ホニャララ・ストリート・イレギュラーズ


 しかし、ライトは冷たくあしらう。一つ咳き込んで、タイターを睨んだ。


「今を生きる俺らに関係の無いことだ。俺はグラフィティ見つけて金を手に入れるまでだ。邪魔すんな」

「いえ、邪魔はしません。結局修正することですし。しかし、あなたがさきほど話していた噂の出所を教えて頂きたいんです。原因が分かったら報酬をあげましょう」


 青年ライトは宙に目を漂わせ、間をおいて言った。


「乗った」


 ライトはペンを取りだし、新聞の縁にすらすらと住所を書き、タイターに押し付けた。


「おなじアパートに住む友人だ。芸術家志望、僕の小説の挿画を描いてもらったりしてんだ」

「恩に着ります」


 タイムトラベラーは、笑顔で店を後にした。


 ■


「──信じるわけ無ぇだろ、あんなペテン。情報欲しさにテキトー抜かしたんだよ」


 青年ライトはジュースを一気に飲み干し、冷淡な顔を向ける。


「結局、おかしな男一人が、またこの争奪戦に乗っかったまでだ。早く見つけないとな」

「なんか策はあるのか?」


 そう問う私に、ライトは皮肉な笑い声を返す。


「ふっふっふ、名探偵のそばで何を学んだのか、ワトソンくん? 情報収集ならば、名探偵に倣って──」


 ライトは、小説〈緋色の研究〉を鞄から取り出して、振って示した。


「──グリニッジ・ストリート・イレギュラーズだ!」


 ■


 移民の子供達を招集したライトは、満面の笑みが浮かべた。


「やってみたかったんだ」


 ライトは号令をかける。これはホームズが行っていた、ベイカー街の浮浪児集団ベイカー・ストリート・イレギュラーズの模倣だろう。


「よし、子供達よ! マンハッタンを駆け回れ!」


 こうかはばつぐんだった! たった半日の間になんと──。


「見つけた!」

「見つけた!」

「見つけた!」

「見つけた!」


 次々と目撃情報が入ってくるのだが──。


 ■


「──やられた」


 青年ライトは路地で酒を煽っていた。


「やられたな」


 私は呆れていた。

 続々と目撃情報が報告されるが、〈最初の五葉〉を見つけた子供が、次々と壁画と共に行方を消していく。貧乏青年ライトは思い出した。この街、ニューヨークに皆、どんな想いを抱えて移住しているのか。


「なぁライト。皆、アメリカンドリームを掴みに来てるんだね」

「俺もだよ」


 ライトの顔は、完全に敗北者の顔だった。


「残り一枚。それが獲られたら、俺は死ぬ」

「止めろって」


 私はため息を吐く。未来ある若者よ、そんなに追い込まれるなよ。これでは、短編〈最後の一葉〉のジョンジーと同じではないか。めちゃくちゃ乱暴な類比だけれども。


「全財産が一ドル八十七セントだ。それが今の俺の全て」


 この貧乏青年は、グリニッジ・ストリート・イレギュラーズを編成するのに、だいぶお金を使っていた。それくらい、この狂騒に賭けていたらしい。


「最後のチャンスだ。俺にとっての最後の一葉なんだ」


 残りの一葉の在処はまだ明らかになっていない。ライトは〈最初の五葉〉関連の記事を読み、何か見逃した情報はないかと唸る。


「同じような境遇で、全く心持ちが違う男を、私は知ってるよ。オー・ヘンリーの短編集〈四百万〉収録の〈賢者の贈り物〉って一編だ。こんなもん読むより、時間を有意義に使えるって思ったりもするよ」


 しかし、私の台詞は届いてなかった。なぜなら、たった今、諦念がライトの頭を垂らしたからだ。


 ■


「ニューヨークには何だってあると思ってたのにな」


 ライトは、ぽつりと呟いた。


「夢も希望も成功も。俺は小説家になりたかった」

「まだ、夢の途中なだけだろ? 」


 君はまだ若いじゃないか、何にでもなれるよ、とまでは私も言わなかった。


「いいや、違う。生きていれば限界も悟ってくる。最近はボヘミアン達に、何処か浮わついた現実味の無さを感じるんだ、ワナビーワナビーと煩くて目が覚めちまう」


 先程まで息巻いていた青年の、本当の顔が覗いたようだった。悪ぶって強がって見せて、その実、現実に傷付いている。


「ニューヨークはそのまんま未来だ。自動車、地下鉄、高層ビル。『自分は未来人だ』なんて言う奴も出る始末だ。勝手に発展してゆくニューヨークに目を眩ませて、自分も凄い人間だ、新しい人間だって思ってた。でも本当は夢を見せられただけなのかもな」


 私は言葉を失った。アメリカンドリーム。移民の街。幾千の夢がこの街で競い合って、強い者だけが未来に転がり込めるのかもしれない。


「最後に何か、一つでも……」

 ライトの虚ろな目を見た。眩しいニューヨークに惹かれてきた私と、そこで夢を競わせてきた青年と、見える世界が違うことを悟る。


「──よくも騙しましたね」


 突然、人影が私達二人の前に止まった。


「タイター!」


 誰も知らないニューヨークで、見知った顔があるのは意外に嬉しい。


「あんな住所、存在してないじゃないですか」


 タイターは当然の如く怒っている。


「ごめんな。今の彼じゃ、話は入らないようだよ」


 私は、落胆するライトを顎で指す。


「あぁ、聞きましたよ。僕もその辺は調べたんですよ。さきほど〈最初の五葉〉が見つかったそうですね」

「すべてだって?……本当か?」

「えぇ」


 私とタイターの残酷な報告に、ぴくっと青年ライトが反応するが、沈黙が流れた。


「これでグラフィティは全て無くなったか」


「案外、この狂騒もすぐに終わるかもしれやせんね」

「そうだな。もう本当にストリートアートといいながら、ストリートにある絵はないしな」


 冗談のようだけど、もう終わったんだなと思った。忙しなかった私の旅は、結局ベアマンの壁画を見ずに終わるんだな、と予感した。


「いや、ある」


 振り返ると、青年ライトが、ハッとした顔で突然呟いていた。


「え?」

「ベアマンのストリートアートが、一枚、あるぞ」


 明らかに呆けた顔で、呟いている。私は彼の肩を叩く。


「おい。グリニッジ・ストリート・イレギュラーズが四枚見つけたうえ、一枚は他の誰かのモノだって今聞いただろう」


「いや、ある」と、頑ななライト。


「ネジが揺るんでしまったか?」

「違う。〈最初の五葉〉は全て消えたがが、だったらまだあるじゃないか!」


 ははは、と乾いた笑いをするライト。どこか狂人めいている。


「まさか、変な考えしてないだろうな」


 私の不安を他所に、剣呑な言葉がライトから出た。


「〈


 タイターと私は顔を見合わす。その一瞬に、彼は駆け出していた。


「え、ちょっと待て──」


 私は慌てて叫んだ。


「──わ、私も、見たいんだけどっ!」


 慌てた揚げ句、咄嗟に口からそう出たが、そういう問題ではないのは分かってる。

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