第21話 救われた気持ちと、救いを求める声

注:21話投稿に際し、18話からの展開を変えてあります。

  通して読まれていない場合は、18話から読み返していただけると幸いです。

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 時間を上り返した、確かにそう言った。ひとしきり咳き込んでから、深呼吸する。そんな僕の隣でジュースを飲むフランジアさんを僕は見る。

 深い菫色の目は僕の目の奥、十年前の記憶がぐるぐると回る。この占い師さんはやり直す前にはどうしていたか思い出す。王を害そうとした僕達を推挙した罪で投獄されたと聞いた。その後、王様が亡くなって逃げ出した僕達がレイナートさんまで殺したのなら、彼女は……。


「……えっと」


 言葉を失い、真っ青になった僕はきっと泣きそうな顔をしていたのだろう。真顔で見つめていたフランジアさんの目がふわりと柔らかくなる。僕のジュースでぬれた僕の口をハンカチで拭うは細くて、僕とは違う大人らしい滑らかさ。


「当たったみたいね、私も中々だわ」


「え?」


 意味が分からず僕が目を瞬かせる間に、僕の口元をぬぐった手を引くフランジアさん。その手でジュースを傾けて一口飲むのを僕は眺め……そこでやっと我に返る。


「あ、当たったって! どういうことですか!?」


「『目的は達したけど、もう一度旅立て』と女神さまが言っていたのが一つ。私の占いに再起、繰り返し、やり直しの機会……そう出ていたのが一つ。

 そして最後は、王都や謁見でのあなたの落ち着き方。ごめんなさいね、私の手の者に門から様子を見守らせていたの。

 エディ君とロイド君だったかしら?あの二人に比べて、あなたは辺りを見回したりもしなかった。まるで来た事がある場所の様にね」


 そう言って、手品師が種明かしをするようなしぐさをして見せるフランジアさんに、僕は絶句する。


「気を悪くしないで欲しいのだけれど、いくら女神様の啓示があったからと言っても誰でもを推挙するわけにはいかないの

 陛下の近くに立っても大丈夫な人物かどうかを調べる必要があるから、あなた達の事も調べさせてもらったわ。リオル様、あなたについては、村から出た記録はなかった

 とはいえ、あんまりにも突飛な推測だから確信はなかったのだけれど……カマをかけて判ったわ、あなたは未来を知っているわね?」


 微笑んだまま、それでも僕の目を見るフランジアさんの目は油断が無い。占い師さんだと思っていたけれど、それだけではない様だった。これは、僕が知らなかった事実。なら、どこまで知っているのかと思う。もし、僕達がやり直し前の人生で王都に反逆をしている事を知っていたら……。

 喉がひどく乾く。乾いた口の中で唾を飲み込めば、僕は問う。


「……もし、そうであれば……、僕達をどうするつもりですか?」


「あなたが進んだ『未来』について教えて欲しい。なにを間違えてここに居るのか。……そしてきっと、あなたは『未来』を変えて今ここにいるんじゃないかしら?もしそうであるならば、その変化についても」


 フランジアさんは未来を知っているわけではない。その言葉で僕は少しだけほっとしそうになった。けれども、これを話してしまえば同じ事なのではないか。そう考えてしまった瞬間、僕は言葉を失いうつむいてしまった。


 思い出されるのは、やり直してから今まで、誰にも話せていない事。やり直し前の僕達が奪った、今生きている命の事や、魔王を倒すために切り捨ててきた出来事。冒険の旅で救えなかった沢山の人達の顔。断末魔の声。

 考えないようにしてきたけど、ずっと僕の足首に絡みついていた罪の意識が這い上がってくるのを感じる。指先が冷たくなって呼吸が苦しくなる。何か言わなきゃいけないのに、次発する言葉を間違えてしまえば、僕達の新しい旅は全て無駄になるんじゃないかという、心臓が握りつぶされるような緊張感。考えがまとまらない。


 ジュースの入った木の杯を握る手、爪が白くなるくらい力が籠ってしまっている。何か話さなきゃ、誤魔化すか、とぼけるか、どうすれば良い。判らない。やり直してからここまで積み上げていた時間が足元から崩れてしまって、奈落の底に落ちてしまうような絶望感に頭が真っ白になる。


 ……その僕の冷たくて硬い手に、フランジアさんの暖かくて柔らかい手が重なる。びくっとした僕が顔をあげれば、深い菫色の目がまた僕を見つめた。その眼は、詰問の色ではなくて、僕を労わるような優しい光。


「……フランジア、さん……」


「つらい旅だったのね。あなたの顔はまるで、何十年も獄に繋がれた囚人のよう。……どんな出来事があったのか、すべてを話す事はしないで良いわ、元より、それを確かめるすべは私にはないもの。……でもね、リオル様」


