第36話 夜の酒場と迷子の少女のこと

 ザヒードさん達と別れて宿に戻った僕達は、とりあえず、まだ体調が悪そうなロイドをベッドに寝かせて各々自由行動をとることになった。レイナートさんは明日の協議会出席に向けた手続きがあるとかで、夕方前に出かけて行った。僕はロイドに回復魔法をかけ続ける関係で部屋に残っていて、エディも一度買い物に出た以外は部屋でのんびり過ごしていた。


「リオ、お前は絶対賭け事しないほうが良いぞ」


「ぐぬぬ……」


 僕は役の揃ってない自分の手札を睨みつけて呻く。対面に座ってるエディが頬杖をついて呆れ顔を浮かべている。しばらくの熟考の後に僕はカード2枚を場に捨てて、山札から2枚カードを抜く。状況は変わらない、絵札すらない。


「なんでエディの方ばっかり良い手が回ってくるの……!?」


「そうじゃない時には勝負を降りてるから、そう見えてるだけだよ。リオみたいに何でもかんでも意地になって勝負に出てるわけじゃあない」


 ぐうの音も出ない。僕は今日初めてのギブアップを宣言する。エディの手を見せてもらうと、僕が欲しかったカードを持った上に役もきっちり揃っていた。僕は突っ伏して負けを認める。これもまたやり直し前には知らなかった事だ。


「エディって結構冷静だよね、普段は喧嘩っ早いくせに、表情も変わらないし」


 やり直し前の冒険では、エディがずんずん道を切り開いて、僕がその後ろからブレーキをかけながら進んでいく構図ばっかりだった。でも、やり直してからこっち、むしろ僕の方が前に出てエディが細々とフォローしてくれてる気がする。そう思いながら顔を上げると、エディはちょっと複雑そうな表情を浮かべる。


「最近だよ。ほれ、王様と喧嘩した事とか、お前のご先祖さんにあっさり捕まっちまった事とかさ、あったろ?……レイナートさんに色々教わってるんだよ。どうやったらいつでも落ち着いていられるかとか」


「レイナートさんは大人だからねえ」


「それはそうだけど、やっぱりこう、礼儀作法とか騎士の心得とかさ、そういうのは普段から気にした方が絶対得だって思ったんだよ。剣の腕でも負けて、人としても敵わないんじゃ情けないし」


「あれ、エディって騎士さんになりたいんだっけ」


「そうじゃあねえけどさぁ……まあ、何でもない。ともかく、俺も努力してるってことさ。それより、ロイドの様子はどうだ?」


 カードを片付けるエディの言葉に、隣のベッドに寝ているロイドの様子を眺める。まだ顔色は白っぽいけど、寝息は落ち着いているし表情も穏やかだ。魔法をかけ続けた甲斐があったようだ。


「うん、随分良くなったみたい。朝までぐっすり眠れば明日には残らないはずだよ」


 そりゃあ良かった、とエディは目を細める。それから、僕を眺めて首を傾げるので、僕も首を傾げてエディの言葉を促す。


「いや、リオも変わったよなあって。前向きになったってのもそうだけど、ご先祖さんから力を受け継いだ分魔力も多くなったのかね、昔だったらずっとそんな風に癒しの魔法をかけ続けるなんてことできなかっただろ」


「そうだね、簡単な回復ならお祈りの言葉も必要がなくなったし……ご先祖様様って感じだね。癒しの力だけじゃなくって守りの力も強くなってるみたいだし、戦闘でももっと役に立てるようになってるはずだよ。まあ、戦う機会は少ない方が有難いのだけれど」


「はは、確かにな。でも、ゴブリンの時からリオは怪我してばっかりだからな、俺ももっと頑張らにゃあいけねえや。力を手に入れたって言っても、リオはヒーラーなんだからな」


「そうだね、ご先祖様の癒しと結界の魔法を頂いた僕でも、やっぱり前で戦うのは苦手だから……頼りにしてるよ、エディ」


 その言葉に、おう、とはにかんだように笑うエディ。僕もつられて笑ったところで、僕のお腹が鳴った。弱い魔法を使い続けていたので、気付かない内に疲れがたまっていたのだろう。お腹減ったねと僕が言うと、エディはカードをしまった鞄から財布を取り出す。


「ロイドはまだ寝てるだろうし、レイナートさんも遅いって言ってたから、2人で食いに行っちまおう。ロイドが起きても、水と今日の昼飯があるから大丈夫だろ」


「そうだね。お昼は魚だったし、夜はお肉が食べたいなあ」


「肉、良いな。よっしゃ、良い匂いさせてた飯屋が帰りがけにあったから、そこにしようぜ」


 エディの舌は確かだと知っているので、僕は1も2もなくその提案を受け入れる。ロイドを起こさないように外套を羽織って、僕達は夜の街に繰り出した。



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 共和国は、昼と夜の顔ががらりと変わる。昼間も色んな種族の人が歩いていたけれど、人間種以外の人は結構フードを被ったりと目立たないようにしていることが多かった。しかし、夜になると堂々と獣頭を見せて歩く姿も見られる。そして、昼には見られなかった露店や、お客を引く女の人の姿も見られるようになる。

