第2章

第13話 王国の昔話

 むかしむかし わるいしんかんがおりました

 そのしんかんは かみさまをだまして しゅくふくをうけ

 おうこくの えらいひとになろうとしました


 しかし それにきづいたしきょうさまが そのおとこをたいじし

 おうさまと おうこくを すくいました


 わるいおとこは しぬまえに いつかよみがえり

 おうこくをほろぼすことを ちかいました


 そのひから そのおとこが よみがえらないように

 つきにいちど かみさまにおいのりをするようになったのです



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 ああ、ああ、此処に閉じ込められどれほど経っただろう。私は、鉄格子越しに見える風景を眺めながら、骨が浮いたような手で顔を覆う。髭も伸び放題で、私の子供達が見ても私だと気付かないだろう。それほどに、この長い幽閉生活で私は変わってしまった。脚は拷問の果てに萎えて這う助けにしかならず、背はムチに打たれて傷つき曲がってしまっている。馬鹿な事だ、とぼんやりと思う。こうして私を痛めつけたとて、私が神に授かった御力はあの男に移る訳でもないというのに。


 あの男も昔はそうではなかった、私と同じように神の愛を信じ、教えを広めようとする熱心な神官であったはずだが……私が王より司教の位を賜り、神の祝福を受けたあの日から、あの男の心には悪魔が住まってしまったのだ。手を汚し、金で身を太らせ、それを止めさせようと……どうにか証拠をつかみ、あの男の告解を促したが……逆に陥れられた私の心にも、隙はあったのだろう。ああ、後悔ばかりが積もる。子供達は泣いてはいないか。教会の者達も心配しているだろう。そう思い目頭が熱くなるが、既に涙履かれている、悲しみすらも現せなくなってしまった私は、きっとこのもまま此処で朽ち果てる定めなのだろう。


 心残りは私の可愛い子供達の事だ。……鉄格子の向こうはどこまでも穏やかな街の風景が広がっている。我が家はあの辺りだろうか、あの白々とした王城の中におわす王は、私を探しておられるのではないか。手を伸ばす。しかし、もうすでに鉄格子を掴む力も無い。……その私の背に、足音が聞こえた。あの男の声がする。


「強情な男だ、昔から貴様はそうだった」


 お前も変わらない、直情な所があり、私がいつもそれをいさめていたね。


「神の御力を渡せば生かしてやったものを」


 だがそうすれば私は信仰を失う、それだけは出来ない事だと判らぬほどにお前は変わってしまったのだね。


「もう良い、貴様は死ぬがよい。死したのち、俺が貴様の居なくなった司教の座に坐せば良い」


 ああ、それですべてが済むのであればそれも運命だろう。私は神の身許に行こう。


「俺の悪事もすべて貴様が持って行け、丁度良い事だ。お前が揃えた証拠は全て貴様の成した事として、既に広まっている。ああ、王も驚かれていた」


 ……私は理解が遅れた、動かぬ体に力を籠め、声の方を向く。私のやせ細った身体と真逆の肥えた身体、その上の顔を、私は人の顔とは思えなかった。


「王は貴様の子供達も連座で処刑して下さった。子供達は最後まで貴様の事を信じていたようだったが……貴様の信じていた神官達も、金を握らせるだけで黙った、大した信仰心だ」


 目の前の男はそう言って笑う。この男は、本当に人間であろうか。枯れ果てた身体に巡る血が燃えるのが分かる。ああ、この男は王を騙し、あまつさえ私の子供達まで。何故、なぜ王はこの男を信じた、なぜ罪の無い子供達を手にかけたのだ。


「……なんだその目は、くたばり損ないが。まあいい、もう数日も生きられぬだろうよ」


 ああ、ああ、神よ。この力で命を奪う事をお許しください、この世には生きていてはいけない者が居るのだと、私は今知ってしまいました。子供達よ、すまない、私が人を恨むなと教えたばかりに、そう信じていたばかりに、お前達まで巻き添えにしてしまった。今更だが、それでも手向けを贈らせておくれ。


「な、なんだ、貴様、何を……」


 この男を殺し、お前達に謝らせよう。お父さんはお前達の元にも、神の元にも行けなくなる。ああ、すまない、すまない。それでも、許してはいけない。私達を陥れたこの男は。そして。


「やめ、やめろおおおおおお!!!」


 お前達を殺した、愚かな王を。



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 それでも そのおとこは いまもかみさまと おうさまをうらんでいて

 おとこがしんだやしきのおくで ゆうれいとなって

 よみがえるひを まっているのです


    ――――『絵本 おうこくのこわいはなし』

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