第18話 反逆と初めての喧嘩

時間はしばらく前にさかのぼる。



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 僕達の馬車はミアお嬢様と別れてそのまま大通りを進み、記憶の中にあるジャイアントも通り抜けられそうな大きな門で止まる。


 じろりと見る兵士さんの目はなんだか僕達を睨みつける様に思えたけど、特に咎められることもなく、僕の腕よりも太い格子で組まれた門が重い音を立ててゆっくりと開かれた。


 中庭は綺麗に剪定された木と整えられた並び、芝生が青々と茂った風景。等間隔で並ぶ兵士さんは槍を持ち微動だにしない。これほど練度の高い兵隊は十年間の冒険でいろんな国を回ったけど、類を見ない。……実際、この国を逃げ出したときには相当難儀したな、なんて思い出した。


 王城の正面に馬車止めがあって、僕達はそこで降ろされる。道中で迷惑かけた御者さんに挨拶した僕の横で、エディとロイドはがちがちに固まっている。


「エディ、ロイド、あのー……だ、大丈夫? なんか死にそうな顔色だよ……?」


「は、はぁー? 俺は一向にいつも通りだのぜ?!」


「…………問題ない」


 右手と右足が一緒に出てるエディに、普段以上に寡黙になってるロイドを見て、僕がしっかりしなきゃ……と内心で誓いながら二人の背を強めに叩いてしゃっきりさせる。そんな僕達に早く来なさいと声をかける兵士さんはちょっと呆れ顔で。


「今回もダメだろうなあ……」


 そう呟いたのを聞き逃さなかった。僕はその意味が分かっていたから、眉を寄せる。……この王城で、やり直す前の僕達は大きな失敗をしてしまうのだ。

 でも、王城に来るのは避けられない流れだ、謁見をすっぽかすなんてしたらそれこそ僕達は国を追われてしまう。自分のほっぺたを両手で強くたたいて気を強くする。


「エディ、絶対に何があっても、怒ったりしちゃダメだからね。何を言われても、言い返さないで」


「怒る? なんで俺が」


「良いから、とにかく何があっても頭を下げて『はは、有り難き幸せ』って言ってればことも無しなんだから!」


 思わず声を荒げる。慌てて口を押えたけれど、エディとロイド、おまけに兵士さんまでこっちを驚いた顔で見ている。咳払いして、ごめん、と声を戻す。すると、エディは気後れしながらも頷いてくれた。


「わ、分かった、分かったよ。どうせ俺王様とどう話せば良いかも分かんないから、なんも言えねえって」


 隣を歩いてるロイドの顔色も、ロイドの髪位白くなってたから、ロイドもね?と声をかけた。ロイドはしばらく反応しなかったけど、小さくこっくり頷いてくれたので、うん、まあ、大丈夫。……だよね?


「お願いだよ、絶対、絶対に失敗できないんだから……」


 城に入る前に僕は手を組んで短く祈る。やり直し前のあの騒動を思い出したら、どうしても手が震えてしまっていた。



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 十年経っても相変わらず価値の分からない大きな壺や彫刻の並ぶ廊下を歩いて、大きな扉の前に立つ。深呼吸して僕は二人に、行こう、と声をかける。兵士がその扉の前で僕達の来訪を告げると、ゆっくりと扉が開いた。

 つやつやに磨かれて鏡みたいに輝いた床に真っ赤な絨毯がまっすぐ前に伸びていた。僕達が歩くその絨毯の左右には、レイナートさんと同じ形の鎧をまとった騎士が並んでいる。油断のない視線で僕達は観察されながら、真っ直ぐに進む。ああ、エディが背筋伸ばし過ぎてそっくり返りそうになってる。


 僕達の向かう先、何段も上がった高さにある玉座には豪奢なマントを肩に羽織った王様が座っている。その左右には、あんまり趣味が良くない服を着た太ったおじさんと、僕たちの村に来ていた占い師さんの姿。占い師さんは白いシンプルなデザインの、裾を引きずるようなローブ姿だ。

 王様の顔色は悪く、土気色で覇気が感じられない。口に蓄えた髭もどこか見すぼらしく見える。こけた頬と、彫りの深い眉の下にらんらんと輝く目が僕らを見ていた。僕の背に身震いが走る。僕達を騎士さんが止め、そこで三人並んで膝をついた。


