第35話 変わった2人と探し人のこと

「左様でござる。風の噂で、その者が共和国に留まっているという話を聞き申して、海を越えてはるばると。広場での事はまあ、路銀稼ぎと情報収集でござる」


「うむ、人の集まる所に情報は集まる。噂話の一つとて馬鹿にならんのでな」


「ザヒードの場合は趣味と実益を兼ねてと言ったところでござろう?」


「仕事も使命も楽しくこなすに越したことはなかろうよ」


 そう言って肩を揺らして大声で笑うのは顎髭の巨漢ザヒードさん。その隣で肩を竦めるのは眼鏡の東国人イズミさんだ。賑やかなオープンカフェでも、この二人は目立っている。僕達は2人に奢って貰って、この店名物 川魚のランチを頂きながらおしゃべりしている。

 酔いつぶれているロイドは僕の隣で机に突っ伏して眠っている。ご飯を食べながらかけ続けている回復魔法のお蔭で、さっきよりはいくらかマシな様子だけど、これは長引きそうだ。ご先祖様からもらった凄い力をこんな風に使うっていうのもなんだかなあ……と思っていると、寝言でうなるロイドを見てザヒードさんが目を細める。


「ロイドと言ったか、負けん気が強い男ってのは好ましいが、まだまだ力量を図れていないのが若いとことだな。また会った時には飲み方から教えてやらんといかん」


「ザヒードさんはロイドの何倍も飲んでるのに元気だな。呑み慣れるとそんなに酒に強くなれるのか?俺もそのうちー……」


「エディ、今回は特別であって、普段は酔いつぶれても回復してあげないからね?」


「がっはっは、まあ、ワシは特別製だからな。張り合うよりは明るく飲めればそれでも楽しいものだ」


 僕が釘を刺すとエディが首を縮める。それを見てまた大きな口をあけて笑うザヒードさん。革のチョッキを盛り上げる胸板も分厚く、気は優しくて力持ちという言葉がよく似合う人だと思った。体は大きいけれど怖いという印象は無く、絵本の熊のようなイメージだ。その隣のイズミさんは、歳が近いのもあってレイナートさんと気があうようで、さっきから剣についての話が尽きない。


「先程の剣は素晴らしい冴えだったな、イズミ殿。私も剣の鍛錬は欠かしていないが、あのように空中で何度も切り付けて紙を割るなど到底出来そうにもない」


「へぇ、こちらの剣は押し切る形が多ござるからな。拙者の剣は引き切る……切れ味を旨とする刀という分類でありますれば、ああいう芸当もお見せできると。まぁ、あんなものは大道芸でござるよ。拙者はまだまだ修行の身にござる」


 腰に下げた剣帯を見ると、少し曲がった形の細身の鞘が吊ってある。僕が知っている刀よりもずっと短い物で、さっき聞いたら『脇差』と言う種類だと教えてくれた。


「イズミさん、その脇差よりもずっと長い刀もあるんですか?例えば、こーんな……僕が両腕を広げたくらいの長さの刀とか」


「おや、リオ殿。君も武器に興味があるのか。しかし、そんな長い物があっても扱いづらいだろう」


 レイナートさんが少し意外そうに眼を瞬かせる。イズミさんは眼鏡の奥で少し考えるように僕の手から手に視線を泳がせてから首を傾げた。


「古い話にはそのような長さの刀を扱う戦士もいると聞いたことがござる。しかしまぁ、そんな物はレイナート殿の言うように実際に扱うとなると取り回しにくいでしょうなぁ。はは、まあ、それを扱える者は相当な傾奇者か目立ちたがりかー……腕に自信があるかのどちらかでござろう。」


「そうですか……」


「ふむ、どこかでそんな戦士を見かけたことでも?」


 僕は首を傾げ、ランチについているお茶を一口飲む。その柔らかな湯気の向こうに、イズミさんの目がよく見える。僕は一瞬手を止めてしまう。どうしても、やり直し前に戦った魔王軍の幹部の1人を思い出してしまうのだ。僕は慌ててカップを置いて首を振る。


