第4話 わたしは小説家よ

 しばらくして、手紙が来た。

『こんにちは、ピイ。約束のものができたよ。うちの工房においでよ』

 ピイはシムリの手紙の不器用な字を眺めて、首をかしげた。

「親方がシムリの腕を認めてくれたのかしら」

 そうつぶやくと、嬉しくなって笑みがこぼれた。それをわざわざ真っ先に自分に見せてくれることも嬉しかった。

 わたしもシムリに伝えなきゃいけない。

 ピイは慌てて身支度を整え、赤いドアから飛び出した。

 れんげの森を抜け、しろつめくさの林に入る。細かい道が大通りから伸びて、そこには小さな家々が立ち並ぶ。

 背の高い草むらの森で、草の途中に編まれた丸い家の中で、ピイの腕ほどに小さいかやねずみの赤ん坊が、小柄な母親の腕の中で泣いていた。

 上空の家から母親がピイに笑いかける。ピイがうっとりとそれを見ていると、父親が帰ってきた。見覚えのある編み靴職人だ。

「ピイちゃん」

 編み靴職人はピイに気づいて手を振った。ピイはあまり会ったことのない彼に、これほど親しげに声をかけられることに驚いた。

「シムリが素晴らしい家具を仕上げたよ。親方も文句が言えなくて、口をもごもごさせてた」

「まあ、本当? やっぱりそうなんですね」

 ピイは嬉しくなって手を合わせた。

「何だ。知ってるのか」

「いえ、シムリからお手紙が来て。詳しくは書いてないんですけど」

 小さな職人はにいっと笑った。

「早く行きなよ。おれ、見て感動したんだ。見なきゃ後悔するよ」

 職人は驚いたような目で彼を見る妻から赤ん坊を取り上げてあやした。

「シムリは本当に素直だな」

 何が何だかわからない。ピイは職人にお礼を言い、不思議そうな彼の妻に笑顔を向けて、トンネルのような草むらを抜けていった。上空にはいくつものかやねずみの草の家がある。

 シムリの師匠グイルの工房がある職人街はその先にある。ピイは足を速める。草むらは抜けた。

 大きな木が目の前にそびえる。広い、広い湖もある。そこには水車があり、舟があり、様々で不可解な道具を作る職人で一杯だ。

「グイルさんの工房はどこかしら」

 ぐるりと辺りを見回す。ここはどこもかしこも職人の職場だから、見た目よりも探しびとを見つけるのは難しい。なんせ、地下にも職人街がある。石の敷き詰められた地面のところどころに、ドアのついた小さな建物があるが、これは地下街の出入り口なのだ。陰気なねずみたちがときどきそこから出てくる。

「地下街じゃなかったわよね」

 地下街は主に貯蔵庫や研究室に使われる。

「お嬢ちゃん、何やってんの」

 そばにいた荷物係の大きな灰色ねずみが声をかけてきた。大柄でたくましいのに、どうやら女性らしい。

「あの、グイルさんの」

「グイルは三人いるよ。釣竿職人、水車番、博士」

 灰色ねずみは驚くほど早く答えを返した。ここのテンポはそれが当たり前らしい。一人で小説を書いているのんびり屋のピイはまごまごしてしまう。灰色ねずみはお嬢さんじみた大人しいピイを珍しそうにじろじろ見た。

