第22話 本当に救いたいもののこと
フランさんと別れ部屋に戻った僕は、中で眠る二人を起こさないようにそっと扉を開ける。中を覗けば、二人はベッドに寝転がったままだった。ほっとしてゆっくりドアを閉めて鍵をかければ、自分のベッドに腰掛ける。
……僕は自分の手を眺めた。フランさんが震える手で助けを求めた僕の手は、細くて白くて、自分の目から見ても頼りない。やり直す前の僕の手は、男の人の様にごつごつして硬く、今よりも色んな事が出来た。鍛えた身体はそれなり以上に戦えたし、女神様から力を授けてもらっていたから魔力ももっと強かった。
僕は今、新しい道を歩こうとしているけれど、今の僕は非力なただの村の神官見習いだ。それなのに、本当に王様を……そしてフランさんを助ける事が出来るのだろうか。
昔の僕なら、村を滅ぼされた復讐心と女神様から貰った力で、ただただ戦いに突き進む事が出来ていた。でも、今は違う。そうだと信じ込んでいたゴブリンの襲撃も魔王のせいではなかったし、女神様から力も授かってない。
「そう言えば、今回は女神様は力をくれなかった……なんでだろう」
魔力で身体を強化して戦ったり、結界を張ったり、回復したり。鍛えた体に魔力を加えて敵と戦うのが僕の戦い方だった。でも、今回は違う。無理はきかない。……ゴブリンになぶられた時も痛かったなあ、なんて思いだす。
身震いした。ゴブリンの記憶が怖かったのじゃない。女神様が力をくれなかったのが不満だったわけでも、悔しかったわけでもない。僕を恐れさせたのは、漠然とした不安だった。
「この身体で、僕はまた魔王を倒せるのかな。……旅を続けられるのかな」
そう呟いた僕は、震える自分の身体を自分の腕で抱きしめる。落ち着こうと深呼吸したけど、秋口の寒い夜に白い息が浮かんだだけで、落ち着くことは出来なかった。
そこに、声。
「……また勝手に一人で悩んでんのか、リオ」
エディだ。僕は思わず肩を跳ねさせたけど、何とか声は上げないですんだ。冷えてしまった手をこすり合わせながら、誤魔化し笑いを浮かべてしまう。
「いや、何でもないよエディ。ちょっと眠れなかっただけだから、大丈夫、もうすぐ寝れるし」
「嘘だな」
そんな僕の言葉をエディはバッサリ切り捨てる。謁見の時の喧嘩を思い出し僕はちょっとムキになって、嘘じゃない、と言い返そうと唇を尖らせた。
でも、起き上がったエディの目を見て、僕は何も言えなくなった。……エディは、ひどく悲しそうな顔をしていた。その表情に僕は、死ぬ直前に見たエディの泣き顔を思い出してしまった。
魔王を討った十年後のエディは、あの後どうしたのだろうと思う。僕はこうして過去に戻ったけれど、勇者のエディは独りでどうなってしまったのだろうか。そう思うと、また涙が出そうになった。必死に飲み込む。
「リオは、昔っから嘘つく時にはそんな風に笑うんだ。俺がどんだけの時間リオと一緒にいると思ってんだよ、隠し事してるのなんてバレバレだぜ。
……それにほら、お前、急に性格変わったじゃん?前は俺の後ろに隠れてばっかりで、自分の言いたい事なんて言わなかったのに」
言葉を選ぶ僕を見ながら、エディはちょっとだけ笑った。喧嘩した時の怖い目はしていなかった。きつい目つきだけど、笑うと優しいエディの目だ。
「苛められてるロイドを助けたり、ゴブリンに殴りかかったりさ。びっくりしたんだぜ、今までのリオじゃあ考えられないって言うか、別人みたいだって思った
それに、昨日王様に逢いに行った時も、俺達を怒鳴りつけてすぐに王様に謝っただろ?あれも驚いた、ビル爺さんに叱られた気分だったぜ。まるで俺よりもずっと年上みたいだった」
ベッドの上で胡坐をかいて、エディは少しだけ悔しそうに眉を寄せる。エディの中の僕と今の僕は十年の差がある。しかも、中身は村に居た頃からは考えられないような経験を積んでいる。別人『みたい』なんじゃない、別人『そのもの』だ。
「……なあよ、リオ。最初は、俺がずっと誘ってた冒険に応える為に無理してんのかと思った。でも、ゴブリンから俺達を逃がした時のお前は、そんな事よりももっとなんか……こう、よく判んないけどさ、必死だった。
俺、ゴブリンもそうだけど、その……お前にも、ビビっちまったんだ」
「エディ……」
「なんかさ、俺だってずっと剣を振って身体鍛えて、喧嘩でも大体負けずに来たのにさ、ゴブリン一匹と戦っただけで腰が抜けそうになっちまってたんだ。
