第19話 仮釈放と初依頼のこと

 そして、一晩が過ぎて。朝ごはん代わりの固いパンを食べ終わっても、僕達はぎすぎすしたまま無言だった。それを乱したのが、石床を踏む靴の音。牢番の兵士が慌てて立ち上がって敬礼する相手は、占い師さんだ。


「……三人とも無事かしら、あんな事になるなんて……ごめんなさいね、私がもっとちゃんと我が王と宰相に説明出来ていたら良かったのだけれど」


「あ…… ……いえ、僕達の短慮の結果です。僕も、ロイドにちゃんと話してたら……」


 貴族様への礼をしながら僕がそう言えば、ロイドはこれ以上ないくらい小さくなっていた。エディはその後ろで地べたに寝転がってふて寝している。


「貴方達が本物の勇者……の卵である事は、私もその場に居合わせたからよく分かってます。けれど、あのような事があったら、推挙をするわけにも……」


「いきますわ!!」


 困ったように頬に手を当てて占い師さんが言ったところで、声が増える。こんな薄暗い場所には似合わない元気な声。遅れて足音が階段を下りてくる。僕は目を丸くした。


「ミアお嬢様!? それに、レイナートさんも!!」


「リオ様、エディ様、ロイド様。ご機嫌よう……お父様がごめんなさい、私の恩人だとも知らずあんなことを……こんな事なら、私も一緒に王城に向かうべきでしたわ」


 眉を寄せて労しそうに溜息をつくお嬢様が、ぎろりと牢番をにらみつける。そして、突きつけるのは羊皮紙。


「さあ、今すぐこの方達を解放なさいまし!宰相からの直筆の仮釈放届けですわ!」


「は、はいいいっ!!」


 宰相の一人娘からそんなこと言われれば、牢番さんは真っ蒼になって慌てて牢屋のカギを開ける。そこから出た僕にお嬢様が抱き着いた。


「あ、有難うございますミアお嬢様。でも、『仮』なんですか?」


 抱きしめ返すわけにもいかずに固まった僕が気になったところを尋ねれば、困ったように眉を下げてお嬢様が離れた。


「……そこからは私が。リオ殿、それにお二人とも。貴方方にはこれから、冒険に出ていただくことになる」


 レイナートさんが口を開く。僕達が揃ってそちらを見れば、お嬢様から羊皮紙を受け取り、僕らに向けて見せる。カンテラの明かりに浮かぶその文字列を眺める僕達。


「君達は子供とは言え王に拳を向けようとした。その者達を何もせずに釈放するわけにはいかない。同時に、ミアお嬢様と私を助けた功績と女神の啓示を見たという占い師殿の口添えで、あくまで恩赦という事で、条件付きの釈放となる」


 説明をするレイナートさんが、羊皮紙の一点を指さす。……宰相は意外と字が綺麗なのか、とても読みやすい文字で、こう書いてあった。


「「「幽霊退治?」」」


 僕達三人の声が重なる。レイナートさんは羊皮紙を丸めて頷き、巻物を僕に手渡す。


「王のご容態が悪い原因の一つとして巷で噂されているのが、その『幽霊』の恨みでね。もっとそれらしい理由は沢山あるが、そちらには王国の有識者が取り組んでいる。……あくまでこれは、君達の罪状を軽くするための、王国へのご奉仕という事になる。監督官として、私がつくことになった」


「レイナートさんが?」


 僕がオウム返しに問いかけると、レイナートさんは少し眉を下げて笑う。


「ああ、リオ殿。私の怪我もまだ治りきっていないのでね、リハビリ代わりにと……口さがなく言ってしまえば、子供のお守りだと言われたよ。君達のしでかした事はあくまで、子供の悪戯として処理される事になっている」


「私がお父様をこってり叱っておいたので、文句は言わせませんわ!」


 お嬢様は頬を膨らませてぷりぷり怒っている。子供扱いされたエディとロイドは複雑な顔をしているが、僕はむしろ、破格の許しだと思った。実際、あの場で首を刎ねられてもおかしくなかったのだ。

 ……やはり、僕達の行動が変わったことで、世界の流れも変わっていることを実感する。占い師さんが僕達をこっそり逃がして、僕達が王国を逃げ出して少ししてから、王様が亡くなる。その原因を、僕達だと宰相が言った事で、僕達は追われる事になったのだ。

 その逃走劇の中で、レイナートさんと剣を交える事になり、最終的に、僕達は……。


「リオ殿?」


「は、はいっ」


 物思いに沈んでいた僕にレイナートさんが話しかける。飛び上がるほど驚いた僕に目を丸くしてから、レイナートさんが僕を落ち着かせるように肩を叩いてくれた。


「王都に伝わる怖い話の調査だ、そう怯えなくても良い。なに、町はずれの屋敷を探索して、何もなかったと報告すれば、君達三人は無罪放免だ」


「レイナートさん、リオは怖い話が苦手なんだよ」


 エディが、僕の顔色が悪い理由を勘違いしてそう言った。いや、実際怖い話は苦手なんだけど。僕がエディの方を見ると、エディはまだそっぽを向いた。僕も、ムキになってしまってそっぽを向く。そんな僕達を見てレイナートさんは驚いたような顔をする。

 少し考えるような仕草をしてから、まるで大人が子供を脅かすような声音で、喧嘩でもしたのかい、とおどけて見せた。ああ、気を遣わせてしまった。僕は情けない気持ちになるけど、……エディはどうだろうか。僕はまだ、エディの方が見れなかった。


「……まあ、なんだね。ならば、道すがら、その屋敷についての話をしてあげるとしよう。これは、『偽りの司教』と言う名前で戯曲にもなっている話でね」


「……俺もそう言えば、話を聞いた事があるな」


「二人とも!? もう、趣味が悪いよ……っ」


そんな様子を、お嬢様と兵士さんは呆れたように眺めていた。

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