第20話 王都での夜とみやぶられたこと

 牢屋を出て裏門に向かう。ミアお嬢様とはそこで分かれた。


「リオ様、お化けなんてないさ、ですわよ?」


「もう、お嬢様まで……」


 馬車の窓からにんまりと笑って僕にそう言ったお嬢様を見上げて、僕はちょっと唇を尖らせる。ゾンビやスケルトンならフレイルで打ち崩せばそれで終わるけど、お化けっていうのはどうにも苦手だ。エディにそれをばらされた結果、お嬢様にじっくり怖い話を教え込まれたのだ。

 そんな僕を見ながらおかしそうに笑って、ご機嫌ようと言葉を残していくお嬢様を見送って、深く溜息を吐いた。気が重い。


「しかし、リオ殿がお化け嫌いだとは意外だな……神官というのはむしろゴーストとかには強いものかと思っていたが」


「対抗できるのと怖くないのは別問題だよ!?」


「ビル爺さんは読み聞かせとか上手かったからなあ……俺も散々怖がらされたもんだけど」


「リオ殿、あくまで噂は噂だから安心されよ。私も子供のころ肝試しに行った事はあるが、特に何もなかったからな。雰囲気はあったが」


 エディが会話に入ってくる。……まだ視線は合わせられないけど、僕もそれは指摘しない。ぎこちないのが分かる。そんな様子を取り持つように、レイナートさんが慰めてくれた。助けを得たとばかりに僕が頷いたところで、しかし、とレイナートさんが頷いて目を細める。あ、これ悪い顔だ。


「あの屋敷に過去、王に仇なす者を閉じ込めていたのは事実だ。国家の転覆をもくろんでいたのはその時代の司教を務めた男で、それはそれは恐ろしい力があったのだとか。……力ある者は死してなお意思を残すとも聞く。意外と……」


「あーっ! あーっ!!」


 味方が居ない! 僕が耳をふさいで大声を出すと、三人が揃って笑う。


「そう言や、レイナートさんって王都の生まれ育ちなんだっけ?」


「ああ、エディ殿。代々騎士の家系でね、弟達も騎士として王宮に仕えている。私はもっぱら要人警護を担当する部隊の統率をしている」


「貴族で偉い人って言うと、下っ端に仕事任せて偉そうにしてるばっかりかと思ったけど、レイナートさんは自分で護衛もやってるんだな」


「そう言う貴族が居ないとは言わないがね。騎士は戦ってこそだからな、上が背中を見せないと付いてこないものなのさ」


 そう言うもん?とエディが首を傾げれば、そう言うもんさ、とレイナートさんが頷く。僕は、仲のいい兄弟のような様子を隣で眺めて、不思議な気分になる。

 僕の記憶にある二人は、殺しあっている姿しかなかった。路地裏の死闘。ボロボロになってなお強いレイナートさんの剣を僕が盾で必死に防いで、何とか隙を作るたびにエディが切りつける。長い時間をかけてやっと、エディがレイナートさんの腕を切り落として、とどめは僕が……。

 髪を振り乱して僕達を睨む血走った視線を忘れるように、僕は首を振る。あの時はあの時だ。今の僕達じゃない、今のレイナートさんじゃない。


「……リオ。すまん、脅かしすぎたかもしれない」


「あ、ごめんロイド。ううん、大丈夫。違うんだ。……いや、違くはないけど」


 気遣うロイドに笑って見せた。あの時にはロイドもここにはいなかった。生きていなかった。もう一度僕は、記憶を振り払うように頷いた。



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 レイナートさんが紹介してくれた宿は、勇者を歓待するには質素だけど、駆け出し冒険者が泊まるには贅沢と言った場所だった。ボリュームのある晩ご飯を食べて、軽く明日の動きを打合せして部屋に戻る。王都に家があるレイナートさんはこの日はそっちに戻って、僕達は三人部屋。少ししたら、二人の寝息が聞こえて来た。

 僕と違ってしばらく馬に乗り続けで疲れが溜まっていたんだろう。それに、謁見に投獄という人生ではなかなかないイベントの後。やっとベッドに入った二人は気絶するみたいに寝てしまった。

 

「お疲れ様、二人とも……」


 僕は眠った二人にそう言って、眠ろうと目を閉じた。だけど、忘れようとすればするほどどうしても、やり直し前の記憶が鮮明に思い出されてしまう。昨日の謁見での騒ぎ。……ミアお嬢様を助けてなくて、口添えがなかったら、僕達はやり直し前と同じ道に進むところだったのだと思うと、いまさらながらに震えがくる。

 眠れないまま、寝返りを十数えたところで、僕は身体を起こした。秋口であるのにいやな汗がじっとりと服を濡らして体にまとわりつく。二人に見えないようにこっそり服を脱いで身体をぬぐうけど、目がさえて眠れない。