「あ、いえ! そのー……昔、じいちゃんに読んでもらった本にそういう人が居たって思い出したんです」


「ははぁ、なるほど。この大陸にも拙者のような流れ者でもいたのでござろうなあ」


 イズミさんは納得したようなよく分からない笑顔で頷いて、持参の木の棒2本で器用に魚をほぐして口に運ぶ。イズミさんはいつもニコニコしていてあまり表情が読めない不思議な人だ。肩までの黒髪を首で一つにくくった細身の体はともすれば女性的でもあるけれど、さっき広場で軽々と刀を振るっていた姿は、レイナートさんも言うようにかなりの使い手であると僕にもわかる。


「男2人での旅なら身軽で気楽だろうけど、情報を集めるのも大変だろ。俺達もこの国に来たばっかりだけどさ、よかったら噂を行くかもしれないし、どんな奴を探してるのか聞かせてくれよ」


 エディは人懐っこく笑ってそんな事を言う。これは、やり直して初めて僕が知ったエディの一面だ。やり直し前の僕達は、見知った人ばかりの村から出てからずっと、周りは皆知らない人か敵かの状態で戦い続けていた。だからこんな風に道行く誰かとゆっくり話すなんて事はほとんどなかった。

 だけど、こうして仲間が居て追い詰められたような状況じゃなければ、エディはこうして色んな人と仲良くなっていくのだ。少なくとも僕は、1週間かけて乗合馬車の旅を過ごしてる間に、他のお客さん達全員の家族構成を知れるほどの仲になるなんて事はできない。


「おうおう、そりゃあ有り難い申し出だ! だが、1つ違うな。ワシ等は2人旅ではない。あと2人同行者がおる。今は町に着いたばかりなので手分けしておるがな」


「拙者達が路銀稼ぎと情報収集、もう2人が消耗品や食料の買い出しを担当してくれておりますよ。宿で落ち合う約束なので、今すぐご紹介できずに申し訳のうござる」


「へえ、じゃあ俺達と同じ4人旅なんだな! 全員男なのか?」


「いや、あとの2人は女だ。1人は美女で1人は元気にいつも跳ね回っておる。まあ、とにかく目立つ2人なのでな。もしかするとどこかですれ違うかもしれん」


 外見について簡単に話を聞く。長い髪に長身の魔法使いのお姉さんに、僕達よりもう少し年若い短い髪のスカウトの女の子。僕達4人は皆まだそんな感じの2人組は見たことがなかったけれど。


「それで、ザヒード殿。探し人というのはどのような外見なのですか」


 そのレイナートさんの問いかけには、2人とも顔を見合わせて困ったような顔をする。僕達が不思議がりながらも言葉を待てば、先に切り出したのはイズミさんだった。


「それが、見た目は分からんのでござる」


「分からない? どう言う事なんだよイズミさん」


「言葉通り、拙者達はその者の姿形を知らぬままに探しておるのでござる」


 そう言って少し考えるように目を閉じてからイズミさんは説明を始めた。


「拙者達の雇い主の仕事の邪魔をする者がいて、それの捜索を請け負っているのでござる。しかし、まずはその者が男か女か、複数か単独か、老いているのか若いのか、その辺りから調べなくてはならなくて……」


「でも、さっきこの国に探し人が居ると言ってましたよね?」


「左様」


「左様って……その情報はどうやって手に入れたんですか?」


「身内の魔法使いが対象の者が目星を探ってくれましてな。それと、道々に集めた噂話や情報を掛け合わせた結果、今はこの共和国にいるのだと当たりをつけてきたのでござるよ」


「なんだか分かるような分かんないような話だなぁ、それじゃあ手伝いようがないぜ」


「そう言う事でな、エディ。お前の申し出はありがたいのだが、頼もうにも渡せる情報が少なすぎるのだ。ワシ達としても探し手が増えるのはありがたいのだが……すまんな、気持ちだけをもらっておく」


「それに、あまり大っぴらに探しすぎて探し人が逃げ出したら面倒な話でござるからなあ。いや、しかしかたじけない。初めて出会った異国の空で、このように提案をいただけることは、拙者達としても大きな喜びでござる。ご厚意はありがたく」


