第25話 闇の中の逃避行のこと
襲い来る白骨の兵士の一波をレイナートさんが一撃で砕く。振るいきる前に手首を返して、切っ先は必ず前に向けて次の敵を警戒する動きに油断は無い。相変わらず綺麗な剣だと思う。生きているものであれば、その切っ先の前に飛び出す事を恐れるだろう。
けれど相手はすでに命を失っている者だ、意識があるのかすらも怪しい。崩れる白骨の奥からさらに二体が飛び出してくる。翻ったレイナートさんの剣が頭蓋を真っ二つに割るけれど、もう一体がその剣を剣で受け止める。十字に交差する動きを見て、レイナートさんが驚いたように声を漏らす。
「これは、王国の剣! 私と同じものだ……っ、エディ殿!」
鍔競るレイナートさんの横をすり抜ける骸骨を横目にレイナートさんが声を投げる。おう、と応えたエディが振るう剣が袈裟懸けに骨の身体を断ち切った。二人並べば一枚の壁が出来上がる。僕は光を切らさないように注意しながら、斧を両手で握りしめる。
「と言う事は、これは昔の王国の兵士さん達ですか? なんでこんな所に……っと、二人とも! 下がって!!」
僕は声を向けながら地面の白骨に斧を振り下ろした。レイナートさんに壊された骨が、操り糸に引き上げられるように元の通りに組みあがろうとしていたのだ。狭い廊下では矢を使えないロイドが僕に遅れて骨を踏み割る。
「おいおい、復活されたら流石に体力が持たねえぞ!」
「……最終的に疲れたところを押し潰されるな」
「ならば前だ、私が先行する。復活するまでにはわずかに時間がかかるようだから、その間に踏み越えるぞ!」
レイナートさんの指揮に従ってエディとロイドが駆け出す。僕は最後尾でわずかに遅れる。でも、平気な振りをして駆け出した。すでに早くも魔力を使い続けた影響が出ている。魔力を放出しすぎるなんて息を吐き続けているようなものだ、頭がくらくらするけれど、ここで光をなくしたらそれまでだ。堪える。
白骨の兵隊は二十体程度を崩したところで止まる。しかし足を止めることはできない。しんがりになった僕の後ろからは、復活した兵隊の足音と、からからとした渇いた骨がこすれる音が追ってくる。
足を止め、振り返りながら思いっきり斧を横に振るう。軽い手ごたえと共に、あばら骨と背骨を丸ごと砕き飛ばす。その向こうからもう一体が伸びあがって剣をふるうのを、斧の柄でなんとか受け止める。
上から押さえつける力は筋肉の欠片もないような姿なのに強く、じりじりと押し下げられていく。僕の顔の真ん前まで降ろされていくさびだらけの剣が、僕の額にあたる直前。
「リオ! 光が弱くなって……おい、大丈夫か!?」
エディがスケルトンを切り伏せて振り返る。でも僕は声を返せずに、必死で斧を握る手に力を込めて押し返す。その隙に、ロイドが僕を襲う骸骨を横から蹴り飛ばす。解放された僕は、よろけながら魔力を練り直す。
「……リオ、お前は走る事と、魔力を練る事に集中しろ」
「ご、ごめんロイド。ありがと……」
そう言って走り出すけど、すぐに息が上がる、頭の奥に痛みが走る。吐き気を奥歯に噛み締めれば、薄らぎかけた光が先頭を走るレイナートさんの前で光を取り戻す。
走る僕の目の前でロイドが、二人が討ち漏らしたスケルトンを打ち崩してくれるけど、だんだんと僕が遅れてしまう。走りこんで来たけど、勇者候補に、森渡りの狩人に、王都指折りの騎士だ、基礎体力が違い過ぎる。
「リオ! 大丈夫か!」
「う、んっ! はぁっ、は……っ、まだ、大丈夫ッ」
転ばないようにしながら降りる足取りは遅くなって、もう、すぐ後ろに足音が追いかけてくる。振り返る事も出来ずに必死に駆けると下る階段があって、先を行く三人がそこを駆け降りる。
こんな状況で下に降りるっていうのはそれだけで嫌な気分だったけれど、止まって捕まるよりはずっといい。僕も遅れてそこに飛び込む。
石造りの段が滑りそうで、僕は不器用に駆け降りる。壁についた手が擦り剝ける感覚があるけれど、降りる速度は止められない。先を行くレイナートさんの目の前に、行き止まり。いや、黒々とした鉄の扉が見えた。
