第4話 あの頃知らなかったこと

 道々にお説教をしたからか、家についてからはビル爺ちゃんのお叱りも止み、僕はロイドの手当て。エディはビル爺ちゃんと夕飯の支度を始めた。短い時間だったけど、ロイドとは色々話した。

 実は、僕とロイドは教会のミサで話したことがあった事、ロイドには妹が居る事、亡くなった両親の後を継いで猟師で生計を立てている事。……人さらい、について聞こうとしたところで夕飯の準備が出来てしまって、何となくそれを聞きそびれてしまった。


 シチューの入った小鍋を手土産に帰るエディとロイドの背中を見送ってから、ビル爺ちゃんとご飯を食べる。何でもない事を話す。今日の朝……僕にとってはずーっと前の記憶だけど……の神父様から聞いた話をしたり、道端にイチの花が咲いていた事。そして、ロイドの事。


「爺ちゃん、ロイドのご両親の事知ってる? そのー……トマスが、ロイドのお父さんの事を人さらいって言ってたんだけど……」


 爺ちゃんはちぎりかけたパンを置いて、ふむ、と真っ白なあごひげを撫ぜる。爺ちゃんは昔からこの仕草が癖になっていて、僕も子供の頃は、生えても無いひげを撫ぜる振りをしてちょっと大人になった気分になっていたものだった。いぶかしげに眉を寄せながら、爺ちゃんは僕に、トマスが?と確認した。僕がうなづくと、呆れたように深く息を吐く。


「人さらいどころか、ロイドの親父さん……ダンカンはトマスの命の恩人だぞ」


 驚いた僕は爺ちゃんに詳しい話を聞く。どうやら、トマスの言っていた事件には爺ちゃんも関わっていたらしい。トマスが子供の頃……今も子供だけど、もっと幼い頃……に、村長の言いつけを守らずに子供たちだけで森に入って迷ってしまった事があったんだって。

 昔からリーダーシップをとるのが好きなトマスだったけど、切り立った崖から足を滑らせて一人で落ちてしまって、取り巻きだけが泣きながら帰ってきて、村が大騒ぎになったんだとか。


「すでに日は沈んでいて、森は真っ暗だ。しかも折悪くその時期はオオカミの繁殖期でな、狼どもの気が立っているので森には絶対に近づかないようにと大人達は子供にも言い含めてあったのだが……

 そうなると、いくら村長の息子でも、二次被害を防がなきゃあならないと言うので、少なくとも夜明けまでは捜索に人では出せない、と結論が出た」


 村長も苦渋の決断だったろうよ、と、爺ちゃんはまるで自分の腹が痛むように眉を寄せる。しかし、と爺ちゃんは言葉を続けた。重苦しい雰囲気の中で声を挙げたのが、ロイドの父親であるダンカンさんだったのだ。


「ダンカンは子煩悩な男でな、ロイドと同じ年頃のトマスを可哀そうに思ったのだろう。自分は夜目が利くしオオカミはいつも狩っている商売相手だ、と言葉を残してさっさと夜の森に飛び込んで行ってしまった」


 爺ちゃんはそこで、酒瓶に手を伸ばして葡萄酒を一口だけ飲んだ。この先を話す事が、ひどくつらいようだった。僕は話を促す事も出来ずに、爺ちゃんが口を開くのを待つ。……なんとなく、その先の事が予想できた。


「崖の下で泣いているトマスを見つけたは良いが、その周りにすでにオオカミが近寄って来ていてな、ダンカンがトマスに駆け寄るのと、狼が飛び掛かるのが同時だったらしい。

 逃げきれずオオカミと戦う内に、トマスはダンカンの腕の中で気絶してしまってな、怪我を負いながらも戻ってきたダンカンは、その傷が元で……その年の内に死んでしまったのだよ」


 良い狩人であり、良い父親だった、しみじみとそう話した爺ちゃんは、もう一口葡萄酒を飲んで息を吐いた。僕は、少しためらってから爺ちゃんに尋ねる。


「じゃあ、何でトマスはダンカンさんを人さらいだなんて勘違いを…?」


「ダンカンがな、逝く前に言い残したのさ 『自分のせいで死んだ人が居るなんて、そんな話は子供に背負わせる事じゃない』とな。だから、大人たちは子供達にこの話をしようとはしなかった。

 ワシも、この話をお前たちの世代の子供に話すのは初めてだ。……だがそうか、秘密にしてしまったせいでトマスはそんな勘違いをしていたのか」


 額に手を当てて重い溜息を吐いた爺ちゃんは、少し考えているようだった。僕はなんだか酷く居心地が悪くなってしまい、味のしなくなったパンをひとかけら口に運ぶ。でも、このままじゃあいけないと思った。子供の頃の僕だったら、ここで何も言えなくなっていただろうけれど。


「爺ちゃん、僕、明日トマスの家に行ってくる。ダンカンさんの遺言でも、今の僕達の歳ならちゃんと理解できるはずだよ。ダンカンさんはトマスに負い目を残したくなかったんだと思うけど……僕は、ロイドも助けたい」


 そう言って、爺ちゃんの目を見た。爺ちゃんは驚いたように目を瞬かせた後に、まじまじと僕の顔を覗き込む。僕の頭の中には、はにかんだように笑って礼を言うロイドの顔が浮かんでいた。

 きっと、今まで誰も、ロイドの事を守ろうとしなかったのだろう。それは、村に居た頃の僕も含めて、だ。だから尚更、今の僕はロイドを守りたいと思った。守らないといけないと思った。


「リオ、お前はもっと引っ込み思案な子だと思っていたが……どんな心境の変化だ」


「いやその……やっぱり目の前で起こった事だし、それにその……僕は、友達同士が喧嘩するのは、見てたくないもの」


 まさか、中身は今より10も年上で修羅場を潜った冒険者だよ、なんて言えずに言葉に悩みながらも、僕は爺ちゃんに言う。


、友達が勘違いで喧嘩したままなんて、絶対嫌だ」


 驚いた顔の爺ちゃんの真っ白で太い眉が持ち上がる。それから、なんだかとっても嬉しそうな顔で、爺ちゃんは声を挙げて笑った。そして、大きな温かい手で僕の頭を撫ぜてくれたのだ。……その感触が、とても懐かしくて胸が詰まる。爺ちゃんは手を放して、深く頷けば、そうだな、と言ってくれた。


「……明日、ワシも一緒に村長の家に行こう。リオ、お前は明日ロイドを連れておいで」


 僕が頷けば、もう一度爺ちゃんは頭を撫ぜてくれた。



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 その夜、怪我の手当てをしてくれた爺ちゃんが、頑張ったご褒美を考えてくれる、と言ってくれた。僕は、久しぶりに爺ちゃんと一緒に寝たい!とおねだりをしてみた。

 夢の中で寝るっていうのも変な事だと思ったけど、折角の夢だ、これ位甘えても良いだろうとも思った。驚いたのと呆れたのが混じったような顔をしたけど、爺ちゃんは優しく笑って頷いてくれた。


 ……爺ちゃんは懐かしいパイプ煙草の匂いがした。現実の世界で、村を出て、魔王を倒して死んでしまうまでの間、一回もなかった位、その日はぐっすりと眠れた。その事は、エディにも内緒にしようと思う。

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