第4話 ねずみたちの誕生会
ユウリはピイの指輪を作った。思いを込めて。シムリの気持ちが届きますように、と願って。できあがった指輪は、ピンク色の花の形のケースに入れた。
そして、もう一つ。四角いケース。彼女に渡さなければならないもの。ユウリはそれを握り締める。彼女に、絶対に渡さなければならない。
今日はイリアの店は休みだった。マリイも当然来ない。ユウリは、行こう、と思って立ち上がった。そのときだ。
ドアの鈴が鳴った。オレンジ色のワンピースを着た、マリイが入って来た。ユウリは驚いて彼女を見る。マリイはワンピースのスカート部分を両手で握って、カウンターに近寄ってきた。
「ユウリさん」
「はい」
「この間は、いきなり帰ってしまってごめんなさい」
「いいんですよ」
ぎこちなく、笑う。マリイは笑わない。
「この間の、お返事をしに来たの」
ユウリは口を閉じた。気持ちは不思議と落ち着いている。
「わたし、ユウリさんのこと、好きよ。尊敬してる。大人だし、素敵なアクセサリーを作ってくれるし。でも、男性として好きになることはできないの。ごめんなさい」
ユウリはしばらく黙って、口を開いた。
「いいんです。仕方のないことだ。ぼくらは通じ合えるところがありましたよね。ぼくの作ったアクセサリーを、あなたはとても気に入ってくれて、ぼくもあなたの明るさがとても好きで。でも、そうじゃないところがあった。ぼくはあなたを愛していたけど、自分の本当の姿を隠して、あなたの前では大人に見えるようふるまっていました」
「そうなの?」
少しだけ、マリイが笑う。
「本当は、子供っぽいんです、ぼくは」
ユウリも笑う。次に真面目な顔に戻る。
「それって、結構重大なことだなって思うんです。つまり、ぼくは嘘をついているんです。本当の姿をさらしていないんです。それは、あなたに好かれようと頑張っているという証なのかもしれない。でも、ぼくにとっては違うんです。嘘をついているのにあなたを愛そうだなんて、間違っている、そう思うんです」
マリイはユウリを見つめている。
「ぼくの思いは自分勝手だった。だから、あなたに愛されなくて当然だったんです」
愛されるのに、その欠陥のみが邪魔をしているのではないとわかっている。ユウリは手の中にあるケースを握り締めた。
「わたし、もうここに来られないわね」
ふと、マリイがつぶやく。それを聞いたユウリがひどい後悔をする。客と店主。その関係を壊したのはユウリだ。でも、マリイに愛を告げたことは後悔していない。
「じゃあ、今までありがとう、ユウリさん」
「さようなら」
「さようなら」
ドアの鈴が鳴る。これはマリイが鳴らす最後の鈴の音だと思うと寂しい気がした。しかし、ユウリは手の中のケースを握って、大丈夫だ、と思った。
「ユウリさん」
顔を上げると、シムリが立っていた。窓の外を眺めている。
「あれは、マリイかな? こんな早くからどうしたんだろう」
「シムリさん、指輪、できあがりました」
シムリの疑念を掻き消すように、ユウリは大きく声を張り上げる。途端にシムリはカウンターの上を見て、ぱっと笑顔になった。
「かわいい指輪だ。きっとピイは喜んでくれる。ありがとうございます」
「いいんです」
シムリの喜びようを見て嬉しくなったユウリは、がりがりと頭を掻いた。
「どうか、ピイさんに『お誕生日おめでとうございます』とお伝えください」
「何言ってるんですか?」
え? とユウリは不思議そうな顔をしたシムリを見た。
「あなたもいらっしゃるでしょう? ピイの誕生日パーティーに」
ユウリは面食らった。
「ぼくが?」
「いらしてください。あなたは大事な指輪を作ってくださった方です」
シムリは微笑んでいる。ユウリは少し考え込んで、
「行きましょう」
と笑った。