でもリオは、顔ぼこぼこになりながらそれでもゴブリンに向かって行って、殺されるかも知れなかったのに俺達を助ける為に体張ってさ。……へへ、格好良かったよな、本当の勇者みたいだって思った。
悔しかったし、その……お前が怖かったよ、リオ」
エディの言葉に、僕は少なからず驚いていた。やり直し前も二十年以上一緒にいたけど、エディは僕に、自分の中の弱音や考えなんて口に出そうとしなかった。どんな時も前を睨みつけてまっすぐに突き進むエディ、気が弱かった僕はその背中を追っかけてただけだった。僕が弱音を吐いても、エディは絶対に負けなかった。
だから、エディの弱音を聞くのは初めてだ。僕はどんな言葉をかけて良いのか判らないで俯いて、羽織っていた上着の前をぎゅっと握る。そんな僕から視線を外して、エディは言葉を続ける。
「でも、違うんだよな。リオ。お前やっぱ無理してるよ。……俺はお前が何考えてるのか、いまだに判んないけど。
さっき、占い師の姉ちゃんに抱き着いて泣いてるの、見ちまったんだ。喉乾いたから下に降りようとしたら、話してる声が聞こえてよ。
何を話してたかは聞こえなかったけど、あんな風に泣くリオも、俺は見た事なかった。……だからさ、そのまま部屋に戻ってきちまった。情けないよな、お前の兄貴分だなんて思てたのに、今じゃお前の方が俺の前に立ってるみたいだ」
違うんだと言おうと思ったけど、声が出なかった。そして、やり直しをしてここにいる自分が、ひどくズルい人間なんじゃないかと思えてしまう。エディはもがいてる、変わった僕に戸惑って、どんなふうに接すればいいのかわからなかったんだ。
「……リオ、なあ、リオよう」
うつむいた僕に声をかけるエディ。ベッドに座ったままの僕が顔をあげれば、エディは僕の前に膝をついて、視線の高さを合わせてくれた。肩に両手を置いて、まっすぐに僕の目を見る。復讐心なんてない、まっすぐに輝く太陽みたいな赤い瞳だ。勇者にあこがれていたころのままの、エディの目。
「俺はさ、聞かないぜ。お前が何を隠してんのか。でもよ、それでも俺はお前の味方なんだ。
いいかリオ、俺は勇者を目指してる。魔王だってぶっ倒して、世界を救ってやろうって思ってる。女神様の言葉もあったし、俺は絶対勇者になって世界を救って見せる!」
そう言ってぐっと片手を拳にして気合を入れる。しかし、すぐに困ったように笑って言葉を続ける。
「……でも、その前にさ。俺はお前の幼馴染で、親友なんだぜ? リオのそんな顔は見たくない。俺は世界の前に、リオだって救ってやりてえんだ」
だからさ、とエディは明るく笑った。十年の旅の中で僕は忘れてしまっていた、エディの一番格好いい表情だ。
「俺を頼れ、リオ。まだまだ半人前で駆け出しの勇者だけどさ、頑張るぜ。な?」
僕は自分がこんなに泣き虫だと知らなかった。さっきフランさんの胸であれほど泣いたのに涙がこみ上げてしまう。やり直してから、泣いたのは何度目だろうか。
でも、いいんだと思った。女神様がやり直しをさせてくれた日の丘の上も、皆が危険を顧みずに僕を助けに来てくれた時も、フランさんが慰めてくれた時も。そして、今だって。全部全部、嬉しくて、幸せだって思って流す涙なんだから。
……やり直しの前には流せなかった涙なんだから。
「エディ、ありがと。……うん。……っ、ごめんね、僕ばっかり悩んでるって、思ってた……、自分だけで、何とかしようって……っ」
「知ってる。お前、考えすぎるところがあるからな。だけどほれ、お前よりも俺は強いんだぜ?リオ一人くらい助けられないで世界が救えるかってな!」
しゃくりあげる僕に笑って、エディは僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。鳥の巣みたいになるくらいまで髪をぐしゃぐしゃにされて、僕は泣きながら笑ってしまった。それを見てエディも声をあげて笑う。
眠ってたロイドもその声で起きてしまったけど、笑ってる僕達を見れば、いつもの「しかたない奴らだ」みたいな笑顔を浮かべて話に混ざってくれる。そのまま夜遅くまで三人で話していた。
眠りに落ちる前に、エディが牢屋で言っていた言葉を思い出す。僕達三人居れば魔王だって倒せるって。
今はまだ話せないけど、僕とエディだけで魔王を倒したんだよって言ったらどんな顔をするだろうと思いながら、僕は夢に沈んで行った。
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