第34話 男の意地と大道芸のこと

「もう大丈夫だよ、僕も怒ってないし、あれは事故だったんだからさ。ほら、寝ぼけて鍵を開けちゃった僕も悪いわけだし」


「いや、そうは言うが……リオも嫁入り前なわけだし……」


「私も油断していた、気の浮つきは言い訳にならないが……」


 ロイドとレイナートさんが目に見えて落ち込んでるので僕はそう言って笑って見せる。そもそも服を着替えていないことを忘れるほど考え込んでいたのも問題だ。今はきちんと着替えて共和国の首都の大通りを4人で歩いている。

 僕の隣を歩くエディは、さっきから何か深く悩んでいるようだったので気になって僕は声をかける。


「エディ、ずっと難しい顔してるけどどうしたの?」


「いや……リオも女らしい下着をつけるんだな、と思って」


 ……とりあえず思いっきり足を踏んずけてやった。

 転んだエディを置いて3人で先を歩く。フランさんとミアお嬢様に旅装束を見繕ってもらったときに、まとめて準備されてたのだ。……子供のころから魔王を倒してやり直すまで、そもそも女の子らしいことなんてほとんどしてこなかった自分としては、気恥ずかしいの一言だ。昔から僕を知ってるエディとしては違和感なのだろう。別に良いじゃん。


「リオ、悪かったって! 別に馬鹿にしたわけじゃなくって、意外だって思っただけでさ!」


「……いや、今のはエディが悪いと思うぞ」


「エディ、君はもう少し女性への話し方というものをだな……」


 男性陣からも呆れ気味の視線を受けてエディが不満げに唇を尖らせるのを見るけど、流石に僕はこれには口をはさめない。いや、挟んで良いのかもしれないけど……なんとなく疎外感を感じつつ、僕は話を変えようとちょっと大声でレイナートさんに、今日の昼ご飯の店の場所を確認しようとした。

 その瞬間だった。むかう先から歓声が上がった。僕達は揃ってそっちを見る。大通りの先、人ごみの向こうに足を向けてみると、円形の広場があった。中央には大きな噴水があり、天使の石像が掲げた剣の先から水が噴き出し、青空に虹をかけていた。その噴水の一角の人だかりが、歓声の発信源の様だ。


「すげえ、10人抜きだぞあの親父」


「流石にそろそろ潰れるんじゃねえか?呑み比べが強いって言ってももう限界も近いだろ」


「いやあ呑むペースが全然落ちないぞ、ありゃザルだな」


「……吞み比べか」


 まず反応したのは意外にもロイドだった。いや、意外じゃあないか、ロイドお酒好きだし。すれ違ったおじさん達の言葉を拾って呟く。落ち着いた表情に見える癖に目がキラキラしてる。


「ロイド、まだお昼だよ?」


「そうだぜロイド、俺は酒より先に飯をー……」


 お腹を押さえたエディが先を行こうとしたけれど、歓声の方角から来た男の人達の言葉に、エディも捕まった。


「隣の男の大道芸もなかなか見事だな、見た事ない剣だったが」


「抜く手を見せずってのはああいう事を言うんだな。気付いたら林檎が真っ二つで驚いた」


「見た事ない剣!」


「抜く手も見せず、か。抜き打ちを使う剣と言うのは珍しいな……」


 あ、エディだけじゃない。レイナートさんまでなんかソワソワしてる。……男性陣3人が視線を交わしてから揃って僕の方を見れば、3対1だ。いやまあ、僕もお腹はまだ我慢出来るけど、そんな目で見ないで欲しい。思わず僕は苦笑してしまいながらも、頷く。


「ちょっとだけだよ? ロイドもお酒は程々にしないと、明日は協議会に挨拶に行くんだから」


「…… ……勿論だ」


「今ちょっと返事が遅かった気がするけど」


「気のせいだって! ほれ、今日は休息日なんだから寄り道も楽しいもんさ!」


 僕が半眼でロイドを見ると、エディが僕の背中を押して歩かせる。好奇心が疼いてるエディを止める方法を僕は、10年以上一緒に居ながらもまだ持っていない。まったくもう。


「共和国は種族も国籍も幅広く、文化が交わる土地だ。道々にリオ殿が見た事の無い物も沢山あるさ。お付き合い願いたい」


 レイナートさんがそう言って眉を下げて笑う。やり直し前の記憶で結構色んな経験をしている僕としては、あんまり期待はしないまま相槌をっていたけれど、人ごみの熱気をかき分けて輪の中心に行けば、僕は思わず驚きで声を漏らす。


