第22話 解答

 もう1人の私を追って扉の先へと向かった。

 扉の先は先程とは正反対の真っ白な部屋であった。

 私の目の前にはもう1人の私と影が立っていた。


「ここはどこ?」


「わからない?自分がこの世界に初めて目にした場所じゃない」


 何を言っているのか全く理解できなかった。


「門がないじゃない!」


「……はぁ、本当に分かってないんだね」


「だから何のことよ!影!あなた何か知ってるんじゃないの?」


「まあ、知ってはいるよ。ただ全てじゃない。この世界の全てを知っているのはお嬢ちゃんなんだよ」


「何を言ってるの?」


 この世界、つまり死者の夢世界の全てを私が知っている?そんなわけがない。

 私が何故知っているということになるのだ。

 私には全く意味がわからなかった。


「まあそうなるだろうね。でも、だからこそ、門が消え、この白い部屋へと変化した。お嬢ちゃんにはこうなる前に自分を見つめ直して欲しかったのだけど、もうタイムリミットだ。ここまでになってしまったらこちらから手を出さなければならない。彼女が言っただろう?選択をさせてあげると」


「ええそうね。そう言ったわ、ついさっき」


 私は目の前にいるもう1人の私を睨みつけた。彼女は全く動じる事なくただ私のことを見ている。


「先に言っておこう。お嬢ちゃんはまだ死んではいない。ギリギリなところで生きている」


「えっ?生きているって……。ここは死者の夢世界でしょう?」


「ああそうさ。お嬢ちゃんはね本当にたまたま偶然この世界に来て、奇跡的に死を免れている。本来ならあり得ないことさ。こんな事は869年ぶりだよ」


 生きている。

 それは私にとっては絶望でしかない。生きていてもいいことなんてない。またあの日々に戻りたくはない!


「……なんで死んでいないんだ、死んでいれば楽だったのに、あんな日々には戻りたくないと、そんなことを思ったんじゃないかい?」


 影に自分の心を読まれて私は何も言えなかった。

 ただただ拳を握りしめて立ち尽くすことしかできなかった。


「選ばせてあげるっていうのはそういう事なんだよ。このまま生きているか、はたまた死ぬかをね」


「……それなら」


「死ぬ方を選ぶだろうからその前に話を聞いてもらうよ。選ぶのはそれからだ」


「……わかった。話だけ聞くよ」


「心配しなくても手早く終わらせるさ。本当に時間がないからね」


 そうして影は今まで私の見てきた世界の事を語り始めた。




「お嬢ちゃんが見てきた、体感してきたものは全てお嬢ちゃんの経験に基づいたものだ。夢っていうものは自分の頭にある知識に基づいて形成されるのだから当然だね。赤い門の世界では猛獣に遭遇しクロを見つけたね。猛獣はお嬢ちゃんへの悪意の象徴だ。痛みを感じたのもそれが原因だ。傷ついたのがまだ生きているお嬢ちゃんの精神だったのだから当然だ。そして、クロはお嬢ちゃんの本来の性格を表している。どうだい?クロにはなんだか親近感があっただろう?可哀想だと思っただろう?」


「それは、思った」


「そうだろう。さて、このように当てはめていくと、緑の門の世界はお嬢ちゃんが昔住んでいた田舎をモデルとしている世界だ。

 廃墟のようになっていてわからなかっただろうけどね。

 自殺する女性については正直こちらにもわからない。まあ、世界構成の時にできたバグのようなものだろう。

 それはさておき、クロについて行った先、懐中電灯を拾った家はお嬢ちゃんのおじさんの家だ。クロが廃墟の中からあの家を見つけたのは偶然ではなかったという事だ。

 そしてトンネルの中にいた得体の知れない生物はお嬢ちゃんを守ろうとしている人たちの思い、それに槍を突き立てた者はお嬢ちゃんを虐める者たちの思いだ。

 何故、お嬢ちゃんを守ろうとしてくれている者の思いが暗いトンネルの奥底にいたのだろうね?ま、それはお嬢ちゃんが一番よくわかっているだろう?」


「……それで、青い門の世界はなんなの?あの手紙は?」


「……続きだ。

 海はお嬢ちゃんの記憶を意味している。

 あの手紙だけど、お嬢ちゃんが読んだ本の中に同じ手紙が出てくるんじゃあないかな?記憶の中からわざわざお嬢ちゃんの元まで流れてきたという事はお嬢ちゃんにとって大切な物語だったのではないかな?」


「そんな場面が出てくる小説、読んだこと……」


「覚えてないんだ。……吹雪ちゃんが悲しむね」


 突然話に割って入ってきたもう1人の私はそう言った。


「どういうこと?」


「吹雪ちゃんの書いた漫画の一場面だよそれ」


 その言葉を聞いた瞬間思い出した。

 確かに一度だけ吹雪ちゃんが試しに書いてみたというタイトルの付いていない漫画を読んだことがある。

 そのラスト、メッセージボトルを海辺で見つけて、読むシーンがあった。


「そのシーンも青い世界の構成に関わっているんじゃないの?」


「うん、その通りだろうね。そこまではわからなかった」


 影は頭らしき場所を掻いてそう言う。

 影は本当に全ては知らないと言うことがここで本当に理解できた。


「さて、そして最後に灰色の門の世界。あそこはお嬢ちゃんの心だ。複雑に変化を繰り返しているのは心が不安定な事を表していて、真っ黒な門は心の奥にあるお嬢ちゃんの闇を表している。

 まあ、眠って自分の部屋をイメージするとは思わなかったけど、こちらとしては案外好都合だった。まあそれはもう少し後の話だ。

 ……さて、お嬢ちゃん、何か質問あるかな?」


 夢世界にいる生物は死者じゃない。しかし、生者でもない。影がそう言ったのはそういう事だったのだ。

 この世界は精神と心を見つめ直す為の世界なのだろう。


「……どうやらわかったようだね。夢とは人によって違う。だからその夢世界の本質が何かは本人にしかわからない。だからお嬢ちゃんが知っていると言ったんだよ。

 今まで目を背けてきたものを知らず知らずのうちにお嬢ちゃんは見た。そしてそれを今理解した。それじゃあ再度聞こう。君はどうする?生きるか?死ぬか?どうする」


 突然、景色が一変して私はあの日のベランダの上にいた。下を覗き込むとアスファルトではなく、絵の具で乱雑に塗りつぶしたような黒が広がっている。


「そのまま落ちていけば君はあの世行きだ。行きたいのならそのベランダから身を投げるといい。もし生きたいのならこの部屋の扉から外へ出るといい」


「私は……………………」


 私は大声で答え、行動に移した。

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