「これだけだよ。誰に会いたいの?」

「えっ? 家具職人のグイルさんは」

「ああ、家具職人の。職人の木の七階にいるよ」

 ピイと灰色ねずみは広場の中央にある大きな木を見上げた。窓やら階段やらが木に取り付けてあり、のんびりなどありえない職人の仕事がどの部屋にも見える。

「弟子が何かやらかしたらしいね。ギールがぎゃあぎゃあ言ってたよ。あ、ギールっていうのは奴のあだ名。たくさんのグイルの中でも奴は特別で変わってるからねえ」

 灰色ねずみが豪快に笑う。ピイは目を丸くした。

「弟子って」

「シムリ。あいつ強情なとこがあるね。びっくりしたよ」

「教えてくれてありがとう」

 ピイは困惑しながら湖を去った。

 かやねずみはシムリを素直だと言った。灰色ねずみは強情だと言った。グイルは怒っている。わからない。シムリは何をしたのだろう。

 職人の木の観音開きのドアは、もう目の前にあった。ピイはびくびくしながらそれを引こうとした。

「やだ、ピイじゃない」

 後ろから嫌な二重唱が聞こえてきた。

「こんにちは」

 ピイが振り返って微笑むと、おそろいのつばの広い帽子をかぶったマリイとミリイはひっそりと笑った。

「行きましょうよ」

 マリイはピイへの挨拶もなしに、ピイが触れているドアノブを奪い取った。

「今日はシムリが一人前と認められた日なのよね」

 ミリイもマリイに肩を並べた。

「シムリに最初に会うのはわたしたちよ、ピイ」

 マリイは先だけ赤くしたひげをぴんと立てて、ピイをにらんだ。ミリイも同じだ。

「おどおど屋」

「それに地味で」

「なあに、その赤い服」

「そうね、似合わないわ」

 双子は次々とピイにひどい言葉を投げつけた。ピイはそれにじっと耐える。と、突然マリイがピイの持つピンク色の鞄を指差した。

「それになあに、鞄に入っているものは」

「シムリへのプレゼント? 手紙?」

 ミリイが怪訝な声でつぶやくと、マリイが恐ろしい剣幕で突っかかってきた。

「やだ、嘘でしょ! 見せなさいよ! あんたなんか、シムリに優しくされる権利なんかないのに」

 ピイは鞄をしっかり抱いた。

「どうしてよ。わたしはシムリの友達よ。優しくし合うのが友達でしょ」

「何が友達よ!」

 ミリイが鞄に飛びついた。生地がもみくちゃにされる。

「下心があるんでしょ。シムリが優しいのを利用してるくせに」

「離して」

 マリイも鞄の取っ手を引っ張り始めた。鞄がめりめりと鳴る。

「シムリはあんたなんか好きじゃないわよ! プレゼントをあげたって、ラブレターをあげたって、シムリはあんたを友達にしかしないわよ。それどころか、退屈なあんたは友達ですらないわよ!」

 ピイは初めて激しい怒りを覚えた。

「友達よ!」

 ピイが叫んだ途端、鞄が破れた。ピイと双子が悲鳴を上げて転ぶ。鞄の中からは、大きな包みと小さな四角い箱が出てきて地面に転がった。

「痛いじゃないの!」

 ミリイが金切り声を上げる。ピイはうつむいて座り込んでいる。

「あら、やっぱり!」

 マリイが転がる荷物を指差した。

「プレゼントよ! 二つも!」

 マリイとミリイはしばらくそれをじっと見下ろしていた。ピイは湿った石の地面にぺたりと座ったきり、動かなかった。やがて、マリイが口を開けた。

「やだ。貢物みたい」

 くすくすと、笑う。

「物でシムリを釣ろうってわけ」

 ミリイがピイに顔を近づけてあざけったあと、大きな包みを蹴った。

「浅ましい」

「浅ましいのは君たちだ」

 双子がはっと顔を上げる。ドアの前にはにはシムリが厳しい顔をして立っていた。

「シムリ」

「上から見てた。急いで降りてきたよ。ピイの鞄を引っ張ってたみたいだけど」

 マリイが唇をかんで黙り込む。ミリイは違った。にっこりと作り笑いを浮かべて、

「遊んでただけよ。ピイがシムリにプレゼントを持ってきたって言うから見たくって。だから冗談で」

「冗談で鞄が裂けるまで引っ張ったのか?」

 シムリの声は低かった。ミリイはやっと口をつぐむ。

「貢物だって? ぼくへの?」

「冗談よ。ただ、いくらシムリの出世祝いだからって、こんなにたくさんプレゼントなんかいらないんじゃないのって」

 ミリイの声は弱弱しかった。シムリはため息をつき、大きな布包みを手にとって開いた。

「この間貸したぼくのブーツ。きれいにしてくれたんだね」

 シムリは打って変わって優しい声でピイに声をかけた。シムリの手には、ぴかぴかになったブーツが握られている。ピイはうなずかなかったが、マリイとミリイは驚いた顔をしてお互いを見た。

