第4話 リンの心の内

『パパとママへ。大好きです。でも、最近ぼくと全然遊んでくれないよね。赤ちゃんはぼくの大事な弟だってわかっているけど、寂しいです。だから、もっとぼくに大好きだって言ってほしい。抱きしめてほしい。それだけが今の願い』

 この手紙を、ピイとシムリはこっそりと、ロンとランに見せた。二人は、後悔したかのようにため息をついてそれを読んだ。

「こんなことを思ってたのね。かわいそうなことをしたわ」

 ランが赤ん坊を抱いたままつぶやいた。

「この子が生まれて忙しかったからなあ。これからはもっと遊んでやらなけりゃあ」

 ロンは腕を組んで、離れたところで草の茎を上り下りして友達と遊ぶリンを眺めた。

「手紙は絶対にリンに見せないで。またリンに嫌われちゃう」

 シムリが言うと、二人はこっそり声を出して笑った。

「大事に取っておくよ。これはおれたち夫婦の宝物だ」

 と、ロン。

「ピイちゃん、こんなもの書かせてくれて、ありがとうね」

 と、ラン。

 ピイとシムリは笑って顔を見合わせた。

 草むらの街を歩いていると、喫茶店の店主が窓から顔を出した。

「デート?」

「いきなり、それ?」

 シムリが声を出して笑う。ピイは恥ずかしさでうつむいている。

「いやさ、この間さ」

「いいんだよ。今日はデートできてるんだから」

 店主はほっとしたように笑う。

「ならよかった」

「リンのお陰なんだ。この間のかやねずみの子」

「何で?」

 店主は不思議そうな顔をする。

「手紙をもらったんだよ」

「手紙?」

『ピイとシムリへ。シムリ、やきもちをやかせてごめんね。ぼくはピイにべたべたしすぎたかもしれない。早く帰らないかなって思ってただろう? ぼくはピイのうちに住むけど、それはピイがぼくの尊敬する小説家だからなんだ。ぼくは将来小説家になりたくて、弟子入りしに来たんだよ。シムリがグイルさんに弟子入りしてるみたいにね。ぼくは手紙が上手だろう? 文章を書くのは得意なんだ。というわけで、心配しないでほしい。ぼくはシムリからピイを取ったりしないよ。ピイへ。ぼくはピイが大好きだよ。いい匂いがして、優しくて、素敵な小説を書いて。尊敬しています。これからしばらく住むことになるけど、そのときは厳しく指導してほしいな。ぼくはピイみたいな立派な小説家になるんだから』

「全く、これにはやられたね」

 シムリが笑う。ここはピイの家だ。二人は冷たいお茶を飲んでいる。

「わたしも驚いたわ。シムリ、やきもちをやいてたの?」

 ピイが上目遣いにシムリを見る。シムリが頭をがりがりと掻く。

「だってあいつ、あんまり図々しいから。ぼくのピイだって念を押してるのに、ピイのことを大好きだって言ったり、抱きついたり。デートだっておじゃんだしさ」

 ピイは顔を熱くして、嬉しいけれど恥ずかしい、複雑な気持ちになる。

「でもリンは子供よ。大人気ないわよ、シムリ」

「大人気なくったっていいさ。ぼくは君が大好きなんだから」

 また、あっけらかんとこんなことを口にする。ピイは思わず顔をほころばせてしまう。そのとき、シムリが思い出したようにこんなことを言った。

「でも君、この間はぼくに怒鳴ったね」

「ごめんなさい。言い過ぎたわ」

 ピイは申し訳なくなってすぐに謝った。シムリが首を振る。

「いや、嬉しくてさ」

「嬉しい?」

「君がぼくに感情をむき出しにしてぶつかってくれた。それってすごく嬉しいよ」

「そんなことが?」

「それに、君はすごく責任感が強い。驚いたよ。君って、ぼくよりよっぽど大人だ」

「そんなこと、ないわ」

 ピイは照れ笑いをした。シムリはにっこりと笑う。そしてこんなことを言う。

「大好きだよ、ピイ」

 ピイは顔がまた熱くなった。いつもなら、どうしていいかわからないけれど、今ならわかる。

 ピイは、満面の笑みで応えた。


 シムリが帰ってしまった夕方、玄関の呼び鈴が鳴った。シムリが戻ってきたのだろうか。そう思ってドアを開けると、そこにはリンがいた。にっこりと笑っている。

「まあ、リン。もう夕方よ。早く帰りなさい」

「帰るよ。ぼく、ちょっとお礼を言いに来たんだから」

「お礼?」

 リンの顔がこわばった。

「あの怖いねずみからぼくを助けてくれたお礼」

 ピイは背筋が粟立つのを覚えた。あれは、夢ではなかったのか?

「あいつはね、ぼくに言ったんだ。大人たちの裏切りのない、子供だけの世界に連れていくって。そこには苦しみなんてないし、ぼくは何でも思い通りにできるって」

「本当?」

「本当だよ」

 ピイの耳に、あのトランペットの音が聞こえてくる。それは耳の奥にからみつくようで、忘れたくても忘れられないものだった。

「でも、ピイが呼んでくれたからぼくはわれに返った。そんな世界、ありえないって気づいた。だからあいつはテントを消して、ぼくみたいな子供をまた探しに行ったんだよ」

 ピイは呆然としていた。夢? リンとピイは同じ夢を見ていたのか? いや、この感覚は違う。本物だ。

「ピイ、小説に書いてよ。お願いだ。子供たちを助けてよ」

 ピイはリンを見た。真剣な目。

「わかったわ。次の小説に書く。子供たちへの警告として、書くわ」

「ありがとう」

 リンは笑った。ピイはリンを抱きしめて、

「送って帰るわ。またあんなものに出会ったら大変だから」

 と言った。リンは嬉しそうにうなずく。

「ピイと二人きり、嬉しいな」

 ピイがあの出来事を小説に書いて発表して間もなく、子供の誘拐魔は逮捕された。犯人は有名な天才手品師だという。催眠術も得意で、それによって子供たちに幻を見せ、捕まえ、遠くの鉱山に売っていた。その子供たちは皆助かったのだという。

 犯人が捕まったのは、「小説で似た話を読んだから」怪しさに気づいた子供が警察に知らせたことが元だという。その小説がピイの小説だとは、誰も気づいていない。そう、リンとピイ以外は。

 ピイはほっとした思いで新聞を読んだ。そして、小説を書いていてよかったと、強く思った。

 シムリにも教えようかしら。

 そう思ったけれど、考え直した。

 いいえ、こういうことは胸のうちにしまっておくべきだわ。

 リンとピイだけの秘密。それで充分だ。

 ピイは新しい小説に取り掛かろうとした。引き出しの中の原稿をまとめて取り出そうとして、変な感覚に気づいた。何か固いものがある。

 さぐって取り出すと、それはピンク色の封筒だった。

「何かしら?」

 便箋を取り出す。開くと、見覚えのある字でこんなことが書いてあった。

『ピイへ。本当は大好きです。愛してます。結婚してください。リン』

 ピイは微笑んだ。手紙をそっと元に戻して別の引き出しにしまう。これも、シムリには絶対に教えられないわ。

                                  おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る