ピイの家の周りは、コスモスの森になっていた。赤い屋根の家にある広い庭で、ピイは桜材の大きなテーブルのお誕生日席に座らされて、小柄なかやねずみの家族とおしゃべりをしていた。職人らしいひとびとがいる。ピイの仕事関係らしきひとびともいる。あちこちの毛が抜けたまだらねずみが一人、テーブルをじっと見つめている。
「あれはぼくの師匠のグイル。見ているのはぼくが作ったテーブルなんですけど、どうかなあ。真面目に作ったテーブルなんだけど、ケチつけられないかなあ」
シムリががりがりと頭を掻いて笑った。しかし、ユウリはシムリとは別のものを見ていた。
イリア。
イリアは、テーブルに料理を運んでいるところだった。ピイに微笑みかけている。こちらを見ていない。
「イリア!」
思わず、叫ぶ。イリアがぱっと振り向く。ユウリの姿を認めると、料理をテーブルに置いて、家の中に飛び込もうとする。客たちがしんと静まり返る。
「待って、イリア! 君に渡したいものがあるんだ」
イリアが立ち止まり、ゆっくりと振り返った。ユウリを、いつもとは全く違う、怯えた目で見ている。ユウリが紫色のケースを見せると、イリアが目を丸くした。
「君のために作ったんだ。見て」
中には桔梗の形をした銀のイヤリングが納まっていた。イリアが口をわずかに開く。
「気づいたんだ。君がいつもぼくのそばにいてくれたことに。優しくしてくれたことに。励ましてくれたことに。ぼくは君を愛してるんだ」
イリアが近づいてくる。たゆたうように。ユウリは審判を待った。
「わたしも、愛してる」
ちゅっ、と額が鳴った。ユウリが見上げると、背の高いイリアがユウリを見下ろして、泣いていた。
「マリイさんのことが好きなんじゃなかったの?」
初めて聞く、イリアの涙声。
「終わったんだよ。あのひとへの思いは終わったんだ。君にキスされてから、ぼくはようやく気づいたんだ。ごめんな。今まで気がつかなくて」
「いいの。わたし、あなたに愛されてると知っただけで嬉しいの。大好きよ、ユウリ」
「ぼくも」
そのとき、拍手が起こった。見ると、シムリとピイだった。にっこり笑って、手を叩いている。
「ピイったら」
イリアが泣き笑いをする。
「ピイには全部話してあるのよ」
それを聞いて、ユウリは照れたように笑った。
ユウリとイリアの二人は、シムリとピイのそばの席に座った。椅子もシムリのお手製らしく、グイルがじっと観察している。
「お誕生日おめでとうございます、ピイさん」
この間と同じ、白地に黄色いコスモスの花が描かれたワンピースにレモン色のひげの化粧をしたピイは、静かに微笑んだ。イリアがそれに続くと、派手なぶち模様のねずみもおめでとうを言う。続いてかやねずみ一家、グイル、様々なねずみたち、最後にシムリ。
シムリはにこにこと笑って、ピンク色のケースを取り出した。ピイが驚いたようにシムリを見上げる。
「ぼくからのプレゼント」
シムリはケースを開けて、指輪を取り出した。それにうっとりと見とれているピイの左手の指の一つにはめる。指輪は細いリングにれんげの模様が彫り込まれ、小さなピンクサファイアがはめ込んであった。とても美しい。
「ピイ、ぼくと結婚してくれる?」
シムリがあまりにも明るく言うので、周りのひとびとも、ユウリもイリアも呆気に取られた。ピイも呆然としている。
「してくれる?」
シムリはあっけらかんとしていた。ピイの目に、涙の粒が盛り上がる。
「ええ」
ねずみたちはざわめいた。そして口々におめでとうを言う。ユウリとイリアもピイに向き直る。
「おめでとう、ピイ」
イリアが言うと、ピイははにかんだ。とても素敵な笑顔だった。
「ユウリ」
イリアが呼ぶ。謎めいた、いつもの笑顔が戻っている。
「あなたはわたしのために指輪を作る気、ある?」
ユウリは微笑んで、
「もちろん」
と答えた。
おわり
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