 綿の寝巻の上から毛布の上に広げた上着を羽織って、二人を起こさないようにそっと部屋を出る。一階は酒場で、遅くまで人の気配がある。階段を下りれば、2,3組の客が疎らに座っていた。


 僕はカウンターに向かって、お店の人に注文をする。すると、いかにも酒場の親父と言った風体のおじさんが目を丸くした。


「お嬢ちゃん、一人で酒を飲む歳には見えないが、注文を間違えちゃあいないかい?」


「あ、いえ、あっと、そのー……」


 僕ははっとなって慌てた。あの時の事を思い出しているうちに、十年後の意識のまま注文してしまった。毎晩のように悪い夢を見ていた僕は、エディが眠った後に一人でお酒を飲むことが多かったのだ。じゃあ、代わりに何を頼もうかと思ってもすぐに出てこずに目を回していると、近くに座っていた酔っ払いが二人僕の肩を突然抱いた。


「よう、小さい体でもう酒を知ってるたぁ将来有望だなぁ、ええ?」


「どうだい、奢ってやるから俺たちと飲まねえか。大丈夫だって、子供に手を出しゃしないからよ」


 そう言いながら僕の肩をなでる太い指は、その言葉が嘘だって伝えるには十分だった。僕は背筋に寒いものを感じて慌ててその手をどかそうとするけど、酔っ払いの指は僕の肩に食い込む。ぶるる、と身震いした。

 こう言うのは苦手だ、やり直し前の冒険では、僕は女扱いもされたことないし、こう言う誘いをした人達はエディにぶん殴られていた。一人でお酒を飲むようになったころには、僕の腕は太くなっていたし、顔や体も傷だらけで誘われもしなかったのだ。それに比べて今の僕の手は、あまりにも非力だ。


「あの、やめてくださいって……ぼ、僕はそう言うの、苦手なんで……」


「大丈夫だって、慣れるもんさ。俺たちがお酌の仕方から教えてやるからさあ、へっへっへ」


 酒臭い息を吐きかけながらなれなれしく顔を近づける酔っ払いの手を両手でなんとか離そうとするけど、もう一人の方が僕の腰に腕を回してきた。僕は頭が真っ白になって硬直してしまう。魔物や敵が殴りかかってきたなら思いっきりやり返す事が出来るけど、こんな風に絡まれるとどうしていいかわからない。


「一杯だけで返してやるからよ、な、お嬢ちゃん」


「い、いえ、僕は……」


「お、子供かと思ってたけど意外と良い腰してるじゃねえの?細いわりに胸もー……」


「そこまでになさいな、悪いお酒は」


 声がした。次の瞬間、僕の腰に回されてた男の腕がひねりあげられる。痛みに声を上げた男を見て、僕の肩を抱いてた男も手を放して慌てて振り返る。

 つられてそっちを見れば、そこに立っていたのは、王宮の占い師さんだった。流れるような長い銀髪に真っ白い肌、大人の落ち着きを湛えた微笑み。服装は王宮で見かけたときよりも質素でシンプルなローブ。


「何しやがる!」


「何って、貴方達を助けてるんですけれど?」


「はあ?何を言ってやがる」


「その子、貴族筋の子よ?」


「貴族……ま、まさかそんな、貴族様の関係者がこんな酒場に泊まるわけ……」


「こんな酒場、とはお言葉だな? ……名前は明かせんが、本当だぞ。今日の泊りもさる貴族名義だ。仕事の事で嘘は言わねえよ、俺は」


 静観していた酒場の親父さんが言葉を添える。その間に占い師さんは僕の身体を抱き寄せて、にっこりと笑った。


「嘘かどうか試してみます?本当であれば貴方達は、貴族様の顔に泥を塗りつける事になるけれど」


「お、おい、行こうぜ」


 一人が声をかければ、舌打ちしながらももう一方の酔っぱらいも退いてくれた。体中が緊張していた僕は、へなへなとカウンター席に座り込んだ。

 微笑みながら見送った占い師さんが、酒場の親父さんにジュースを頼んでくれた。それを飲めば僕はやっと落ち着いて、占い師さんにお礼を言う。


「あの、有難う御座います……えっと」


「フランジア。王宮付き占い師のフランジアですわ、勇者リオル様。申し訳ありません、もう少し早く着いていれば良かったのですけれど……」


 そう言いながら、乱れた僕の上着を丁寧に整えてくれた。なんかそんな風にされるのが気恥ずかしくて、小さくお辞儀をする。


「僕なんかにそんな丁寧な言葉遣い、勿体無いです」


「そんな事ありませんわ、私は貴方方を本物だと存じておりますもの。勇者エディ様、勇者リオル様。女神様の神託を受けた運命の勇士。……その中でも、特に、貴方様。リオル様に折り入ってお話したいことがあって、ここに参りましたの」


「僕に?」


 少し残った緊張を飲み干そうとジュースに口をつけた僕に、占い師さんは真面目な顔で頷いた。


「ええ、時を上り返した勇者、貴方に」


 僕はジュースを吹き出した。

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