第39話 惨劇の真相と異例の提案のこと
「と言うか、勇者なんて居たんだね! 私はじめて見たよぉ!」
「イズミ、重ねて聞くが、何か話は受けていないのか?」
「まったくこれっぽっちも。これは今度アイツをつめなきゃあいけませんね……」
エディと僕を振り返ってはしゃぐミリィちゃん。その後ろで腕組みをする緑の竜人のザヒードさんは、ごつごつした鱗に覆われた顔でも分かるくらい気まずそうな表情を浮かべていた。話を振られたイズミさんは担いだ大刀で自分の肩を叩いて溜息を吐いている。
衝撃的な言葉に、僕は何も言えなくなっていた。頭の中でぐるぐると混乱した思考だけが回る。
四天王は、勇者を探しにここに来ていたわけではない?でもマイアさんは僕を殺そうとしたし、事実、やり直し前は偶然招集がかかって見逃されなかったらこの場所で僕達は殺されていた。未来が変わっている?でも僕達の行動の中で、遠く海を越えた向こうの大陸に響くような行動はなかったはずだ。蝶の羽ばたきが世界のどこかの天気を変えるって例え話があるけれど、そういう事だろうか?いやでも、ここに四天王が来ていると言う事はそれだけ重要な何かが……。
「お、おい! ちょっと俺には話が見えねえんだが!? リオ、お前も目ぇ回してないで説明しろよ。マイアさんも困ってんじゃねえか」
「あ、いや、私はその……あの、ミリィ、どいてくれれば話は早いのだけれど……」
「いやっ」
「いやって、ミリィあなたねえ、勇者と言えば昔から魔王様と対立するものと決まってるのよ?このまま見逃せば、いつか魔王様の邪魔になるかもしれないじゃない」
「いつかっていつ?」
「いつかって……そのうちよ」
「そのうちっていつ?」
「~~~~……」
マイアさんが頭を抱える前で、僕はやっと我に返る。そんな僕に気付いたのか、エディが軽く僕の背を叩いて名前を呼んだ。僕は頭を振って混乱を吹き飛ばし、まず、一番の問題を口に出す。
「皆さんは、僕達を探しに来たんじゃないって……本当ですか?」
「うむ、本当だ。これでも立場ある身なのでな、嘘は言わん」
「そうなんですか……あ、あはは……」
「お、おい、リオ? 大丈夫かお前」
ザヒードさんが請け負ってくれた。その言葉で、僕は思わず膝をついてしまった。ほっとしたのもあるけれど、何よりも、やり直し前の僕達の勘違いのせいで、大きな間違いを犯してしまっていたのだと気づいたからだ。やり直し前は、四天王がこの共和国を焼き討ちはじめ、それを止める為に僕達は四天王に立ち向かったのだ。
……でも、今こうして相対した4人は皆、焼き討ちなんてするようには見えない。マイアさん以外は僕達に今すぐ襲い掛かるようなそぶりもなく、イズミさんに至ってはすでに刀をしまって、昼間と同じような普通の人間のようにふるまっている。
「エディ、ありがと……大丈夫、もう立てるから」
「そうか? じゃあ、ほれ」
エディが差し出してくれた手を取ってふらつきながらも立ち上がる。そこで丁度マイアさんが根負けしたのか、手に集めていた魔力を払って深く溜息を吐いた。
「分かったわミリィ、ここは折れてあげる。でも、魔王様に面倒がかからないように、あなたが面倒見なさいよ?」
「うん、大丈夫! マイアちゃんには迷惑かけないよう!」
「人を拾ってきた犬みたいに言うなよ!?」
「勇者のくせに文句言わないでくれるかしら?!」
「ゆ、勇者のくせになんて初めて言われた……」
エディが呆れたように突っ込めば、マイアさんがぎろりと僕達を睨む。僕は思わず身を竦めたが、そんな僕にミリィちゃんが笑顔で抱き着いてきたので少しだけホッとする。ミリィちゃんの頭を撫でると、子供の頃に勝っていた子猫を思い出す手触り。
「有難う、ミリィちゃん」
「本当に、深く感謝なさい。ミリィが居なければ貴方たち2人とも、チリも残さずに燃やしていたのだから」
「マイアちゃんは短気だからねー。さっき酒場でおじさん達に絡まれた時も、怒ってプルプル震えてたし」
「え、あれって怖がってたんじゃ……」
俯いて震えていたマイアさんの姿を思い出し、僕が思わずそう問いかけると、マイアさんがぎろりと視線を向ける。
「私があの程度の人間に恐れを抱くなんてこと、あるはずがないじゃない! 失礼ね!」