「さあ! 次はどいつだぁ! 俺よりも呑んで見せりゃあ賞金は挑戦者のもんだ! 散々飲んでる俺に恐れをなす腰抜けばっかりか、おうおう?」


「はいはい、1枚の紙が2枚と切れる、2枚が4枚、8枚が16枚。1つ飛んでの64枚。おまけにもう1つ切れば100とんでの28枚でゴザル。さあさ、お立ち合いお立ち合い」


 噴水の前には僕では抱える事も出来ないくらい立派な大樽があって、周りには酒瓶が林立している。その樽が小さく見える様な立派な体格の赤毛のおじさんが辺りをねめまわして大声で観客に声をかけていた。その隣に立っているのは僕と同じ黒髪の細身な青年で、眼鏡をかけてにこにことした笑顔のまま空中に舞う紙を地面に落ちる前に切り上げ、雪のように散らしていた。

 僕は、大男とどこかで会った事がある気もしたけれど、それ以上に気になったのは青年が持つ武器の方だった。それは、やり直し前の冒険で僕とエディを何度も追い詰めた武器の1つと同じ種類の……刀だ。


「カタナか、宰相殿が一振りお持ちだったな。数年前に彼の方が買い入れた際に一度見せて頂いた事がある」


「カタナ?」


「ああ、エディ殿には馴染みが無いだろうな。私も実際に使われてるのは初めて見るが。ふむ、あれは使い手の腕も良いのだろうが、素晴らしい切れ味だ」


 青年が刀を抜き払いその切れ味を見せてから、何か薬を塗って切れ味を止めて……と、薬の行商の様な事をしている。にこにこと愛想良く声を張り上げる様子は、僕が知っている使い手とは似ても似つかない穏やかな様子。そもそも、僕はあの使い手の顔を知らないのだけれど。……今も夢に出てくる、異国の鎧の戦士が使っていた武器だ。

 僕達と並んでみている観客にも、獣人やドワーフもいるし、同じ人間種でも肌も顔も違う人達がいる。だから、この青年も四天王の1人と同じ地方の生まれってだけだろう。だけれど、悪夢を見たばかりの僕は、その刀を持つ青年から目が離せなくなってしまった。硬直していた僕の肩をエディが叩いて、僕は我に返る。


「リオ、おい、リオ?」


「っ! あ、えっと、エディ、どうしたの?」


「どうしたのじゃねえよ、急にあの人見て固まっちまってさ。そんなにあの薬が欲しいのか?」


「血止めの薬としても上等なように見えるから、一つ試しに買っておいても良いかもしれないな。剣の手入れの脂にも良さそうではあるし」


 2人が話す言葉も上の空で僕は深呼吸をして自分を落ち着ける。そうしている間に、エディが刀使いの青年に声をかけた。青年は丁寧に頭を下げてから商品の説明をしている。レイナートさんもエディについてくれたので、僕はその青年から離れようとロイドを探した。すると……。


「坊主、良い飲みっぷりだ! だが、そのペースでは酒が回るぞ?」


「坊主じゃあない、ロイドだ。ふん、先にそっちは相当飲んでるだろう、良いハンデだ」


「威勢が良いな、気に入ったぞ! だが、手加減はせんぞ!」


「……ロイド、何たる無茶を……」


 僕は頭を抱えたくなった。僕が知る限り、ロイドはお酒は好きだけど別に特別強い訳じゃあない。でもなんでか自分のお酒の強さに自信があるらしくて……ああ、もう1瓶空けてる。美味しそうに息なんか吐いちゃってるけど、あれは駄目だ、もう僕じゃ止められない。

 僕がロイドの後ろで溜息をつくと、大男さんが僕を見てにやりと笑う。四角い顔に顎髭を生やした、野性的なおじさんだ。


「お嬢ちゃん、坊主の連れか! こいつが潰れたら銀貨2枚、ちゃんと払ってもらうぞ!」


「大丈夫だリオ、俺は負けない」


「……お財布は預かっておくよ、ロイド」


「がっはっは! お嬢ちゃんの方は坊主が負ける方に賭けるか!」


「む、そう言う訳じゃあないですけど……」


 酒飲み二人を僕は呆れた目で眺める。その顔に拗ねたようにロイドが僕を見たので、ポンポンと僕はロイドの背を叩く。


「乗り掛かった舟だからね、僕はロイドを応援するよ」


「……よし」


 何が良し、なのか分からないけど、ロイドが凄く気合が入った顔で2本目の酒瓶に口をつける。無理はして欲しくないんだけどなあ……と思っていると、大男さんの方が僕を見て面白そうに目を細めているので、僕は首を傾げて返す。


