第15話 未来の恨みと現在の信頼

「レイナート、さん……」


「ああ、初めまして……どうしたのかね、どこかで逢った事が?」


「あ、いえ!知り合いに似ていたもので……初めまして、改めて失礼いたします」


 僕は思わず身を固め、名を呼び返す。そんな僕の様子に気付いて訝しげに眉を寄せる青年騎士。僕は我に返って、慌てて首を振って馬車に乗り込む。明かり窓を閉じている馬車の中は、その隙間から漏れ要る光を頼りにしている。

 安心した、僕はきっと真っ青になっていただろうから、それが見られない事は幸運だった。

 深呼吸した馬車の中の空気は血なまぐさく、重い。唾を飲み込んでから、レイナートさんの傷に手をかざす。明かりの魔法を唱えれば、蛍火よりもいくらか明るい球が宙に浮かび、手元を照らす。肩に押し当てた布は鮮血に染まり、押さえる手も、サーコートも汚れてしまっていた。


「酷い血だ……これは、矢傷?矢はもう抜いたんですね」


「ああ、血の量は派手だが処置は済ませている。しかし、剣を握る事も出来ず、馬車の中に逃げ込む事しかできないで醜態をさらしていたところだ……騎士としてあるまじき油断だよ」


「違うわ、レイナートは私を守ってくれたの。レイナートが見捨てろと言った行き倒れのふりをした盗賊に、私が近づいてしまったから……隠れてた盗賊達に矢を射かけられて、私を守る為に……」


「ミアお嬢様は悪くありません、それも含め貴方を守るのは騎士の務め。お嬢様の盾になれたのであれば、痛みなど……ぐぅぅ……っ」


 見れば、パンツの太腿もきつく縛られていて、そこも血がにじんでいた。二か所か、と思いながら僕は腰のバッグから薬草と包帯を取り出す。回復魔法と併用すれば、いくらかましだろう。一声断ってから服とパンツをナイフで切り、肌と傷を露出させる。

 お嬢様が慌てて両手で顔を隠す。年頃の娘さんらしい仕草に、こんな場合なのにちょっとほほえましくなった。いや、僕がもうちょっと恥じらいを……と言っても十年間女扱いされないで冒険してたからなあ……とか悩みつつ、そこを水筒の水で洗い流せば、薬草を口に含みよく嚙み潰す。


「嚙み潰した薬草を、傷の上に塗り込みます。……行きますよ、我慢してくださいね」


「ぐ、うううっ」


 口から出した薬草を傷口に塗り込む。呻き声をあげるレイナートさんの声に、お嬢様が身を縮める。よく塗り込んだ後に、僕は怪我した場所に手をかざし祈りの言葉を口にする。僕の手が輝き、薬草と肌が混ざり合うように歪み、傷口が癒着していく。

 僕は額の汗をぬぐい、太腿の矢傷もそうして癒す。荒い呼吸のレイナートさんに水を差し出せば、喉を鳴らして残りを全部飲み干した。そうしている間にも、時折馬車の壁に矢が突き立つ音。


「ロイド、エディは大丈夫?」


「馬車の横で、木を盾にして何とかしのいでる!馬鹿みたいに射てきてるから、そろそろ矢も切れるだろうよ」


 思ったよりも近くから声。そして、馬車の上からロイドの声も返ってくる。


「こっちもそろそろ矢が尽きる、あいつらは諦めそうもない。結局最後は白兵戦だな」


「勝算は?」


「まあ、死なないように避けるつもりだけど、五分五分だな。相手の方が手数が多い。リオは前に出せないからロイドと俺で二対三……」


「いや、私も出よう」


 いくらか呼吸が落ち着いたレイナートさんが声を挙げる。体を起こして、腕や脚の動きを確かめるように動かしてから、馬車の中に


「まだ完治はしてません、無理をしたら傷が開きますよ?命にもかかわります」


「そうしたらまた治してくれ、リオ殿」


 薄暗い中で碧眼がまっすぐに僕を見る。……このレイナートさんは僕の事を知らない。未来で僕自身が奪った命を、僕は今助けようとしている。

 記憶の中のレイナートさんが僕を見る目は、血走り憎々しげだった。切り付ける剣技の冴えも、盾で防いで尚骨身に響くような一撃の重みも思い出せる。僕自身が叩き潰した鎧の感触も、断末魔の声も。


「君を」『貴様達を』

「信じよう」『許しはしない』


 今のレイナートさんの声と、記憶の声が重なる。それを振り払って僕は騎士の目を見て、頷く。レイナートさんがミアさんに、じっとしているように伝えながら剣を取る。


「レイナート、盾は……」


「いや、治ったといえど剣と合わせて扱えるほどではありません、これで何とかしのぎます」


「レイナートさん、じゃあ、その盾をお借りしても良いですか」


 僕が尋ねれば、レイナートさんは驚いた顔をした。見るからに戦えなさそうな僕の細い身体を見て、君は神官だろう、と労わるように僕に尋ねる。ミアさんと一緒にいてくれていい、と言われたが僕は首を振り、盾を受け取る。

 ……今の身体には重いけれど、それでも、懐かしい感覚だ。十年後の僕は、こうして盾を扱っていた。あの頃の筋力があればな、なんて思うけれど。


「レイナートさん、馬車のすぐ前に僕が乗ってきた馬があります、使いましょう。僕が貴方の盾になります」


「しかし、君は……」


「僕は、貴方を治した。ならば、貴方が無事に戦いを終えるまで見届ける義務があります! 貴方がお嬢様を守り抜くと決めた様に、僕は貴方を守りたい!」


 躊躇うレイナートさんの目を真っ直ぐに見て僕はそう伝える。その目を見つめ返したレイナートさんは目を丸くして、それから、ふっと目の力を抜いて微笑んだ。僕の肩に両手を置いて尋ねる。


「リオ殿、馬に乗った経験は?」


「十年くらい」


「意外と長いな。十分だ、行こう」


 僕達は頷きあい、扉を開く。外の明るさに目を細めながら、馬車の陰で馬に乗る。小柄な僕が前に座り、それを後ろから抱くように長身のレイナートさんが座った。重い盾を両手で構え、木に隠れたエディと馬車の上のロイドに声をかける。

 レイナートさんに抱えられる僕を見て二人が何か言いたげに目を丸くする。レイナートさんが名乗ったけど、二人の名乗りはどこかぶっきらぼうだった。……二人とも防戦に焦れていたのか、ちょっと苛立っているようだ。


「あの、」


 二人に声をかけようと口を開いた僕の上で、陰が走る。レイナートさんが振るった剣が、僕に降って来ていた矢を空中で切り落としたのだ。怪我を負った上でも長剣を片手で振るうその腕前に、エディが目を見張り、ロイドが口笛を吹く。


「君達の神官殿は、私が守る。お借りするよ」


 だから安心してくれ、とレイナートさんが二人を見る。少しの間を置いて、二人は顔を見合わせて笑い、頷いた。


「二人とも……」


「強さは分かったよ、今の俺よりも強そうだ。レイナートさん、宜しく頼むぜ」


「……残りの矢で援護する」


 四人で同時に強く頷いて、動き出す。馬車の向こうに顔を向ければ、盗賊達が剣を抜く姿が見えた。でも、この四人なら怖いものはない。さあ、反撃開始だ。

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