第6話 気づけた異変

 家で待ってたのは、トマスとそのご両親の村長と奥さん、ご意見番の長老だった。こっちは爺ちゃんと僕ら三人。村長さんの家の一階は集会所も兼ねて広い作りになっていて、丁度向かい合って座る形になった。話し合いが始まって驚いたのは、村長さん達だった。勿論三人とも、ダンカンさんの事は知っていたけれど、トマスがそんな勘違いをしていたなんて知らなかったようだ。


 でも、それは仕方がない事だと僕は思う。ダンカンさんの遺志を尊重して大人達はそもそもその話題を出さなかったのだから、その子供のトマスが真相を知りようは無くて、話題が出なければその勘違いについても大人は気づく事が出来ない。勿論、だからと言って苛めて良い理由にはならないが、トマスにとってはトラウマを作って居なくなった人の息子がロイドだ。敵愾心が表に出るのも分かる。


 最初は話を信じようとしなかったトマスだけど、大人達の表情が嘘を吐いてないと気付かない様な奴じゃなかった。偉そうだけど村長の息子ってだけでリーダーシップをとってる訳じゃない。話の最後には誰に促されるのではなく、自分からロイドに謝ってくれた。


「……俺もこの事は話されるまでは知らなかったし、トマスの言う事をそのまま受け取って、調べる事もしなかった。そこは俺が馬鹿だったところだ。俺としては、親父の濡れ衣が晴れたらそれで良い。……勿論、村の奴等にもちゃんと真相をトマスから話してくれるなら、だけど」


 そう話すロイドの横顔はとても静かで、僕よりもずっと大人に見えた。誰が悪い、と決めつけてしまう方が楽なのにそれをしないロイドは、とても眩しく僕の目に映る。冒険をしていた頃の僕は、全部が全部、誰かのせいにして怒っていた気がするから。

ゴブリンが攻めて来たのは、魔王が魔物を扇動してるからだ。国が裏切ったのは、エディの力を恐れた王様が悪いんだ。僕達が二人で頑張ってるのに、誰も助けてくれないんだ。あいつが、あの人が、誰かが。……そんな風に思ってた僕はきっと、ロイドみたいな目はしていなかったと思う。


 でも、実際どうなのだろう。何でゴブリンはこの村を攻めて来たのだろうか。冒険をしていた頃の僕は、魔物が元気なのは魔王が悪いんだなんて短絡的に思ってそれを信じ込んでいたけれど、爺ちゃんの話してくれたゴブリンキングの伝説が、もし……もし本当なら、実は魔王とは全く関係ない所で起きた災害だったんじゃないか、とトマスの家からの帰り道に思う。


 ロイドを家まで送って、戸口でエリーゼちゃんに飛びつかれているロイドに、僕はお願いした。いきなりそんなこれから起こる事を話しても信用されないだろうから、少しぼかして。


「ロイド、最近エディの牧場にゴブリンが出るんだって。もし森を見て回ってる時にゴブリンを見かけたら、僕に教えてくれないかい? 追っかけて倒して、なんて危ない事は言わないから」


「リオ?別にゴブリンぐらい、俺と親父で追っ払えるぜ?」


「……判った、もし見かけたら教えよう。だが、ゴブリンは森に隠れるのが巧いから、あまり見つけられないかもしれないが」


「私も! 私もゴブリンを見かけたら真っ先にリオさんの所にお伝えに行くわ! 約束するわ、お友達の頼みだもの!」


「有難うロイド。エリーゼちゃんも有難う、でも、二人とも無茶はしないようにしてね」


 エディが首を傾げる横で、ロイドは頷いてくれた。飛び跳ねて鼻息荒く請け負うエリーゼちゃんの頭を撫でてあげれば、エリーゼちゃんは僕に抱き着いて、約束よ、と嬉しそうに笑った。それからエリーゼちゃんはなんだか大人ぶった仕草で笑った。


「もし、リオさんがお兄ちゃんと一緒に森を見回ってくれたら、私はもっと安心するのだけど」


「エリーゼ、俺は?」


「エディさんは私とおままごと! この間の続きをしてくれなきゃいやあよ?」


「僕もエディとロイドの方が良いと思うけど。僕の脚じゃあロイドの足を引っ張っちゃうし」


「そうじゃなくってー……」


 エリーゼちゃんが言葉をつづけようとした所で、ロイドが大きな咳払いをした。それを聞いてエリーゼちゃんは両手で口を押さえてロイドを見上げ、それから思いっきり溜息をつく。

 僕とエディはよく分からないで、顔を見合わせるばかりだった。


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 そこから暫くの間、平和に時は流れた。相変わらず僕の夢は覚めないようだし、エディにもあの時の記憶があるようには思えない。元冒険者の爺ちゃんに挑みかかっては泥だらけになって、僕がその手当てをする。