 種族が増えるリベラルな気風の場所には荒くれ者や冒険者、それに傭兵の様な流れ者も滞在する事が多い。王様が居ないので、公設の騎士さんが見回りする事もなく、その地区の商工会や、酒場ごとに護衛を雇ったりして自衛をしている事が多い。言ってしまえば、柄と治安が宜しくない場所も多いのが特徴だ。


 僕とエディは出来るだけ表通りの明るい道を歩いてお目当ての店に向かう。宿からそう離れていないので安心した。……その短い間にも2回ほどエディが娼婦のお姉さんに袖を引っ張られたけれど。ちらちら横目で見るからだよ全くもう。


「エディは隙だらけに見えるんだと思うよ、だらしなく鼻の下伸ばしてるからさ」


「そうは言うがよ、ほれ、な、仕方ないじゃん? あ、ほらリオ、ここだよここ。いやー遠かったなあははは」


「同意を求められても困るよ!? デリカシー、エディ、復唱。デリカシー」


「で、でりかしー……」


「そう言う事、忘れちゃダメだよ」


 情けない顔で頷く勇者様を後目に、僕は食事処の扉を開ける。ふわっとお肉の焼ける良い匂いが鼻腔をくすぐる。ああ、お腹が減った、と思わず口に出した僕の声に同意したのはエディじゃなかった。


「そうだよー! お腹減ったぁー!! こーんな良い匂いしてるのにマイアちゃんどこ行ったのー!!」


 ふわっと毛先の跳ねた栗毛の髪の女の子だ。僕よりもうちょっと子供に見えるその子は、壁際の樽に座ったまま泣きそうな声を上げていた。僕とエディが顔を見合わせてからそっちを見ると、ツリ目のどんぐり眼と目が合う。ちょっと潤んだ瞳を見ちゃったら放っても置けずに。


「どうしたのお嬢ちゃん、こんな時間に一人で……ええと、マイアちゃん?とはぐれちゃったのかな」


「何だ、迷子か? あんまりこの時間が気が一人でうろついてちゃあ危ないと思うんだが」


「マイアちゃんがね、私が目を離した隙にどっか行っちゃったの! はじめて来た街だから私に勝手にどっかに行くなーなんて言いながら酷いんだよ!」


 エディの言葉の途中に僕達に思いっきり不平を零す。ぷりぷりと頬を膨らませて怒るその子はそんな顔をしていても愛嬌がある。


「マイアちゃんはお友達なのかな、この酒場ではぐれたならまだお店にー……」


「違うよ!」


「違う? じゃあどこでー……」


「えっとね、噴水のある広場!!」


 食い気味に帰って来た答えに、僕とエディはまた顔を見合わせる。僕達が知っている噴水のある広場は、昼間ザヒードさん達と会った場所だ。もしそこであるのであれば、それなりに離れている。


「あー、えっとだなちびっこ。そこではぐれたのに何でこんな所に居るんだ?」


「んっとね、まずね、吹くとピヨピヨ鳴る笛を売ってるおじさんが居てね、それから美味しそうな匂いがしたから屋台の方に行って、そのお店の前にいたお兄さんの笛がすっごい上手でね!」


 ……うん、これは。


「ちびっこ、迷子なのはお前じゃねえか?」


「あはは、私が迷子になるなんてある訳ないじゃん!」


「ごめんねお嬢ちゃん、君が泊まってるお宿がどこかは分かるかな?」


「あはは、私が分かる訳ないじゃん!」


「駄目だこいつ!」


 完璧に迷子だ! しかも、そもそも泊まる場所が分かんないってなると連れて行ってあげる事も出来ない! だからと言って一人にしておいたら、あぶない。あまり考えたくはないけれど、これだけ可愛らしい子が一人でここに居たら誘拐してくれと言う様なものだ。ましてやこの街の子でないのならば、攫っても足もつかないだろう。


「自警団に引き渡すって言っても、俺達じゃあその場所は分かんない。だからと言ってこのままにしてたらー……」


 エディが腕組みして僕を見る。僕が口を出すよりも先に諦めた様な苦笑だ。エディは僕の性格をよく分かってる。


「うん、僕がこの子のことを心配しちゃう」


「だろうな、そう言うと思ったよ」


 ごめん、と僕が謝ると、エディは肩を竦めて見せるだけでそれ以上何も言わないでくれた。ありがと、とエディにお礼を言った後、僕は女の子に笑って見せた。


「僕はリオ、こっちはエディ。ねえお嬢ちゃん、お名前は?」


「ミリエラ! マイアちゃんはミリィって呼んでるよ!」


「そっか、じゃあミリィちゃん。僕達これからご飯なんだけどー……良かったらご一緒してくれないかな? 皆でご飯食べたほうがおいしいし、歩き回って疲れたでしょう? ご馳走してあげるから」


「良いの! やったー! もうペコペコだったんだよー! 有難うリオちゃん、エディちゃん!」


「え、俺もちゃん付けなの……?!」


 とりあえず、迷子がまたどこかに行かないように僕はミリィちゃんを誘ったのだった。

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