 僕の手を取って、両手で包むように握るフランジアさん。その声は穏やかで、ふと、お母さんが居たらこんな感じだろうかと思った。強張った僕の手が、その温かさで溶けていく。荒くなっていた呼吸が落ち着いていく。誰にも助けを求めることは出来ないと思っていたのに。


「あなたがどれほど頑張って、追い詰められていたか。顔を見ればわかるわ。……勇者であっても、あなたはまだ子供なのだもの、大人に頼っていいの」


 誰に話しても、未来から戻ってきたなんて信じられないだろう。エディにだって、ロイドにだって、爺ちゃんにだって話せなかった。僕の言葉を否定する事はしないだろうけど、本当の意味で理解してくれるとは思えなかった。


 でも、なんとかしなきゃいけない事は僕は分かっていたから。やり直し前の歴史を変えなきゃいけないと、それだけを考えていたから。


「……僕、一人だけで、どうにかしなきゃって思ってたんです」


「そう」


「……、……どうにかして違う選択肢を、違う未来をって、考えてきたんです」


「……ええ」


「それでも、どうしても、僕の目には、頭の中には、皆の顔が浮かぶんです。僕が殺した人や、見殺しにした人。捨ててきた人や、助けられなかった人。皆の目が僕を見るんです、それから逃げたくて、怖くて。でも、今の僕の選択が正しいかどうか、わからなくって」


 うまく説明できなくて、考えるよりも先に愚痴のように言葉をこぼす僕を、フランジアさんは急かすことなく頷いて聞いてくれる。鼻の奥がツンと痛くなる。駄目だ、と思うけど目の中が熱くなってくる。


「何か少し失敗したら、またあの道を辿る事になるんじゃないかとか。今は上手くいってるけど、結局未来は変えられないんじゃないかとか……十年戦い続けて、結局、駄目だったんだから、無理なんじゃ、ないか、って……っ」


 弱音と一緒に、大粒の涙が落ちた。慌てて拭おうとした手が取られ、そのまま僕は抱きしめられる。柔らかさと暖かさに顔が包まれた。突然のことに驚いたけど、僕の手はフランジアさんの手を握りしめていた。そのまま、僕の涙が止まるまで、フランジアさんは僕を黙って抱きしめてくれていた。



 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/



「……ごめんなさい」


「いいのよ、色々沢山溜まってたんでしょう。今吐き出せて良かったじゃない」


 真っ赤になって、さっきとは違う理由で言葉が出なくなってる僕にフランジアさんは優しく笑ってくれた。こんな風に弱音を吐いて泣く事なんて経験は初めてだったから、ひどく気恥ずかしい。でも、その分僕の心はすっきりしていた。ぐちゃぐちゃになっていた頭の中も随分落ち着いている。


 残りの少なくなったジュースで喉を潤してから、僕はフランジアさんに僕達の事を話し始めた。この世界では起こらなかったゴブリンキングの大暴走の事。女神様に力を与えられた後に謁見して、そこで王様に逆らったこと。王様が亡くなって、その原因であると濡れ衣を着せられて逃げ出したこと。そして、それからの旅の事。

 ……全部を話すことは出来なかったし、レイナートさんを殺したことも、言いにくかった。でも、口ごもる僕を追求する事なく、フランジアさんは話を聞いてくれた。


 王都を出てからの度については長くなるので省略したけど、その果てに魔王を倒したことを話す。その戦いで僕は死んで、気付いたら旅立ちの前に戻っていた事まで話したところで、フランジアさんはゆっくりと息を吐いた。


「自分で言い当てた事でもあるけれど、にわかに信じがたい話ね。……勿論、私は信じるけれど、確かに他の人に話しても手放しで信じてくれる人は少ないでしょうね」


「はい、なので内容についてはだれにも話してませんでした。そして、ゴブリン騒動のきっかけを見つけてそれが発生する前に止め、今に至ります。……でも、結局王様にロイドが反抗しちゃって……」


「有難う、リオル様。でもそこについては大丈夫よ。陛下も驚かれてはいたけれど元々が寛大な方だから、今回の幽霊屋敷の捜査についても、本当にそれでおとがめなしになる予定。……でも、リオル様。あなたはまた、岐路に立っているかも知れないわ」


「岐路?」


 その言葉に首を傾げた僕に、真面目な顔で頷くフランジアさん。手招きをするので顔を寄せれば、僕の耳元でこう言った。


「……陛下のお命を救えるのは、あなただけってこと」


「王様のいの……っむぐ」


 思わず大声を出しそうになった僕の唇を人差し指で止めるフランジアさん。閉じた口を自分で押さえてから、声を落として尋ねる。


「フランジアさん、それってどういう……」


「フランで良いわ、リオル様。私もリオちゃんって呼んでいいかしら」


「は、はい……」


 身を引いて座りなおし、話題と裏腹に軽い様子でそんなことをいうフランさん。僕は目を瞬かせながらも、おかげで少し落ち着いた。きっとこういう話のそらし方もわざとやってるんだろうと思った。


