第16話死者の夢々

 目を開くと、見覚えのある白い天井が視界に広がった。背中の感触からベッドの上に寝転がっていることがわかる。

 ベットから起き上がって辺りを見渡した。あの灰色の世界で目を閉じたのだからクロはいない。当然だ。

 夢世界なのだからもしかしたらクロもいるのではと思いはしたのだが、やはりそんな事はないようだ。


 しかし、ここはどう見ても私の部屋だ。

 ドアから入って右端にベット、左端にろくに使っていない勉強机、部屋の中央に円形のピンクの水玉カーペット、そして部屋の奥には大きな窓があり、そこを出ると私が自殺したベランダがある。

 私は私がベランダから落ちていく時の情景が浮かんだ。薄紫色の空、迫ってくる灰色の地面。消し去りたい記憶の走馬灯。


 今私がいるこの部屋は私が死んだ時より少し時間がたったように感じられる。空には太陽が昇っていて、青空が見える。

 私はベランダに出た。ベランダから身を乗り出して下を覗き込むと灰色のアスファルトが日に照らされている。

 人の気配はまるでなく、いつもある車はどこにもない。

 やはり夢は夢だ。


 死んだ私が夢世界で夢を見ている。

 夢々世界とでも言えばいいのだろうか?死者は夢を見るという事なのだろう。

 という事は、今まで見た世界もやはり死者の見ている夢の中なのだろう。

 そして、寝れば自分自身の夢世界に行けるという事なのだろう。

 この夢世界という不安定な世界の片鱗がわかった気がする。それだけでも満足だ。

 もうこの部屋からはいなくなりたかた仕方がなくなってきた。

 この部屋にいると生前の嫌な思い出が思い起こされて気分が悪い。

 親から殴られ蹴られの暴行を受け、学校ではトイレの個室に無理やり詰め込まれて水を浴びせられたし、教室の私の机には花が置かれていたこともある。

 私物を勝手に捨てられたり、教科書を破られた事もある。

 だからといって誰かが助けてくれるわけでもない。味方なんていなかった。

 だから死んだのだ。死んで救われる道を私は選んだのだ。

 それ以外に道はなかったのだ。私の選択は間違ってなんていない。


(本当にそうだと思うのかい?)


 虚空から声が聞こえてきたように感じた。その声は影の声に似ていた気がした。

 私は反論する言葉を探したが見つからなかった。

 私はベットに寝転がると布団をかぶって目を閉じた。

 こうして私は生前、現実逃避していた。癖とは死んでも出るようだ。

 私はそのまま眠りについた。




 目を覚ますと灰色の門の世界だった。

 自分の世界から出るときはもう一度寝ればいいらしい。案外と簡単だ。

 どうやらクロはまだ寝ているようだ。


(体の疲れは取れたようだし、そろそろ行こう)


 私はクロを起こすと、灰色の大地を歩み出した。

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