第28話 冒険明けて1人登城すること

 街に戻った僕達は、そのまま真っ直ぐに王城に向かう。レイナートさんが先に立って歩けば、王城はほとんどフリーパスだ。こうしてみると、すれ違う人が幾人かレイナートさんにお辞儀をしている。長く国に仕えた一族の跡取りさんだ、いわゆる貴族なんだと今更に気づく。おかげで、王様に食って掛かった僕達もすんなりと王城の門を潜れた。


 牢屋に入れられて追っ払われるように出て行った王城に入るのは不思議な気分だった。ましてや僕は、2度も追われているのだ。なんとなく委縮してしまうけれど、丸まった背をエディが軽く叩く。


「堂々としろって、リオ。お前が功労賞だ」


「う、ん。でもちょっとなんかこう、気後れしちゃって……」


「リオ殿、これから陛下を君が治すんだ。不安そうな医師に診られる患者の方が不安になってしまう、それではいけないだろう」


「……はい」


 レイナートさんが肩越しに振り返って僕に言う。諭すような目を見れば僕は何も言い返せずに頷く。爺ちゃん以外の大人の男の人って、僕の周りでは神父さん位なものだったから、なんて言い返せばいいかわからない。そんな僕を見て、レイナートさんは目を細めて頷いた。


 歩きながら僕は自分の手を見る。細くて白い、弱い掌。今日の朝までは無かった力が、その皮膚の下に廻っているのが分かる。ご先祖様の力だ。やり直す前には知らなかった力。晴らせなかった恨みを晴らせた証拠。……考えもしなかった存在。今回はそれに出会う事が出来た。


「僕は、僕達は、どれだけのものを取りこぼしていたんだろう?」


 この短い時間で、僕は色んなものを掴み止める事が出来た。爺ちゃん、ロイド、村の皆。村を出てからはミアお嬢様。そして今日王様を救う事が出来れば。


「レイナートさんも」


 王様が亡くなって、僕達が逃げるところに追いすがった、ボロボロの騎士。お嬢様を守れずに一人逃げ延びて、それでも王国に忠義を尽くした騎士を、僕達は逃げるために殺した。……でも、今はこうして解決に向けて歩いている。敵だったレイナートさんの剣は僕達には向かず、一緒に歩いている。


「うん?呼んだかね、リオ殿」


「あ、いや! なんでもないです!」


 自分の口から言葉が漏れてると気づかず、僕は慌てて口を両手で隠した。そんな様子を見てロイドが呆れたように眉を上げる。


「……なんだか独り言が多いな、大丈夫かリオ」


「有難う。疲れが出ちゃったのかも。大丈夫! 治す人は堂々取って言われたしね。名医のつもりで王様を治して見せるよ!」


 そう言って僕は慌てて胸を張る。3人が笑う。僕は自分の胸に手を当ててゆっくりと深呼吸する。ああ、暖かい。レイナートさんがフランさんの部屋をノックする。気持ちを切り替えて、報告だ。



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 僕達を出迎えたフランさんは、真っ青な顔で化粧の様子もなかった。けど、僕達の報告を聞いた上でレイナートさんが受け取った古い聖印を見れば、気休めの報告なんかではないことを信じてくれたようで、僕に抱き着いて喜んでくれた。

 身支度もする暇を惜しんで、フランさんは僕達を王様の元に連れて行った。そこで僕は王様に癒しの魔法をかける。やり方は習っていないけど、頭の中に色んな知識が渦巻いていたから迷うことなく魔法を操れた。きっと、力と一緒に色々なものをご先祖様がくれたんだと思う。


 眠っていた王様は魔法の光が消えると同時に目を覚ました。その目の下のクマはすぐには消えないけれど、どんよりしていた目にも光が戻っていた。僕達が説明して、レイナートさんが聖印を王様に手渡すと、王様はゆっくりと頷いた。何か深く考えているようだったけれど、横で滝のように涙を流していた大臣が王様に無理をさせてはいけないと僕達を追い出したのでその日はそれで王城を辞した。


 夜には4人で軽く祝杯を挙げた。一番年下の僕はジュースだったけど、エディとロイドはもう飲んだことがあったらしくお酒を飲んでいた。レイナートさんの騎士団での冒険話や、ロイドとエディのゴブリン退治の話で夜遅くまで盛り上がった。僕は先に部屋に上がったけれど……。


