第21話 愚か者

《ねぇ、なんで?

 なんで私の事、頼ってくれないの?

 なんで電話かけてくれないの?

 私たち友達だって、離れ離れになっちゃうけど、ずっと友達だって、そう言ったじゃない!》


『あの子はちゃんとご飯食べられているのだろうか?あの子はちゃんと学校に馴染めているのか?姉さんと義兄さんはちゃんとあの子とコミュニケーションが取れているのか?……やはり、こちらに留めさせるべきだったのではないのか?俺は、俺は正しい選択をしていないのではないか……』


[電話をしても全く出てくれないなんて……大丈夫なのかしら?友達の吹雪ちゃんも心配しているというのに……。ねえ、留守電を残せば折り返してくれる?手紙を書いたら送り返してくれる?……どうすればいいのかわからないの。貴女から、聞かせてくれないと私たちにはなにも、何もしてあげられないのよ……]


 私は目を覚ました。

 意識を失っていた間に聞こえてきた声は何だったのだろう?

 吹雪ちゃんと、叔父さん叔母さんの声が聞こえてきた。でも、聞こえ方は少しおかしくて、反響しているように声が何重にも重複して聞こえてきた。


「い、今のは……」


 私はここでようやく周りに目が行った。

 先程の真っ黒の世界ではない。確かに黒いのだけれど、真っ黒じゃなくて、少し明るい黒と言えば良いのだろうか。なんと言えばいいのかわからないが、感覚的にそうなのだと感じた。

 立ち上がって前を向く。

 目の前にいるのはこちらを睨みつける私自身。とてもキミが悪かったが、先程よりはマシだった。


「あ、貴女は誰なの?」


「誰?私は私。紛れもなく私。貴女であり私よ」


「何よ、それ……意味がわからないよ!!」


「わからない?それは当然でしょ?貴女は何も見ていないし、何も聞こうとしていない。ただ自分の殻に閉じこもって息を潜めて怯えてる悲しくて醜い馬鹿な自殺願望者……」


「違う!」


「違わない」


「絶対に違う!!私は悪くないよ!悪くないよ!!!」


「違わない」


「違う違う違う違う違う違う違う違う違う!」


「違わない。何度も言うよ。違わない。貴女は私で私は貴女。簡単に言えば、ドッペルゲンガー」


「そんなわけない!ただ、私に化けてからかってるだけでしょう!影!!」


「貴女の言う影じゃない。私は貴女自身なんだから」


「嘘だ!!!」


「嘘じゃない。……何度この押し問答繰り返す?1年?10年?100年?それとも延々と?意味のない事はやめない?」


 涙はしょっぱくて、噛み締めた唇からは血が滲み出て、口の中は不快な味で満たされた。

 悔しさと苛立ちが臨界点を超えそうだ。今すぐ目の前の偽物をブチのめしたい!


「そう怖い顔しないでくれない?……そもそも悪いのは貴女なんだから」


「何が、何が悪かったって言うの!?私は、私はただ楽になりたかっただけなのに!やっと楽になれたと思ったの!なんなのよ!!」


「無視したじゃない」


「何を無視したって……」


「聞こえたはずでしょう。貴女は友人や心配してくれる人を無視した。裏切った。手を差し伸べてくれている人達の手を払い除けた。死なずに済む道は、逃げ道はいくつも用意されていた。どうしようもない状況ではなかった。なのに死を選んだ。……大罪だよ」


 突然、目の前の私の声が低く、恐ろしいものへと変化した。


「貴女なんてマシな方なんだよ。ここに来るのはね、どうしようもなくて、それ以外逃げ道がない人達。つまり、追い込まれて追い込まれて、死ぬ以外の選択肢を与えられなかった人達が来る場所なんだよ。私、貴女みたいな馬鹿な愚か者が来ていい場所ではないのよ。たまたまあの世に行く前に引っかかって来れただけ。ただの運。なのに、それで救われたと思ってるなんて、虫が良すぎない?ねぇ?何のためにここにいるの?とっとと地獄に落ちればいいだけ」


「あ、あんた!さっきからベラベラうるさいって……」


「うるさい、やっぱり聞く耳持たない……。なら仕方ない。選択させてあげるよこの先でね」


 目の前の私は奥の扉に入っていった。

 私はなんとも言えないドス黒い感情の中、扉の先に踏み出した。

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