「いや、どうやら坊主が勝手に乗ったこの勝負。若い娘っ子ならば怒るものかと思ったのでな」


「意地ってのがあるんですよね、男の子には。僕にはよく分かりませんけど、頑張りたいなら応援します。……二日酔いのお世話はしませんけどね」


「大丈夫だ、俺はやれる」


「何をさ、まったくもう……無理しないでね」


 早くも3本目に口をつけるロイドの気合に、僕は若干引きつつも応援する。大男さんは声を上げて笑い、大きく開けた口に三本目のお酒を一気に流し込む。空になった瓶を地面に置けば、新しい瓶のコルク栓を齧って抜く。凄い顎の力だ。


「良い、良いぞお嬢ちゃん。仲間の実力は冷静に見ながらも、意地は通させてくれるなど中々無い度量だ! 気に入った! 名前はなんだ!」


「リオです。そしてそっちは僕の仲間のロイド。坊主じゃないです。」


 僕がそう言い返すと大男は目を瞬かせる。そして面白そうに僕を眺めながら顎髭を撫ぜ頷けば、ロイドに歯を剥いて笑った。


「ワシを見てそんなに堂々と言い返すとは、肝も座っておる。よし、ほれロイド! リオ嬢ちゃんの期待に応えて見せい! ワシは4本目だぞ!」


「くっ、負けて堪るか……ッ!!」


 ロイドが3本目を一気に飲み干すのを見て、僕だったら一本で倒れちゃうだろうなあとか思う。ロイドが4本目の栓を大男さんの真似をして口で抜こうとして、結局諦めてコルク抜きを使うのを見守っていると、僕の肩を叩く手があった。振り返ると、エディとレイナートさん。それに、さっきの刀使いの青年だ。


「ロイド! 負けんじゃねえぞ!!」


「イズミ殿、あちらの方は御同行で?」


「ええ、旅の仲間でザヒード殿と申される。ザヒード殿ー、拙者の商いは掃けましたぞー」


「応! 暫時待ていイズミ! この坊主思ったよりもやりおるわい! さあロイド、もう1本だ!」


「……ぐ、ぷ。ま、まだまだ……っ」


「リオ殿、あれはそろそろ……」


 レイナートさんが流石に心配そうに声をかけるけど、僕は息を吸い込んで声を上げる。


「ロイド―!! 後で酔い覚ましの魔法はかけてあげるから、思いっきりやって良いよッ!!」


 ロイドが驚いた顔でこっちを見たので、ぐっとガッツポーズをとって見せる。


「おじさんに坊主なんて呼ばれないようにしないとねッ、いけー! ロイド!」


「……リオも実はすごい負けず嫌いなんだよなぁ……」


 僕の後ろでエディがぼやいてるのが聞こえるけど、今はとにかくロイドを応援する。真っ赤な顔でロイドが大男……ザヒードさんを睨みつけて、グイっと酒瓶を呷って喉を鳴らす。ごぽごぽ音を立てて中身を呑み干せば、ロイドは息を吐いて樽の上に音高く瓶を置く。

 それを見届けてから、ザヒードさんが歯を剥いて笑い、ぐびぐびと酒瓶を飲み干して、逆さにして飲み干したアピールをする。そして、2人が同時に次の酒瓶を掴もうとした所で、ザヒードさんが手を止めて目を眉を上げる。そして、両手をあげた。グラグラ揺れてるロイドが樽に肩肘をつきながら訝しげな顔をする。ザヒードさんは頭を掻いて笑った。


「酒が切れた! いやあこれは参ったわい、続けたくとも続けようがない」


「…… ……つまり」


 崩れ落ちそうなロイドが尋ねれば、その肩をグローブのような大きな手でザヒードさんが叩いた。


「引き分けだ、ロイドよ! 勝負は次に預けたぞ」


「……おう」


 にやっと2人が一緒に笑ったあと、ロイドは糸が切れたように樽の蓋におでこをぶっつけて気を失った。そのまま地面に転げそうになった所を、僕とエディが慌てて受け止める。そんな僕達の前で堂々と立ち上がったザヒードさんは、いかにも機嫌良さそうに高笑いをする。


「よし、これも縁だ! ロイドが落ち着くまでそこの茶店で茶でも奢ろう、イズミ、良いな!」


「はいはい、良うござるよザヒード。拙者も金の勘定がありますれば」


「あの、僕達これからお昼で……」


「昼飯とな? 良い良い! 茶だけなどとケチな事は言わぬ、飯もワシが馳走するぞ! イズミ、良いな!」


「はいはい、今日は実入りがようござったからなぁ」


「で、でも、初めて会ったばかりの僕達にそんな」


「リオ殿と申されたか。ザヒードは言い出したら聞かぬのでありますれば、お付き合い下され。……拙者はイズミ、そちらはザヒード、旅の者でゴザル」


 丸眼鏡を押し上げて、青年……イズミさんが僕達に人のよさそうな笑顔を向けたのだった。

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