「……ねえ、3人とも結局朝まで飲んでたの?」


「うぃー、うえへへへ、リーオー、いーい気分だぜぇ、ひっく」


 翌朝、僕が部屋から降りてくると、そこには酔っ払いが3人ふらつく足で並んでいた。真っ赤な顔のエディがへらへら笑いながら寄りかかってくるのをよける。あ、転んだ。


「ロイド、この指は何本に見える?」


「……リオが3人いるから合計6本……」


「……僕は増えていないし、立ててる指は1本なのだけど!」


 白い肌が通り過ぎて青くなったロイド、ああ、これ起きた時が大変だぞ。


「そして、レイナートさんまで」


「2人と話し込んでしまって……」


 二人ほど酷くはないようだけど、ふらつく頭を押さえながら苦笑するレイナートさんを見上げる。その後ろには、酒瓶が1本2本……うーん、数えるのはよそう……。


「王国の騎士さんが田舎の少年2人にやりこめられて、もう……大人なんですからちゃんとしないとダメなんですよ?」


「面目ない……いや、共通の話題があるといけないな」


「共通の話題? 今回の冒険についてですか? ズルいなぁ、僕だってそれならもうちょっと起きてればよかったかな」


「いや、そう言うわけにもいかないんだが……」


 僕が唇を尖らせると、困ったような顔でレイナートさんは頭を掻く。女の僕だけ仲間外れなのかな、とちょっと寂しくなったけど、そこでエディが倒れたまま高いびきをかき始めたので話は切り上げる事になった。


「レイナートさん、今日お休みって言ってましたよね? 僕の使ってたベッドをどうぞ、そんな様子で王城に帰るわけにもいかないでしょう?」


「ああ、それはありがたいが、良いのかい?」


「駄目なんですか?」


 僕が首を傾げると、レイナートさんとロイドが顔を見合わせて何とも言えない顔をする。何さと僕が問うと、何でもないと首を振って二人一緒に肩をすくめた。


 眠るエディを2人が支えて階段を上がるのを見送る。あれは起きた時3人とも酷い事になるぞ、と思うけどそれは勉強代として支払ってもらおう。毒消しって酔い覚ましに効くのかなあ?とか思いながら僕が向かった場所は、王城だ。


 門番さんにはもう顔を知られているのか、初めてここに来たときよりも早く門をくぐる事が出来た。通された部屋で、ふっかふかのソファに腰を下ろして暫く待つ。そして、扉を開いて出てきたのは、フランさんだった。それに、その隣にはミアお嬢様の姿。


「ごきげんようリオ様、今回はお疲れ様でした」


「僕が何か出来たっていうか、運と縁の具合でこうなっただけですよ」


「リオちゃん、それが一番大事なのよ。貴方が来てくれなかったら、きっと誰にも陛下を救う事は出来なかったもの」


 昨日よりも顔色の良くなったフランさんがそう言って微笑む。メイドさんが淹れてくれたお茶とお菓子を一口味わったところで、フランさんが言葉を続ける。


「陛下のご容態も安定されて、今朝は食も進んでおられるご様子。一安心と言うところね。……改めて、有難う。感謝の気持ちも言葉も、重ねても重ねても尽きないわ」


「お父様も機嫌が良くて私も嬉しいわ! 有難う、リオ様」


「……救われたのは、僕の方です。助ける事が出来て良かった」


 本当に良かった、と僕は繰り返す。この2人が知らなくても僕は知っている。……もしかすると、フランさんも王様と一緒に亡くなっていたかもしれない、なんて思う。あれだけ打ちひしがれてた様子が、今はこうして笑っている。それが嬉しい。


「陛下のご容態が落ち着くまでは、王都に留まってもらいたいのだけれど」


「勿論ですよ、僕もまだ心配ですからね。今日も癒しの魔法をかける気満々ですからね」


「ねえリオ様、私も一緒に見ても良い?」


「あー、それは……どうなんでしょう?」


 ミアお嬢様に手を握っておねだりされたけど、王様の御前だから僕から何とも言えずフランさんに顔を向ける。フランさんはころころと笑って頷く。


「ええ、特別に許されるでしょう。お父様もご一緒ですもの」


「やったあ! お父様は私のお願いはダメって言わないわ! ちゃんと大人しくしてるから安心なさってね」


「良かったですね、お嬢様」


 華やかに笑うお嬢様に、僕もつられて頬を緩める。こんな可愛らしい人が、社交界の花ってやつになるんだろうな、なんて思う。


「それに、どちらにせよこの後もお嬢様にはお力添えいただく必要があったので、丁度良いわ」


「お嬢様とフランさんで?」


「そうなの、私は最近の流行に疎いので、若い子の目が必要だったのよ」


「フランさん、任せて頂戴! 私、今日は沢山用意してきたの! 昨日夜遅くまでかかったけど、逸品ぞろいよ」


 そんな風に楽しそうに言い合う二人を眺めて、僕は首を傾げる。


「お二人で何かなさるんですか?」


 個人的に仲が良かったのかななんて思ったところで、2人揃ってにっこり満面の笑みで僕を見る。僕が訳も分からず目を瞬かせていると、ミアお嬢様が僕の手を両手で握って、気合を入れる。


「リオ様のドレス選び!!」


 ……なんですと?

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