 現実の過去と違う所は、その風景にロイドとエリーゼちゃん、それに、エディの妹のトルテちゃんが加わった事だろうか。爺ちゃんの冒険者時代の昔話を聞いたロイドも、エディと一緒に稽古をつけて貰うようになったのだ。


 エディは長剣、ロイドは短剣と弓が上手い。二人とも誰かと一緒に戦うという経験が無かったからかぎこちなかったけど、最近は様になってきている。二人でこっそり稽古をしたりもしているようだ。雄弁で勢いのあるエディと、物静かだけど大人っぽいロイドは良いコンビになりそうだなと思う。


 僕は相変わらず非力だけれど、それを眺めながら僕なりの努力をしている。まずは魔力だ。現実では女神様と出会って特別な力を頂いたのだけど、今この状態でも、少しだけでも魔法は使える。記憶がある僕は冒険者だった頃の感覚での魔力を練ってみると、その頃憶えたコツが生きているのか、十年前と比べるとずっとうまく魔法が使えた。

 攻撃魔法が苦手なのは変わらないけれど、回復魔法や解毒の様な初歩的な魔法の練習には困らない。擦り傷打撲だらけのエディとロイドを治したり、女の子二人の相手をして遊んだりしていた。


 空いた時間に、神父様にお願いして何度か女神様の洞窟に行ったりもしたけど、特に何が起こる訳でもなかった。ロイドに頼んだゴブリン捜索も、不思議と上手くいかず、エディの牧場にもゴブリンが寄ってくる様子もなかった。……そんな感じで、充実しながらも進展が無い日々に少しやきもきしていた。


 けれど、ある日の夜の事。その平和は、扉を強く叩いたロイドによって破られた。爺ちゃんは街の寄り合いに行っていて、僕一人だった。寝巻に上着を羽織っただけの格好で、僕は顔面蒼白のロイドに水を渡す。それを一気に飲み干したロイドから事情を聴く。


「エリーゼちゃんが居なくなった?」


「……昼に森に薬草を取りに行って、今もまだ帰ってこない。今までは必ず夕暮れまでには帰って来た。心配しなって探しに行ったんだが、森の中にエリーゼの薬草籠があった。……それに、これだ」


 強張った表情のロイドが見せたのは、折れたこん棒だった。酷く汚れていて、嫌な臭いがする。僕はそれを受け取って眺める。これは?と僕が聞くとロイドは短く、ゴブリンの物だ、そう答えた。


「ゴブリンはこん棒や、冒険者の捨てた剣を武器にする。それに、アイツらの匂いは独特だ。間違いない。……すまないリオ、俺が先にゴブリンを見つけていたら……っ」


 関節が白くなる位拳を握りしめたロイドが、唸るようにそう言った。エリーゼちゃんが居なくなって……多分、攫われて……心配だろうにまず僕に謝るロイド。僕は思わず棍棒を捨てて、ロイドの拳を両手で握って強く首を振った。


「ロイドは悪くない!! すぐにエリーゼちゃんを探しに行こう。僕も用意するから、ロイドはエディを呼びに行って。エディは、絶対手伝ってくれるから」


でも夜は危ない、自分一人で行ってくる。そう言うロイドの目を見て、僕は出来るだけしっかり笑って見せる。ロイドは人に頼る事に慣れていないから、僕が踏み込む。


「友達が困ってるんだ、絶対だよ」


 僕を見たロイドが泣きそうな顔をした。震えるロイドの手を握る僕の手も震えていた。エリーゼちゃんの心配も勿論あったけど、爺ちゃんの話してくれた伝説が本当に起こっているのかもしれないという恐怖が強かった。

 人間の女を攫って、子供を産ませてから、ゴブリンは急速に増えていく。一季節もかからないで育つ。……今は、春。秋の終わりに、ゴブリン達は攻めて来た。もしかすると、これがきっかけだったのかもしれないと思った。


 ロイドを庇った事で今こうしてロイドは僕に助けを求めに来た。けど、現実のロイドはどうしていたのだろう。いじめられている村にも行けず、相談する相手も居ないで一人で夜の森に探しに行ったんだろうか。そんな時にこの棍棒を見つけた時、どんな気持だったのか。


 ……そして、あの襲撃が起きたって事は、きっとロイドは見つけられなかったか、見つけたとしても一人でゴブリンの巣に飛び込んだのならば……。そこまで考えて、僕は強く頭を振って悪い想像を振り払った。浮かんでしまった涙を乱暴に拭う。


 僕の知らなかったロイドは、一人で何を思っただろう、どんなにつらかったろう。僕は、それを知らなかった。知らないままに、この日の夜は眠っていたのだ。ロイドが1人で立ち向かっている夜に。


「そんな事、させない」


 僕は、走っていくロイドの背を見送ってから、薪割用の斧を握って思いっきり引っこ抜いた。空に浮かぶ月の光を照り返した刃の輝きが、僕を奮い立たせた。あんな事件は絶対に起こさせない、二度と……いや、この村では一度だって起こさせてやるもんか。そう思った。

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