第11話 大団円と、新たな異変

 翌朝起きた僕は、身体を動かせないのを良い事に爺ちゃんとエディとロイドからのトリプル説教を食らう事になった。散々殴られ蹴られした僕の身体はガタガタで動かないので、お説教の合間に食事をするような形になる。


「何が『良いから!!』、だこの馬鹿リオ! 折角助けに行ったってのに自爆紛いの事しやがって、あれ凄い痛いの俺知ってるんだからな、前失敗して味わってるし! ……ほら、口開けろ。ミルク粥だ」


「んぐ、ありがと。……いやだってその、一発でも良いの貰ったらゴブリンキングを僕の方によろけさせることも出来なかっただろうし……思いついたらすぐにやらないと、二人の体力とか心配で……」


 エディはぷりぷり怒ってる。ミルク粥は蜂蜜入りで甘くて美味しい。


「……そうだな、それは正しい。実際、エディは一回胴に一撃喰らってるからな。鎧が無かったらどうなってたか……だが、俺も考えを改めるべきだと判った。

 ……リオは馬鹿な事は考えないけど、無茶な事は考える奴だ。普段は大人しいくせに……喉は渇いてないか?」


「あ、お水欲しい……ん、ぷは。でもほら、じゃあ他に何か逆転の手があったかと言うと思いつかないじゃないさ?どう?」


 冷たい水で喉を湿らせてから、唇を尖らせて言い返す。エディもロイドも少し唸ってから視線を逸らす。ふふん、ほら見ろ、こう見えて中身は十年分の冒険で培った度胸と知恵がだね……と、眉を上げた所で、包帯の隙間から覗いてる額に、ビシッと痛みが走る。……爺ちゃんのデコピンだ、滅茶苦茶怒ってる。


 ゴブリンキングがまた僕を担いで逃げてくれないかななんてどうしようもない考えが頭をよぎる。十年の冒険経験なんて爺ちゃんの鋭い眼光の前にはすりガラスほどの防御効果も無い。


「リオ」


「ごめんなさい」


 僕は素直に謝る。間違った事をしていないとは胸を張って言えるけれど、心配させる事はした。それは分かっているのだ。それから、言い返せないで情けない顔をしてる二人にも謝る。エディが粥を口に入れてくれる。飲み込む時に喉が酷く痛む。……身体の外も中もボロボロだ。


「お前が攫われてから、エディとロイドが明け方にエリーゼを背負って戻って来た時の、皆の気持ちを考えても見ろ。皆も、ワシの様に戦いの経験がある者ばかりではないし、死者こそ出なかったものの、怪我を負ったものも多い……判るな?」


「はい、爺ちゃん」


「……トマスには礼を言う事だ」


 ロイドは灰色の目を穏やかに細めて僕に言う。


「……大人達がゴブリン退治に立ち上がるかを悩んでいる間に、あのガキ大将が村の子供達を説得して回ったんだ」


 エディも思い出したのか、おかしそうに笑って頷いた。


「見ものだったぜ? 俺とロイドが大人達に頼み込んでる所に、ばーんとドアが開いてさ。村のガキどもが勢ぞろいで声をそろえて『親父達が行かないなら、俺達だけでも助けに行く!』ってさ。

 ……トルテや、起きたばっかりのエリーゼも、震える手で鎌を握って並んでやがんの、まったくよぉ」


 戦いの場に来なかったけど、あいつらだってお前を救った勇者だぜ。そう言ってエディが赤い目を細める。……僕はちょっとびっくりした、負けん気が強いエディが素直に人を褒める事なんて、十年の冒険生活の記憶をひっくり返しても覚えが無い。

 そうか、と、そこで僕は気づいた。助けに来てくれたエディの剣に脅えが無かった理由はこれだ。……現実のエディとの違いは、これだ。


 今のエディには仲間がいる。ロイドは勿論のことだけど、その背中を押してくれる人が居て、意地でもなんでも、勇気を奮い立たせてくれる人が居る。夢の……今のエディは、憎しみを原動力にした復讐者なんかじゃない。まだまだ弱くて若いけど、立派な勇者なのだ。


 気付けば僕は、またボロボロと涙を流していた。それを見た三人が慌てて、どこか痛いのか、医者を呼ぶかと聞いてくれるけど、そうじゃなかった。ああ、夢の世界の僕は泣き虫だ。だけど、この涙は止められないし、止めたくなかった。


「ありがとう、みんな……。……助けてくれて。みんながみんなで居てくれて……、ここに、居てくれて。生きててくれて、ありがと……ありがとう……」


 なんて優しい世界なのだろう、と僕は思った。三人は僕がどんな理由があってでそれを言っているか分からないと思うけれど。それでも、微笑んで僕を見守ってくれていた。



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 僕の身体が完璧に治るまでは夏の中ほどまでかかった。身体の治りは魔法もあって早かったけれど、極限まで痛めつけられた体で魔力を搾り出したのが悪かったのだろう、魔力の戻りが酷く悪くなっていた。

 身体と魔力のリハビリを行いながら、僕は考えていた事がある。それは、『ゴブリンキングの騒動は、魔王とは関係が無いのではないか』ということだ。それは確信にも似た考えだった。


