊姫ドールとしてここでやるべき事があります。」


「だね~~。それまで地球でのドライブは~~お預けだね~~。」


「ううう、ウィスパも……マスターが運転する自動車の隣りに乗ってみたいのですぅ! 」


「元気だな君達は。ならシエラさんを任せても大丈夫だな? 」


 程なくカタパルトへ集合した星霊姫達ドールズと機関員皆が視界に映る。

 特に星霊姫らは、以前話したドライブ同乗の件が待ち切れない感じが伝わって来た。

 それはしばらくお預けなんだがな。


 そして居並ぶ錚々そうそうたるメンバー。

 アリスに星霊姫達ドールズとシエラさんを送るため、地球凱旋を果たす機関員と協力者達が一堂に会す。


 それを見やるシエラさんが口を開いた。


「先に言葉にした通り、私はこれよりここ月面はヴァルハラ宮殿稼動と宇宙人そらびと社会との文化交流安定化のため……数年の期間滞在する事になります。シューディゲル卿にシャルージェ……かの大戦ではその力添え、感謝に尽きません。」


「何をいまさら。我は我の意思であなた方へ助力したまで。それに一度地球へ凱旋した後、アルベルト猊下から魔界へも招待されている。我はまた宇宙へと舞い戻る故な。」


「ふふ、それは念願が叶ったという所でしょうか。」


「シエラ様。あなた様が不在であろうと、騎士会ラウンズの事は私めにお任せ下さい。シエラ様が胸を張って凱旋出来る様、機関全体へそれをお伝えしておきます。」


「ウォガート卿とランスロット卿にもよろしくお伝え願える?シャルージェ。私は必ず、ガウェイン家当主として戻るから。」


 もう昔のあらゆる者へ壁を作り、贖罪を果たす事に盲信していた彼女はいない。

 共に戦った者全てへ労り向ける姿は、きっと彼女が生まれ持った素養。

 ガウェイン家当主と言う血統だけではない、彼女自身の隠された器だ。


 だからこそ……アリスと言う偉大なる観測者が心を開けたんだから。


「おうっ……こんなにしばしのお別れ!? ヤバイ、あたしマジで感極まりそう!? 」


「うん、そうだね。今のシエラさんは、マジで女性……つか女の子してるし。」


「二人とも不謹慎! 今のシエラ少佐は、騎士家ラウンズが誇るガウェイン家嫡女! 恐れ多い事は——ふにゃっ!? 」


 あんなにシエラさんとは相性の悪かったオペレーター三人娘。

 変わらずのテンションを覗かせた彼女達を——


 そばに寄り添ったシエラさんは、労り込めて抱き締めたんだ。


「あなた達には、機関へ属してからずっと……迷惑を掛けっぱなしだったわね? 本当にごめんなさい。けど……あの壮絶な試練の戦いで、生きててくれてありがとう。素敵な家族達。」


 突然の抱擁で思考が停止した三人も、彼女がどれだけ己の行いに罪を感じていたのかを悟り……多くを語らずただ抱擁されるに甘んじていた。


 少しの抱擁から、優しく皆を離したシエラさんは皆を一瞥して並々ならぬ感謝を全体へ送り——


 その視線が俺へと辿り着いた。


界吏かいり君。私はこの戦いであなたと逢えて本当に良かった。これまで私を救い、支え続けてくれて感謝しています。」


「んな、水くせぇって。最初は確かに成り行きだったけど……俺も覚悟を決めなけりゃと思っただけだよ。そうしなければ明日も何もなかったんだからな? 」


 言葉のやり取りはその程度。

 俺達はここからしばらく別の道を行く。

 そんな時にあれもこれもと言葉を交わせば、離れるのが辛くなる。


 もうそれはお互いが理解していた。


 数年の別れを待つ俺とシエラさん。

 その言い様のない雰囲気は、すでに居合わせた一同が悟り静かに見守っている。


界吏かいり様……そしてシエラ。あなた方人類がいかにして、これまでの歴史を築いて来たか——。」


 そう告げるアリスは俺とシエラさんの手を取り、それを重ね合う。

 紅潮した俺達も、まさか夢にも思っていなかった。


 けど……彼女を心配させる訳には——いかなかったんだ。


 見つめ合う互いの視線が共に闇に包まれた後、柔らかな感触が俺達をこの時代の新たなつがいへと導いて行く。

 これから押し寄せる苦難を乗り切るため……その背に背負う膨大なる人類の贖罪を二人で果たして行くため。



 凱旋と残留で離れ離れになる俺とシエラさんは、家族の祝福の中唇を重ね合う。

 遥かな人類の行く末を……立ち止まらずに進んで行くために——




——終局後のそれぞれへ続く——

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