第29話 楽しいダンスと裏切りの騎士?

 僕もね、小さい頃はお姫様に憧れたりもしたよ。でも、うん、もうそんなことは思わないと思う。もう何人目か判らないくらいに通り過ぎて行った貴族さんを眺め送って、僕はぼんやりとそんなことを考えて現実逃避をする。


「この若さで陛下を癒す力を持つとは! いやはや、女神に導かれた勇者と言うのは本当なのですな」


「そんな、僕だけの力じゃありませんし……」


「いやいや、これで我が国も安泰じゃ。陛下の容体も良くなり、国から勇者が生まれた! めでたいのう!」


「はい、えっと、そうですね、おめでたいです……」


「リオル殿、貴女はまるで森の奥の清らな泉の畔に咲く一輪の花……いかがですか、お相手がいらっしゃらないのであれば私の息子などいかがでしょう?」


「あの、ええと、その、あはは……」


 王様のが動けるまで1週間空けての夜、王様の復帰のお祝いとして盛大なパーティーが催された。僕達は皆下にも置かない扱いで来賓席に座らされ、王様のお言葉が終わって自由な時間になった途端、あとからあとから回ってくる偉い人たちの挨拶に目を回していた。僕達の事はもう随分と広まっているようで、全く知らない、昨日まで雲の上の人達だった貴族さん達から名前を呼ばれる居心地の悪さにちょっと笑顔が引きつってしまう。


 ミアお嬢様とフランさんによる、僕のドレスを決める為の半日に及ぶ奮闘。その末に選ばれた空色のドレスは木綿とは比べ物にならないくらい滑らかな布で仕立てられていて、着ているのに肌に吸い付く感じがして落ち着かない。胸元や肩を大きく開けたそのデザインは、普段エディのおさがりとかを着ている僕としては酷く恥ずかしく、首から掛けられた目が痛くなるほどキラキラな宝石飾りは肩に重い。


 ミアお嬢様の見立ての靴も同じ色で、櫛を入れられた僕の真っ黒な髪を飾る花飾りは純白。青に白。まるで自分が雲にでもなったかのようにフワフワして落ち着かない。履き慣れないヒールは高すぎてもう爪先立ちと言ってもいい位で、挨拶する人が入れ替わるのに合わせて立ち上がるたびに、僕は転ばないようにバランスを取る事に専心せざるを得なかった。


「はぁ……エディ、大丈夫?……ぷっ」


 挨拶の波が落ち着いた合間に、僕は2人に声をかける。そして、思わず吹き出してしまう。駄目だ駄目だ、慣れたと思ったけど、気を抜くと笑ってしまう。僕の横に並ぶ勇者2人は、まるで絵本の王子様みたいな格好だ。ひらひらでキラキラだ。


「笑うなよ!? ったく、なんとか生きてる、ロイドは?」


「……首が苦しい」


 ジャボと呼ばれるスカーフを首に巻いたロイドが、それを緩めようとする。けど、どう巻いてあるのかわからないで暫く悪戦苦闘して諦めた。僕達は揃って溜息を吐く。


「おいしいもの食べられると思ったんだけどね」


「そんな事してる暇も無かったな……挨拶詰めで水も飲めねえ、腹減ったなあ……」


 エディの嘆きに、僕は自分のお腹に手を当てる。コルセットで(それはもう、口から内臓が飛び出るんじゃないかと思うほど!)ギュウギュウに締め付けられたお腹は固く、それでもその奥で腹の虫がきゅうきゅうと情けなく鳴く。それが聞こえたのか、僕らはお互いの顔を見て、一緒になってもう一度溜息。


 そこに、すっと差し出されたのは、家では絶対作らないような複雑な形をしたクッキーの盛り合わせだった。甘い香りでお腹の虫が騒ぐ。差し出したのはレイナートさんだ。真っ白なサーコートに礼服と言う、これもまた絵本の中の騎士さんみたいな格好だったけど、僕達と違って様になっている。


「3人とも、式が始まってまだ何も口にしていないだろう。水は要るかい」


「助かるぜレイナートさん、頂きます! 俺は水より酒が良いな!」


「エディ、この間の二日酔いを忘れたの?」


「うぐっ。う、まあ、じゃあ、まずは水で……」


 僕が釘を刺せば、未練がましく頷くエディ。まずって事は後で飲むってことだな、まったくもう。


「まもなくダンスが始まる。その頃になればこの流れも終わるさ。そうすれば、君達も少しは自由に動けるだろう。もう少しの辛抱だ、エディ殿、ロイド殿。私も社交界デビューした日には目を回していたよ、懐かしいな」