「ナリーのところに行ったとき、ブーツを貸したんだ。汚れてるからきれいにして返すってピイは言ってた」

 しんとした。辺りで働いていた職人たちも、立ち止まってこの騒ぎを見ている。

「でも、その箱」

 マリイが落ちている箱を指差した。

「君たち知らないの? それはピイの」

「わたしの小説よ!」

 ピイはうつむいたまま叫んで、顔を上げた。その目は怒りに燃えていた。

「わたしは小説家よ。一所懸命シムリみたいな読者のために楽しい小説を書くの。わたしはこの仕事が誇りなの。大好きよ。わたしはさえないし、おどおど屋だけど、その誇りのために恥ずかしくない暮らしをしてるの。あなたたちみたいに人の悪口を言ったりしないわ。読者にがっかりされたくないから。あなたたちみたいにつまらないことで騒いだりしないわ。読者に馬鹿だと思われたくないから。わたしは小説家よ。苦しみながら頑張ってるの。人を苦しめて楽しんでいるあなたたちとは違うわ!」

 ピイがこぶしを握ってぶるぶると震えていると、周りにいた職人たちがぱちぱち手を叩いた。

「あんたが正しいよ、ピイさん!」

「おれはあんたに大賛成!」

 汚れた格好の職人たちがにっこり笑って拍手をし、指笛を鳴らした。ピイは我に返ってそれを見ると、途端に顔を熱くした。

「怒ってわめくのも、小説家としてのタブーだったんだけど」

「いいじゃない。ファンは何一つがっかりしてないよ。尊敬する小説家の桜の木ピイが、想像通り誇り高い人だとわかって嬉しいだけだ」

 シムリはぴかぴかのブーツを抱き、本と鞄の残骸を大切に持っていた。にっこり笑っている。

「あ、桜の木ピイってあれか? 『百年の旅』書いてる」

 職人の木を通りかかった肌色ねずみが目を輝かせてピイを見た。シムリがにやりと笑う。

「そうだよ。風船の国やあぶくの街や」

「迷路谷のなぞなぞねずみ! おれ大ファン!」

「前に言っただろ? 友達なんだ」

「本当だったのか」

 肌色ねずみはごしごしとてのひらを服で拭いた。その手をそろそろとピイに差し出す。

「すみません、握手していただけますか?」

 男はとても緊張している様子だった。ピイは微笑んで、その手を包んだ。

「わたしの本の読者の方が、シムリ以外にもこんなに近くにいたなんて」

「君はなかなか人気だよ。職人たちは君の書く物語が好きみたい。無骨で、創造的な話ばかりだからね」

 シムリがそう言うと、ピイは嬉しそうに笑った。職人たちは次々と握手を求めてきた。ピイはその全てを受け止める。とても幸せなときだった。

 マリイとミリイはことの成り行きを不満そうに眺めていた。目立ちたがり屋の二人は、他人がちやほやされるのは大嫌いだった。

「ピイの小説のどこがいいの」

 ミリイがぽつりとつぶやくと、辺りは静まり返った。

「結局は無学な職人にしか好かれない、マイナーな小説なんでしょ? わたし、本屋で一度もピイの小説なんて見たことないもの。お父様はもっとまともなものをくださるわ」

