まして嵐の中ともあれば、なおさらだ。


「あと五枚……?」


 私の問いをよそに、ライトはつづける。信頼のおける筋からの情報だと前置きする。


「ある美術商人が思った疑問からはじまるんだ」

 語り始めた。


 ■


 短編〈最後の一葉〉を読みながら、ベアマンの絵画をいくつか持っていた美術商はこんなことを思ったらしい。


『二十フィートだぞ。メートル法に直したら六・一メートル。それで嵐の中、老人一人で描けるだろうか?』


 怖いなー。怖いなー。そんなことあり得んのかなー。そう考えた美術商はこんな着想を得た。


『脚立を支える誰かが居たんだ。仮にジョン・Qと名付けよう』


 一世一代、命を賭けて絵を描くときに、手伝わせるほどの人間だ。気難しいベアマンと相当仲が良い人だろう。そいつを見つけて、逸話や書簡の一つや二つ譲ってもらって公開できれば、ゴッホのように価値が上げる要因になるんじゃねぇか、と。


 美術商はそんな打算のもと調査を開始した。そして美術商は誰かジョン・Qを見つけ出し、その彼ジョン・Qに詰め寄って、二十年前のグラフィティのことを聞き出すことができたんだ。


 老人ベアマンは、〈最後の一葉〉を描いた夜、その男ジョン・Qにこう語ったという。


『蔦の葉の壁画を描いたのは久しぶりだ。本当は昔、よくグラフィティ描いてたんだ』


『今もいくつか残ってるだろう。ニューヨークは変化が激しいから、消えたのもあるだろうけどね』


『それでも、たしか、まだ五枚残ってるはずだ……』


 良い情報を手に入れたと喜んだ美術商は、結局そのエピソードを、ベアマンの伝記に載せなかった。

 何故か?

 探しだして、独り占めを狙っていたんだよ。


 ■


「それでも噂は漏れるもんだ。人気急上昇のベアマン、その初期作品、名付けて〈の五葉〉。もう既に、その捜索で、街はにわかに賑わっているはずだ」


 だから、それで俺も貧乏を脱してやるんだ、と青年ライトは息巻いた。


「でも、なぜそれを私に教えるのですか?」

「決まってんだろう。名探偵の相棒だろう? その知恵を俺に貸してくれよ」


 悟った。私は面倒に巻き込まれている。そして、私はまだ〈最後の一葉〉を観れていない。

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