「僕、ドレスなんて初めて着ましたよ。ハイヒールも。……似合わない事はするもんじゃないですね、落ち着かないです」


 真っ白な手袋が汚れないかと戦々恐々としながら僕はクッキーをつまみ、口に運ぶ。甘い。美味しいって素晴らしい。そんな幸せをかみしめながら僕がぼやく。すると、レイナートさんは驚いたように目を瞬かせて、それから、ゆっくりと首を振って僕の目を見た。


「落ち着かないかもしれないが、似合わないなんて事はない。リオ殿、その青は君の肌によく似合っている。髪に添えた飾りも、この辺りでは珍しい黒髪を際立たせている。いささか、肩回りがこちらとしても落ち着かない気はするが」


 その言葉の後にちょっとだけレイナートさんが視線を外す。僕は思わず両手で胸元を隠した。考えないようにしていたけど、やっぱりそうだよね、出すぎだよね、出しすぎだよね。じわじわ顔が熱くなる。


「や、やっぱりこのデザインは、ちょっと派手すぎますよね! ミアお嬢様とフランさんが、今年の王都の流行はこれだって言うから着てみたんですけど……やっぱり肩にケープでも羽織って……」


「「「それを隠すなんてとんでもない」」」


 3人の声が揃った。エディとロイド、なんでそんな本気の目なの。僕がジト目を向けると3人はそれぞれあっちこっちに視線を向ける。僕は一応胸元をつまんで引き上げて位置を直しておく。そこに、突然目の前に立つ人がいた。挨拶の人かなと慌てて立ち上がろうとしたら、僕は顎を掴まれた。グイっと無理やり顔をあげさせられる。目の前にはにやにや笑った男の人の顔があった。


「なんだ、勇者なんて言うからどんなものかと思ったけど、ただの田舎娘じゃないか。期待してきたけど、これじゃあつまらないな。おい、そっちの男も勇者なんだって?はは、うちの騎士たちの方が強そうじゃないか、俺でも勝てそうだ」


 大きな鼻を膨らませて笑うその人。僕は突然の暴言と無作法に頭が真っ白になるけど、その手を払って座り直す。


「僕は田舎の神官見習いで、僕達は駆け出しですからね。でも、いきなり知らない人に顔を触られると不愉快です。それは貴族様でも村の人でも一緒じゃないんですか?」


 そう言い返すけど、馬鹿にしたようにその人は鼻を鳴らす。くるっくるの金髪カール頭、横に平たい顔の中で、鼻だけがぴくぴく目立って動く。


「おいアンタ、リオに何してやがんだ」


「エディ、喧嘩は駄目だよ」


 一応釘を刺すと、エディは思いっきり顔をしかめて僕を見る。それを見て貴族の男はまたぶくっと鼻の穴を広げて胸をそらす。ギラギラした服の飾りが悪趣味だ。僕達の服を選んでくれたのがフランさんたちで良かったと素直にそう思う。


「喧嘩しても俺が勝つだろうが、その前にお前たちは貴族を殴ろうとした罪で牢獄行きだぞ。いや、もうすでに陛下に殴りかかろうとして牢獄には入ったんだったか?はっはっは、再犯なら今度こそ恩赦も無しだな。殴ってみるか、おう?」


「てめえ……黙ってりゃあ好き勝手言いやがって……」


「エディ、駄目だって。ロイドもさりげなく袖のボタン外して殴る準備しないで!」


 僕が騒げば、周りの貴族たちが顔をしかめる。どうやらこの貴族の男は評判があまりよろしく無いようだ。だけど誰も止めようとしないのは、面倒事を恐れているのか、それとも……。


「俺を殴ったら、親父が黙っていないぞ。俺の親父は騎士団の指南役なんだ、俺に喧嘩を売るって事は、騎士たちが敵に回るって事だぞ?」


 ああ、なるほど。典型的な馬鹿息子さんだこの人。僕はエディの裾を掴んで立たせないようにしながら、なんて言って追い返そうか考えていた。そこに、笛と弦楽器の楽しげな音色が響く。そして、僕の手を取る手があった。


「レイナートさん」


「アグリ様、どうかなされましたか?この方々が何か。陛下を救っていただいた功労者をダンスにお誘いしたいと思っていたのですが……」


「ぐ、レイナート……そうか、お前がこいつらについていったっていう騎士か」


「ええ、この度は陛下を救われた勇者の供として剣を振るえた事を、誇りに思っております。彼等の筋は中々宜しくて、この先が楽しみです。アグリ様も、前の様にまた私が剣を御指南差し上げましょうか」