「ご、ごめんなさい!」
「……10年前だかに、変装したマイアに酔っぱらった冒険者が下品な冗談を投げた時には、俺が止める間もなく酒場ごと燃やしたからなあ……」
「え?」
その言葉に僕は硬直する。
「よく我慢したでござるなあ、マイア殿は火が付くと止められないでござるから、今回もミリィ殿が居てくれてようござった」
「えへへー。あでも、今回の酒場でマイアちゃんが怒らなかったのは、この二人のお蔭なんだよ! マイアちゃんが怒るよりも先に2人が怒ってくれたんだあ。私達が魔法で変装してるってバレたのに、2人とも私達の事かばってくれたんだよ!」
「ふむ。マイア、潜入捜査だから、派手な行動は控えるようにと言っただろう」
「だ、だって仕方がないじゃない! 汚い男達にそういう目で見られるなんて我慢ならないもの! 私は高貴なるエルフなのよ、本来なら触れることすら……!」
「マイア」
ザヒードさんがマイアさんの名前を呼ぶ。その声は決して大きく張っていないのに、まるで地の底が揺れるように響き、強い力で僕達を圧倒する。……そうだ、この力のある声に僕達はやり直し前に苦しめられたのだ。冒険も終盤、鍛え上げた僕達の心さえ砕くような激しい咆哮とブレスで、窮地に陥った覚えがある。
「……ごめんなさい、気を付けるわ」
ザヒードさんを暫く睨み返していたマイアさんは、しかし息を吐いて折れる。それを見ながら僕は思う。つまり、僕達があの酒場に行って、あそこでミリィちゃんを保護してマイアさんを止めなかったら、そこから破壊活動が始まっていたと言う事。
「つまり、あの悲劇は、僕達とは無関係に起こって……た……?」
「リオちゃん、大丈夫だよ、私がマイアちゃんから守ってあげるからね!」
僕の顔色に気付いたのか、ミリィちゃんが抱き着いた腕に力を籠める。じゃれる子猫のようなミリィちゃんにお礼を言ってから、僕は改めて3人に顔を向ける。エルフのマイアさん、竜人のザヒードさん、刀使いのイズミさん……ミリィちゃんとだけは、僕はやり直し前には会っていない。でも、この声は聴いた覚えがあった。やり直し前、3人が僕達にとどめを刺そうとした時に響き渡った、あの明るい声だ。
「……ミリィちゃん、また、助けてもらったね」
「え? またって……私、今日初めてリオちゃんと会ったよ?」
「ふふ、そうだね。でも、有難う」
「えっへへー、変なリオちゃん! どういたしまして!」
魔王軍四天王。やり直し前には殺し合い、この手で殺した敵。……それなのに、ミリィちゃんはどこまでも華やかな笑顔を僕に向けてくる。僕は思わず目の奥が熱くなって、ぐっと言葉に詰まってしまった。誤魔化す様にミリィちゃんの頭を胸にぎゅっと抱きしめる。ふわふわの髪からはお日様の匂いがした。
「あー、お嬢さん方よ、話はまだ途中なんだが。あと、わし等としてはこの姿を見た物をやすやすと帰すわけにはいかん事には変わりない。……だが、殺さんと決まった手前、今から翻すのも道義にもとる。はて、どうしたものか」
「左様でござるな。エディ殿、貴殿は勇者であると申して居ったな。女神の啓示を受けた者であると」
眼鏡をかけなおしたイズミさんが線の細い顎を撫でながら首を傾げている。刀を抜いていた時の殺気は欠片も無くて、その落差にまるでさっきまでの様子が嘘だったかのようだ。話しかけられたエディも落ち着いた様子で頷く。
「ああ、そうだけど……でも、確かに今思うと、魔王を倒せとは言われてないんだよな。【思うように進め】って言われてさ」
「【思うように進め】でござるか。それはまた曖昧な啓示でござるなあ……いやはや、女神も力が弱まっていると見える。……急ぐ必要があるかもしれないな」
最後の言葉は独り言の様だったけれど、僕の耳に引っかかる。ミリィちゃんを撫でて腕を緩めてからイズミさんに僕から尋ねる。
「僕達勇者を探しているのでなければ、誰を探してらっしゃったんですか?」
「いや、それは……」
イズミさんが言い淀む。魔王軍の中でも精鋭中の精鋭だけで探しているのだ、軍としては外には漏らせないのだろうけれど、僕は一つ提案をする。
「もし良ければ、僕達にもその人探しを手伝わせてくれませんか」
「お、おい、リオ」
「……どういう風の吹き回し?」
