〈最後の一葉〉に手を伸ばす少女
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「あの葉っぱが全て散ったら、私も死ぬんだわ」
陰鬱な雰囲気の部屋で、ベッドに寝込むジョンジーは、ついにそんな世迷い言を言い始めた。彼女は肺炎を患っていた。
それを聞いた友人のスーは、医者から受けた説明を思い出す。
『私は全力を尽くして治療に当たります。ですが、ジョンジーさんの命が助かる見込みは、彼女の“生きたい”という強い意志に賭かってるのです』
スーは困惑した表情で、ベッドの方をちらりと見ると、ジョンジーは呟いていた。
「十一、十、九、八、七……」
「ねぇ、どうしたの?」
蒼白のジョンジーは、力のない声を出す。
「あと五枚なの」
オランダ風の窓越しに見える、向かいの建物を指差す。そこには、壁に張り付く蔦の葉が。
「あの葉っぱが全て散ったら、私も死ぬんだわ」
生きる希望を何処かに落としてきたように、ジョンジーはそう信じ込み、友達のスーの叱咤や励ましに少しも耳を貸さない。
「嵐が来るわね」
はらりはらりと、風で揺れる。嵐の後はすべて散ってしまうだろう。
スーは、下の階に住む画家ベアマン氏に相談する。ベアマンは四十年絵筆を握り「いつか傑作を描いてやる」と豪語しながら、広告や看板のヘタな絵ばかり描く三流画家だった。
「なんて馬鹿な妄想だ!」
開口一番、そう罵った。
「気が滅入ってるのよ」
「知らん!」
ベアマンは気難しい堅物だった。スーは不安を抱えたまま眠るしかなかった。
次の日を迎える。
嵐が去った次の日、葉が一枚だけ残っていた。なぜか、その次も、その次の日も。
「私、どうかしてたわ。あの葉のように私もがんばる。治ったらナポリ湾の絵を描きたい」
ジョンジーは最後の一葉に勇気を貰い、生きる意志を取り戻し、病状もどんどん回復していく。
しかし、ある日。
「ベアマンさんが亡くなったわ。嵐の次の日、肺炎に掛かってたみたいなの。その日の夜、なぜか彼、びしょびしょに濡れて凍るように冷たくなって、ランプや緑や黄色がついた絵筆、脚立が部屋に乱雑に置いてあったの」
外の蔦の葉は、風に揺れなかった。
「蔦の葉は壁に描かれた絵よ! ベアマンさんが描いた紛れもない傑作よ」
■
以上が誰もが知る、あの有名な短編〈最後の一葉〉の顛末だ。私の記憶によるものだから、描写や構成において、意図していない改変や、幾らかの脚色が含んでいるはずだ。
だから、実際は〈最後の一葉〉を読んでほしい。一行も過不足が無い、“小さく完璧な小説”というフレーズがピタリと合う名短編だ。
あれは実話だったのか。
新聞で、その事実を知ったときは、度肝を抜かれた。
手元の短編集〈手入れの良いランプ〉に収録された、一編〈最後の一葉〉は、実話であり、イギリスにも、その話題がこうやって届いた。
友人のホームズも、たまにフィクションの人物と思われてるが、やはり事実は小説より奇であったりする。
そしてよく新聞を読めば、その名画〈最後の一葉〉が、ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジにあるらしい。
私は、その絵画を観てみたい。理屈のない衝動だ。
三四五九マイル。サウスプトンからニューヨークへ。
船の客室の窓へ近づき、カーテンを開く。青空とキラキラ輝く海面が、客室を照らす。
そして私を出迎えてくれるのは、リバティ島の自由の女神像だ。
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