 例えば、あのゴブリンキングが生まれたのが魔王の仕業だったとしよう。それならば、キングが倒されたあと一季節終わるまで何もしてこないということがあるだろうか。相変わらず村は平和だし、それどころか、ゴブリンが居なくなって前よりも治安が良くなったくらいだ。


 前に爺ちゃんが教えてくれた伝説では、数百年に一度しかキングは生まれないらしい。魔王がキングを出現させることが出来るなら、もっと頻繁に各地でゴブリン騒動が起こってもおかしくない。

 でも、伝説は伝説だ。今回の事で街から学者や魔術師が村に来るようになって色々調べまわっている。実際それ位に珍しい事なのだ。


 つまり、魔王は別に僕達の生死に関係なく、変わらずに世界征服をたくらみ続けているのだ。結局、十年かけて僕とエディが魔王を殺す事でその野望を阻止したのだけれど。……その旅路の間に、魔王を倒そうと本気で動いていた国も勢力も無かった。

 みんな、他人事のように魔王の事を話し、それを本気で倒そうとする僕達の事を笑い、時には危険人物として狙う事もあった。


 僕達は、旅に出なきゃいけない。魔王を倒す為の旅に。現実であっても夢であっても、僕とエディがそうしようとしない限り、魔王の侵略を止める事は出来ないのだ。

 十年の旅路で見てきた魔王の軍は頭数も多く強大で、何度も剣を交えた幹部達はそれに輪をかけて精強であり、とてもじゃないけど、今のままの僕とエディでは歯が立たない。鍛えなければいけないのだ。


 その事は僕はぼやかしながらも(自分で口に出してみても嘘っぱちに聞こえるし)エディに旅立つ意思を伝えると、エディは二つ返事で了承してくれた。元々エディはこの村を抜け出して、世界を救う勇者になるって夢を持っていたから、むしろ回復魔法が使えて気心も知れている僕の申し出は渡りに船だったのだろう。


 でも、旅立ちは秋の終わりの祭りが終わってからという事になった。僕としては出来るだけ早く出たいという気持ちはあったけど、同時に、現実の十年前では迎えられなかった祭りをこの目で見たいという気持ちも強かったのだ。結局、僕もそれを受け入れて、それまでの間はじっくりとリハビリとトレーニングの期間に費やした。



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 季節はあっという間に過ぎる。祭りの日、僕は記憶と同じように家で花飾りを作っていた。記憶と違う所を上げるとしたら、家に居る人数が多い事だろう。絨毯の上で車座になっている僕とロイドとエディ、それにトマスも居る。一番器用なロイドが不器用なエディに花飾りの作り方を教えている。

 ……僕が作るのより綺麗な飾りをエディが作り始めたのを見てちょっと焦った。ソファの上にはトルテちゃんとエリーゼちゃんの妹コンビ。二人で女神さまの洞窟に掛ける布の飾りを刺繍している。


 夕方までにみんな作業が終わって、その日は軽い食事をとってみんなで外に出た。家々は飾り付けられ、道には出店も出ている。町からの観光客も増えて賑わっていて、普段の村とは全く別の場所になったようで、なんだか僕もワクワクした。


 僕達はあひるの親子のように連なって教会に向かう。そこには、僕は見覚えのある顔があった。すらっと背が高い、銀髪の女性……現実では、女神の啓示を受けた僕達の存在を王様に知らせた、占い師さんだ。

 僕達に気付いてたおやかに微笑む。その微笑みに左右の勇者と狩人が華の下を伸ばしているので、とりあえずこっそり脛を蹴っ飛ばして正気に戻してやる。確かに、僕の目から見ても美人で胸も豊満な、大人な女性って感じの人だ。


「ご機嫌よう、この村の子達ね。ご苦労様です。沢山の飾りで、女神様もきっとお喜びになるわ」


 現実では占い師さんの手引きで王様に謁見したけど、そこでいざこざがあって僕達は王城を飛び出したのだ。いや、あれは僕達ばかりが悪い訳じゃないけれど……ともかく、この人には正直、申し訳ない気持ちが強い。何と挨拶すればいいか分からないうちに、占い師さんは出ていってしまった。


「なんだよリオ、珍しいなお前が女の人をそんな気にするなんて。まあ、この村では見かけないくらい美人だからなあ……街にはあんな人がそこらを歩いてるのかねぇ」


「あの人は格別だよ。鼻の下伸ばしてないで飾り付けに行かないと、夜の祭事に間に合わないんだからね」


「……」


「ロイド、なんで僕の肩を叩いたの? 何その俺は分かってるぞみたいな頷き。ぼ、僕だってねえ、十年後にはあれっ位……あ、ちょっと! 二人とも何その微妙な顔!?」


 騒いでる僕達に神父さんは苦笑いだ。そんな司祭さんについて、僕達は女神さまの洞窟に向かう。あの日の夜の事を、嫌でも思い出してしまうけれど、もう、震えは起こらなかった。


 洞窟の奥の女神さまの像の周りを飾り付けても、いきなり像が輝きだしたりすることは無くて、やっぱりあれは偶然だったんだろうかと僕は思った。


 でも違った。それは祭事の途中、村の皆が洞窟の前に集まって祈り始めた、その時に起こったのだ。

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