 にっこり笑ってレイナートさんがそう言うと、貴族の男……アグリさんは大きな鼻を鳴らして体ごと振り返り、不機嫌そうに足を鳴らして離れていく。それを見送りながら、深く溜息をつくレイナートさんに手を引かれ、僕も立ち上がった。


「あ、有難う御座いますレイナートさん。助かりました」


「申し訳ない、リオル殿。エディ殿、ロイド殿も気を悪くされないでいただきたい。彼はその……少しばかり、可愛がられて育っていてね」


 レイナートさんは、去っていく貴族の男……アグリさんの背中を見送りながら溜息をつく。何やら因縁がありそうだななんて思っていたら、そのまま手を引かれて歩き出す。


「いや、俺は良いけどさ……って、二人ともどこに行くんだ?」


「どこって、さっき言ったじゃあないか」


 引かれて出て行った場所には、男女のペアで立つ貴族様たちが何人も。きょろきょろしてる僕の前で、レイナートさんは胸に手を当ててまるで役者さんの様に片膝をついて大袈裟な仕草でお辞儀をして見せた。


「リオル殿、宜しければ私と踊っていただけませんか?」


「うぇっ!? で、でも、僕は踊りなんてあんまり知らなくて……」


「大丈夫、リードするさ。フランジア殿とミアお嬢様には、少し習ったのだろう?」


 言葉に詰まる。確かに、ドレス選びの夜から王様の身体が回復するまでの数日、パーティーでの作法や簡単なダンスは教えてもらっていたけど、本番は初めてだ。不安が残る。

 でも、まるで絵本の王子様がお姫様にするような姿勢で僕を見上げるレイナートさんを見ていると、無碍にも出来ない。……というよりも、僕もなんだかドギマギしてしまって顔が熱い。わけもわからないままこくこくと頷いてしまっていた。


「有難う、光栄だ! さあ、リオ殿。それでは改めて手を」


「は、はい……」


 差し出された手に僕は、手袋をつけたままの手を乗せる。僕の手は大きなレイナートさんの手に握られて引き寄せられる。腰に触れるか触れないかのところで添えられる片手。背の高いレイナートさんと向き合うと、僕は見上げるような形になる。こうして改めて近くで見ると、僕とはそもそも種族が違うんじゃないかなんて思うくらいに大きくて広い胸だ。


「基本のステップだけのダンスがしばらくは続く、安心して良いさ。さ、右右、左……」


 レイナートさんがこっそり教えてくれるステップを、僕も思い出しながらゆっくりと踏む。運動は苦手だけど、小さい頃からお祭りで踊ったりするのは好きだったおかげか、体は動く。それに、レイナートさんのリードは僕が違和感を感じないくらいにスムーズだ。やっぱり騎士さんはこう言う修行も積んでるのかな、なんて思う。


「上手だリオ殿。なんだ、心配することはなかったな」


「レイナートさんのお蔭です、ダンスの練習相手がミアお嬢様とフランさんだったから、大きい人と踊るなんてうまくできるかわからなかったけど……」


「ほう、男と踊るのは初めてか。これは重ねての光栄だな、有難う、リオ殿。さ、ここでターンを。」


 嬉しそうに笑ったレイナートさんに、つられて僕も笑う。言われるままにターンをすれば、丁度そこで曲が終わる。周りの皆がお辞儀するのを真似して僕も慌ててお辞儀をすれば、落ち着いた様子でレイナートさんもお辞儀を返してくれた。


「さ、次がお待ちかねだ」


「次?」


 レイナートさんに促されて振り返れば、僕の手を取る別の男の人の手。ロイドだ。なんか頬が赤いのは、今まで他の人とでも踊ってたのかな?


「……レイナートさんほど、うまくはないが……良いか?」


「うん、僕も人の事言えないもん。ロイド、よろしくお願いします」


 そう言って笑えば、ロイドはまた顔を赤くしてそっぽを向く。曲が始まって踊りだすと、僕と同じ位の速さの脚運び。時々突っかかるのは理由がある。


「ロイド、そっぽ向いてたら踊りにくいでしょ?足元見ても良いと思うよ」


「そうは言うがなリオ……」


 そう言って下を見て、それからまた慌てて思いっきり横を向くロイド。それを繰り返すたびに赤くなって、今はもう耳まで赤い。そこで気づいた。ロイドが下を向くと、ちょうど僕の胸のあたりに目が行くんだ。慌ててそこを手で押さえると、薄い布の手袋に汗が染みた。


