第4話 恋の結末

「ルウさん」

 ピイではない。背後から男の声がした。振り向く暇もなくピイから引き離される。シムリだった。

「ルウさん、彼女はぼくの婚約者ですよ」

 ピイはシムリの胸に顔を埋めて泣いている。ではあの涙は、シムリを見たために流れたものだったのか。ルウは立ち尽くしたまま愕然としている。

「ぼくはあなたよりもピイのことが好きだし、愛しているし、尊敬しているんです。ピイだって、あなたから高価なものをもらって心を揺さぶられるような女性ではないんです。彼女はぼくを愛しています。誰よりも、ぼくのことを愛しています」

 ルウはただ黙っている。風が、冷たい。シムリの目つきはどこまでも鋭い。

「あなたはぼくがいない隙を狙ってピイに付け入ろうとしたひとです。信用ならない。もう、ピイに近づかないでください。ぼくが愛しているのは彼女で、一生連れ添って生きていく覚悟なんです。彼女だってぼくのことを」

「シムリ、もういいの」

 ピイがシムリに抱きつくと、シムリの目が優しくなった。

「これだけは言ってよ、ピイ」

「何?」

「ぼくのこと愛してるって」

 ピイが恥ずかしそうにルウを見る。

「言ってよ」

 シムリは最初の印象とは違って、強引だ。ピイはつぶやくようにして、シムリの耳元でささやいた。

「愛してるわ、シムリ」

 それを聞くと、シムリはピイを抱きしめて、口付けをした。そして、ピイを家に帰すと、ルウを車の方へと背中を押した。

「これでわかっただろう? もうピイに近づくな。車でピイを連れまわすような真似はもうしないことだ」

 その声は、低く、静かだった。ルウはうなだれたまま、車に乗った。

「あ、これ」

 シムリが作業着のポケットから宝石箱を取り出した。ルウがピイに贈ったものだった。

「ピイが直接返すって言ってましたよ。でもぼくが返します。ぼくがピイに信用されてるってこと、わかりましたよね。じゃあ、さようなら」

 ルウはシムリの冷たい目を見て、唇を噛み締めながら車を発進させた。そして、ホテルに帰ると、モルガナイトは宝石箱ごとルームサービスの男に投げるようにしてよこして、ピイの指輪の入った宝石箱はホテルに頼んで郵送してもらうことにした。そして、ルウは都会へと帰っていった。


 都会のビルの最上階にある自分の部屋に戻ったルウは、黒い絨毯、きらきら光る夜景をぼんやりした目で見つめた。ふとあの屈辱が蘇り、揺り椅子に飛び乗る。いらいらと椅子を漕いだあと、彼は突然そこから降りて、電話のダイヤルを回し始めた。コール音が耳元で響く。数秒で、相手は電話に出た。ルウはぱっと明るい顔になって話し始める。

「もしもし、ニコルか? ただいま。早めに帰ってきたよ。またデートをしないか? 寂しくてたまらないんだ。え? 何だって? 秘書を辞める? 何を言っているんだ。わたしは君のことをちゃんと愛しているし、桜の木ピイさんのことはもう終わったんだよ。ぼくとデートするのは光栄だって、前に言っていたじゃないか。なのにどうして。あれ? おおい」

 電話は一方的に切れてしまった。無機質な広い部屋の中には、揺り椅子と、ルウだけが残った。

                                  おわり

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