「基本的に、あなたが経験した十年の旅で発生したことは、何もしなければ起こってしまう事だと考えた方が良いわね。ゴブリンキングもそうだけれど、実際、陛下の顔色も見たでしょう?」


「はい、ひどい顔色で……」


「ここ一年で段々とね。元々は痩せてるどころかお医者様に叱られるくらいには恵体だったのよ、陛下。大らかで慈悲深い、それはもう優しい王だったの。町にある孤児院も、陛下の発案で始まったものでね」


 そう言ってほほ笑むフランさんは、その孤児院出身だと言う。父親のように慕い、占いの腕と知識を代われて今では王様の片腕として働いているのだと教えてくれた。


「でも、ある時から変なものが見えるようになったとおっしゃってね。

 ……最初は気のせいと思っていたけれど、人影を見るようになったり、声を聞くようになったり。最近は、ご寝所にも騎士を立たせているのだけれど、ほとんど寝れないご様子で、見えない誰かを罵倒したり、何かから身を隠すようにうずくまったり。」


 僕はその話を聞きながら、王様の顔を思い出す。豊かな髪や髭に対して、こけた頬に、ぎょろりと輝く目。あの顔を僕は知っていた。神官としての知識の中にある面相だ。


「まさか、憑りつかれている……?」


「ご名答、リオちゃんはいい子ね」


 そう言って僕を撫でるフランさん。なんだか最初の神秘的な印象から随分イメージが変わったけど、こっちのほうが話しやすい。まあ、胸の中で泣かせてもらった時点で、話しやすいも話しづらいもないんだけど。


「陛下が仰るには、何代も前の王様の成した何かが原因との事なのだけれど、情報が断片的すぎて打つ手が少なくて……名うての魔術師や神官に頼んでも良くならない中に、魔王による人間種への宣戦布告でしょう?心労も祟って何度も臥せられてしまって……

 それでも、魔王や自分の呪いに対抗する為に、身分に関係なく勇者候補を募ったのだけれど、それも振るわなくてね。勇者を自称する口だけの者や、王を騙して金をせびろうとする怪しい奇術師があんまりにも多くて」


 そこで深く息を吐いて、フランさんは酒場の親父さんにお酒を頼んだ。僕にも聞いてくれたけど、この体はそんなにお酒には強くない事を知っているので首を振った。出された葡萄酒を一息で半分ぐらい呷って、フランさんは肩をすくめる。


「そんな中で、女神様からの神託を受けた勇者様が現れたと聞いて呼び寄せたら普通の村の子供三人組だったから、陛下は気落ちされてね……」


「ご、ごめんなさい……」


「ああ、違うの、責めてるわけじゃなくてね?……でも、あの後すぐに気を失われて、今もまだ意識を取り戻してないの」


「え、じゃあ僕達に屋敷を調べろと言ったのは?」


「実は、私」


 そう言ってフランさんは、分厚いローブ越しでもわかるような豊かな自分の胸を指さした。視線をやってからちょっと恥ずかしくなって目線を外す僕に、フランさんは真面目な顔で続ける。


「陛下はお倒れになる前に、いつものように何もない所を睨みつけてこう仰ったの。『偽りの司教め』と」


 その単語に僕は聞き覚えがあった。それは。


「町に伝わる昔話……戯曲にもなってるって、レイナートさんが」


「そう、その舞台があのお屋敷。取り壊そうとするたびに事故があって取りやめになって、今も残っている場所。……定期的に兵士に見回らせて、ごろつきのねぐらにならないようにはしているのだけれど、別にそれだけならおかしい事はなかった場所なのだけれどね」


 ……とっても嫌な予感がする。


「最近は、実際に幽霊を見たと話すものや、悲鳴やうめき声が響いてくるって声が増えていてね。それが丁度一年前、陛下が体調を崩された頃。……どうしても気になっていたところに、あなた達が来た。本物の勇者が」


「だから、僕達がそこに行って調べる事で、何かわかるかもしれない、と?」


「その通り。何もなければそれまでなのだけれど。でも、あなたの見てきた歴史では、陛下は……」


「はい、僕達を投獄して暫くして危篤状態になられて、その騒ぎに乗じて逃げだして数日で亡くなられました」


「つまり、もうあまり時間がないと言う事。何もしなければ、あなたの辿った歴史が繰り返されてしまうのであれば」


 フランさんはお酒を呷る、あまり強くないのだろう、もう顔が少し赤い。ゆっくりと息を吐いた後、フランさんは僕の手を取ってまっすぐに目を見つめる。その眼は涙で潤んでいて、僕を暖かく包んでくれていた手は震えていた。


「勇者リオル様。どうか、陛下を救ってください。もう手は尽くして、あなたにおすがりするしかないのです。こんな事を突然言われても困るとは思うけれど……どうか、どうか」


 僕は抱きしめる事も出来ず、ただ何も言わずに頷く事しかできなかった。

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