 そのまま暫くの無言の後に、王様は口を開いた。喉の奥に何か絡んだような乾いた声。


「……その方等が、勇者を騙る者達か」


 ほら来た、と僕は顔を伏せたまま顔をしかめる。横目でエディを見れば、驚いた顔をしているけどまだ大丈夫そうだ。僕はエディのマントの裾をちょっとだけ引っ張って、小さく名前を呼ぶ。エディは僕の方に視線をやれば、わかってるよと言うように目を閉じる。


「多いのだ、最近は。やれ神託を受けた、やれ町を守った英雄だ、……今回は我が占い師もその場に立ち会ったと言うから会ってみる気にもなったが

 ……ふん、ただの子供ではないか。これが勇者であるなら、我が精鋭の騎士達の方がよほど強かろう」


「我が君、だから私も申し上げたではありませんか。ただでさえ公務でお忙しく、体調も優れぬというのに有象無象に時間を割くことはないと」


「まだ旅立つ前の子供ですが、それは鍛えていく事でどうとでもなるものに御座いますわ、陛下。女神の加護と導きは、確かにこの者達に」


 王様の横に控えた太ったおじさんが苦々しい顔で僕達を見下ろしている。……厭味ったらしい、僕達に懸賞金をかけた張本人である宰相だ。僕は未だに、ミアお嬢様のお父さんがこの人だとは信じられない。

 大臣をたしなめるように、占い師さんが言葉を続ける。声は優しくて穏やかだ。


 十年前の謁見では、ぼろぼろの姿で王都に来た僕達を占い師さんが見つけて、王城に連れてきてくれた。どうやら占いでも、僕たちの様な誰かが来ることが出ていたらしい。今回はそれに加え、実際に女神様の啓示を見た事もあって、僕の記憶の声よりも自信があるように聞こえた。


「例えそうであっても、今この場で役に立たぬようなら意味はない。子供が大人に育つまでに、我は持たんだろうよ。どうだ、そこの神官、我の様子をどう見る」


「面を上げよ、王のお言葉であるぞ!」


 僕はそろそろと顔を上げる。しかし、この言葉に返せる言葉は、前と同じ。


「……病に侵され、困憊しているように思われます」


「では、『勇者殿』よ。我を今すぐに治して見せよ。女神に導かれしものであれば、それくらいできよう」


 ……返せる言葉は、前と同じ。


「出来ません、それは神官の領外でありますれば」


「それ見た事か!女神に選ばれたというのが本当であっても、この程度よ!巷で勇者を騙る馬鹿者どもと同じ!」


 大臣の高笑い、エディが顔を上げ、飛び出そうとするのを、低く名前を呼ぶことで押しとどめる。お願い、と声をかければ、僕のことを見ながら立ち上がりかけた膝を床につき直す。……ここでとびかかり、王様に剣をふるったことから王国に追われるようになるのだ。

 とびかかったエディの剣は勿論王様には届かなかったけれど、その数日後に王様が床に臥せり、そのまま亡くなってしまった事で、僕達は逆賊の汚名を着せられることになる。それだけは、今回は避けたいと思っていたから、エディがここで堪えてくれたことは、僕にとっては震えるほどうれしい事だった。


 ここでどれだけ馬鹿にされようとも、精々下がらされるか、数日牢に閉じ込められて解放されるくらいで、国を追われる事は……。


「馬鹿にするな!」


 安堵した僕の隣。……エディ側じゃない方から、声。ああ、嘘だよね。僕は顔を上げる。なんで、どうして。僕はあれだけお願いしたのに。

 ロイドが飛び出して、王様に続く階段を駆けだそうとしていた。とっさに僕はその後ろにとびかかって、手を伸ばす……届いた!掴む! ロイドのズボンの裾、足を滑らせて突っ伏すロイドの顔が階段にぶつかる音、ごめんロイド、後で治してあげるから。ああ、どうか見逃してください。


「ロイド! 駄目、堪えて、我慢するんだ!!」


「でも、リオ! お前達を馬鹿にするなんて、たとえ王様でも……!!」


 僕が顔を上げれば、王様を背に庇うようにして両腕を広げている大臣が、顔を真っ赤にして僕達をにらみつけてるのが見えた。


「ぐぬぬぬっ、騎士達!我が君を襲おうとした者達を捕えよ!我が君を守れ!!」


「はっ!!」


 大臣の声にこたえて騎士たちが剣を抜き、僕達を組み伏せる。エディが思わず剣を抜こうとしたけど、その前に鎧の重さで押さえつけられて動けなくなった。ロイドと僕も騎士にのしかかられて。


