第107話 数億年の邂逅は刹那の輝き
同時に穿たれた
さらには
そして——
「……こんな……この私があの因果から解放されるなんて。信じ難き事です。ええ……信じ難き事ですよ。」
「そうね、ルルイエ。私も信じられない……けれど——けれど今私は、あなたの身体を抱いています。」
女神が差し出す
宇宙と言う世界でそれらを生身で存在可能とさせるは、女神が限定的に生み出した球状の地球大気組成によるものである。
意識領域で姉妹たる少女を救い出した元観測者が、女神のコックピットから飛び出した故の対応であった。
『全く……シエラさん並に無茶するな、アリス(汗)。ちと肝が冷えたぜ? あんたは今普通の人間とさして変わらないだろう。』
『私並と言う点には抗議も辞さない所だけれど……本当に良かった。』
そんな二人を機体内から見やる
安堵から来る弄りあいも、弄り愛の様相を呈し始めていた。
と……そんな状況下突如として増大した気配へ、警戒を最大に引き上げた二人の志士。
しかし直後、その警戒は不要と諭される事となる。
『ああ、ボクの事は警戒しないでくれ給え?ジェントルメンにマドモアゼル。ボクは君達が討滅した個体とは別……生命種側の観測者である混沌だからね? 個体名はナイアルティアと名乗っているよ。』
その気配は宙域へ浮かび上がる虚影となり、物質的実体反応が存在しない者。
数ある混沌のひと柱たるナイアルラトホテップ別個体であった。
「……確かナイアルラトホテップは千の
『ふふふ、疑い深いねジェントルメン。しかしそれは返せば信頼に足る証……故に暴走気味であったかの混沌を穿つ事も叶った訳だが——』
やがて実体無き気配が、救われた古の少女を見やり言葉を投げる。
そこには居合わせた志士二人も驚くほどに、這い寄る混沌の狂気からかけ離れた労りが乗せられていた。
『ルルイエ、よくぞここまで因果を務めあげたね。それにアリス……君が愛した人類は
「ナイアルティア……私はそんな——」
「何を謙遜する事があるでしょうか、ルルイエ。ナイアルティアの言葉はあなたへの最高の賛美です。誇っていいのですよ? 」
別個体の混沌の言葉は因果から解き放たれた少女を包んで行く。
それこそ古き時代から親しんだ無類の友の様に。
だがその幸福の瞬間も長くは続かなかった。
安堵を覚えた者達の視界で、古の少女の体躯が目視で分かるほどに霞んで行く。
『おい、ルルイエさんよ!? 身体が——』
すでに戦いを終えた竜機は元の神々しき
あの
「これは致し方なき事。私は数億年の時を存在した観測者であったもの。それももう終焉が近付いているのです。けれど——」
悲痛の叫びを優しく制する古の少女は、正しく元観測者の如き無限の慈愛を込め当主を制する。
己に訪れた事態は避けられぬ定めと——
「けれどその最後に、アリスの愛して止まない人類へ鉄槌を下さずにすんで良かった。ええ、本当に良かった。それはあなた方人類の、未来への可能性に満ちた希望のお陰です。ありがとう。……ありがとう——」
万物を包む様な慈愛を湛えた少女の体躯が薄く、
彼女を愛した姉妹と、盟友と……そして命の限りそれを救い上げた救世の志士達の眼前で。
耐え難き現実と向き合う二人が双眸を熱く濡らす。
けれどその労りこそが古の少女へ向けた救いであると、元観測者も熱き雫浮かべた笑顔で応えた。
それから程なく——
邪神の試練と言う
§ § §
世界は滅亡の危機からやっと脱出する事が叶った。
けれど分かってる。
俺達にとってそこからが、本当の試練の始まりだと言う事は。
「ここに集まった皆へ伝えたい。本当にご苦労だった。共に手を携えた、あらゆる壁を越えた同胞方へも……今日を迎えるための惜しみない協力。誠に感謝する。」
途方もない試練を越えたマスターテリオン局長たる
全てを終えた俺達は今、ヒュペルボレオス内部でもあのバカ騒ぎを幾度と起こして来たホールへ集結していた。
アリスを始めとしする
異なる種同士で手を取り合った者達。
すでに俺の盟友とも言える二人。
シエラさんにエリーゼと……マスターテリオンを陰から支えた功労者達も。
もう家族と言わんばかりの皆がそこに集結していた。
その後に控えた本当の試練へ向けて……訪れる別れと出会いへ向けて。
「これよりヒュペルボレオスは地球への帰路に着く事となるが――シエラ君……君から言う事があるんだね? 」
「はい、失礼します。私はこれまでこのマスターテリオンへ配属されてからと言うもの、十分な働きを成せていなかったと痛感しています。しかしこれから待ち受ける試練を前に、この機関の継続的運用の必要性を考慮した結果——」
「皆が一旦地球へ帰還する中で、私はこの月面遺跡 ヴァルハラ宮殿へと残り……今後の地球圏を見据えた然るべき行動を起こそうと考えています。」
彼女がなぜその様な行動を取らんとするかを、直感で理解した皆は口を挟まず……ただその覚悟を聞き届ける。
そばにあるアリスの慈しむ姿を見やりながら。
「すでに確認したこの月宙域では、現在宇宙の同胞たる者が地球社会と太陽系内縁社会との調和を模索している最中。私はこの遺跡監視と共にそこから得られる技術をアリスの許可の元……融和活動への協力を通して、
「ここへ残るのは、そのための決意と捉えて貰いたい。無論このマスターテリオン代表としての残留となります。
一同を見渡し告げる言葉は、すでに家族となった皆へ向けた物。
彼女は自らマスターテリオンの代表を名乗ったんだ。
だから俺はいつになく考えなしに行動していた。
それは過去の彼女との、険悪極まりない出会いの記憶がそうさせた。
もう大丈夫なはずなのに、それでも浮かべた一抹の不安を振り払う様に――
シエラさんへの切なる労りを乗せ抱き締めていた。
「ちょっ……!? 何を考えてるの、あなたは! こんな皆へ向けた大事な――」
「分かってる! けどあんたの過去はきっと、その心へ容赦無く圧し掛かって来る!忘れないでくれ……シエラさんには皆がついてる! だから絶対、一人で全部抱え込まないでくれっ! 」
きっと昔の自分なら、そんな衝動で動く様な事はしなかったはずだ。
けれど今の俺は明らかに昔と違う。
零した憂いは彼女が未だ背負う因果……神格存在をその座から引き摺り降ろした神殺しの大罪が、これからもシエラさんを
少し慌てた彼女も、事を悟り嘆息ながらも双眸を閉じ応えてくれる。
最初のギスギスしてた関係なんてなかったかの様に。
「……この場でそれを口にする事もないでしょう、全く。でも……ありがとう、
すると
シエラさんの
あのナイアルラトホテップを穿つため供に駆けた事で、想像以上に急接近していた俺達。
そこでやっと、想像を絶する試練を乗り越えた実感を感じたのを覚えてる。
それから程なく事の諸々を進めるため、まずはと疲れ切った身体を月面へ着陸させたヒュペルボレオスで休めて一日を置き――
これより訪れるそれぞれの戦いへ、覚悟を新たに出立の準備を整えて行く俺達であった。
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