驚いた声を上げるエディに、大丈夫、と頷いて返す。そして、当然の疑問を返すマイアさんの目を僕は見る。
「この町を滅ぼすというのなら話は別ですけど、わざわざ変装してまで潜入していると言う事はコトは起こしたくないと言う事ですよね?少なくとも、貴方達は今の時点では何もしていない。宿もちゃんととって、路銀も地道に稼いで、人間の文化にのっとっている」
やり直し前には、酔っぱらい2人のせいでこの街は滅ぼされた。そして、僕達も殺されかけた。けれど、ザヒードさん達の言葉から、それはあくまでイレギュラーだと言う事が判った。つまり、
「……魔王の指示か、皆さんの意志かは分かりませんが……無為に、人間を殺して回りたいとは思っていない。むしろ可能な限り平和的な解決を望んでいる。……そう、ですよね」
言葉を選びながらマイアさんに確認する。癇癪を起しかけた本人としては答えにくいのか、人形みたいにつるっとした眉間に困ったように皺を一本刻んで、マイアさんは肩を竦める。
「魔王様は別に、人間を滅ぼしたいと思っていらっしゃる訳ではないもの」
「うん?王様からは大陸向こうの人間の国が1つ滅ぼされたって聞いたぜ?」
「邪魔するものは躊躇い無く滅ぼすけれど、それは同族相手でも変わらないわ。恭順を示すのであれば、好んで殺して回ったりはしないわよ」
「それだけの労力や人員を無駄に割くのであれば、他にやる事は沢山あるでなぁ。魔王様の使命にはどれほど手があっても足りると言う事はない」
当然の事の様にマイアさん言い、その後ろで、人間の姿に戻ったザヒードさんが頷く。その言葉を後ろ盾にして、僕はぐるぐると頭の中で必死に言葉を考える。背中にじっとりと汗をかいているのが分かる。きっと、この時間はやり直しているこの冒険の中では、間違えちゃいけないタイミングだ。
「じゃあ、ここでの人探しも、少しでも人手が欲しいと思いませんか」
「魔族がこの街に居ると知っている者を野放しに返すと思う?」
「思いません。けれど、僕達は王国の正式な使者としてこの共和国に来ています。ここで僕達を攫ったら、王国から捜索隊が派遣されるでしょう。他国から派兵された共和国はそれを受け入れるにせよ跳ね返すにせよ、今のように暢気に構えてはいないでしょう。必然的に、街の警備は厳しくなりますし、よそ者である人達への締め付けは強くなると思います。……そうなると、人探しもやりにくくなるんじゃないですか?」
「……急に饒舌になったわね、貴女。魔王軍の手助けをして、貴女に何の利があるというの?」
「判りません。でも、少なくとも、この街を壊したくないと思ってくれている気持ちは本当だと思います。だから、僕はそれを手伝いたい」
僕の目を見つめ返して問うマイアさんは警戒を隠そうとしない。けれど、それは当然だろう。絵本や伝承でも、魔王を手伝う勇者なんて聞いたことが無い。けれど、僕はこの提案が間違えた道だとは思わなかった。僕とマイアさんが見つめあう横で、エディがザヒードさん達に話しかける。
「俺達は明日か明後日、共和国の議会に顔見せをする予定になってる。魔王軍のお偉いさんでも無理矢理には入れない場所だ。そこを見て回る位なら出来るぜ」
「ふむ、それは確かに。おいマイア、睨みあっていても仕方がない。それに、これ以上街の中で動き難くなって時間を浪費するほど、わし等に自由な時間もない。この提案を受けようではないか」
「ザヒード、本気?」
「勿論、ただでとは言わん。信頼も信用も無い関係であるからな。宿に帰す為の制約はつけさせてもらうが……良いかね、勇者、それにお嬢さん」
「痛いのは嫌だぜ、ザヒードさん」
エディが軽口を叩き、僕の肩に手を置く。その手は小さく震えていた。勇者と呼ばれても、普通の身体と力の村の少年だ。エディは虚勢を張っていることが分かる。……でも、この震える手が僕に勇気をくれる。僕はザヒードさんを見上げて、強く頷いた。
「はい、甘んじて受け入れます」
「よろしい。ならば、まずは探し人について話そう。その者の名は《万変の》ドペリア。……元四天王の1人だ」
やり直し前の僕が知らなかった名前から、説明は始まった。
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