 マリイはぎくりとしてミリイをつついた。だが、もう遅い。職人街中の職人たちが双子をにらんでいた。

「無学?」

 シムリが小さくつぶやいた。マリイがあわてる。

「いえ、あなたは違うわ。とてもユーモアがあって、上品だし、ハンサムだし」

 ミリイは周りの男たちを馬鹿にしたように見回した。途端に飛び上がる。シムリが怒鳴ったのだ。

「職人たちはぼくの仲間だ! 馬鹿にする奴は許さない」

「シムリ」

 マリイがおろおろと近寄ろうとする。シムリはそれを振り払った。

「ごめんなさい、シムリ、お願い」

 ミリイはすでに涙を浮かべている。シムリは冷たく言い放った。

「もう君たちには会わない。ピイにも近寄らないでくれ」

「そんな。言ったのはミリイだけよ」

 マリイが泣きじゃくって訴えると、ミリイがぱしん、とマリイの頬を打った。

「何するのよ!」

「うるさいわね! あんただって散々似たようなことやったでしょ!」

「ミリイはもっとひどくやったのよ。わたしの罪はミリイより軽いわ」

「何ですって!」

 双子がいがみ合っているところに、シムリはうんざりと一言言い放った。

「帰ってくれ」

 ミリイとマリイはそのときやっと、自分たちが職人街全体から鋭い目を向けられていることに気づいた。街は静まり返っている。水車のからからと回る音だけが、聞こえる。

「そもそも君たちを招待した覚えはないんだ。ぼくが初めて仕上げたあの家具は、ピイのために作ったんだから」

 シムリの言葉にピイは驚いた。ミリイは涙を浮かべて歩き出し、マリイはすでに泣きながら走り出していた。つられてミリイも泣き喚き、帽子を飛ばして走り去った。

「やれやれ」

 職人の一人がため息をついた。すると街全体がわれに返ったかのように動き出した。

「すごかったなあ」

「女は怖い」

「やっぱ金持ちのお嬢さんはなあ」

 がやがやとした普段の活気を取り戻した街をあとに、ピイはシムリに手を引かれて職人の木の螺旋階段を上った。

 木の匂いがする。何かを削る音がする。踊り場ごとに、ドーナツ型らしい工房のドアがある。五階、チミンの針金燈篭工房、六階、グアニンのねじ工房、七階、グイルの家具工房。

「さあ、入って」

 開かれた、家具職人の工房らしからぬ素朴なドアの奥には、美しい家具がたくさん並んでいた。ベッド、飾り戸棚、椅子。一つだけ、他と雰囲気の違うものがある。

「あれを君にあげたいんだ」

 ピイは言葉を失って立ち尽くす。それは机だった。広くて、引き出しに優雅なれんげの模様の彫りがなされたかわいらしい机だった。

「わたしのため?」

「うん、ほら、ここ見てよ」

 白く光る机の裏に回ると、そこには「シムリ」という整った署名があった。その下には「ピイのために」という文字が彫られている。

「どうして?」

「単純に言うとね」

 シムリは陽気に笑った。

「ナリーが素直になれって言うからその通りにしただけなんだ。ほら、君が小説家をやめるなんて言うから、とめたくて。これを贈ったらまた書いてくれるんじゃないかと思ったんだ」