 2人はそう言って僕達に軽く頭を下げた。手伝えてもいないのにお礼を言われた僕達は少し気まずそうに視線を合わせて頷いた。


「僕達も旅の身空ですから、異国で何かをしようとする大変さは少しわかります。もしまたお会いしてその時にお力になれたら喜んでお手伝いしますから、その時には頼ってください」


「そうだぜ、こうして一緒に飯を食った仲だしな! な、レイナートさん!」


「ああ、その通りだ。そのためには、私達も自分達の使命を果たさなくてはならないぞ、エディ殿、リオ殿」


 エディに顔を向けられて頷くレイナートさん。勇者の案内人の立場としては、あまりわき道にそれるのは好ましくはないのだろうけれど、僕達を叱ることもなく釘を刺すだけに留めてくれた。僕達は揃って頷いて、頑張ろうと気持ちを新たにする。そんな僕達に、そう言えばと声を上げたのはザヒードさんだ。


「ワシ等は探し人だが、そっちは何をしに共和国に来たのだ?」


「僕達はここから海を渡って魔大陸に向かわなくちゃいけなくて……」


「成程、共和国は港町を擁しておりますからなぁ、商人でもなければ改めて渡航手形を取らねばならぬと。ははぁ、拙者も一人旅をしていた時にはその手形の為の金を稼ぐので大変だった覚えがござるなぁ。朝は荷運び、昼は薬売りや大道芸、夜は酒場で皿洗い……下手な修行よりも厳しい日々でござった」


 眼鏡の奥で嫌な思い出を語るようにイズミさんが眉を寄せる。そんな表情に、自分の懐具合を知ってる僕とエディは顔を見合わせて、それからレイナートさんに視線を向ける。レイナートさんは少し笑って頷いてくれた。


「今回はちゃんと経費として認められているから安心したまえ。君達にその辺りまで課すつもりはないよ」


 その言葉に、同時に息を吐きだす僕とエディ。そんな様子を見てレイナートさん達大人組はおかしそうに笑った。


「う、うう……あれ、ここは……」


「おはようロイド、今お昼御飯中だよ。ザヒードさんとイズミさんにご招待を受けたんだ。……水飲める?吐き気は?」


「あ、ああ、リオ……大丈夫、だと思う……すまん」


 賑やかな笑い声にロイドが呻いて顔を上げる。酷い顔色だけど戻したりはしなさそうだと見れば、僕は冷たい水を差し出す。ごくごくと喉を鳴らしてそれを飲むロイドを見て、ザヒードさんがにやりと笑う。


「おうおう、やっと起きたか。お嬢ちゃんに礼を言えよ? ずっと回復魔法をかけ続けてくれたんだからな、献身的だったぞ」


「まあ、けしかけたのは僕ですから……はい、もう一杯。ご飯はどうする?」


「有難うリオ……だが、うぷ、美味そうだが、腹には入らないな……」


 空きっ腹にお酒を入れたのでお腹は減ってるとは思うけれど、無理に食べさせるわけにもいかない。折角頼んでくれたものなので勿体ないと思っていたら、イズミさんが店員さんに折詰めをお願いしてくれた。何を考えてるか分からない人だけれど、気を回してくれる所からすると、良い人なのだと思う。


「有難うございます、イズミさん。ロイドの夜のご飯にしますね」


「あははぁ、拙者も昨日ここの魚を食べて舌鼓を打ったので、折角ならば味わってほしいでござるからな……っと、ザヒード、そろそろ」


「おう、そろそろあいつらも宿に戻る頃か」


 イズミさんが促すと、ザヒードさんが頷いて立ち上がる。僕達も一緒に立ち上がり(ロイドはふらついてるので僕が支えながら)お礼を言った。エディはザヒードさんと拳を突き合わせて笑い、レイナートさんはイズミさんと握手なんてしてた。なんか羨ましいな、男の友情って奴?と内心でちょっと羨ましがっていたら、ザヒードさんが僕の表情に気付いてわしわしと僕の頭を撫でた。


「また逢えた時には同行の女性陣を紹介するから、そう拗ねるな、お嬢ちゃん。ではな」


「特に小さい方とは仲良くなれそうでござるなぁ、はは、は」


 のしのしと歩いていくザヒードさんと、一礼をして足音も無く去っていくイズミさん。2人の背中を見送って、僕達も宿に戻るのだった。

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