レイナートさんとエディが、降りる勢いのままに力を込めて体当たりすれば、その扉はすぐに開いた。それを見て、急いで入ろうと焦ったのがいけなかった。
段に爪先が引っかかってつんのめった僕の身体が宙に浮かぶ。落下する浮遊感にぞっとする。扉を開けて振り返ったエディとレイナートさんが目を丸くしたのが見えた。
落ちる、と思った。……しかし、僕の身体は誰かの腕で支えられて足の裏が階段に戻る。一瞬遅れてどっと噴き出す汗。バクバクと鼓動が打ち付ける胸を押さえ、僕の腰を抱いて止めてくれた人に振り返る。
「あ、有難う、ございま……」
カタカタッ
「……」
振り返った僕の顔の前には、光のない眼窩。骸骨が僕の言葉に応えて会釈してくれた気がした。固まった一瞬、沈黙の中で弦が弾ける音。髑髏の眉間を穿ち砕いたロイドの矢だ。
僕の身体は解放されて、その隙に、矢を射たロイドが僕の手を引いて階段を飛び降りる。そのまま扉を通り抜けた瞬間にエディとレイナートさんが扉を閉じた。一瞬遅れて、その扉に大量の骸骨がぶち当たる音。一本一本は軽くても量が量だ。骨がぶつかった瞬間に、二人が僅かに弾かれる様に浮くほどの衝撃。
ロイドを下敷きにしたまま、僕は茫然とそれを見る。少しすれば、ガンガンと扉を叩く音がする。扉の向こうで骸骨が復活したんだろう。それを二人が押さえてる。
「……リ、リオ……苦しい……顔、胸が……」
「ご、ごめんロイド! ど、どくね!!」
僕の身体に潰されてもごもご言っているロイドに気づいて慌てて立ち上がる。服を払って、自分の手斧がない事に気づいた。落としたと思って扉の方を見るけど、二人が押さえてる扉の向こうには骸骨が満載だ。取りに行くどころか、扉を開けただけで大変な事になるだろう。
「ぼんやりしてないで、二人ともどうにかしてくれ!! 扉自体が持たねえ、時間稼ぎもそう長く持たんぜ!」
エディがそう叫ぶ声ではっと我に返って頷く。光を自分に引き寄せて、今いる場所を照らそうとする。しかし、僕の光は不意に消え去る。その場所は真っ暗闇に落ちる。
「リオ殿! どうされた!」
「ま、魔法がかき消されました! まだ少しは使えるはずなのに!」
僕はまた魔法を練り上げようとした。しかし、光を生み出す事が出来ない。魔力切れではない、出した瞬間に吸い取られるような感覚。くらくらと頭が揺れて、僕は膝をついてしまった。
揺れる頭に片手を当てながら、それでもどうにかして気配を探ろうとした。
「リオ、ロイド、お前達だけでも先に逃げろ!」
「とにかく光が欲しいところだな……っ」
エディとレイナートさんの声。その声の響きで、ここが開けた場所だと分かる。部屋だろうか。窓はなく何も見えないけれど、僕が伸ばした手に何かが当たる。机?それにすがって僕は立ち上がる。
呼吸を整えるために息を吸い込んだ。そこで咳き込む。酷い匂いだった。腐った臭い、血の臭い、糞尿のすえた臭い。……僕の隣で、ロイドがマッチを擦って火をともした。そこで僕は、自分が手をついたものが何かに気づく。
分厚い木のテーブル、それは人一人が寝転がれそうなくらいに広く、そして、木の木目は何かがしみ込んで黒ずんでいる。何かを打ち付けたような傷があちこちにある。
わずかな明かりでも闇に慣れた目のお蔭で周囲が分かる。壁際の手かせ。鉄格子。棘の着いた板や、何に使うか分からない道具。……とても嫌なものだという事だけは、分かった。
素手で触ってしまった掌がむずむずするような不快感。手を退いて、僕はローブの裾でその手を強くこすった。
「ここは……拷問部屋?」
レイナートさんが嫌悪感を隠さない声で呟く声に遅れて、不意に気配が生まれる。
『……声とは、久しく聞いておらんな』
頭の奥に直接響いたそれは、耳に聞こえないでも男の人の者だと分かった。
マッチの明かり以外の光が生まれる。部屋の奥にそれは居た。輪郭が明確になり、ローブをまとった……。
「司教……さん……」
『どうやってここに来た。……子供が三人と、ほう、騎士か。……私を止めにでも来たか』
百年以上昔の存在が、そこに浮かんでいた。
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