 ピイは目を伏せる。少し恥ずかしかった。

「ありがとう。わたし、本当に間違ってた。マリイやミリイみたいになりたいだなんて、つまらない憧れだったのよ。わたしは小説家だわ」

「うん。君は小説家だよ。君が一番好きなのは小説を書くことで、君が輝いてるのは小説を書いているからだとわかる」

「輝いてなんか、ないわ」

 ピイが目をぱちぱちさせると、シムリがにっこり笑った。

「でも君が下で言ってることを聞いたら、もうすでに決心はついてるみたいだったから、無駄なことをしたのかな、って思ったよ」

「無駄なんかじゃない! とても嬉しいわ。こんな素敵なプレゼント。最初の作品なのに」

 シムリがにっと笑った。ピイも涙を浮かべて微笑んだ。

「じゃあ、交換」

 シムリがてのひらを出した。ピイが照れくさそうに、箱に入った本を差し出す。シムリはそれをそっと開く。

「やっぱり、ナリーの絵は最高だ」

 表紙には二人のねずみの男女がいた。少年はかなづちを手にし、少女は本を読んで、れんげの森に座っていた。

「これは、ぼくらだ」

「最終巻にするのはやめたの。今回は家具職人の男の子とからくり時計の話なんだけど、ナリーが勝手に」

 ピイは顔を熱くした。

「ぼくはうれしいよ。その家具職人のモデルはぼく?」

「ええ」

「やっぱり、すごく嬉しいよ」

 シムリはページを開いた。一文字一文字を指でなぞり、ピイに笑いかける。しかし、すぐに小説の世界に入り込んでいった。

 ピイはその間、シムリが作った机に触れていた。滑らかで、白くて、体に合わせて作ってあるような心地よさがあった。ピイは椅子を持ってきて机に寄りかかると、いつしか眠ってしまった。


「お嬢ちゃん」

 突然、しわがれた声が夢の世界に飛び込んできた。はっと顔を起こして振り返ると、そこにはあちこちの毛がはげてしまったまだらねずみが立っていた。

「グイルさん!」

 それは有名な家具職人でありシムリの師匠であるグイルだった。顔はしわでゆがみ、厳しそうだというよりは、恐ろしいという印象だった。

「この子か、シムリ」

 グイルが振り向く。そこにはシムリが緊張した面持ちで立っている。今まで見たことのない真剣な顔だ。

「はい」

「見覚えがある。わたしの作った鏡台を買っただろう」

「ええ」

「ふうん」

 グイルは考え込んだ。それからすぐに、シムリを振り向いた。

「まあいい。今回は許す。来年は言うとおりにしろよ」

 グイルは冷たい目でシムリを見て、そのまま部屋の奥に消えていった。ピイは呆然としている。一体、何が何だかわからない。

「グイルさんは何を?」

 シムリが頭を掻いて、苦笑いをした。

「いやね、親方、この机を品評会に出せって言うんだよ。なんせ初めて親方が認めたぼくの家具だからね」

「なら、出せばいいじゃない!」

 ピイは悲鳴を上げた。この机がシムリの将来のためにそれほど重要なものだとは思ってもみなかった。だが、シムリはあっけらかんとしていた。

「品評会に出すと、『皆のもの』になっちゃうだろ? ぼくはそれが嫌でさ。だってこれは君のために作った机だ。君だけに持っていてほしい」

 シムリの言葉の最後に、ピイは目を潤ませた。そして。うなずく。

「親方とも散々もめたけどね、この彫り込んだ『ピイのために』の人物しだいで許すって、そういう取り決めだったんだ」

「わたし、寝てるところをグイルさんに見られてしまったわ! どうしよう」

 ピイが手で顔を覆って後悔していると、シムリがからから笑う声が聞こえてきた。

「いいってさっき言ってたろう」

「でも、ちょっと見ただけよ」

「見ただけで気に入ったんだろう。君は素敵なひとだから」

 シムリがあっさりとそんな台詞を言うので、ピイは目を白黒させた。本当に、このひとはどうして平気でこんなことを言えるのだろう。


 職人の木を降りる。下を覗くと螺旋が暗闇に吸い込まれていくように見える。

 帰りはシムリが送ってくれることになった。破れた鞄は鞄職人に託して、シムリと並んで歩く。

 今日は騒がしい日だった。でもその代わり、とても幸せな日だった。やっぱりシムリは素敵な友達で、ピイの天職は小説家だ。それがわかっただけでも満足だ。シムリへの気持ちは、封印してしまおう。友達でいられるだけでも幸福なのだから。

 最後の階段を降りて、職人の木のドアを開く。細くて弱い夕方の光がピイの顔をまぶしく照らしたとき、シムリが唐突に言った。

「あの机を作っていて思ったんだけど、ぼくはピイのことが好きみたいだよ」

 ピイはぽかんとシムリを見た。シムリは照れもせず、にこにこと笑っている。

「ああ、あと、今日の格好はとてもかわいいね。赤のワンピースなんて珍しいな。でもすごく似合ってる」

 ピイは涙が溢れそうになった。顔が熱くてたまらない。

 何故シムリは、こんなにもあっけらかんとこういうことを言えるのだろう?


                                  おわり

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