「エディ、ロイド! 落ち着いて、おとなしくするんだ!!」


「でも、リオ!」


「いいから!! 黙って!!!」


「っ!」


 エディとロイドがもがいて逃げようとするけど、僕が怒鳴りつければまるで信じられないようなものを見たような顔をして固まる。そして、不服そうにしながらも動きを止める。肩で息をするロイドは顔に痣を残しながらも、大臣と王様をにらんでいる。完璧に誤算だ、エディばっかりマークしていたけど、そうだ、ロイドって喧嘩っ早いんだ……。


「……王様、失礼いたしました。ロイドは友達思いな男なのです。どうか、どうか平にご容赦を!」


「陛下、子供のすることです。彼らを推挙した私も迂闊でした。どうぞ、ご寛大なお言葉を……」


 僕が額を地面にぶつけるようにして謝れば、茫然としていた占い師さんも慌てて口添えをしてくれた。大臣が何かわめいていたけど、王様はしばらく目を閉じて。


「この者達を牢に入れよ」


 呟くようにそう言って、玉座を立って行った。その背を見送った僕達は、騎士達に引きずられるようにして牢屋に連れていかれたのだった。



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 水っぽいすえた匂いのする地下牢に、僕達はまとめてぶち込まれた。三人とも同じ牢に入れられたって事は、まあ、死刑なんて事にはならないって事だろうなと、僕は内心でほっとする。本当に警戒しているのであれば、一人ずつ違う牢に入れられていただろう。僕はロイドの頬に手を添えて回復魔法を唱える。


「ロイド、君らしくないよ」


「……すまない……カッとなって……」


 ロイドは目に見えて落ち込んだ様子で僕に謝る。エディはそれを見ながら、仕方ねえさ、と声を上げた。


「ロイドが飛び出さなかったら、俺も我慢できなくなってただろうし。リオがどれだけ言っても、あの言い方は無いと思うぜ、俺も

 黙れって言われたけどさ、あの王様も大臣も、俺は嫌いだな」


そう言うエディは、僕を不機嫌そうに眺める。僕は、なんだか胸の奥にざわざわしたものを感じながら、視線を逸らす。


「きっと、僕達の前にも何人も勇者を名乗る人達が現れたんだと思う。王様の庇護の元で勇者を名乗れば、国のお墨付きで好きな事が出来るようになるからね

 でも、魔王を倒す事も出来ないで王様は裏切られ続けたんだよ……元々は、優しい賢王として名が知れていた方なのに……」


「だからと言って! 何も知らないであんな風に言うようなやつが王様なんてな。それにリオ、あの言い方はないじゃねえか」


「エディ、でも、……でも、僕はお願いしたじゃないか。とにかく頭を下げて、何を言われても我慢してって。なのに、ロイドと一緒になって剣を抜こうとして……お願いだから、言う事を聞いてよ」


 エディの顔が見れない。わかってる、エディはロイドを庇ってくれてるんだって。それに、王様たちの言い方は確かにぞんざいで、酷い物だったけど、でも、でも、それであんな風にとびかかったら、やり直し前と同じになってしまうのに。


「……リオ」


 ロイドが僕を見て、何かを言おうとした。だけど、僕はそれにかまってられなかった。なんでわかってくれないんだ。王様の気分次第で、僕達の進む道は、酷い物になるんだ。


「はっ、俺はやだね。偉いからってあんなふんぞり返って人を馬鹿にするようなやつにへーこらすんのは……リオ、お前もアレだな、王様ってだけでゴマするようなやつだったんだな」


 ふてくされたエディの言葉に、僕は、思わず叫んでいた。


「エディの馬鹿!! なんで、なんでわかってくれないのさ!!」


「は? 何をだよ、馬鹿にされても黙ってるのが当たり前だって事をか!?」


 僕と顔を突き合わせるようにしてエディが怒鳴り返す。ああ、違う。こんな事が言いたいわけじゃないのに。でも、叩きつけるように言い返されれば、僕もかっとなって頭に血が上る。


「そうじゃない! でも、あそこで剣を抜いたら僕達はおしまいだったんだ、死なないにしても、勇者なんて胸を張っていられなくなる、逃げ続けて、だれも助けてくれなくなるんだ!!」


「俺にはお前とロイドが居る、二人が居れば魔王だって倒して見せるさ!! だけどお前はそう思わないんだな。はっ、なんだよお前、勝手に一人で考え込んで怒って……だったら勝手にしやがれ!」


 僕は頭の中が真っ白になるようなショックを受けて何も言えなくなる。その間にエディは僕に背を向けて寝転がる。ロイドが慌てたように僕達を見てるけど、かまっていられなかった。なんで、なんでという言葉しか出てこないで、僕はエディの背中をにらみつける事しか出来なかった。

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