第14話 あの時とは違う出逢い
空が高かった。馬車に乗って王都に向かい二日目は晴天で、眺める秋晴れの青空に鳥が飛んでいる。ごとごとと揺れる馬車の乗り心地はあまり良くないけれど、村長さんの家にもないようなフカフカなクッションに座っているので、あまりお尻も痛くならない。
思わずあくびをしてしまった。それを見て、剣を磨いていたエディが笑う。
「でかいあくびだな、喉の奥まで見えたぞ」
「仕方ないじゃん、こんなに平和なんだからちょっとぐらい気が緩んでも……エディこそ、そんな風に言ってると、うっかり手とか切っちゃうよ」
実際、村を出てから今までは至って平穏な道程だ。幌馬車の中でクッションを抱いて昼寝も良いなあなんて思ってしまう。エディが磨く剣は、村を出る時に爺ちゃんから餞別に貰った一振りだ。
……やり直しをする前に、爺ちゃんが僕達を守る為に使った剣を、今はエディが振るっている。鼻歌交じりに剣を磨くエディの姿を眺めながら、お祭りの時に女神さまが言ってた言葉を思い出す。
「今度はきっと世界を守って……かぁ……」
やり直し。今僕が生きているこの時間は夢なんかじゃなくて、魔王を倒したあの日から10年前の世界。ゴブリン達に滅ぼされるはずだった僕の故郷は、そのきっかけになる事件を未然に防いだことで今も無事に営みを続けている。
その結果、暗い夜の森を死に物狂いで逃げ出した旅立ちではなく、こうして馬車に揺られて秋の街道を進むことになった。このまま王都についたら、女神様に神託を与えられた勇者として王様に謁見する事になるだろう。……やり直し前は、そこでも問題は発生するのだけれど。
「うん? なんだよリオ」
何でもない、とエディに言って僕はぐっと伸びをした。揺れる馬車の中で転ばないようにゆっくりと立ち上がって、御者さんの隣に座るロイドに、場所を代わろうと声をかけようとした。
その時だった。御者さんが声を挙げて馬を止める。突然手綱を引かれた馬が不服気にいななき、僕は顔から幌に思いっきりぶつかった。
「どうした! 魔物か?」
「いや、違う……だが、似たようなものかもしれない。前の方で、誰かが野盗に襲われているようだ」
「なんで野盗って判るの、ゴブリンとか魔物かも……」
「いやぁ僧侶さん、魔物は馬にゃあ乗りませんぜ」
御者さんの言葉を聞いて僕は目を凝らす。僕達の乗る物よりも立派な箱型の馬車、その周りを馬に乗った男達が囲んで何かを怒鳴っている声が聞こえる。御者さんは溜息を吐きながら馬車を街道の脇に進めて止める、助けにはいかないのかと問いかければ、御者さんは肩をすくめた。
「御者の仕事は馬車を無事に目的地に着かせることでさ、そりゃあ襲われてる人達は可哀そうだと思うし、明日は我が身ですがね。俺達が行ってもあいつらの獲物が増えるだけでさあ。おとなしく奪われれば命まではとらないでしょうし、俺達も見逃されることを祈っておきやしょう」
「御者さん」
「お願いされても行きませんぜ、安全に運ぶってのが俺の仕事―……」
「もう、二人とも行っちゃいましたよ」
僕の言葉に慌てて御者台を振り返る御者さん、その向こうで、すでに走りだしているエディとロイドの姿があった。二人を呼び止めようと御者さんは声を張り上げるけど、止まりはしない。そういう二人だ。特に、真っ先に走り始めたエディはなんて言っても勇者なんだから。
僕も、爺ちゃんから貰った手斧を肩に担いで御者台から飛び降りる。頭を抱える御者さんに一言だけ謝ってから、馬の留め具を外して、僕は馬に乗って横腹を蹴る。一声いなないた馬が駆け出した。
ロイドが走りながら短弓を構え、矢をつがえる。エディを追いかけるように放たれる矢が、わずかな弧を描て盗賊の一人、馬に乗る男に襲い掛かる。馬の腹に矢が突き刺さり、馬が棹立ちになって盗賊が転がり落ちた。そこをエディが切り付ける。盗賊の悲鳴と怒号が響く。
盗賊達の人数は今落ちた奴を含めて四人、こっちよりも多いけど突然の事で慌てていて馬足が乱れている。そこに、エディの矢がまた放たれる。矢を警戒した盗賊達が馬車から離れているのを二人が警戒している間に、僕が馬車に近づき、扉をノックする。
「大丈夫ですか! 通りすがりの者です、イチ村の者です! 助けますのでまだ出ないでくださいねっ」
「た、助けに来てくれたの?」
扉の向こうから帰ってきたのは弱々しい少女の声だった。そして誰かが呻く声。
「はい、癒しの魔法が使えるので、誰か怪我人がいるなら!」
「開けないで良いですっ、ミアお嬢様! 開けちゃあいけない……ううう……」
「レイナート、動いてはダメよっ」
扉の向こうで少女と男の人が言い合う声。でも、男の人の声がひどく弱々しい。どこかで聞き覚えがある男の声に僕は記憶の中を探りながら、もう一度ノックする。深呼吸してから、出来るだけゆっくりと優しく語り掛ける。
「女神様を信奉する神官で、名をリオと申します。同行者が今盗賊を追いやってくれていますが、人数で分が悪い。あなた方が襲われた後はきっと、僕達も襲われるでしょう。だから、手助けと言うよりはお願いです。僕が癒すので、一緒に戦って頂けませんか」
「リオ! そっちは!」
「怪我人がいるから手伝えない 何とかしてっ」
何とかって、とぶつくさ言いながらも剣を構えて盗賊達を睨むエディ。ロイドが馬車の上に登って矢を射かけるが、ただの物取りにしては諦めずに間合いを取ってこちらをうかがう野盗達。風切り音の後に、こちらの馬車に矢が突き立つ音。馬車の中で少女の悲鳴。
「レイナートさんとおっしゃいましたか。僕達を信じてください。駆け出しですが、勇者を目指す一団です。女神様と名誉にかけて、ご助力いたします。それに、……女の子は泣かせちゃいけません、そうでしょう?」
「……、子供のような声なのに生意気なことだ。勇者か、言う事も大袈裟だが」
少しの沈黙の後に、男の人が声を返した。その声には少しの笑みが含まれていた気がする。ためらうようにゆっくりと鍵が開く音がしたので、僕は声をかけてからゆっくりと扉を開ける。
僕の顔を見て目を瞬かせたのは、まっすぐで長い金髪のお嬢様と、血で汚れた純白のサーコートを纏った鼻筋の整った金髪の騎士だった。
「はじめましてお嬢さん。私は騎士レイナート、女神に感謝しよう。……力を貸してくれ」
……やり直しの前の世界で、エディと僕が殺した、王国の騎士だった。
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