「……ごめん、ロイド」


「い、いや……悪い事は、ない」


 つられて僕も赤くなるのが、自分の顔の暑さで分かった。やっぱりこう言う服は僕には似合わないんじゃないかな、なんて思ったところで曲が終わる。ロイドは森を駆け回ってたときには見せた事がないくらい汗だくの顔で、それでもしっかりお辞儀をしてくれた。僕も出来るだけお嬢様っぽくお辞儀をして見せる。屈むと気になるから、膝を折るだけのカーテシーだけれど。


「リオ」


「うん、エディ。って、何そんな固くなってるのさ」


 この二人に続くなら、きっと待ってると思ってた。声に振り返れば、片手を差し出しながらも襟元を気にしてるエディの姿。3曲目のダンスに慣れた僕は気持ちもほぐれていて、固いエディの様子に思わず笑ってしまう。そんな僕を見てちょっと不服気に唇を尖らせるエディだったけど、僕と手をつなげば満更でもなさそうに見えた。


「エスコートしてくださいましな、勇者エディ様?」


「なんだその口調、似あわねえぜリオ」


「だよね、僕も思った」


 曲が始まる前にそんな会話をすれば、僕達は顔を見合わせて一緒に吹きだす。緊張がほぐれた様子のエディが僕の姿をゆっくりと眺めるのが分かる。


「……悪くないじゃんよ。化粧も、村の祭りとは違う感じだな。馬子にも衣裳とは言うけど、ビル爺さんに見せたら泣いて喜ぶんじゃないか?」


「あはは、フランさんとミアお嬢様に毎晩顔をいじくりまわされたからね、口紅なんて、やり直し前にもつけた事無……なんでもない」


「? ともかく、その、なんだ ……えっとだな、悪くない、とかじゃないくて、その……」


 言葉を濁した僕を不思議そうに見てから、今度はエディが口籠る。どうしたの、と僕が促すと、エディは口を開こうとした。しかし、そこに乱暴な声が飛び込み、僕の手がエディの手の中から他の誰かにもぎ取られる。


「おい、ユウシャサマよ、俺と踊れよ。貴族の誘いを断るなんてことないよな、村娘が」


「……あなたは……」


 アグリさんだ。得意げに鼻を膨らませる顔。勇者として褒められてるエディの邪魔をするのが楽しいのだろうか。僕は思わずその手を振り払おうとしたけど、強く握られた腕は動かない。


「おい! リオは俺と今から踊ろうとしてたんだぞ!!」


「はぁ? ちゃんと腰に手を添えて踊りのポーズもとらずにか? これだから平民はいやなんだ、作法ってものを知らないでわめく。ポーズを取るまではパートナーじゃないって事すら知らないのか」


 上唇をめくるように口を動かしてそんなことを言うアグリさんに、流石に僕も不快感と怒りで身震いが起こる。でも、僕が口を開く前に、エディの拳が走っていた。手をアグリさんに握られていたから、エディを押し留める事も出来なかった。


「ぐふっ!? お、お前、貴族であるこの俺を殴ったな!?」


「ああ殴ったさ、殴って何が悪い! 殴られずに大人になった奴がいるってのか? ぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃねえ!」


 もう一発振るわれた拳を、今度はアグリさんの手が止める。僕達3人を囲むように人の輪ができる。睨みあう2人をどうしようかと僕が困っている所に、またレイナートさんが割って入ってくれた。


「心配してみていれば……エディ、殴るのはいけない。だが、アグリ様、貴方も作法に則っているとは……」


「黙れレイナート! 親父の部下が俺に偉そうに説教をするな!! この平民は俺を殴ったんだ!! 皆も見ていただろう!! 平民が貴族を殴った!許される事じゃない!!」


「アグリ様、貴族が民を傷つける事もまた、陛下の意向に従うものではないかと……」


 喚き散らすアグリさんに、頭痛をこらえるような顔で言い含めるレイナートさん。苦労してるんだなと思っていたところに、アグリさんが思いついたような顔をしてまた鼻の穴を膨らませる。


「ならばレイナート、俺の代わりにこの無礼者を叩きのめせ! これは命令だぞ!!」


「おいこら鼻ァ! レイナートさんがそんな事聞くわけがないだろ、お前がかかって来いよ! その鼻潰されるのが怖いのか!」


「何だと!? 平民の分際でこの俺の顔を愚弄するとは!!」


 エディが罵倒すればそっちに気を取られてアグリさんの手が緩む。それを何とか抜けて、僕はレイナートさんを見上げる。何かを考えるような目をするレイナートさんが次に発した言葉に、僕は目を丸くした。


「判りました、アグリ様。エディ、私が相手になろう。剣を抜くと良い」

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